メイド達は参加した
加藤を確保した後、俺は加藤を運ぶ役を頼まれた。
要は、誰も加藤がしっかりと見えず、彼女を運ぶ事が出来ないのだ。
加藤の姿は、意識しないと全く見えず、じっと見つめても霞がかったモノが見える程度。
しかも驚く事に、触れても知覚する事が出来ないのだという。
まるで煙でも触れているかのような感覚らしく、牢へと運んでいる途中に起きたとしても、それに気付けず逃げられる危険性がある。
そう言った理由もあり、俺に運んで欲しいとなった。
出来れば避けたいが、運び辛いので加藤をお姫様抱っこで運んだ。
何とも言えないチクリとした視線をもらいながら、仕方なしに加藤を運ぶ。
その後は牢屋に放り込み、しばらくの間待機した。
そして数時間後、加藤は牢の中で目を覚ました。
その時は少し暴れたが、ガーイル将軍が状況を加藤に説明すると、加藤は意外にも大人しくそれに従った。
しかしその直後、加藤は魔法で何処かに飛んで行くと宣言をしてから、謎の詠唱を唱えその姿を消した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いや、普通にアイツ居ますよ。なので鍵を開けて調べる必要はないです。どうせまた、居なくなったフリをして鍵を開けさせるのが目的でしょう」
「ふ、ふむ、本当に見えなくなるのだな。そしてジンナイはそれが見えると? むう、魔法に頼らずとも姿が見えなくなる方法をお持ちとは、流石は勇者様というべきなのか悩むな」
「あ、別人に見えるってのもあるから注意です」
俺は、加藤がしっかりと牢の中にいるのか確認させられた。
そして今は、牢の外で加藤がしっかりと居る事を伝える。
因みに、俺が加藤の姿が見える事は、加藤には伏せている。
わざわざそれを明かす必要はない。
察しの良いヤツなら、自分が捕まった事でそれに気が付くかもしれないが、たぶん加藤は気付けないだろう。だから俺は、加藤が見えないフリを装っておいた。
加藤の姿が見えない将軍や、加藤の世話役の囚人にとっては、魔法で透明になる姿隠しとは違う、加藤のワザキリを使った方法は驚きらしい。
居るはずなのに全くそれが知覚出来ない。
魔法で姿を消しても、気配で探る事は出来るそうだ。
だからこそ、牢の中に本当にいるか不安だったらしい。
一方加藤も加藤で、それを見越して、魔法で転移したかのように演じた。
事前に把握していなければ、魔法で何処かに転移したと誤解しただろう。
そしてそれを確認する為に、鍵を開けて牢の中に入り、加藤に逃げられてしまう。
他にも俺は、加藤は牢を脱出する方法を他に持っていないと改めて説明し、どれだけ姿が見えなかったとしても、絶対に鍵を開けないようにと釘を刺した。
ラティの【心感】によるチェックで、こちらの様子を窺う不安の色だけが見えたそうだ。
俺はその報告を聞いて、他に脱出手段はないと確信した。
ラティ曰く、今もこちらが鍵を開けて中を調べないから、加藤はかなり焦っている様子だとか。
「それじゃあ、俺たちは戻りますね。行こうラティ」
「はい、ご主人様」
「ああ、オレも少ししたら戻る」
こうして、勇者加藤捕獲作戦は終わった。
しかし次に待っているのは、加藤捕獲作戦の後始末。
加藤を誘き寄せる為に開いた夜会を、上手い事、誤魔化す必要があった。
どうやら、ただ単に『婚約発表はありませんでした』ではマズイらしい。
何の発表もなく、単なる夜会として終わらせてしまうと、下手な憶測を呼んでしまうだとか。
早い話が、王女と勇者の間に何かがあったとか、秘密裏に婚姻を結ぶだとか、そんな憶測が飛び交う可能性があるのだとか。
俺個人としては、正直どうでも良いと思うのだが、王家側としてはあまり宜しくないらしい。
しかしだからと言って、本当に婚姻発表などは俺個人が許さない。
俺は間違いなく祝福してしまう。
そう、こぶしで祝福してしまう。
なんなら嫉妬組総出祝福した後、ズタボロになった下元を城の裏山に埋めてしまう。
もし裏山がなければ、中庭の花壇でも良いだろう。
そんな理由もあって、俺たちは次の作戦へと移行した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
わっちゃわっちゃと賑やかな夜会。
招待されているのは貴族達だけなので、前の祝勝会のような規模ではない。
しかしそれでもそれなりの人数。
せっせとよく働く使用人達が歩き回っている。
テーブルの料理を補充する者や、さり気ない仕草で空のグラスを下げる者。
誰もがサボる事はなく動いていた。
しかしその一方で、楽しそうに談笑を交わす使用人姿の男女が居た。
給仕から酒の入ったグラスを優雅な仕草で受け取る使用人姿の男。
「ったく、歴代共は本当に……いや、実際に似たようなモノがあるか」
俺の目の前には、使用人と使用人の姿をした者で溢れ返っていた。
黒か紺色といった、落ち着いた色で統一されている。
「本当によく考えたもんだね」
「ああ、そうだな……」
婚約発表があるかもしれないとされていた夜会は、中央へやって来た勇者をもてなすパーティへと変わっていた。
葉月、言葉、早乙女を主役としたパーティ。
そして何故か、使用人の姿をして楽しむ、一種の仮装パーティにも変わっていた。
因みに原因は彼女たち。
葉月達がメイド姿で居たものだから、そこから使用人姿限定の仮装パーティにしようとなったのだ。
突発的な戯れ。
どうやら、何かしらの切っ掛けなどがあれば開催される事があるらしい。
話を聞くと、獣耳を付けた獣人の仮装パーティなどもあっただとか。
当然、発案者は歴代共。
本当に奴らは色々とやらかしている。そしてそれを普通に受け入れる異世界人。
中には、地味な姿が嫌なのか、過剰なカスタマイズをしている者もチラホラといる。
借り物のはずなのに、返却する時はどうするのだろうと思う。
「胸元の薔薇が目印なんですね」
「らしいな……」
働く使用人と、そうではない参加者である貴族との区別は、胸元に刺した薔薇の有る無しで区別していた。
男性の貴族は白の薔薇を、女性の貴族は赤い薔薇を胸元に刺し、給仕である使用人と間違えないようにしていた。
誰もが使用人姿の中、王女だけは淡いピンク色のドレス姿。
そしてその王女の周りには、メイド姿の葉月達がいた。
因みに俺も給仕の格好をしている。
普段から黒色の格好なので、自分的にはあまり違和感を感じない。
楽しそうに談笑を交わす王女と勇者達。
早乙女は少し引きつった顔をしているが、それでもそれなりに楽しそう。
アイリス王女には人を惹き付ける何かがあるのかもしれない。
そうでなければ、早乙女は真っ先に逃げているはずだ。
そんな事を考えながら遠目に眺めていると――。
「瑠衣は、いや加藤さんは、どう……だった?」
「……下元」
俺の隣にいた下元は、少し辛そうな顔をしながら切り込んできた。
北での出来事や、加藤がやらかしてきた事はもう報告済み。
当然、下元はそれらを全て知っている。だから許してやって欲しいなど安易な事は口にはしないが、やはりそれでも何処か思うところがあるのだろう。
「ああ、加藤はいつも通りだったよ。取り敢えず喚いていたな」
「そうですか。……では、反省の色は」
「無かった。全く無かった」
「ですよね……。瑠っ――加藤さんらしいな」
「下元、加藤に会いたいか? さすがに鉄格子を挟んでになるけど、会う――」
「――それは駄目です。たぶん、いや、きっと彼女は喜んでしまう。僕に甘えようとする……はず。でも僕は、加藤さんにはただ反省して欲しい」
「反省? 加藤が?」
「はい、彼女には反省して欲しい。――でも僕が会ったら彼女は、いつか僕が迎えに来るって勘違いしてしまう。反省とかしなくて、いつかきっと助けに来るって、そんな期待だけをしちゃう……そんなのは駄目ですっ」
だったらそんな事はあり得ないと、お前がしっかりと言えばいいんじゃ? と思ったが、確かにあの加藤にはそんなモノは通用しないだろう。アイツは自分の都合が良いように考えるタイプだ。
ほんの少ししか加藤と交流のない俺でもそう思う程だ。
一年以上付き合っていた下元の方が加藤の事を分かっているだろう。
そしてだからこその判断と決断。
俺はそれ以上は何も言わず、無言にて支持とした。
しばらくの間、気まずい空気だけが流れる。
何人かの貴族たちが、チラチラとこちらを窺っているが、俺と下元の雰囲気を察してか、誰も話し掛けに来なかった。
4~5分程度だろうか、その沈黙を下元が破った。
「陣内サン。王女様って大変なんだね……」
「ん? たぶんそうだろうな。よく知らないけど」
「例の作戦の為にさ、少しの間だけど一緒に居たんだ」
「む?」
勇者下元は、加藤捕獲作戦の為、噂が不自然にならないように、少しの間行動を共にしていたのだという。
孤児院の訪問に同行したり、ちょっとした食事会にも一緒に出たそうだ。
そして、アイリス王女の仕事をある程度知り、王女の責務や公務、一般の少女とはかけ離れた重責を背負っていると語った。
そして――。
「本当に、瑠衣とは違った……。彼女を例に出すのは良くないと思うけど、それでも比べてしまう……」
「いや、アレと比べたら何でもマシに見えるぞ?」
「はは、厳しいな陣内サンは。確かにそうかもね、でも…………」
「でも?」
「力になってあげたいって思ったよ」
「…………」
話の脈略があまり繋がっていない気がしたが、何を言わんとしているのかは判った。
要は――。
「惚れたのか?」
「――ッ!? いや、そうじゃないよ陣内サン! あ、いや、えっとまったく惹かれていないって訳じゃないけど、あれ? 何を言ってんだ僕は。えっとただ、力になってあげたいって思っただけで、そこに他意がある訳じゃ……」
何となくだが、ポンコツ3号を見つけた気分だった。
希望を纏う者などの仰々しい二つ名を持つ下元だが、根っこの部分は普通の男子高校生。健気にて儚げな王女様には弱いと見える。
「まあ、王女様は普通に良い人だし、それに見た目も……」
「うん」
「で、好きになっちゃったと?」
「だ、だから違うってっ。それに僕と彼女では釣り合わないよ、僕とは違うよ。……それに、僕は償わないといけない。だからそんな風に想っちゃいけないんだ。だから……」
「下元」
「あ、そろそろ行くね。ちょっと用事があったんだ」
まるで逃げるように立ち去ろうとする下元。
そんな下元に俺は、最後の問い掛けをした。
「下元、本当に会わなくていいんだな?」
「……うん。それが彼女への罰になる。そして僕は、この世界の為に戦う事で償う。じゃあ行くね陣内サン」
下元を人をかき分けるようにして消えていった。
何人かが俺からやっと離れたと思い、勇者である下元に話し掛けようと試みるが、ヤツはそれを振り切って去って行った。
それはまるで、何かの想いを断ち切るかのように……。
「……下元、『想っちゃいけない』って言葉は、その相手の事を……」
それ以上、口にするのは無粋だと思い、出かかった言葉を呑み込んで、俺はラティの元へと向かったのだった。