メイド達は見た(イラスト……
ガーイル将軍と別れた後、俺は一応、茶会に顔だけは出しておこうと考えた。
まだ少しだけ拗ねているラティを連れて、茶会が行われている中庭へと向かう。
顔を出すだけなら、ラティが居ても問題はないだろう。
少しだけ挨拶をして、すぐに帰る予定。
参加する訳ではないのだから、奴隷だからなんたらと口煩い事は無いだろう。
そう思い、中庭に辿り着くと――。
「あ、終わってた」
閑話休題
次の日に備え、俺たちは早めに床に就く。
程よく温かい暖房を脇に抱えながら、俺はベッドにゴロリと横になる。
明日は大きめな夜会が開かれる予定となっており、その夜会で婚約の発表を――するかもしれないとの噂を流していた。
フユイシ伯爵の処刑の時も、実はサクラが何人も紛れており、明日の夜会で、王女アイリスと勇者シモモトの婚約発表があるかもしれないと、そんな話をしていたそうだ。
もしかするとこの噂は、貴族どころか街の住人にも伝わっているかもしれない。
だがよく考えてみると、ノトスの街にも噂が流れていたぐらいなのだから、もしかしてではなく、間違いなく流れていると考えるべきだろう。
そしてそうなると、きっと加藤にも伝わっているはず。
「明日……か」
もうやるべき事はほぼやった。
加藤の性格を考えるに、この噂を聞いたのならばやってくる。
そしてあのギームルが張った罠だ、十中八九掛かるだろう。
もしかすると、裏ではもっとえげつない噂を流しているかもしれない。
俺が中央に来た目的は、勇者加藤の捕獲。
たまたまその場の流れで、勇者荒木との面会はあったが、本命は加藤だ。
あまり長い間野放しにしていて良いヤツではない。絶対に捕まえておきたい。
それに、勇者を捕まえておく勇者専用の牢獄はそこまで酷いモノではなかった。アイツをぶち込んだとしても心を痛める事もない。
( どっちかってと、世話役の囚人の方が気の毒か…… )
荒木の喚きがさらに酷くなったと、ガーイル将軍が言っていた。
だが苦情を言っているのは囚人。多少は申し訳ないとは思うが、これ以上どうこうするつもりはない。
「……我慢してもらうか」
脇に抱いている暖房に鼻先を向け、ほのかに香る匂いを堪能する。
「ふうぅぅぅ」
深く、ゆっくりとその香りを吸い込み、至福の息を吐く。
温かいお日様のような、ホッとさせる香り。
とてもリラックスさせると同時に、何かがムクムクと鎌首をもたげる匂い。
「……あの、そろそろお休みになられた方がよろしいかと。明日は早い時間から見張らないといけないですし、それに……」
おずおずと控えめに、俺の脇に抱えられていたラティ暖房が、もう寝ましょうと言ってきた。『そしてこれ以上は』と目で訴えてくる。
「……はい、素直に眠ります」
何故か、そう何故かこれ以上進むと葉月達がやって来るのだ。
全く不明なのだが、ラティとイチャコラしようとすると、何故か部屋を訪ねてくるのだ。
そして俺から暖房を取り上げる。
葉月たち勇者は、特別に用意された客室に泊まっている。
3人とも同じ部屋に泊まり、その周囲は冒険者たちが固めている。
中央の奴ら、ネズミ顔の男などが彼女たちに何かする事はほぼ不可能。
そんな風に守られている女性陣の勇者たちなのだが、何故か、とても絶妙なタイミングで俺の部屋を訪れて来るのだ。
それはもう、監視カメラでも設置されているのではと思う程に……。
( 監視出来る【固有能力】なんて無かったよな? 勘か? 今はそれよりも…… )
「ふう……ラティ、アレを頼めるかな? このままじゃ眠れそうにない」
「あの、はい、分かりました。お休みなさいませ、ご主人様」
ラティの手が俺の顔を覆う。
「では、いきます――」
俺は気絶でもするかのように意識を手放した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日、俺たちは隠れるようにして見張りについた。
夜会の会場となる場所は、昨日茶会が開かれていた中庭。
四方を建物が囲い、手入れの行き届いた花壇や植木が並び、自分にはとても場違いな空間。
現在は慌ただしく夜会の準備が行われている。
どうやら茶会の時とは違い、中庭の一角だけを使うのではなく、中庭全体を使って夜会を開催する様子だ。
「さて、来るかな」
「うん、少しぐらいは警戒してるよね」
「私は加藤瑠衣さんの事……よく知らないので判らないです」
「ふん、ふ~ん♪ ちょっと動きづらいし、ヒラヒラしてて何か嫌だなこれ」
「…………」
どういう訳か、勇者加藤を探すメンツが増えていた。
【心感】持ちのラティは分かるが、何故か――。
「お前ら邪魔だ」
「ええっ!? 酷くない陽一君? せっかく変装までして協力してるのにぃ」
「あっ、す、すいません陽一さん……」
「あんだよ陽一、あたしが邪魔だってのか? こんな服まで着せておいて」
文句を言いつつも、どこか楽しそうにエプロンスカートを横に広げてみせる早乙女。ほっといたらクルっと回転でもしそう。
一応物陰に隠れているつもりなのだが、5人も居ると流石に目立つ。特に早乙女が……。
「……早乙女、ひとつ確認するが、誰がそれを着せたって?」
「ん? だってアンタが、『見張りをするなら変装しろ』って言ったんでしょ? だからあたしはこうやってメイド服ってのを着たんだし。本当はこんなヒラヒラした服は苦手なんだよ。だけどアンタが、その……着ろって言ったから……」
尻つぼみになりながらも抗議してくる早乙女。
目線を逸らしブツブツと、最後の方は何を言っているのか聞き取れない。
一応、何を言いたいのか分かった。だがしかし――
「おい、俺はそんな事頼んでねえぞ? まず見張り自体頼んでねぇし。それに、その変装ってか? メイド服も着ろなんて言ってねえ」
そう、ラティ以外、葉月、言葉、早乙女はメイド姿だった。
クラシックメイド服というタイプか、しっかりと着こんだタイプの物を纏っていた。
過剰ではない控え目なフリル。
白と紺色の落ち着いた色合い。
3人ともそれなりに似合ってはいるのだが、大事な事なのでもう一度言う。
「いいか、俺はそれを着ろなんて言ってねえぞ。――ったく、誰に言われて…………おい、葉月」
「何かな? 陽一君」
俺の言葉を聞いて、言葉と早乙女が葉月をむむっと睨む。
言葉の方は控え目だが、早乙女の方は『ギラッ』と聞こえて来そうな程鋭く睨んでいる。
「……葉月、アンタ騙したのか? そのメイド姿に変装しようって」
「うん、昨日みんなで話している時に思い付いたんだ。あっ、ちゃんとアイリス王女には許可を貰っているよ。実は私、一度着てみたかったんだよね」
『えへへ』とはにかみながら、ふわりと回転してみせる葉月。
俺に後ろ姿を見せるように回ってみせた後、貴族の令嬢がやるお辞儀、カテーテルとか言うお辞儀をする。
カテーテルと言うお辞儀の作法、前にテレビか何かで見て、医療器具みたいな名前だなと覚えていた。
少し思考が反れたが、俺はすぐに修正する。
「早乙女、犯人はコイツだ」
「ああ、そうだな。コイツの話を信じたあたしが馬鹿だった」
「え~~、酷いなぁ。京子ちゃんだって満更でもなかったでしょ? 頭のヘッドドレスなんて何回も直して――」
「――言うんじゃねえっ、違うから、ちょっと珍しかったから、ちゃんと付いているかチェックしただけだから、だから……」
いつも通りの早乙女と、それを楽しそうに揶揄う葉月。
メイド姿だった為、辛うじてバレていなかった勇者たちだが、これだけ騒げば誰もが気が付き、遠巻きにこちらを窺っていた。
「台無しだ……」
一言で言うならば、『邪魔』の一言。
女三人寄れば姦しいと言う諺を見事に体現していた。
勇者たちがいるという事で、何人も作業を中断してしまい、夜会の準備も邪魔をしている。
もう場所を移すべきかと、そんな考えを巡らせながら辺りを見回す。
ラティだけは真面目に入り口の方を注視している。
「ラティ、一度場所を変えよう、さすがにこれ以上ここに――ッ!? マジか!」
「ご主人様!?」
「え? 陽一君?」
「ん?」
「陽一さん」
俺は全てを振り切る勢いで駆け出した。
【加速】を使い一気に距離を詰め、左手に木刀を添えながら、”加藤”の喉を掴んだ。
( よし、何も強化とか掛かってねえ! )
勇者加藤は支援系魔法の使い手、どんな強化魔法が掛かっているか分からない。だから俺は、まず木刀でそれを破った後に、十八番の喉輪をかますつもりだった。
だが加藤は、強化魔法を一切纏っていなかった。
「っだっら!」
「きゃあっ――あうっ」
咽輪をかまし、そのまま押し倒すように加藤を床に打ち付ける。
流石に床は堅い石畳なので、後頭部を強打しない程度には加減をする。
「ラティ、ここだ! この位置を――」
「はいっ! 闇系”キゼツ”!」
ラティは、俺が具体的な指示を出す前に動き、俺が指示しようとしていた事を察し、それを実行した。
ラティの睡眠系の魔法によって、勇者加藤は呆気なく意識を手放す。
「陽一君、一体何が……あれ? 何か見えるけど……あれ?」
「うん? 何だ、何か居るのは分かるけど……ぼやけて見えないぞ?」
「陽一さん、もしかしてそこに加藤さんが居るんですか?」
「……なるほど、そんな感じで見えるんだ」
俺はみんなの言葉を聞いて、何となくだが腑に落ちた。
「ふん、誰にも気付かれないって完全に油断してやがったな」
勇者加藤は、全く警戒する事なく歩いて来ていた。
通路の衛兵や夜会の準備をする者たちは誰も加藤が見えておらず、加藤は辺りを見回しながらも、本当に全くこれっぽっちも警戒することなく歩いていたのだ。
とてもシュールな光景だった。
明らかに前を横切っているのに、誰もそれを気にしておらず、一瞬俺の方が異常なのかもしれないと思った程。
だがそんな事は無いとすぐに切り替えて、俺は加藤へと駆けた。
そして、驚くほど呆気なく捕まえる事が出来たのだった。