言葉様イラスト回
俺は、ガーイル将軍と雑談を交わしながら、荒木が収監されている場所へと向かった。
華やかさなど微塵にもない薄暗い通路を進む。
すれ違う者は警備の兵士ばかりで、着飾った者は誰もいない。
華やかで豪奢な表とは違う裏側、城の地下2階、特別な人を収監する場所。
特別な人、勇者専用の牢獄へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺を案内してくれるガーイル将軍。城での生活は、このガーイル将軍が俺の面倒や、泊まる部屋などの手配をしてくれていた。
勇者ではない俺は、この中央では微妙な立場だった。
早い話が、どう扱ったら良いのかといった感じ。
勇者と一緒にいるが、俺は勇者ではない。
だが、だたの冒険者として扱うのも違う。
しかしだからと言って、俺を勇者と同等に扱う訳にもいかず、しかも下手に優遇すると、宰相であるネズミ顔の男に睨まれる事になる。
そんな複雑な理由により、俺の面倒はガーイル将軍が見る事となった。
適任者が他に居なかったとも言えるが……。
そもそも、ギームルも中央に来れば良かったのだが、ギームルには南での仕事があり、それと――。
( 『馬鹿は何をするか分からない』、か…… )
ふとギームルが言った言葉を思い出す。
ギームル曰く、自分が中央へと行くと、宰相が己の地位を脅かされると勘違いして、ネズミ顔が馬鹿な事をする。
馬鹿は何をするか分からないと、俺を睨むように見つめながらそう言ったのだ。
俺を見ながら言ったのが少々気になったが、きっと気のせいだろう。
他意は無いはずだと思う……。
「ジンナイ、ここだ」
「ったく、荒木は捕まっても面倒を掛けてんのかよ」
地下二階の最奥、鉄格子と鉄の扉で遮られた檻の前に辿り着いた。
そしてその鉄格子の檻の中には、憔悴し切った男が座っている。
「この人が……世話役の囚人?」
「ああ、そうだ。コイツがさっき話していた囚人だ」
俺は雑談を交わしながら、ガーイル将軍から荒木の状況を聞いていた。
勇者荒木は、北で拘束された後、中央へと護送されていた。
中央へと護送された理由は、城には勇者専用の牢獄があるから。
勇者は、その地位やカリスマなどから、脱獄を手伝う者が多かったそうだ。
ある者は勇者に惹かれ、またある者は勇者を利用すべく、脱獄の手引きをする者が本当に多かったのだという。
ぶっちゃけ、”勇者の楔”の効果だ。
きっと正常な者であっても、勇者を相手にしているうちに、まるで洗脳でもされたかのように脱獄させてしまったのだろう。
貴族側が、実際にどこまで楔の効果を把握しているのかは不明だが、勇者を牢に入れた後は、その捕らえた勇者の世話を、幽閉されている囚人に任せるのだという。
基本的に、勇者と直接会うのはその囚人だけ。
囚人に食事の配膳や、その他の雑務を全て任せるそうだ。
そうすれば、仮に勇者の言いなりになったとしても、牢獄に隔離されている囚人には何も出来ず、勇者を牢から出す事は叶わない。そして、その外からその囚人を監視出来るのだという。
しかし今回はその囚人から、勇者荒木が騒ぎ過ぎなので、何とかして欲しいとの願いがあったそうだ。
当たり散らすように喚かれ、それに晒され続けて囚人が病んでしまったのだという。
もしかするとその囚人の訴えは虚偽で、実は脱獄を画作している危険性もある。だから迂闊な事は出来ず、俺へと話が来た。
「……で、俺に何とかしろと?」
「あ、いや、無茶を言っているのは十分承知している。だが、何とか……」
荒木が喚いている内容は、まず出せと、そしてそれが無理なら知っている奴を呼べというものらしい。
そうでないと自殺すると喚いているだとか……。
知っているヤツとは、召喚された勇者たちの事。
そして――。
「……サオトメ様に会わせるか、もしくは謝罪を伝えて欲しいと……」
「っはあああああああ、ったく」
大きく息を吐いてしまう。
何と荒木は、早乙女へ謝罪させて欲しいと要求していたのだ。
しかも、自殺してやると己を盾にして……。
「当然、勇者様を死なせる訳にはいかない。だが……その要求は……」
「ああ、その要求は飲めるもんじゃねえな。絶対に会わせる訳にはいかねぇ」
ガーイル将軍は、事の顛末をある程度把握しているのか、安易に要求を飲む姿勢ではなかった。
その事に少しホッとする。
しかしその一方、心底下らない問題だった。
正直、勝手に掻っ切って死ねと言いたいが、ヤツには避雷針になってもらわないといけない。
死ぬ死ぬ詐欺だとは思うが、本当に死なれると困る。
「くそ、心の底から面倒な……」
「すまない、こんな事をシモモト様に頼む訳にはいかず」
「…………」
――俺ならイイってのかいっ
……まぁ分からんでもないか、普通に頼みづらい案件だな、仕方ないか、
一応当事者とも言えるし……。
「取り敢えず会ってみます。この牢の中に入ればいいんですか?」
「ああ、頼む。――おい、この牢を開けてくれ」
ガーイル将軍が、見張りについている監視役の兵士に声を掛けた。
『ハッ』っと返事をして、監視役の兵士が鍵を出して牢の鍵を開く。
「ったく、行くか。ラティはここで待っててくれ」
「あの……はい」
「ジンナイ、俺は同行するぞ。一応、念のためにな……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
案内された牢の中は、思いの外広かった。
牢の中の扉を開けると、貴族達が住んでいそうな部屋が広がっていた。
牢屋というよりも貴族が住んでいそうな豪華な客室。
だがしかし、その部屋は青色の鉄格子で完全に仕切られており、その部屋からは出られないようになっていた。
一部、料理を乗せたお盆が通りそうな隙間はあるが、それ以外は拳も通りそうにない程。そしてその奥は――。
「うわ、ひでぇなこりゃ」
「うむ、かなり荒れていらしてな……」
豪華な部屋ではあるが、配置されている調度品や、牢に似つかわしくない壁は破壊の限りを尽くされていた。
無事な調度品は豪奢なベッドだけ、それ以外の物は全て駄目にされており、一目で、投獄されている荒木が破壊したのだと判った。
( この鉄格子って、あの時の金属と同じか…… )
荒れ果てた部屋とは対極な、何処にも歪みを見せない真っ直ぐな青い鉄格子。
早乙女を捕らえていた時に使っていた鎖と同じ金属だろう。
「何とも皮肉な……って、おい、起きろ荒木」
俺はベッドで寝ている荒木に声を掛けた。
気怠そうに身を起こすが、俺たちの姿を見ると荒木は飛び起きて駆け寄ってきた。
世話役の囚人は扉の外で待ってもらっている、いつもと違う者がいるからすぐに反応したのかもしれない。
「お、おいっ、お前、オレの言うことを聞け――陣内っ!?」
「…………」
駆け寄ってきた荒木は、俺の事を確認すると固まってしまった。
だがすぐに、気が付いたかのように再起動する。
「陣内っ、オレをここから出せ。アイツに、アイツに会わせろ」
「…………誰に、会わせろと?」
「アイツだっ! 早乙女だよ。アイツに会わせ――」
「――っんだと!」
「ひぃっ!」
目一杯の力を込めて、鉄格子を足裏で蹴りつける。
グアンと重く響く金属音と、僅かな振動が周囲に広がる。
喧嘩キックのように、ゲシゲシと鉄格子を蹴り続ける。
「誰がてめぇに会わすかボケっ! ――っらあ!」
「ぅあ、ああ、ああ……」
見た目とは裏腹に、らしくない怯え方を見せる荒木。
どうやら北での、木刀を使った折檻が効いているらしい。
出来る事なら、鉄格子の隙間から木刀で小突いてやりたいところだが、コイツに世界樹の木刀の恩恵をやるつもりは一切ない。
「……ジンナイ、お前は何をしに来たんだ?」
「あっ……」
「全く、オレが代わろう」
閑話休題
「……ふむ、それでサオトメ様にお会いしたいと?」
「応っ。そうさ、オレは筋を通してぇんだ。だからオレをココから出すか、アイツをココに呼んでくれ。頼んだゾ」
「アラキ殿、ここは特別な場所ですので、おいそれと勇者様をお呼びする事は出来ないのです。どうかご容赦を」
「ああんっ? オレが筋を通したいってのに、それを邪魔するって事か?」
「いえ、邪魔をするとかではなく……」
「フユイシのオッサンはどうしたんだよ。アイツに言って――」
ほう、これは殴りたい。そう思わせる勇者荒木。
怯えきった荒木を見ていられなくなったのか、ガーイル将軍が荒木の話を聞く事になったが、予想以上に酷かった。
話す相手が違うだけでこうも変わるモノなのだろうか。
「いいかぁ? 男ってのは筋を通す生きモンだ。だからオレはオレが犯した罪をワビてぇ。だから――」
だから――うんたらかんたらと、要は、外に出て早乙女に謝罪したいとの事だった。
同じような話を、同じような角度で何回も語る荒木。
その姿は、どこか自分に酔っているように見えた。
( さて、そろそろぶん殴るか )
諺に、『寝言は寝て言え』というモノがある。
下らない戯言は、人に聞かせず寝てる時に一人で言えという意味だ。
そしてそれに続く句で、『寝言を言うヤツはぶん殴れ』というモノもある。
独り言だろうと迷惑なので、ぶん殴って起こせという意味だ。陣内家にはそういう諺がある。
( よくまあベラベラと…… )
荒木は、自分がやらかした事を完全に忘れている。
もしくは、あまりにも軽く考えている。
あの時の早乙女の涙を――。
――ざけんなよっ、舐めてんのかコイツはっ!
あの時の早乙女を見て、まだこんな戯言を吐きやがってっ、
泣き出しながら怯えたアイツを見て……
気が付けば腸が煮えくり返っていた。
俺がここに来た本当の目的は、荒木に僅かな希望を持たせる事だった。
牢屋で我慢していれば、魔王発生の前に行われる例のパレードがある。
その時に外に出られるから、その時に会って謝罪でも何でもすれば良いと言うつもりだった。
そうすれば自殺などを考えず、生きて避雷針の役目を果たすと思っていた。
勿論、会わせるつもりなどさらさらない。
会わせるなど論外。例のパレードの時は、何か箱にでも詰めて運ぶつもり。
だが、それを教えてやる必要はなく、早乙女と会える機会があると思わせたまま、この牢獄で生活をさせるつもりだったが――。
「……行きましょう、将軍。コイツの話を聞く必要はないです」
「む? ジンナイ?」
「っんだと! 誰もテメェとは話してねえゾ」
「――っ黙れぇ!!」
「ひぃっ!」
力一杯木刀を地面に打ち付ける。
もうトラウマとなっているのか、荒木は大きな身体を丸めて縮こまった。
「てめえはっ、自分が何をやったのか覚えてねえのか!」
――早乙女を監禁してたんだぞっ! しかも一年以上、女の子を……。
「あの早乙女がっ、あんなに怯え切っていたんだぞ、分かってんのか、オラッ!」
――ふざけんなっ、ふざけんなっ、ふざけんなっ、ふざけんなっ、ふざけんなっ、ふざけんなっ! あの早乙女を見て、どの口が言うっ。
「てめえがやった事はぜってぇに許される事じゃねえ」
――っがああああ! コイツは自分のやった事を理解してねえのか?
お前がやった事は、やった事は……それなのにコイツはっ。
「ああっ!? 筋を通したいだぁ? アホかっ! 何だよその筋ってのは! ドコにそんな通す筋ってのがあんだよっ!」
――ふざけやがって、誰が会わせるか! なめてんじゃねーぞ。
「ああ、分かったよ。そんなに筋ってのを通してえなら、その首筋でも掻っ切って詫びろっ! それが一番喜ばれるってんだ! 二度と姿を見せるなっ! そこで独りで朽ち果てろっ!」
俺は吐き出すだけ吐き出し、その部屋を後にしようとした。
どうせコイツには自殺する勇気などない。
仮に自殺したとしても、もうどうでも良いと思えた。
「ま、待てっ! オレはアイツに――ってか、そもそも何でテメェの許可がいるんだよ。アイツは――」
「早乙女は俺たちと一緒にいる」
「は?」
心底意外そうな顔を晒す荒木。
全く何も理解出来ていない、そんなマヌケ面で俺を見た。
「早乙女は……俺が保護してる。だから俺たちと一緒にいるんだよ。じゃあな」
「待てっ、おい、どういう事だよ! アイツは北の貴族に――って、おいっ陣内! 待てドコに行くんだ。まだ話は終わって――」
俺は、後ろで喚いている荒木を無視して部屋を出た。
頭を掻きながらガーイル将軍も部屋を出て来た。
「全く、ジンナイは……まぁ良いか。あの様子ならきっと大丈夫だろう。勇者アラキ様は自殺をすることはないだろうな……」
『お前の所為でな……』と、いった視線を向けてくるガーイル将軍。
俺もそう思えた。
ヤツは、希望とは別の形、黒い負の感情を抱いて生き残るだろう。
俺に復讐してやるといった、そんな動機で……。
「ラティ、お待たせ」
世話役の囚人が居る牢も出て、俺は外で待っていたラティに声を掛けた。
ととっと駆けてくるラティ。そして――。
「へ?」
「…………」
「あの、ラティさん?」
ラティは、俺の服の袖口をちょんと摘み、おずおずと上目遣いで俺をみた。
躊躇い気味に口を小さく開き、彼女は俺に尋ねてくる。
「……あの、ご主人様。ご主人様は、サオトメ様の事を大事になさるのですねぇ」
「あ、いや、あれは……一応、知り合いだし……」
「ジンナイ、そろそろ出よう。あまり長居するとあの男が変に動くかもしれない。何が出来るって訳じゃないが、何もない方がいいからな」
「あ、ああ、分かりました」
こうして俺は、ラティからの心地良い嫉妬を感じながら、地下牢獄を後にしたのだった。