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垂れ下がる黒い渦

おくれましたー


 どこで間違えた。


 いや、間違えているのはこの世界(・・)だ。

 この異世界(イセカイ)がおかしいのだ。このイセカイ(・・・・)が間違っているのだ。


 そうでなければ、そうでなければ、絶対にっ――納得出来ないっ。




「クソがぁっ 何で私が――解けぇっ! 伯爵である私をっ――かはっ!」


 眠りから覚めると、首と手足を十字型の棺桶のような箱に固定されていた。

 まるでどこぞの聖者のように磔にされており、無理に身を捩ると首が絞まり呼吸がきつくなる。

 足元の台座が無ければ、自重によって首を吊る事になるだろう。



 判っているが納得などしたくない。

 この世の全てを納得したくない。

 この世界の全てを呪い殺したい。

 何故、こんな間違った世界に転生させたのかと神を罵りたくなる。


 自分の知識が全て通用しない。 

 全く同じように見える世界にもかかわらず、このイセカイは私を否定する、私の事を認めようとしない。


 湯は沸くのに、ほとんど蒸気が発生しない。

 雷はあるのに、エネルギーにはならない。

 単純な爆発ですら、その力は融通がきかない。

 

 物理法則が全く違う。

 しかも、魔法などというデタラメなモノが存在する。

 何もない空間に水を発生させたり、酸素を消費せずに火を起こしたり、質量を無視して大地を隆起させたりする。


 そんな、そんなふざけたモノが存在するのに、一般的な常識が存在しない。

 私の学んできた知識をことごとく否定する。

 最近知った事では、落下する速度が違うというモノがあった。

 本当にふざけている。何処の世界に、重さなどによって落下速度が違うなどがあるのかと。


 本当に私を否定する。

 しかもそれどころか、このイセカイ(世界)は私を拒否する。

 まるで私には何も(・・)遺させぬように、私の全てを拒絶しようとしやがった。


 子供が出来ない。

 どれだけ、どれだけ、どれだけどれだけ抱こうとも子は出来なかった。

 何人の女を取り換えたか分からない。上位の貴族でなかったら絶対に無理だった。


 だがやっと出来た。やっとこのイセカイに遺すモノが出来た。

 そう思っていたのに――。


 息子(ジャア)は殺された。

 ちょっとした悪さからその罪を問われ、呆気なく命を奪われた。

 本当に些細な事だった。この低能で野蛮なイセカイなら、何処にでも転がっているような事をしただけなのに、私の息子は殺された。私の唯一の証が……。


「っぐぅ、ジャアよ……」


 滲む視界で前を見る。広がる光景は何処かの中庭。

 連行された場所から考えるに、きっと中央の城の何処かだろう。

 少し横を見上げれば、丘のようになった段差の上に人が見える。

 あの段差がある場所は、確か貴族達の居住地区。何度か足を運んだことある。


 顔を下げて再び前を見据える。

 正面には白い柵が設置されており、その柵の向こう側には野次馬どもが群がっている

 上の居住地区から見下ろしている奴らと同じで、私の最後を、棺桶の蓋が閉じられるのを待っているのだろう。


 視線を追うように右側を見れば、頑丈そうな蝶番で繋がったT字の板が目に入る。長さ四センチ程の針がびっしりと付いた板が。

 

 ( 十字型の鋼鉄の処女か…… )


 これを閉じる事で刑の執行が開始される(・・・・・)

 歴代勇者が考えた公開処刑方法。

 上級貴族や、大きな罪を犯した者を裁く時に行われる特別な処刑方法。

 苦悶の表情が見えるように、顔の部分だけは晒されるようになっている。


 ( 悪趣味なっ )


 これから串刺しにするであろう針には、悪趣味としか思えない嫌がらせじみた赤い液体が塗りたくってある。

 針の長さも、簡単に死ぬ事が無いように短め。


 この処刑方法のことを知ってはいたが、まさか自分がと思う。  


「では、刑の執行を開始する」

「――ッ!」


 厳つい顔をした、上官らしき男が号令を出す。

 そしてそれに従い、兵士らしき男たちがT字の蓋に手を掛ける。


 喚きたい。

 だがみっともなく喚けば、ニヤつく野次馬どもを楽しませる事になる。

 野次馬どもの目には、同情や哀れみといった色は一切ない。

 興味や好奇心、蔑みといった人を馬鹿にしたモノしか宿っていない。

 奴らにとっては、上位貴族の席が空くのだから嬉しくて仕方がないのだろう。

 本当に反吐がでる。


「――ぅぐ!!」


 蓋を閉められ、無数の針が肉へと食い込んでくる。

 歯を食いしばって激痛に耐え、喉から漏れ出そうになる声を無理矢理呑み込む。

 身体中に突き刺さる痛みと、掻き毟りたくなるような熱い痛みが波紋のように広がる。


 あまりの激痛に涙が一旦引っ込み、次の瞬間溢れ出す。

 焼かれたような激しい熱さが全身を駆け巡る。

 激痛に思考が飛び、息をするのを忘れる。


「次っ、下を外せっ」

「はっ!」

「っぐああああああああああああああああ」


 足場が外された。

 そして己の自重を、突き刺さった無数の針が支える。

 目玉が飛び出しそうな衝撃に肺から空気が漏れる。

 叫ぶつもりなど微塵にもなかったのに、飛んでいた思考が勝手に叫ばせる。


 ( っがあ、い、息が、息が―― )


 酸素が足りない。肺の中の空気が抜けていく。

 だが息を吸おうとすると、肺が膨らみ突き刺さっている針が激痛をもたらす。


 もう呼吸が出来ない。

 肺を少しでも動かせば激痛が走り動きが止まってしまう。

 首も少しづつ絞まっていき、視界が霞みかかっていく。

 下の方からは、パチパチと火の点く音が聞こえてくる。

 黒い煙が霞みかかってきた視界をより覆っていく――その時。


「ぎっ、ざまぁが――!!」


 ニヤニヤとした視線の中に、他とは違う鋭い視線を見つけた。

 2~3人は人を殺していそうな、そんな荒んだ目つきの男がいる事に気が付く。

 

 ジャアが囚われる事になった元凶。

 ジャアを捕らえる事に協力した男。

 ジャアだけではなく、自分も捕らえたクソ野郎。


 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるっ。

 呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやるっ。

 奪ってやる奪ってやる奪ってやる奪ってやる奪ってやる奪ってやるっ。

  

「――っこの世界もっ! 貴様もっ、一番大事な者も、全てすり潰して……」




 ――やる。




 ―――――――――――――――――――――――― 

 



「……あの、完全に途絶えました」

「分かった。すまないな、ラティ」


「いえ、わたしが勝手について来ただけです。ですからお気になさらずに」


 俺とラティの視界の先では、モクモクと黒い煙が立ち昇っていた。

 白い柵の向こう側で、十字型の棺のような磔台が焼かれている。

 

 ( ――ったく、なんつう悪趣味な…… )


 今回の、歴代勇者が考案した処刑方法とは、『僕が考えた最強の処刑方法』という(たぐい)のモノだった。


 オリジナル感は皆無で、何処かで見たことがあるモノを掛け合わせたようなモノだ。

 磔、火あぶり、鋼鉄の処女、首吊り、そしてタチの悪い激辛成分。

 とても歴代らしい、本当にしょうもない処刑方法だった。

 集まっている野次馬たちは、皆が満足そうな顔している。

 野次馬たちの身なりを見る限り、貴族か、それに近い者達だと分かる。


 どんな目的でやって来たのか分からないが、ただ単に、フユイシ伯爵の処刑を見に来たとは思えなかった。

 誰も同情的な顔をしていない。どちらかと言うと真逆だ。 


 ( 何か胸糞悪いな…… )


「ラティ、平気か?」

「あの、お気遣いありがとうございます」


「もう行こう、これ以上ここに居ても……」


 俺はそう言って処刑場の方をチラリと見る。

 ラティにはキツイ事を頼んでしまった。フユイシ伯爵の死を、彼女に確認してもらったのだ。


 俺たちは三日前に中央(アルトガル)に着いた。

 そしてそこで、三日後にフユイシ伯爵の処刑が執行されると知らされた。


 俺はそれを聞いてふと思った。

 フユイシ伯爵は貴族。この異世界(イセカイ)において上位の貴族だ。

 もしかすると、裏で誰かと取引をして、他の者を身代わりにして処刑を回避するかもしれないと考えたのだ。


 この大袈裟な処刑はパフォーマンスで、実は裏でこっそりと生き延びさせる。

 俺はその危険性に気が付き、一人で確認をするつもりだった。

 

 だがここで、ラティが俺の考えを否とした。

 要は、俺だけでは確認が不十分だと彼女は言ったのだ。


 言われて気付く。確かにラティのいう通りで、俺には【鑑定】も出来なければ【索敵】もない。

 そんな俺が、本当にフユイシ伯爵かどうか確認する事など出来ない。

 

 だからラティは、自分が同行して一緒に確認すると言ってきた。

 ラティの【心感】ならば間違いはない。

 本当にフユイシ伯爵かどうか見極めてくれるだろう。


 だがそれは、ラティを処刑場という悪意に満ちた場所へ連れて行く事になる。

 間違いなく心に影を落とす。

 むしろ感情の色が視える分、ラティの方が俺以上にキツイだろう。


 もしこれが、葉月や言葉(ことのは)、早乙女からの申し出ならば断っていた。

 個人的な感情だが、彼女たちには汚いモノは見て欲しくない。

 もし汚れて堕ちるのであれば、それは俺だけでいい。

 手を汚すのも、何かを裁くのも俺だけでいい。


 だがラティとならば――。


「……一緒に堕ちるかな」

「あの、ご主人様?」


 ラティが心配そうな顔で俺を覗き込んできた。

 感情の色は視えても、尻尾を撫でている訳ではないので、俺の心の内は知られていない。

 きっと今の感情に思うところがあったのだろう。 


「いや、何でもない。――行こう」

「はい」



 ラティと処刑場を後にする。

 燃えさかる棺を見ている者達から離れる。

 すると――。


「黒い渦の先――居たっ!」

「あ、ホントに居た」


「ん?」


 城の中から二人の男女が駆けて来た。

 銀髪の男女、髪の長さと服装から性別は判断出来たが……。


「同じ顔? 双子か!? それに……」

「あの、左右の目の色が」


 一目で双子だと判る男女は、上の方を見ながら俺たちの前にやってきた。

 そして、息を切らせながら、俺の上の方を見つめながら尋ねてきた。


「「すいませんっ、貴方は魔王候補ですか?」」 

読んで頂きありがとうございます。

宜しければ、感想など頂けましたら嬉しいです。


あと、誤字脱字なども教えて頂けましたら……。

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