中央へ、よっこらしょ
「んっ――」
ガタゴトと揺れる車内で、俺はいつもの日課をこなしていた。
深淵迷宮から戻って二日間の事を思い起こす。
まず思い起こすのは、大騒ぎだったガレオスさんの奢り。
あの時は、俺の膝上でラティが眠り、それを見た早乙女が激怒。
完全にしなだれかかっているのが気にくわない様子で、俺の隣に椅子を持ってきて、早乙女まで寄りかかって眠り始めた。
ラティだけなら問題は無い。
彼女はとても軽いので、抱っこして帰る事は苦ではない。むしろ嬉しい。
だが早乙女もとなると話は別。
抱える手が足りない上に、眠っている早乙女に触れるというのはどうにも躊躇われる。
とてもよろしくない気がするし、勇者を抱きかかえて外を歩くなど、正直何が起きるか分かったもんではない。
ただひとつ確実なのは、嫉妬組の連中が嫉妬狂う事。
大した理由も無しに、女性を抱きかかえるのは制裁対象。奴らは絶対に俺を狙ってくる。
もうこれ以上ギルティを蓄積したくないと、そう考えていると、状況を察してくれたのか、ららんさんが馬車を呼んでくれていた。
そしてその馬車に早乙女を乗せる事で解決した。
あの時は本当に助かった。
やはりららんさんは優秀。スキヤキを喰い過ぎて身動きが取れなくなっているイカっ腹とは違う。
もしかすると、身動きが取れないサリオの為に呼んだのかもしれないが……。
「……まあ、助かったか」
「んっ、……ふぅ」
次に思い起こすのは、ギームルとの話。
裏で色々と動くヤツとは思っていたが、まさか中央を完全に掌握していたのは予想外だった。
本来であれば、政を取り仕切るのは宰相。
俺もしっかりと理解している訳ではないが、要は、何かを決める時の判断や決断など行うのが宰相。大体が宰相の指示によって動く。
しかしギームルは、その判断や決断すべき案件に裏から介入しているのだという。
宰相は自分の判断で物事を決めているつもりかもしれないが、実は裏で、そうなるように調整されたモノを寄こされているのだとか。
ぶっちゃけた言い方をすると、宰相は誰も味方がいない場所で仕事をしているのだ。
ギームル曰く、中央で仕事をしている者は、この世を良くしようという誇りや矜持といった高潔な志で働いている者ばかりだそうだ。
私欲で動いている者は少なく、だから私欲で動いているネズミに反発はしても、それに心から従う者は少ないそうだ。
だがしかし、反発した将軍が早々に追放され、誰もが表立って反発する事が出来なくなったらしい。
これには誰もが落胆しただとか。
しかしユグトレント戦の後、その将軍が中央に戻る事が出来た。
当然、一度は追放した者。また再び追放するのは難しいらしく、宰相の発言力は弱まったそうだ。
そしてそこにギームルが入り込み、今では完全に中央を掌握。
将軍の協力を得られるようになったのが決め手らしい。
ノトス以外の視点から見れば完全に悪いヤツだ。
下手をすれば討伐対象かもしれない。
だが味方ならばとても心強い存在。心底嫌だが、本当に心強い……。
「……あのジジイ、魔王にでもなんじゃねえのか?」
――あれ? その可能性あるか?
いや、流石にそれはない………………ありそうだな、
よし、ジジイも例のパレードに参加させて南の町に連行だな、
「――あの、ご主人様。何か良くない事を考えておりませんか?」
俺の膝の上に頭を乗せていたラティが、耳を撫でられながら訊ねてきた。
ラティは俺の感情を読んで言ってきたのかもしれないが……。
「いや、俺は正しい正義の事しか考えていないぞ? ――ほら」
「あっ……」
俺はラティの尻尾をすっと撫でた。
尻尾を通して、俺の感情や心の中の想いがラティへと流れていく。
俺は良くない事など考えてはいないと、そう証明したつもりだったが――。
「……あの、正義と言えば正義なのかもしれないですが……あの……」
その声は納得した様子ではなく、上からラティの顔を覗き込むと、彼女は困った子を見るような顔をしていた。
どうやら、俺の想いはイマイチ伝わらなかった様子だ……。
閑話休題
その後も俺は、ラティを撫でながら現在の状況を整理した。
中央へと向かうのは俺だけでなく、葉月、言葉、早乙女もついてきた。
ハーティが率いる三雲組や、俺の所属している陣内組はノトスに待機。これはギームルからの指示。
精神の宿った魔石が無くなったのだから、南も魔物の湧きが不安定になるはずなので、ノトスとしては少しでも戦力が欲しいだろう。
だから葉月達が俺について行ったのは、ギームルにとっては痛い誤算。
しかも勇者の護衛として、三雲組から10人程来ているが、これも本音としては全員残って欲しかったのだろう。
だが、中央には教会の本部がある。
あの連中がまた馬鹿な事をしないとは限らない。もしかすると、葉月から言葉に乗り換える可能性もある。
魔王戦の時、言葉は少女達を蘇生した。
あれは間違いなく奇跡とも言える偉業だ。絶対に教会の連中も考えているはずだ、言葉を女神様と祭る案も……。
だから護衛がいるのは有難い。
しかしその点を考えると、あの二人にはノトスに残って欲しかったのだが……。
――ったく、
何でついて来るって言い出したんだか、あの二人は、
ノトスで待ってくれれば…………………………無理か、
正直、ついて来ると言った理由は……解る。
が、取り敢えず今はそれは置いておいた。先延ばしに出来るモノは先延ばすべきなのだ……。
「あの、サリオさんは大丈夫でしょうか……」
「ああ~、まあ平気だろ? ったく、喰い過ぎで腹を壊すとか」
サリオは今回の旅に参加していなかった。
もうサリオは俺の奴隷ではない。
だからもう俺について来る理由はないのだが、やはり何処か寂しく感じる。
きっと今頃、ららんさんに看病でもされているのだろう。
「――あっ、そういや、ららんさんに依頼するんだっけか? 伊吹は」
「あの、はい、そうらしいですねぇ。魔石を武器に馴染ませるというのは簡単ではないそうですから」
「高い金額取られんだろうな……」
ライエルの精神が宿っていた魔石は、本人の意思によって伊吹に託された。
伊吹はその魔石を使って大剣を作る事を決め、その制作依頼をららんさんに頼んだ。
確かにららんさんなら間違いはないだろう。
少々、ちょっと、結構、かなり高額な料金を請求されるかもしれないが、それに見合った物を作ってくれるはずだ。
「三雲と伊吹はノトスで留守番か……」
「はい、お二人が居れば魔物大移動が起きても大丈夫でしょう」
「んで、コイツはお昼寝か」
「………………きっとお疲れだったのでしょう」
俺の言葉にラティが珍しく目を逸らした。
撫でている尻尾からは、動揺と罪悪感が流れて込んでくる。
「そういう事にしておくか……」
「あの、ありがとうございます」
実は、馬車に乗る時に少々揉めた。
勇者がどの馬車に乗るなどと、そういった事で揉めたのだ。
そして最終的に、葉月と言葉とシキが同じ馬車。
残りは俺とラティの――。
「あの、ご主人様。あまり女性の寝顔を見るのは……」
「あ、ああ、すまん。出来る限り見ないようにする」
俺は視線を窓へと向け、手はラティの尻尾を撫でるように梳き続ける。
「しかし、気絶でもするかのように寝たなぁ」
「………………ええ、余程お疲れだったのでしょうねぇ」
窓から外を見る俺の視界の端には、長い黒髪が映っていた。
馬車の座席で少し窮屈そうに横になっている、勇者早乙女の髪がサラリと広がるように流れていた。
( あれって、ラティのアレだよな…… )
馬車の割り振りで、俺の乗っているニューエクセカリオン号には早乙女も乗っていた。
どうも早乙女はジャンケンが強いようで、席決めのジャンケンでも勝利を収めていた。
そして俺と同じ馬車に乗ったのだが、出発するとすぐに横になって眠ってしまったのだ。
ラティが早乙女に手をかざしたような気もしたが、早乙女は気絶でもするかのように眠ってしまったのだ。
「……まぁ、うるさくないし、これはこれでイイか」
その後俺達は、四日ほど掛けて中央へと辿り着いたのだった。
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