パンデミックぅ!
「おうぁ~! おうぷぅあああっ! ぷぁあ!!」
「モモちゃん? モモちゃん!? ねえ、本当に面白いの? ねえ、これが本当に面白いの!? ホントにぃ?」
「あぷぁあああああ!!」
「モモちゃーーんっ」
俺は、ある目的の為に、明日には中央へと向かわなくてはならなくなった。
その目的とは勇者の捕獲。もっと厳密に言うと、勇者加藤の確保だ。
現在、行方がつかめていない勇者は3人。
何処へ逃げたのか判らない加藤と、レフト伯爵と共に姿をくらました綾杉。
そして、元の世界への帰還方法を一人で探し続けている秋音。
秋音は姿を偽る方法などの、捜索の手を掻い潜る手段を持ってはいるが、アイツはそのうち俺の前にやって来るだろうと思えた。
これはただの勘だが、秋音はきっとやって来る。そう思えたので、俺はギームルに、そのうち秋音の方からやって来るだろうと伝えた。
問題は残りの二人。
綾杉の方は、一緒に居るであろうレフト伯爵を追えば見つかるはずだが、どうやらヤツは、貴族の次男や三男などを取り込んでいるらしく、その伝手で街に入る際のステータスプレートの提示を逃れ、足取りを掴めないようにしているらしい。
現在は、東か北の方に潜伏している程度しか掴めてないだとか。
これは貴族側であるギームルに任せるしかない。
そして最後は加藤。
ワザキリによるステータスプレートの偽装。
証言によれば、目の前に居るはずなのに認識が出来ないだとか。
要は透明になる光学迷彩状態。
これは発見する事が困難で、秋音とは違って完全に姿が見えない状態。
だが、秋音ハルの時のように、この異世界から外れた俺ならば見えるかもしれない。
だから俺に、加藤を見つけろとギームルが言ってきた。
そしてその為の罠はもう既に仕掛けてあると。加藤の想い人、勇者下元拓也を囮とした罠。勇者下元と、王女アイリスの婚約発表という罠を張ったと言ってきたのだ。
この婚約の話は、最初は現宰相のネズミ顔が、自分の功績とする為に画策したモノ。
ネズミ顔はユグトレント戦の時の失態で、元から薄かった中央の求心力を完全に失ったそうで、その求心力を取り戻す為に動いたらしい。
今代の勇者と婚約を取り付ける。この異世界ではとても大きい功績。ギームルはそれを上手く利用するとしたのだと言う。
当然、婚約は認めない。だが、婚約発表があるかもしれないとの噂は流したそうだ。
どんな手段を用いたのか不明だが、この噂はかなり広まっているらしい。
そして同時期に、フユイシ伯爵の処刑が執り行われるとの通達。
一般人はともかく貴族連中にとっては、この処刑が執り行われ人が集まった時に、サプライズ的に婚約が発表されるだろうと考えるそうだ。
悪を裁くと同時に、良い報告をと。ちょっとした茶番だ。
だがこれで噂の信憑性が増し、現在では婚約発表が確実視とされているだとか……。
ギームル曰く、姿を隠す事が出来るのであれば加藤はやって来るだろうと。間違いなく加藤は誘き出されて来ると言った。
そして俺が深淵迷宮から戻って来たのでこの計画を発動させる、明日にはノトスを出立しろと……。
勇者を捕獲する事に反対する理由は無い。
価値は低そうだが、アイツは曲がりなりにも勇者。魔王になる可能性はゼロではない。
それに、魔王発生の時期に、アイツが何処にいるのか判らないとなるとマズい。下手をすると、潜伏先で魔王化するかもしれない。
魔王発生の前にアイツを確保して、例のパレードに参加させて南の街へと連行したい。
だから俺は、このギームルの提案に応じる事にした。
だがしかし、やっと深淵迷宮から戻って来たのだというに、またノトスを離れなくてはならない。またモモちゃんと離れなくてはならないのだ。
なので俺は、その前にモモちゃんの思い出作りとして、家族サービスをする父親のように、モモちゃんが好む事をやってあげようと考えた。
また寂しい思いをさせてしまうのだから。
そしてその結果、流行りモノのお芝居を観る事となったのだが……。
「あぶぶぶぶぶぅ」
「ええっ!? かぶり付き? そんなかぶり付きなの!?」
「んなぁいぃじぃんん」
「モモちゃん!? ねえ、モモちゃん、今”ナイジーン”って言った?」
「んなぁいじぃんっ」
「ぎゃぼおおお! 俺のモモちゃんがぁ……何でアイツの名前を覚えて……」
パタパタと手足を振るモモちゃん。
抱っこされている腕の中でモモちゃんは、大興奮とばかりに暴れていた。
しかも、現在演じられている『ありふれた婚約破棄で、ざまぁでしょ』と言う演目の主人公、”ナイジーン”の名前を連呼している。嫉妬でちょっとおかしくなりそうだ。
そしてこのお芝居は、【ざまぁ系】ではなく【無双系】。
王太子であるナイジーンが婚約破棄を突きつけ、破棄を突きつけられた公爵令嬢がよよと萎れるのだが、そこに兵士達が雪崩れ込んで来る超展開。
宰相による国家転覆のクーデター。
王太子を取り押さえんと、兵士達が突如やって来たのだ。
だがしかし、王太子の取り巻きである、婚約破棄の原因となった4人の令嬢がそれを押し返す超々展開。
早い話が、女に守られる男という構図。
もうホントに無茶苦茶なストーリー。
これは何だとサリオを問い詰めると。サリオ曰く、前に演じられた『殺劇、ヘキサスラスト物語』に触発された脚本家達が、皆一斉に婚約破棄系のお話を書き始めたとの事。
そしてその内の一つが、これなのだとか……。
しかも、これに似たようなお芝居が他にも沢山あるとも言った。
そして何故か、王太子の名前は皆ナイジーン。
何か新手の嫌がらせなのかと勘繰ってしまう。
「ナイジーン! ナイジーンっ!」
「モモちゃーーん! なんか発音が滅茶苦茶良くなってない!? えっ、あれ? モモちゃん、俺の名前言える? ねえ! お願いモモちゃん!」
「あぷぅあ?」
「モモちゃあああああああああああああああああん!!」
その後、はしゃぎ過ぎたモモちゃんは電池が切れたかのように眠ってしまい、俺はモモちゃんとの思い出を残す事は出来ず、翌日にはノトスを出立したのだった。
読んで頂きありがとうございます。
あと、今回は先の展開を読まれて嬉しかったです。
ギームルが信用されているというべきか、ええ、嬉しかったです^^