酒場で二人
三人称一人称視点ってのに挑戦したっかった……
ガヤガヤと活気に満ちた店内。
時刻は夕刻を過ぎ、酒場がもっとも騒がしくなる頃合いの中、二人の男がひっそりと向き合っていた。
店内にもかかわらず、フード深く被って顔を隠す二人組。
「あの、良いのでしょうか? 皆はまだ……」
「ええ、確かにそうですがぁ……こんな時じゃないと、こんな機会は無いですからねえ。すいやせん、オレのワガママにちょっと付き合ってくだせえ――シイナ様」
二人が居る店は【竜の尻尾亭】。
ガレオス達が顔を隠すようにフードを被っている事から察し、店側は目立たぬように配慮していた。オーダーを取る者も騒がぬように、ひっそりと仕事をこなす。
「ふう、やっと落ち着いて酒が飲める」
溜まったモノを吐き出すようにガレオスはそう言った。
ガレオスは深淵迷宮の中では酒を控えていた。
見逃し程度に少しは許されていたが、ガレオスはヴォルケンの事が気がかりで酒を控えていたのだ。
「皆は大丈夫でしょうか……」
「シイナ様、明後日には戻って来やすから。それに、浅い層で不覚を取るとは思えませんよ」
「……確かにそうですね」
残してきたパーティの事を心配し続ける勇者椎名。
二人は、転移系の魔法で一足先に地上へと戻っていた。
先に戻ったのには理由があった。
まずはヴォルケンの引き渡し。
完全にお荷物状態だったヴォルケンは、椎名の転移魔法で一緒に地上へと連れて行かれていたのだ。
ヴォルケンがやらかした事を告発し、あとの事は、現ノトス公爵であるアムドゥシアスに丸投げした。
次は先触れ、あと二日もすれば帰還するという報告。
地上側も、現在の状況を少しでも把握したいだろうと、ヴォルケンの件と合わせて報告した。
そして他には、ガレオスは奢ると約束をした店の手配をした。
酒場はともかく、階段の方は事前に手配などが必要だった。
50人を超える人数が押し寄せるのだから、事前に手配をしておかないと大変な事になるのは明白。階段に行って満員で駄目でしたなどになったら大事。
ただでさえフルチャージなのだ。
中には出禁覚悟で大暴れをする者が出るかもしれない。
そう思いガレオスは、事前に予約等を済ませた。
そして全ての用事を終え、今は勇者椎名を誘い食事をとっていたのだ。
「順調に行けば明後日か……」
「ええ、順調に行けばそうでしょうねぇ。まあ問題は無いでしょうねぇ、何て言うか、もう何でもやれそうな感じでしたから」
椎名の呟きにガレオスが応える。
『何でもやれそうな感じ』、まさにその通りだとガレオスは思っていた。
ガレオスは塩辛の乗ったふかしジャガイモを食みながら、帰りの時の事を思い出す。
奥に行っていた調査組が帰還すると、すぐに撤収を開始した。
精神の宿った魔石が無くなると、ダンジョン内が不安定になると予想したのだ。
最悪の場合は、大崩落に巻き込まれる危険性もある。
だが、広場から上へと上がるには長い急斜面の穴があった。
降りる時はそこまで問題ではなかったが、登るとなると話は別。
一応ロープが張ってあるとはいえ、登るには傾斜がきつい。
足場は岩肌だけでなく、脆く崩れそうな土の所があり、地に足が付いている限り滑らない【駆技】持ちなら問題は無いが、それ以外の者には厳しい。
ましてや女性陣、特に女性勇者様に厳しいと考えていた。
そう考えた時、ある提案が出された。それは誰かが背負って登るというモノ。
降りる時は、照明設置役として陣内がサリオを背負って降りた。
だから今回もそうなるだろうと考えた。
そしてそうなると、誰が勇者様を背負うかと、冒険者内で争いが始まると容易に予想が出来た。
奴らは絶対に揉める。下手をすると奴らは共食いを始めかねない。
ならば潰し合いが始まる前に、歴代勇者様が遺した神聖なる決闘方法、”ジャンケン”によって決めるしかないとガレオスは考えた。
勇者様が遺した決闘方法ならば間違いない。だからそれを提案しようとしたが――。
『『『じゃ~ん~けん、ポイっ』』』
想定外の光景が広がっていた。
何故か、選ばれる側の勇者様たちが”ジャンケン”を開始したのだ。
誰もがそれを見つめる中、一人の勝者が生まれた。
その勝者の名は、勇者早乙女。
勇者早乙女が渾身のチョキによって勝利をおさめ、これでもかと言う程のガッツポーズを見せていた。
呆気にとられる周囲と、残念そうな表情を見せる言葉。そして、とても不服そうな顔をする葉月。
『陽一っ、あたしで決定だからな。いいな!』
嬉しそうに跳ねながら陣内に駆け寄る早乙女。
一方、状況がイマイチ理解出来ていない顔をする陣内。
他の者は全員が瞬時に理解出来ていた。
先程のジャンケンは、誰が背負ってもらうかのジャンケンだったのだろうと。
これによって役得の枠が二つに減った。
役得? ――な方はハーティに任せる事が決定。
ここでガレオスは再び考えた。
シイナ様の結界も、登りながらでは流石にキツイはずだと。
仕方ないので、サリオを背負うのはラティ嬢ちゃんに任せ、サオトメ様はダンナにと、そう考えたその時――。
『あっ! 良い事思い付いちゃったぁ』
あからさまに明るい声を上げる葉月。
キッときつい目で早乙女が彼女を睨むが、そんなモノはどこ吹く風と歩き出し、全員の注目を集めながら、楽しそうに傾斜のキツイ穴へと向かい――。
『えいっ』
葉月は、足元に横幅50センチ程の長方形の障壁を作り出した。
彼女の突然の行動に、誰もが理解が追い付かない。だが――。
『えい、よいしょっと』
もう一枚、そしてもう一枚。
葉月は横長の障壁を続けて作った。
そしてそれを見て、この場にいるほぼ全員が理解した。
いま彼女が作っているのは、障壁で作った階段だと……。
本当に無茶苦茶だったと、ガレオスは思い出しながら苦笑いを浮かべる。
葉月が作り出した障壁の数は、実に300枚以上。
角の形を模した純白の杖を振るい、彼女はMPを枯渇させながらも、障壁による階段を作り切った。
障壁は人が乗っても問題の無い程度の強度に抑え、サイズも抑えて小さめ、数と効果時間だけを特化させていた。
この障壁の使い方は椎名でも無理。
まさに彼女の意地と根性だった。
そしてこの意地と根性によって、誰かを背負って登るという案は無くなったのだった。
「――そうですね、アレだけの事が出来るんですから、確かに問題は無さそうですね……」
ガレオスと同じ事を思い出していたのか、似たように苦笑いを見せる椎名。
「まぁ、問題があるとすれば……ダンナですかね?」
「あはは、確かにそうかもね」
互いにくすりと笑い、二人とも陣内の事を思い出す。
障壁の階段を砕き、一人だけ落下した彼の事を……。
陣内は、ガレオスに変わって殿を務めていた。
そして最後の一段を登る時に、ぐっと大きく踏み込んでいたのだ。
要は一段飛ばし。最後だから無茶をしたのか、大きく脚を開いて一段飛ばしで最後の障壁に足を掛けた。
しかしそれはマズかった。
大きく踏み込んだ事によって、腰の重心が大きく下がったのだ。
そしてその結果、腰に佩いていた木刀が障壁に触れ……。
砕けて霧散する足場の障壁。
当然、足を大きく踏み外し、バランスを崩して奈落へと――。
「……よく無事だったよね、陣内君は」
「あ、あぁ~~、ダンナは慣れていますからね。その、落ちるのに……」
槍を突き刺す事によって最後まで落ちる事は防げたが、それでもそれなりに転がり落ちていた。
それでも擦り傷程度だったのだから、ガレオスのいう通り慣れていたのだろう。
その後もちょっとした問題はあった。
入浴時の正座タイムの時に、足が痺れてちょっと腰を上げた者が居て、その動きに過敏に反応した見張りの三雲が、新WSを編み出して撃ち抜いたのだ。
光の奔流のようなWS。
それはまさに、遠隔版”カリバー”のようなWSだった。
殺傷能力は皆無だが、それなりの範囲のモノを吹き飛ばすWS。
当然、周りに居た2,3人が巻き込まれて吹き飛んだ。
ガレオスは思う、勇者様たちは、戦闘とは関係の無いところで異様に力を発揮すると……。
その後も、ガレオスと椎名はダラダラと会話を続けた。
そしてふと会話が途切れた時、ガレオスは切り出すつもりだった事を尋ねた。
「シイナ様、英雄のダンナ――ジンナイの事をどう思いやす?」
「え?」
ガレオスは、椎名に対し興味を持ち始めていた。
最初に出会った時とは全く違う印象の勇者様。
陣内のような惹かれるモノは感じないが、それでも興味はあった。
椎名は恐ろしい程の優等生。
最初は、何故あんなにも拗らせていたのかと疑問に思った。
そして人伝てに聞いた話で、魔剣の影響によって変わっていたのだと聞いた。
ならば目の前にいるのが本当の彼の姿。
特に惹かれはしないが興味はある。だからガレオスは尋ねた。
「――何ていうんですかねぇ~。ちょっと興味があるんですよ。シイナ様から見て、ジンナイはどうなんだろうな~って。――そして、どちらの方がお強いのかなぁ~っとね」
回りくどい事はせず、ガレオスは直球で椎名を攻めた。
彼の勘が告げていた、そっちの方が『面白い』と。
「……いきなりですねえ。でも、そんな事を聞かれる気がしていましたよ」
「へぇ、それはそれは」
「そうですねぇ、今の僕なら……10回戦ったら7~8回は勝ちますね。いや、9回かな?」
「おおっ! そりゃ強気な」
正直なところ、ガレオスの見立ても同じだった。
戦っている様を見る限りでは、今の勇者椎名の方が陣内よりも上。
魔剣に支配されていない今の彼なら、文字通り十中八九シイナ様が勝つだろうと考えていた。
勇者シイナの高い安定感。
そして、広い汎用性のある守護聖剣による結界と、剛聖剣による強力なWS。
一方、ダンナの戦い方は、どこか博打めいたモノがある。
なので、その見立ては正しいと思った。
だがしかし一方で思う――。
「――でも、戦ったらたぶん僕が負けるかな? うん、負けるだろうね……」
「ほぉ、負けやすか?」
「ええ、きっと彼は十回に一度の勝ちを拾ってくると思う」
「じゃあ、その次やったら勝つと?」
「いや、たぶん、またその十回に一度を持ってくると思うな」
「何ですかいそれは? 言ってる事が矛盾していやすぜ? ――と、言いたいところだが、オレもそんな気がしやす。ダンナはそういう人ですからね」
二人は互いに目だけで笑う。
声は出さずに……。
お互いに共感し合う空気が流れた。が――。
「おいっ、聞いたか? 王女様が勇者様と結婚するらしいぞ!」
隣のテーブルから気になる会話が聞こえてきた。
「ああ、聞いた聞いたっ! えっと確か……勇者シモモト様とだっけか? もう一緒に暮らしているとか何とか……」
「ちげぇよ、一緒に居るってのは、同じ城に居るって事だろ?」
「でも、婚姻の発表があるって噂が流れてんぞ?」
「何時だよそれ」
「えっと、確か……一週間後だっけか」
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