白い悪魔
ノロイってどんだけ凄いヤツなんだw
白面の者にも似てるよね。
「強化は済んだが……本当に二人だけで?」
「ああ、俺たちだけでやる」
「ありがとうございます、レプソルさん」
俺たちはレプソルさんから強化魔法を掛けて貰う。
魔法を掛け終えたレプソルさんは、この強敵を俺たちだけに任せる事に対し思うところがあるのか、この場を離れようとしない。
「レプさん、こっちは俺たちに任せてあっちを頼む。ラティも行ってくれ、迅盾の出番だ」
「はい、ご主人様。――ご武運を」
「……ああ、分かった。すぐに終わらせて戻ってくる。だからそれまで耐えてくれジンナイ。ヤツをここから出さなければ良いんだ」
「あっ! 確かこういう時は、『別に倒してしまっても構わんのだろう?』って言うんだよね?」
「椎名、それは死亡フラグだ。俺をそれに巻き込むな」
俺たちの役目は、白亜の魔物を止める事。
当然、倒せれば一番良いが……。
ラティとレプソルさんが向こうへと駆けて行く。
白い悪魔のような魔物は、こちらに向かってくるのを止め、俺たちのやり取りを通路の奥でジッと見続けていた。
「……何て言うか、凄みのある魔物だね」
「ああ、間違いなく強ぇだろうな」
仁王立ちで待ち続ける白亜の魔物は、まさに強者の風格。
陳腐な喩えだが、目の前にいる白い魔物は、剣豪と称えられる武人のような雰囲気を醸し出しており、不用意に前に出れば一刀両断。そう感じさせるプレッシャーを放っていた。
「……やるしかねえよな」
「うん、そうだね。じゃあボクはフォローに回るよ。飛んで来るのは全部止めてみせるよ。それ以外は避けてくれ」
「了解、それじゃあ行くぜっ!」
「咲き誇れ守護聖剣ディフェンダー! ファランクス改!」
俺の合図で戦いの火蓋が切られる。
前へと駆け出す俺と、そのすぐ後を追う椎名。
俺は普通のヤツと違って、遠隔攻撃が出来る手段がない。
戦うならば距離を詰めるの一択。
一方椎名は、近接も放出系も使いこなし、無数の結界を自在に操る。
だから俺がメインで椎名がフォローとなった。
そして迎え撃つ形となったイタチに似た白亜の魔物は、腕を大きく振って肘の棘を飛ばしてきた。
「させないっ!」
椎名の操る結界が前に出る。
カっと渇いた音を立てて、俺に降り注ぐはずだった棘を全て受け止め切る。
無数の赤黒い棘が結界に突き刺さっている。
「ナイスだ椎名っ! あとは――っだっりゃああ」
『――シャアアアアッ!』
俺の渾身の一突きは、肘の棘によって薙ぐように弾かれた。
そして返す刃が俺を抉りに迫りくる。
「シィッ」
全力のバックステップ。
すんでの所で抉りにきた棘による薙ぎ払いを避けた。
しかし、追撃の棘が飛来する――が、椎名の結界が再び防いでくれる。
「ちぃ、やっぱ甘くねえな」
「うん、動作に隙がないね。さてどうやって崩すべきか……」
お互いの初手は防がれた。
一合切り結んだだけだが、白亜の魔物が予測通り強い事が分かった。
そして攻撃方法も厄介だった。
肘の棘を、刃のようにして飛ばしてくる攻撃。
ちょっとしたWSのような攻撃だ、この攻撃を見切るのは困難。
面のような攻撃であり、範囲も広く速度もある。
荒木の使ったEXカリバー程ではないが、近接がメインの俺にとっては非常に厄介な攻撃だった。
普通だったら無傷では済まない。
そう簡単に直撃をもらう事はないが、全て捌き切るのは難しい。
だが一緒に戦っているのは聖剣の勇者椎名。椎名の【予眼】と【直感】がそれらを防ぎ切ってくれた。
【予眼】は遠隔攻撃には滅法強い。
何処に何が飛んでくるのか事前に判るのだから、それを待ち構えている限りは防ぎ切るだろう。
しかし――。
「陣内君。あの直接の棘だけは避けてくれ。きっと結界は切り裂かれる。あれは防ぎ切れないと思う」
「ああ、小手の結界でも無理だろうな」
白い魔物の攻撃には、魔王のような重さは無いが、魔王には無い鋭さがあった。
しかも魔王ような単調な攻撃ではなく、的確に俺を切り刻みにきていた。
剣豪のようだと喩えたが、まさにそれだった。
だが一方、手と足が生えていて、地面に立っている相手なので、予備動作を読む事は出来た。
体勢を崩されると厳しいが、そうでない限りは避ける事が出来そうだった。
( でも、これで何か隠し玉があると厄介だな…… )
「――だが、退く訳にはっ!」
俺は再び前へと出る。
相手のヤバさは解るが、ちんたらやっている場合ではない。
コイツを速やかに倒し、俺はラティたちの援護に向かわねばならないのだ。
死亡フラグを口にするつもりはないが、コイツは倒すと心に決める。
任せられるところは椎名に任せて、俺は切り裂きに来る棘を身を低くして掻い潜り、強引に間合いへと踏み込んだ。
「もらったああっ!」
腹を狙うと見せかけてからの脚狙い。
槍の穂先を叩き落とそうとした相手の攻撃を空振らせ、俺は魔物の足を狙った。
穂先は軌道を変え、無骨な刃が脚へと突き刺さるが――。
「ぐっ!?」
予想とは異なる手応え。
布団を鉄の鎖でぐるぐる巻きにして、その鎖で覆われている部分を槍で突いたような鈍い感覚。
表面は堅いが割れる事はなく、衝撃を吸収して刃を通さない。
この白亜の魔物の毛皮は、まるでチェーンメイルのような役目を果たしていた。
この白い毛皮を貫こうと思ったら、しっかりと溜めを作った突きでないと駄目だと解る。
今のような、フェイントからの一撃では、白い毛皮は貫けなかった。
「くそがっ!」
振り下ろされる棘を避けながら、俺は一旦距離を取る。
「硬いのかい?」
「ああ、しなやかで硬いってヤツだ」
一瞬、目か口の中を狙えないかと脳裏をよぎる。
だが、高い位置はヤツの制空権。
不用意に飛び上がれば間違いなくズタボロにされる。足場だって必要だ。
『ッシャアアアアア!!』
「来たよ陣内君」
「応っ!」
今度は白い魔物の方から攻めて来た。
猛獣が駆けるように四つん這いの姿勢で駆けて来て、熊のように上体だけ起こし、その剛腕を鋭く振り下ろしてくる。当然、棘もしっかりと放ってきた。
「マズい!? もっと下がって」
「――なっ! 跳弾かよっ!」
放たれた棘は、地面や壁に突き刺さるのではなく、跳弾するように襲いかかってきた。
多角的に降り注ぐ棘。
これには流石の椎名も間に合わず、全てを防ぎ切る事は出来なかった。
黒鱗で覆われている部分は何とかなったが、そうでない場所が抉られる。
「てええっ」
「ゴメン、今のは防ぎ切れなかった」
「いや、今のは仕方ねえ。つか、お前も……」
しっかりと確認した訳ではないが、今の攻撃は椎名にも届いていた。
今の攻撃を繰り返し喰らえば、近いうちに俺たちは追い詰められる。
戦いが長引けば絶対に不利。
『シャアアアア!!』
白亜の魔物は、毒蛇の警告音のような咆哮をあげて襲い続けてくる。
一合、二合と切り結ぶ。
距離を取り過ぎれば先程の攻撃が再びやってくる。
しかしだからとは言え、このまま攻撃を捌き切る事は出来ない。
広場まで下がれば楽になるかもしれない。少なくとも跳弾のような棘による攻撃はなくなる。しかしその棘は周囲の冒険者に突き刺さるだろう。
きっと死者が多く出る。
そしてその死者を蘇生しようと、絶対に言葉が無理をする。
自身の身を削るようにして助けてしまう。
だから――。
「椎名っ! このまま退かずに戦うぞ。踏ん張れっ」
「ああ、分かってる。彼女にもう負担は――」
気合いを入れ直し、俺と椎名はその場に踏み止まる。
しかし気合いだけではどうにもならず、俺と椎名は防戦一方へと押し込まれる。
「っがあああ!」
刹那の三連撃。
俺はギリギリのところで魔物の腕を弾く。
だが、そこから先が無い。次が続かない。
相手を攻め切るには、手数と、白い毛皮を貫ける一撃を溜める時間が足りない。
そして椎名の方も、飛来する棘を防ぐので精一杯。
被弾覚悟で斬り込むべきかと、そう考えた瞬間――。
「いっけええ陣内君! 攻撃はボクが押さえる!」
椎名が一気に前に出た。
守りを捨て、俺の前に躍り出る。
『シャアアア――』
白亜の魔物が、俺に弾かれた両腕を振り下ろそうとする。
上からの圧殺。
仮にその手を避けたとしても、次は肘の棘が爆ぜるように襲ってくる。
はずだったが――。
「WS”グラットン”!」
剛撃一閃、椎名のWSが白い魔物の右腕を弾き上げた。
そしてもう片方の左腕には、椎名の結界が覆うようにして纏わり付いていた。
勢いが無ければ切り裂かれる事はない。
椎名は、振り下ろされる前に攻撃を止めてみせた。
椎名が作り出した千載一遇のチャンス。
俺は溜めを作る為に左半身を半歩引く。両手を上げて晒している腹を狙う。
「陣内君っ! 蹴りが来る!」
先を視た椎名が俺に警告を飛ばす。
腕が弾かれた白い魔物は、棘を纏わせた足で蹴り上げて来た。
だが俺はそれを見越し、蹴りが届かない位置に身を引いている。
ヤツの蹴りが届かない位置。
俺は左肩を引いた状態からさらに身体を捻り、くるっと横に回転する。
回転した事によって、俺の身体の位置は右にスライドする。
俺が居た場所を、棘の付いたフレイルのような尻尾が通過する。
「はっ、俺を舐めんなよ。俺は尻尾に関しちゃ第一人者だぜ!」
白亜の魔物は、サマーソルトキックのようにバク宙し、人の胴体程ある尻尾で俺を打ち上げようとしたのだ。
四つん這いになって襲ってくる時に見えていた、棘で覆われた凶悪な尻尾が見えていたのだ。
そして的確に攻撃を繰り出していた白亜の魔物が、足が届かない目測を見誤った攻撃を繰り出してくるはずがない。
だから瞬時に読めた。あの蹴り上げが本命で無いと。
3メートル近い巨体が華麗に宙を舞う。
そして重力に引かれるように、足から地面に着地しようとする白亜の魔物。
「っらああああああ!」
遠心力を乗せた一撃を、着地寸前の白亜の魔物の腹に叩き込む。
鈍い手応えの後に、ズッと槍が突き刺さる。
『――ッギシャアアアアアア』
「足りないか!?」
「退いて、陣内君。”グラットン”!」
椎名は、無骨な槍の石突にWSを叩き込んだ。
釘を打ち付けるように、突き刺さった槍をさらに押し込む。
「これで――なっ!? まだ!?」
『っギ、シャァァ――』
白亜の魔物は黒い霧にならず、まだ生きていた。
普通の魔物ならとっくに黒い霧となって霧散している。
しかし白亜の魔物は腕を振り下ろし、俺と椎名を狙おうと足掻いてくる。
「しつけえええええ! これで爆ぜろ!」
俺は突き刺さった槍を足場にして駆け上がり、腕を振り下ろされるよりも早く、白亜の魔物の口の中に両手を突っ込み――。
「ファランクス!」
蝶が羽ばたくように広がる幾何学模様の魔法陣。
そしてその魔法陣に引き裂かれ、白亜の魔物は黒い霧へと色を変えたのだった。
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