下層の住人
言葉さまあああ!
「ヴォルケン、しっかりと仕事をやってくれ。その為に参加したんだろ?」
「……ハイハイハイハイハイぃ、わぁ~かりましたっ。やりゃあイイんだろ、やりゃあよぉ。――ったく、全然稼げねえじゃあねえか。魔石魔物がゴロゴロ出るって聞いていたのによぉ……」
「出るかもしれねぇって言っただけだろ。誰もゴロゴロ出るとは言ってねぇぞ」
「ふんっ、あのガレオスが偉そうにしやがって。もういいだろ、俺は働かねえといけねえんだろう」
反省の色など微塵にも見せず、いかり肩で立ち去るヴォルケン。
それをもう何も言えず、ただ見送るだけのガレオスさん。
「はあぁ」
「……ガレオスさん」
「あっ、すいませんダンナ。後でもう一回しっかりと言っときますから……」
ガレオスさんは、ほとほと参った様子で謝ってきた。
今はこれ以上言わないで欲しいと、憔悴した目で伝えてくる。
「取り敢えずは、任せます……」
「へい、すいやせん……」
ガレオスさんは下へ降りてくると同時に囲まれた。
囲んだのはいつもの連中達。ハーティに制裁を下しながら、奴らはこっそりと話し合っていたのだ。
大っぴらに話し合うとマズイと思ったのか、ハーティの失態を隠れ蓑として、ヴォルケンをどうすべきか話し合っていたのだ。……ハーティの顔を握り潰しながら。
普通の人なら気付かないが、嫉妬組が粛々と刑を執行するはずが無い。奴らは出来る限りネチネチと刑を執行するのだ。
そしてその話し合いの結果、仕事をしないヴォルケンには報酬は無しにしようとなった。
あまりにも横暴な判断とも思えるが、ヤツの行動はそう思われてもおかしくない程酷いモノだった。
だからまずガレオスさんにそれを話し、その後ヴォルケンに、報酬は無しだと告げようとした。
だがしかし、ガレオスさんは待って欲しいと言った。
ヤツの参加を許可したのは自分、責任は自分にあり、取り敢えず自分に任せてくれと言ってきた。
不承不承だが、ガレオスさんがケツを持つというのならと、皆は一度だけだと引く。
こうして一度だけ猶予を与えられたのだが、どうしても腑に落ちず俺は……。
「ガレオスさん。何でアイツをそんなに庇うんです? そんな庇う価値のあるヤツとは思えないんですけど」
「………………判っていやす。ただ、アイツは……ヴォルケンはオレなんですよ」
「はぃ?」
「もう十年も前の話です。アイツとオレは同じパーティで――」
ガレオスさんは自分の過去を語り始めた。
何処にでもありそうな、ありきたりな冒険者の話を……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふ~ん、それで強く言えないのか……」
「そうらしいな。正直、まったく共感出来ないけどな」
俺は、ガレオスさんから聞いた話を伊吹に話した。
ガレオスさんは伊吹組に所属。だから俺は、先程聞いた話を伊吹に話しておいた。
ガレオスさんから聞いた話は、正直、『だから?』と言うモノだった。
ヴォルケンとガレオスさんは同じパーティだった時期があり、その時に戦った魔石魔物に、二人同時に薙ぎ払われたそうだ。
直接薙ぎ払われたのはガレオスさんで、そのガレオスさんに巻き込まれる形でヴォルケンも吹き飛ばされたらしい。
二人とも重傷。だが、ガレオスさんの下敷きになったヴォルケンの方が傷は深く、回復魔法で治して貰ったが、内臓へのダメージが大きく復帰するのに時間がかなり掛かったそうだ。
そしてその時間がヴォルケンを蝕み、ヤツは冒険者を辞めたのだという。
結果としては、ガレオスさんを庇ったとも取れるが、ヴォルケンには庇う意思などは無かったそうで、『俺を巻き込みやがって』と、そう罵られたとガレオスさんは語っていた。
だからだたのよくある事故だ。
冒険者として生きていれば、誰にでも起こり得る出来事だ。
元の世界で喩えるならば、道を歩いていたら交通事故に遭ったのと同じようなモノだ。魔物と戦っていれば、その魔物から攻撃を受けるなどは当たり前。
だから――。
「――だから、ガレオスさんは共感しちまったんだって……」
「共感? ガレオスさんが?」
伊吹は不思議そうに呟いた。
確かにそうだろう。これはとても解り辛い事だ。
「……ああ、ガレオスさんが言ってたんだ、『アイツは、ヴォルケンはオレなんだ』ってな。同じありふれた冒険者、だからあの出来事はたまたま逆だっただけで……要は、ガレオスさんが酷い怪我をしていた可能性だってあるんだってよ。そんで冒険者を引退していたかもしれないって……」
「それで共感?」
「ああ、冒険者を辞めると決断したのはヴォルケンだけど、切っ掛けはその時の怪我だ。だけどガレオスさんにはその切っ掛けが無かったから冒険者をやっている。そんで勇者パーティに入る事も出来た。だから……」
「可哀想で同情をした……って事? それが共感?」
「ああ、そうらしいな。別に罪滅ぼしとか負い目とかそういったもんじゃないらしいけど。……もう一度ぐらい、最後に勇者パーティとして冒険をって……」
「そっか……」
伊吹は小さく呟いてから天井を見上げた。
俺の話した事がしっかりと伝わったか分からないが、伊吹は全て汲み取ろうとしてくれていた。
今回の事を自分に置き換えて言うのなら、俺が何かの球技をやっていて、仲の良かったチームメイトが試合中の事故でその球技を辞めてしまう。
そしてその数年後に、有名な選手と一緒に試合が出来るから、『記念にどうだ?』と、その仲の良かったチームメイトに声を掛けたようなモノなのだろう。
これは間違いなくガレオスさんの善意。
ただ、それに振り回される方は堪ったもんじゃないが……。
伊吹は、咀嚼するように考えと思いを纏めようとしている。
「じゃあ私は……ワガママに行こうかな」
見上げていた視線を降ろし、俺を見ながら伊吹はそう宣言した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
下に降りてから状況が大きく変わった。
まず、深淵迷宮の探索方法が変わった。
今までは全員で移動をしていたが、この留まっている広場をベースキャンプにして、狭い通路は少数で探索するとなったのだ。
そして調べた後に、どの通路を進むか判断する事になった。
これは当初から想定していた。
状況によっては下層にベースキャンプを作り、そこから探索を進めて行く方法を取る場合もあると。
問題があるとすればチーム分け。
どちらも魔物に襲われる危険性はあるので、片方に戦力を偏らせる訳にはいかない。だから編成には気を遣うつもりだった。しっかりと戦力のバランスを考えるつもりだったのだが……。
某勇者の主張により、それは呆気なく崩れた。
『あんっ? あたしは陽一と一緒に行くよ。その為に来たんだから。なんか文句ある?』
そういって他の勇者たちにガンを飛ばす黒髪ロング。
彼女の、この空気を読まない行動により、自重していた者も動く事となった。
その結果、探索組は俺、レプさん、葉月、言葉、早乙女、伊吹に。
ベースでの居残り組が、椎名、三雲、ハーティ、ガレオスさんとなった。
ラティは俺と一心同体なので探索組だ。
こうして、少々偏った編成となった。
遠隔持ちの早乙女にはベースに、回復持ちの葉月と言葉は別々と考えていたのだが、どうにも上手くいかなくなった。
飛び入り参加した椎名が居たお陰で何とかなったに近かった。
編成を終えた俺達は、それから三日程探索に時間を費やした。
探索に向かってはベースに戻り、ベースで休んだらまた出発。
白い毛玉は言葉のペットという事なので、探索組に同行させたのだが、深い下層の為か、上とは違い魔物を完全に抑える事は出来なくなっていた。何匹かの魔物と遭遇し、その魔物たちは全部襲い掛かってきた。
当然、ベース組の方も魔物に襲撃された。
ただ、戦力はしっかりと揃っているので、これといった被害が出る事はなかった。そう、被害は出なかったのだが……。
「ホント、すいやせん……」
「……ガレオスさん」
ベースに戻ってきた俺たちに、ガレオスさんは頭を下げてきた。
周囲の雰囲気から、ある程度は察する事が出来る。
ベースに戻る度に雰囲気が悪くなってきていた。きっと溜まり切った不満が爆発でもしたのだろう……。
「すいやせん、先に謝るなんて卑怯な真似をしてしまって……」
「取り敢えず話を聞かせてください」
「へい……」
俺はガレオスさんと誰もいない場所に移動する。
辺りに人がいない事を確認すると、ガレオスさんは、俺たちが居ない間に起きた出来事を話してくれた。
俺たちがいない間、この広場に留まったサポーターたちは、状況の維持に努めていたそうだ。
食事の用意や寝床の用意など、そういった事に時間を費やしていたのだという。
外なら、宿屋や料理屋などに金さえ支払えば解決する。
だがここは深淵迷宮の下層。自分たちで動かなければそれらは得られない。しかも移動中とは違い、ここを拠点にと腰を据えた為、しっかりとした準備が出来るようになったので、それなりの用意を始めたそうだ。
要は本格的な拠点作りだ。
冒険者も多少は手伝うが、メインで動くのはサポーター組。
そして料理を作ったりなどは全てサポーター組の仕事。
それなのに――。
「変に、捻くれてしまって……。望んでいる報酬が出ていないのに働けるかと…………言い出し始めて」
「アホかよ……」
なんとヴォルケンは、報酬が足りていないから仕事をしないと言い出したそうだ。
その報酬とは、最初に提示された金額の事ではなく、倒した魔物から得られる魔石と経験値の事。
ヤツの予定では、魔石魔物がゴロゴロと出て、その魔石魔物から巨大な魔石と大量の経験値が貰えて、所謂『ウマー』状態のはずだったらしい。
だが蓋を開けてみれば、魔石魔物どころか普通の魔物すらも少ない。
ベースキャンプには白い毛玉がいないから、多少は魔物が出るようになったが、それでも魔石魔物が湧く訳ではないのでキレたらしい。
聞きかじった噂話程度の知識で、魔石魔物狩りが流行っているから、魔石魔物がゴロゴロ出ると勝手に思い込んでいたようなのだ。
そんな訳が無いのに、魔石の回収はしっかりとやっているのだから、魔石魔物が湧くはずがないのに……。
ガレオスさんは善意でヴォルケンを呼んでやった。
しかしヴォルケンの方は、安全に稼げる事と、勇者とお近づきになれるとの思いで参加。
両者の思いは完全に乖離しており、もう俺の指示に素直に応じなくなっているとガレオスさんは言った。
完全に悪化していたのだ。
「――って、訳なんで、どうしやしょうダンナ」
「だからってこんな場所で放り出せないよな……」
「そうなんでさぁ。だからホトホト困りやして……本当にすいやせん」
「取り敢えず……引き続きお任せします」
俺はそういってこの話を打ち切った。
本当のところ、放り出してしまいたい気持ちは大きい。
だが、ここで放り出すという事は殺すと言う事と同意義。
流石にそこまでの覚悟はない。
正直もう面倒なので、ガレオスさんに丸投げにする事にしたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ジンナイ、例のヤツの事だけどどうなった?」
「ニーニャさん、ええ、取り敢えずはガレオスさんに引き続き見てもらう方向ですね」
ニーニャさんが、俺の隣で正座をしながら話し掛けてきた。
俺は先程話した内容で答えた。
「そっか、まあ仕方ないか。さすがにここで追放って訳には行かないからな。不満で仕事をサボっただけで、罪人のように扱うってのはアレだしな」
「それだけが救いっていうか、逆とも言えるのか……?」
「そこっ!! 何をコソコソとやってんの! まさかノゾキの相談じゃないわよね? いい? 少しでも怪しい動きを見せたら容赦なく射貫くからね」
「はいっ! 絶対に動きませんミクモ様」
俺たちは全員正座をしていた。
そう、男性陣は全員正座をしたまま、勇者三雲に見張られていた。
現在女性陣は入浴中。
探索から戻って来たので、女性陣は風呂へと向かったのだ。
風呂の作り方は前と同じ、穴を掘って防水が出来そうなシートを敷いて湯を張る。
そして女性陣が風呂に入っている間、誰かがノゾキをしないように三雲が見張っているのだ。
「動いたらあたしも燃やすですよです」
「サリオっ! 流石にそれはやりすぎだろ! しかもあの時は俺は防ぐ側だったろ! 何で俺まで……」
まるで死神の鎌のように、炎の斧がサリオの頭上でゆらゆらと揺れていた。
もし下手な動きを見せたら、容赦なく炎の斧が振り下ろされる。
「うるさいわよ陣内。アンタらが前にノゾキなんてやったのが悪いんでしょ」
「だからっ、俺はそれを阻止しようとしただろ!」
「うっさいっ! 阻止出来なかったんなら同罪よ…………ホントは止めるつもりなんて無かったんじゃないの?」
「あたしはのぞかれたですよです! 穢されたです!」
「誰得だよ! くそっ、お前らの所為だからっ!」
半数以上の奴らが一斉にそっぽを向く。
そっぽを向いたのは前回ノゾキをした連中だろう。
前回、風呂の覗き事件があった為か、女性陣が風呂の間はこうして見張られるようになった。
弓を構える三雲の目は本気であり、もし動こうものならガチで射貫かれそうな気配。
ヤツの精度を知っている身としては、マジで眉間を射貫かれかねないと悟る。
前回、唯一覗かれたサリオもそれに賛同しており、三雲を見習い攻撃魔法を待機状態にしていた。
もしあの炎の斧が振り下ろされれば、動いたヤツはおろか周りの2~3人も焼かれるだろう。
「これは、じんないが悪いのう」
「へ? 俺が? なんで……」
反対側で正座をしているららんさんがそう言って来た。
「ん? だって、阻止出来なかったんだろ、さりおちゃんが覗かれるのを」
「だってアイツら……」
俺は小さく反論しつつ、恨みがましく目を逸らした連中を睨むと……。
( あ…… )
そこである事に気が付く。
ある意味、当然と言えば当然なのだが、ヴォルケンの周りには誰も居なかった。
ヴォルケンの周りだけがぽっかりと空いており、意図的に無視されているのが判った。
もう誰もヴォルケンには構わない。
そんな風に見えた。
( まぁ当たり前か…… )
その後、たっぷりと30分ほど正座をさせられた。女性陣が風呂を出たとの合図があって解放された時は、脚は痺れてすぐには立てなかった。
因みに、男性陣が正座をさせられている事は、風呂に入っている女性陣には秘密とされていた。
これは、勇者三雲とサリオの独断だった……。
こうして、下に降りて四日目を終えたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
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あと、誤字脱字なども教えて頂けましたら幸いです。