ディープダンジョン・下層
「あっ、誰か来たですよですジンナイ様。次が降りて来ましたです!」
「あ、ああ……。来たか、いま行く」
ラティによって満たされ呆けていたが、サリオの呼ぶ声で覚醒する。
サリオの元に向かい、彼女が覗き込んでいる穴を見上げると。
「もう来たのか、早いな」
「あ、シイナ様ですよです」
次の後続がもう降りて来ていた。
片手に剣を握ったままで、勇者椎名が器用に降りて来てくる。
「ふう、やっと着いた。思いの外SPを消費してしまったかな」
「ありがとう、椎名君。ホントに助かっちゃった」
「あの、椎名さん……ありがとうございます」
「ふん。――あ、陽一」
椎名と共に、葉月、言葉、早乙女もやってきた。
正確には言うならば運ばれて来た。まるで座布団に座るかのように、椎名の作った結界に座った状態で彼女たちは降りてきた。
「ほへぇ~、あたしの結界じゃこんなの出来ないですよです。ららんちゃんにお願いしたら出来るようになるかな? です」
「サリオ、ららんさんに無茶言うなよ。大体こんなデタラメなのは普通は出来ねえはずだろ? 多分……」
「うん、私もそう思う。そもそも結界とか障壁って、指定した場所にしか張れないはずだもん。だからこれは私にも無理かなぁ」
サリオの言葉を聞いた葉月が、乗っていた六角形の結界から降りながらそう言った。
そして全員が結界から降りたのを確認すると、椎名は剣の結界を解除する。
「さて、取り敢えずはこのまま待機かな?」
「ああ、全員揃うまで待機だな」
「それならボクは少し休ませてもらうね」
椎名は笑みを絶やしてはいないが、疲れの色は明らかに濃かった。
降りて来るだけでも大変な長い穴。椎名はそれを、結界を発動させたままで降りて来たのだ。体力の疲労だけではなく、精神的にも疲弊したのだろう。
「なあ椎名、魔法とかで回復出来ないのか?」
「もう掛けてあるよ。だからこれ以上は無理かな」
「ああっ、そっか。もう掛けてあるよな」
失念していた。
彼女たちは運ばれていたのだから、それぐらいのフォローは当然していたはずだ。すでに補助魔法は掛けられていた。
「あっ! また誰か来たです!」
サリオが後続に気付く。椎名に続き誰かが降りてきた。
「…………ふぅ。…………着いた」
「やっほ~、さりおちゃん。ありがとうのう、すぺしおーるさん」
次に降りて来たのは、スペシオールさんとららんさんだった。
ららんさんの身長ではきつい為か、彼はサリオと同じように背負われていた。
「ららんちゃん、仲間~です」
「仲間やのう」
背負われ仲間という事なのか、サリオとららんさんはハイタッチを交わす。
仲良く戯れる幼子のような微笑ましい光景。
「あ、また誰か来るよ陽一君」
それから次々と人が降りてきた。
かなり長い穴なので、誰もがそこそこの疲れを見せていた。
そして半数以上が降りてきた辺りで、総指揮のレプソルさんが指示を出す。
「今日はここで休む。各自野営の用意を」
レプソルさんの指示により、皆が一斉に動き始める。
まだ全員降りて来ていないが、椎名のSP消費量や、降りて来た者の疲労具合を見て、今日はもうここで野営となった。
現在、俺たちがいる場所は難しい位置。
穴から降りた先は開けた広場となってはいるが、そこから先は、上のような広い通路が続いているのではなく、横幅が3~4メートル程度の通路に変わっていた。
しかも複数の道。
まるでこの広場から枝分かれしたかのように、6本の道に分かれていたのだ。
ここから先は未知の空間。
今までとは違い、まだ一度も訪れた事の無い場所だ。
ラティとサイファの報告によると、この狭い通路がずっと続いているとの事だ。
まずはどの道を行くか決めなくてはならない。
それにこの幅の道では、60人が移動するには少々窮屈。
それらを全て判断した結果、今日はここで野営としたらしい。
「左の通路は女性だけだ。野郎はこの広場を使え」
「了解っ、それ持ってきてくれ。先にそれを張っちまおう」
「奥の方はテイシに任せろ。彼女がそっちの担当だ」
「食事の用意はあっちでいいのか~?」
女性陣の勇者の為に、簡易テントや衝立代わりの布などが張られる。
勇者の為にキビキビと動く冒険者たち。
「相変わらずだなぁ……」
勇者の為に動く冒険者たち。
そして冒険者の方の用意は、サポーター組が行っていた。
食事の用意や、簡易寝床の用意をしていくサポーター組。
穴から降りてきた者は、すぐに野営の準備へと参加していく。
「ん? あいつは……」
皆がせっせと動く中、一人だけポツリとしている者がいた。
ラティやサイファといった、周囲を警戒する役目の者は別だが、それ以外の者が働いている中、その男だけは明らかにサボっていた。
「あの人、少し問題あるね」
「伊吹……。ああ、確かにそうだな」
サボっているのはヴォルケン。
奴はウロウロとしながらも、手伝う素振りは一切なかった。
右に行ってはボーっとし、思いついたように左に行ってはまたボーっとする。
「ったく、ガレオスさんが降りて来たら言ってもらうか」
「うん、その方がいいかもね。誰かが注意をしないと……」
伊吹が濁しながら言った視線の先には、ヴォルケンと同じサポーター組の男がヴォルケンを睨みつけていた。
その様子はただならぬ気配、今にも喰って掛かりそうだった。
「そりゃそうだよな……」
冒険者のフォロー役として参加しているサポーター組。
それなのにヴォルケンは全く仕事をしていない。
しかも今は誰もが疲れ切っている状態。だからこそ余計に不満が溜まるのだろう。
もう我慢出来ないと、そんな表情を浮かべた者が――。
「――あっ!」
「いけないっ、私止めて来る!」
伊吹が言うと同時に駆け出すが、すでに遅く。
「てめえもちっとは働けよ! なに一人でサボってんだよ」
「ああん? 俺に文句があるってのか? ってか、お前はサポーターだろ? だったら働けよ。俺に突っかかって来んなよ」
「――なっ!? てめえもサポーターだろうがっ!」
「ストォォオップ! こんな所で争っちゃ駄目だよ。取り敢えず落ち着いて」
「い、イブキ様……」
ヴォルケンに掴み掛ろうとした男は、伊吹に腕を掴まれて動きを止めた。
そして激昂していたのが嘘のように大人しくなる。
「申し訳ありませんイブキ様。とんだ御見苦しい所を見せてしまって……」
「ううん、私は気にしないよ。それよりも食材を出すから、それを運んでくれないかな? お腹が一杯になれば落ち着くよ」
伊吹に促され、掴み掛ろうとした男はその場を離れて行った。
去り際に、後は任せたと目で合図を送ってくる伊吹。
( へいへい…… )
もうこれ以上ゴタゴタが起きない様に、俺はヴォルケンの近くに寄る。
出来るだけさり気なく気配を殺す。
一瞬の騒ぎに誰もがこちらを見ていたが、伊吹の仲裁によって皆が作業へと戻っていく。
( 早くガレオスさん来ないかな…… )
この問題児を一刻も早くどうにかしたい。
今はガレオスさんの到着を待つしかなく、他に誰か絡んで来る者がいないように見張っていると……。
「くそっ、全然稼げねぇじゃねえかよっ。もっとわんさか魔石魔物が出るって聞いてたってのに。くそっ、全然面白くねぇ。勇者様にも近寄れねぇし……あの連中は邪魔ばっかしやがって……」
反省の色などは一切無く、サポーターのヴォルケンはひとり悪態をついていた。グチグチと聞き捨てならない事も吐いている。
( 生粋の問題児だな…… )
俺は取り敢えずガレオスさんの到着を待った。
もうガレオスさんに何とかして貰おうと。そう考えていたその時――。
「誰かああ! 回復持ち来てくれっ! 落ちて怪我したヤツが出た」
降りてくる穴の前で待機していた者が声を張り上げた。
どうやら予想していた事故が起きたようだ。
すぐに葉月と言葉が駆け寄って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大事にはならなかったが、数人の怪我人が出ていた。
トンネル内の巻き込み事故のように、一人が数人を巻き込み怪我を負わせていた。
どうやら、もうすぐ出口だという事で、気が緩み足を滑らせたらしい。
着ている鎧の重量などもあって、滑り落ちたヤツの下にいた者が骨を折った。
支えられながら運ばれ、葉月に回復魔法を掛けられる。
「ニーニャさん、大丈夫ですか?」
「ん? ああ、もう平気だ。回復魔法を掛けて貰ったからな。少し痺れが残っているけどすぐに消えるだろ」
「す、すまない、おれの所為で……」
足を滑らせたのはドルドレー。そしてそれに巻き込まれたのはニーニャさんだった。
このトラブルにより、ガレオスさんの到着が遅れる。
「何かあったのかい? 降りている途中、何か下が騒がしかったけど」
「あ、ハーティさん。実は――ッ!?」
降りてきたハーティは、どういった経緯でそうなったのかは不明だが、勇者三雲を背負って降りて来ていた。
背負われている方の三雲は、羞恥からか顔を伏せているので表情は窺えない。
即座に飛び交い合うハンドサイン。
『どうする?』「ステイか?』『どうする?』など、ほぼ全てが判断待ちだった。
中には、審議中だと【(´・ω)(´・ω・)(・ω・`)(ω・`)】を器用に指で形どる者もいた。
刹那の時。
そして下された判断は、小さいからスルーだった。
嫉妬組判断基準はイマイチ判らないが、どうやらハーティは許された様子だった。
「あ、ありがとうハーティさん……」
「いえいえ、女性を支えるのは男の務めですよ。それに三雲様は羽のように軽いですから、全く負担にはならなかったですよ」
歯の浮くどころか、歯が抜けそうになる台詞を言い放ちながら三雲を降ろすハーティ。
ボっと火が点いたように顔を赤らめは三雲は、小さく『馬鹿っ』と言って走り去った。
即座に再審が行われた。
そしてその二審の結果、ハーティは有罪となった。
広場の端の方にハーティが連行されていく。
『今はそんな時では無い』と、ハーティはそんな戯言を吐いていたが、いつも連中は当然止まる事はなく、粛々と刑は執行された。
そしてその数時間後、やっとガレオスさんが降りてきたのだった。
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