表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

397/690

アナザーディープダンジョン

とうっ!


「さて、どうしやすかねぇ」

「取り敢えずジンナイ用のロープを出そう。どれだけ深いか分からない。まずは先行組に調べてもらう」

「レプさん、なんだよその俺用のロープって」



 俺たちの目の前には、直径2メートルほどの穴が広がっていた。

 斜め下へと降っていくトンネルのような穴。

 足場が階段のような段差になっていれば良いのだが、ただくり抜かれたような穴の為、その足場はとても不安定なモノだと見て取れた。


 仮にちょっとでも足を滑らせれば、先の見えない滑り台を滑る事となる。


 一度落ちた事がある身としては、もう一度体験したいとは思わない。

 女性陣の勇者達には厳しいだろう。

 特にトロそうな言葉(ことのは)には絶対に無理。普通に降りて行けそうなのは伊吹ぐらい。

 

 因みに俺用のロープとは、俺が何処に落ちても回収出来るようにと用意したモノらしい。その長さは約一キロメートルほど……。

 

「よし、天翔と駆技持ちに行かせよう。あと索敵も必要か」


 天翔は緊急時に空を足場に、駆技はスリップなどの転倒防止の効果があるので、その両方を持っている者が偵察に選ばれた。


 


        ◇   ◇   ◇   ◇   ◇





「では、行ってきます」

「ちょっくら見て来るぜ」


 選ばれたのはラティとサイファだった。

 二人には、命綱にもなる長いロープを巻いて、慎重に穴を降りて行く。


「ラティ……」

 

 俺は二人を上から見送る。


 ラティとサイファの役目は、降りた先の偵察とロープの固定。

 ロープを下まで運び、何処かにロープを結んで固定して、そのロープを手すり代わりにする。そうすれば傾斜のキツイ穴を降りるのも楽になる。全員が無事に降り切るにはどうしても必要だった。


「ラティちゃん平気でしょうかです……」

「ああ、大丈夫だろ。魔物が居た場合の指示も出してある……し……」


 降りた先、もしくは穴の途中で魔物が居た場合は、一度引き返す事になっていた。

 普通の魔物程度なら問題は無いが、ここは浅い上層ではなく深い位置の下層。

 魔物は深い所ほど強くなる。

 特に下層からはその傾向が強く、魔石魔物ほどではないが、それに近い個体がうろついている事がある。


 もし下層で魔石魔物が湧いた場合は、上層の魔石魔物とは比較にならい強さだろう。

 稀に湧く、上位魔石魔物を超える魔石魔物。

 ラティにとって天敵とも言える、ハリゼオイを超える魔石魔物が居る場合もあるのだ……。


「ぐっ」

「ダンナっ。ちったぁ信じてやりましょうよ? ヤバイってなったら引き返してきやすよ。それにこの穴の広さじゃ、途中でデカいのがいると思えませんぜ」


 つい身を乗り出した俺を、ガレオスさんが諭すように声を掛けた。

 ガレオスさんの言う事はもっともで、今はラティを信じて待つべきだろう。【天翔】も【駆技】も無い俺が降りて行っても、単に足手まといとなる危険性の方が高い。


「ジンナイさま、ラティちゃんならきっと……」

「ああ、――って、お前が最初に不安を煽ったんだろうがっ!」


「ぎゃぼっ! 確かにそうでしたです」

「ダンナ、ダンナ。今は静かに待ちやしょう」

「はい……」



 俺たちは、ラティとサイファの合図を待った。

 二本のロープが同時に3回引かれたら、それは下に着いたとの合図。

 その後5回連続で引かれたら、ロープが固定完了との合図。


 もし、素早く強く2回引かれた場合は、魔物との遭遇……。


「ジンナイは本当にあの子が大事なんだなぁ」

「……ニーニャさん。はい、俺にとってラティは……」


 声を掛けてくれたニーニャさんは、そのまま俺を励まし続けてくれた。


「大丈夫だって。ちょっと見てみたけど、彼女、レベルがあり得ない程高いし、本当に凄い子なんだろ? だったらどっしりと待ってやりな。それに待つのも仕事の一つだよ。……うちのサーフも私を信じて待ってくれている」

「あ……、そうですね。そうでしたね……」


 俺とラティの感情は繋がっている。

 その俺がこんなに心配ばかりしていては、まるでラティを信用していないように取られる。

 ラティがそれを悪い捉え方をするとは思えないが、それでも思うところはあるだろう。だから俺は――。


「よしっ、どっしりと待ちます」

「そうそう、そんな感じでイイんだよ」


 俺は腕を組んで仁王立ちをして、ラティが降りて行った穴を見下ろす。

 ニーニャさんに言われたように、ラティを信じて……。


「……ダンナ、ロープの合図はちゃんと見ていやすから、ちったあ休んでくださいよ。他の連中だってそんなんじゃ落ち着きやせんぜ?」

「うっ、だって……」 


 呆れ顔でガレオスさんに言われてしまう。

 だがどうしても、ラティが隣に居ないというのは落ち着かなかった。


「ジンナイ、次の予定を決めるぞ。まずはロープが固定されてからだが――」


 俺はレプソルさんに呼ばれて、次の予定について話し合った。

 次の予定とは、ロープが固定された後の事。

 まずは安全の為に明かりの確保が必要であり、誰かが降りながら”アカリ”を設置しなくてはならないとなった。


 どれ程の深さかは判らないが、かなりの数の”アカリ”が必要であり、そう簡単ではない事が分かる。


 俺としては、サリオが結界を張った状態で転がり落ちながら行けば良いかと思ったのだが、流石にそれは酷いかと思い直し、それを提案するのを止めた。が――。


「ほへ~、アカリを置いて行くです? それだとジンナイ様は役立たずですねです。魔法が使えないから――」

「よし、このイカっ腹を放り込もう。結界があるから多分平気だろ? サリオ、転がりながらアカリを均等に置いて来い。お前なら出来る」


「ぎゃぼおおおおお! この人とんでもない事言い出したですよです!」

「喧しいっ! おらっ、行くぞ」


――このイカっ腹がっ

 ちょっと優しくしてやれば調子に乗りおって、

 やっぱり放り込もう、



「がぉーーん、待つですよですっ! あたしを掴まないでくださいですよです! もうこうなったら道連れです!」

「くっ、離せ! 諦めが悪いぞサリオ。大人しく転がれ」


 3割り程冗談の気持ちでサリオを掴み、穴に放り込む振りをすると、サリオは慌てて俺の腕を掴んだ。

 俺を道連れにしてやると悪足掻きをするサリオ。


「あ~~、それだ。それで行きやしょうダンナ」

「へ?」

「ほへ?」


「ん? だから、ダンナがサリオ嬢ちゃんを背負って下に降りて、そんでサリオ嬢ちゃんがアカリを点けて回るんでさぁ」

「なるほど、それなら動くのが苦手な後衛でも行けるか。それに魔法を唱える事だけに集中が出来るな」


 ガレオスさんの提案に賛同するレプソルさん。

 こうして俺とサリオは、コンビを組んで明かり(”アカリ”)の設置役となった。

 一応次に降りる事が出来るのだから、それはそれで悪くはない。

 すぐにラティの元へと向かえるのだから。


「あとは勇者様か……」

「この傾斜だと結構厳しいな。一応命綱を誰かに付けて降りてもらうか?」

「うん、それが無難だろうね。特に言葉様……」


 ガレオスさん、レプソルさん、ハーティが穴を覗き込みながら頷く。

 伊吹や三雲ならともかく、言葉(ことのは)には無理だと言うのは共通の認識らしい。

 さてどうしたものかと、皆が言葉(ことのは)を見ていると――。


「私は陽一君に背負ってもらって降りるね」


 どこから話を聞いていたのか不明だが、葉月はそう言って俺の肩にそっと手を添えた。しかも甘えるような仕草で、上目遣いで俺を見つめる。


「はあ!? 俺が背負うって葉月を?」

「うん。――だってサリオちゃんを背負って降りるんでしょ? だったら次は私の番」


 本気なのか冗談なのか、とても楽しそうに葉月は言ってきた。

 だが確かに、それも視野に入れるべきなのかもしれない。

 誰かが背負って降りるのならば、命綱を付けて降りるよりも遥かに安全だ。

 だが――。


「あたしも背負って貰う」

「早乙女、お前は平気だろ……確か運動神経は良かったよな?」


 うろ覚え程度だが、学校の時早乙女は運動が出来る方だった気がする。

 何でも卒なくこなしていたはずだ。


 そして視界の隅では、言葉(ことのは)が何か言いたげにこちらを見つめている。

 そして更にその奥では、いつもの連中が首回りをほぐしながら鎧を外し始めていた。何人か集まって、かなり気合の入ったジャンケン大会まで開始されている。


「ったく、あの馬鹿共は……」

  

 奴らの狙いは容易に想像が出来る。

 間違いなくあの連中は、勇者を背負う役目(役得)を狙っている。

 そしてその役得(恩恵)を全力で堪能する為に背中(・・)を身軽にし、誰が背負う役になるか決めようとしていた。


――ホントにしょうもねえなっ、

 どんだけ緊張感が無ぇんだよ、ここはダンジョンだぞ?

 ……だけど、ちょっとは身軽になった方が良いってのは賛成だな、

 うん、賛成だ、



「ジンナイ様? 何でその黒い鎧を脱ごうとしているんです? 脱いだら持って行くの大変じゃないですかですよです」

「……………………そうだな」


「ダンナ。アンタは何往復するつもりですかい? そこまで時間を取る訳にはいかないですぜ? ちょっと目を逸らさないでくだせぇ」


 目線を逸らす俺を、しょうもねえなぁっといった顔で言ってくるガレオスさん。

 だがここは引けない想いがある。

 ふわふわ――じゃなかった、奴らに勇者たちを任せる訳にはいかない。

 別にどうこうある訳ではないが、どうにも嫌なので……。

 

「はは、本当に面白いですね。でもここは僕の出番かな? これを使えば3人までなら行けるはず。――ファランクス改!」 

   

 颯爽とやってきた椎名は、スラリと剣を抜き、その(ディフェンダー)を発動させて六角形の結界を出現させた。


「僕が彼女たちを運びますね。これに彼女達を乗せたままで降ります」



 こうして、第一回ふかふか争奪戦は終わりを告げた。

 椎名の発動させた結界の板に、葉月と言葉(ことのは)と早乙女が乗る事で解決をした。

 


「ガレオスさん、ロープが3回引かれました」

「お? 合図が来やしたね。どうやら無事に下に到着したようですぜ」

「おし、すぐに行くぞサリオ」

「了解してラジャですっ!」


 わっちゃわっちゃとやっているうちに、待ちわびていた合図が送られてきた。

 ロープの消費具合から見て、距離は約400メートル程。

 俺はサリオを背中にくくり付けて、傾斜のキツイ穴をゆっくりと降りる。


「ん? 油断すると足元を持っていかれるな」

「お、落ちないでくださいよですよ、ジンナイ様」


 大型のレジャー施設のプールなどにある、巨大なウォータースライダーをゆっくりと歩いていくような感覚。

 手すり代わりのロープが無ければ、10メートルも進まないうちに滑り落ちてしまいそうな足場の脆さ。


「スパイク付きの靴が欲しいな」

「すぱいく? 駆技みたいな感じです?」


「ああ、多分そんな感じなんだろうな駆技って。んじゃ、アカリを頼むぜサリオ」

「あいですっ! 生活魔法”アカリ”!」

 

 10メートル間隔で”アカリ”を設置していくサリオ。

 背負われている状態だからか、バランスを取る為に俺の首にしがみ付いてくる。

 

「サリオ、ちょっと髪を引っ張ってるから。少し力を抜け」

「あや、髪が引っ掛かってたですかです。……なんかこれ楽しいねですねです」


「ん? そりゃお前は楽だろうからな。こっちは結構大変だぞ」


 ( ったく、気楽なもんだ…… )


 足元は崩れやすく踏ん張れず、どうしても腕の力に頼ってしまう。

 だが腕の力だけで降りて行くは大変なので、踏ん張り過ぎない程度に足も使う。長い槍は流石に邪魔なので、葉月の【宝箱】に入れてもらっていた。


「…………背負ってもらってるのが楽しいんですよです。今まで無かったですから……楽ちんで良いですねですっ」

「……あっそ。……まぁ、取り敢えず”アカリ”を頼むぞ」


 『ラジャです』と元気に返事をするサリオ。

 その声はとても弾んでおり、楽しいというより嬉しそうだった。

 

「ジンナイ様は、モモちゃんもこうやって背負ってあげるのです?」

「ああ、肩車もやってあげたいな。今はまだ小さいから危ないけど、いつか肩車をしたままで街を回ってあげたいな」


「それは楽しそうですっ! きっとモモちゃんも喜ぶよですよです」


 俺とサリオは、そんな会話を交わしながら穴を降りていった。

 ずっと俺の頭をペチペチを触れながら、サリオは楽しそうに”アカリ”を設置していったのだった。


 


        ◇   ◇   ◇   ◇   ◇





「お疲れ様です、ご主人様」


 下ではラティだけが待っていた。

 一緒に降りたサイファは辺りを見に行ったのか、その姿は見えなかった。


「ラティちゃん、ジンナイ様の背中楽しいですよです」

「もう降りろサリオ。ラティ、縛ってある紐を解いてくれ」

「はい、ご主人様」


 サリオを縛ってある紐を解いてもらい、俺はサリオを降ろす。

 首に手を回し、首筋を揉み解しながら首を軽く回す。


「ふう、やっと首回りがスッキリした。あとサイファは?」

「はい、辺りを調べに行きました」

「じゃああたしはどんどんアカリを作っていくです」

 

 サリオは光源確保の為に、さらに”アカリ”を増やそうとしたが。


「あの、サリオさん。少々お願いがあるのですが、降りて来た穴を見張ってくれませんか? もしかすると誰か滑り落ちてくるかもしれませんので」

「あいです。あ、でも一応用意はしたですよです?」


 サリオの言った用意とは滑り止めの事。

 誰かが滑り落ちた時の為に、途中で止まれるようにストッパー的なモノを作って置いたのだ。


 要は無理矢理魔法で作った平な部分、

 土を少しだけ盛り上げ、滑り落ちる時に減速出来るようにしたのだ。

 盛り上げた所は少し狭くなるが、ずっと滑り落ちるよりかはマシだろう。


「あの、一応お願いします。少しの間だけ見ててもらえますか?」

「了解したです。んじゃ、見て来ますねです」


 サリオは快く返事をして穴へと戻って行った。

 ラティをそれを見送ったあと、音も無く俺との距離を詰めてきた。


「あの、ご主人様」

「は、はい」


 息が届きそうなほど詰め寄って来たラティ。

 そのラティさんの目が少々怖い。これは間違いなく何か怒っている時の瞳。

 だが俺には、全く心当たりが無いのだが――。


「あの、先程何かとても浮かれた――いえ、とても楽しそうな感情が流れてきたのですが。こちらが合図を送る直前に」 

「――ごめんなさいっ」


 初手謝罪。

 三秒前の自分を罵ってやりたい。どう考えても心当たりしかない。

 

「他の方も……とても楽しそうに……」 

「ぐっ、あれは……」


――ぐううううううっ

 何て言えばいいんだ!?

 くそっ、ふかふかに目が眩んだ俺をぶん殴ってやりてえっ、



「まったく、この御方は――」

「へ? ラティ――ッ!?」


 ――はむり――


 下唇がとても温かくて柔らかい。

 

「これで許してあげます。では私も周りを見て来ますね。魔物気配はしませんが一応安全の為に」

「あ、ああ……」


 温かさと柔らかさがふわっと引いていく。

 だが、とても満たされた何かがそこに残り続け、それが全身へと広がっていく……。


「敵わねえや……」


 俺はとても幸せな気分に包まれたのだった。



読んで頂きありがとうございます。

宜しければ感想など頂けましたら嬉しいです。


誤字脱字なども教えて頂けましたら……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ