気分は長めの遠足
深淵迷宮に突入してから四日経過した。
そして、予定よりも順調に進んでいた。
一度通った事のある道であり、尚且つ補助魔法の効果によって移動速度も上がっているので、60名を超える大人数でも前回以上に進めていた。
前は魔物との戦闘に備え、MPは常に温存する方針だった。
しかし今回は、魔物の湧きを抑える白い毛玉がいるので、MPの配分を移動に割く事が出来た。
それに他の面でも、全てが前回を上回っており、苦労らしい苦労はなく、怖いぐらい順調に進めていた。
そして今は――。
「どうどうどうよ? 外に出たら一緒に冒険でもよ?」
「あ、冒険する場所はあの店にしねえ? ちょっと高いけどよお」
「いや、私は妻が待っているんで……、そのちょっと冒険には」
「大丈夫大丈夫。…………バレ無ければイイんですよ」
「そうか、バレ無ければ……いやっ、でも……」
まるで遠足のような雰囲気。
いつも連中が少々下卑た顔でニーニャさんを唆し、それをニーニャさんがやんわりと躱しつつも、ちょっと興味を見せている
いつ魔物が襲ってくるか分からない危険な場所とは到底思えない、そんな緩い空気が漂っていた。
「ジンナイ、お前も行くだろ? 冒険にさ」
「いや、それは……行きた」
振られた話題に答えつつ、俺は前の方を窺う
ラティがチラリとこちらに目を向ける。久々に見る無言半目の表情。
「――止めときますっ」
「んだよぉ、ノリが悪ぃなあ。――くそっ、行くって言ったら速攻で勇者さま達に密告したのに……頓死しろっ」
「うぉい! それは無しだろ」
――コイツら搦め手で来やがった!?
直接ではなく、別の形で俺を罠に嵌めようとして来やがったな、
現在、俺が居る場所は隊列の最後尾。
本来なら、俺だけが居る場所なのだが、いつの間にか駄弁り場と化していた。
隊列は、安全を確保する先行組を先頭に、中央にサポーターとそれを護衛する者たち。そして最後尾が俺という大雑把な配置になっていた。
ダンジョンの通路なので、注意すべきは進む方向と逆の後ろ側。
左右に注意を払う必要はないので、先行組以外は余裕のある形となっていた。
それに過剰とも言える戦力を有しているので、仮に魔石魔物が3体同時に襲って来たとしても、犠牲者は出さずに倒す事が出来るだろう。
だからどうしても余裕が生まれ、俺の周りに人が集まって来て軽い下ネタ話で盛り上がっていた。
勿論、全員が後方に集まると問題なので、先行組だけではなく、後ろにやって来る者にもローテーションが組まれた。
なので、俺がいる最後尾にはニーニャさんだけでなく、常に冒険者達が居るようになり、人見知りをする早乙女と言葉は来なくなった。
ただ、コミュ力が高い葉月だけは……。
「しかし、深淵迷宮ってあまり魔物が湧かないんですねえ。知らなかった……」
「あ~~、多分、たまたまかな? それに聖女様と女神様が魔物を抑える魔法を使っているし、その効果も大きいんだろ。そうですよねっ、ハヅキ様」
「うん、私達が魔法で遠ざけているから魔物があまり出ないの」
いつの間にかやって来ていた葉月。
その葉月の言葉に、ニーニャさんは尊敬の眼差しで彼女を見つめた。
ニーニャさんは間違いなく信じ切っているのだろう。
俺はそれを眺めながら、罪悪感から少々心が痛む。
俺たちはサポーター組に怪しまれないように、白い毛玉に指示を出して、適度に魔物を湧かしていた。
白い毛玉の事は、危険なガスが発生した時にすぐ判るようにと、そんな理由を付けて外に出した。
今は言葉の足元をちゃっちゃちゃっちゃと跳ね回っている。
そして白い毛玉の足音が聞こえるという事は、現在魔物の湧きを抑えている状態。
しかしあまりにも魔物と遭遇しないのは不自然なので、葉月と言葉が魔法によって魔物を遠ざけているという事にした。
実際にそういった魔法が存在するので、サポーター組は全員それを信じてくれた。本当は白い毛玉ほどの効果は無いのだが、そこは流石は勇者様で押し通した。
「本当に凄いです。ここまで魔物を遠ざける事が出来るなんて……。私が同じ魔法を使っても、ここまでの効果は無いですよ」
「ふふ、ありがとう。あ、そう言えばニーニャさんって、元冒険者で後衛なんでですよね?」
「はい、ハヅキ様。妻のサーフと一緒になった時に辞めたのですが、昔は後衛をやっていました」
「猫人の奥さんだっけ?」
「はい、そうですハヅキ様」
初日よりも慣れて来たのか、ニーニャさんは葉月にかしこまり過ぎない程度には会話が出来るようになっていた。
俺はそんなニーニャさんを見ながら、彼がサポーターに立候補した訳を思い出す。
ニーニャさんは、ノトスの衛兵になる為に、少しでもレベルを上げるのが目的だった。
レベルが高ければ高いほど、街の衛兵として職に就ける可能性が高くなる。
衛兵は魔物と戦う事があるからか、求められるレベルもそこそこ高いらしい。
しかしレベルは簡単に上がるモノではない。一桁台ならまだしも、二桁からは本当に大変らしい。恩恵がある俺は苦労をした事がないが、そうでない者は本当に大変だとか。
なのでニーニャさんは、今回の遠征に参加出来るのは大きいと言っていた。
そしてその話の流れで聞いたのだが、今回の遠征のサポーターは、全員、遠征メンバーの誰かと知り合いらしい。
要は、サポーター全員がコネで参加出来たという事だ。
ニーニャさんの場合は俺で、ヴォルケンの場合はガレオスさんといった形で、誰かの知り合いだから参加出来たのだという。
これを決めたのはガレオスさん。
サポーターの人選には様々な思惑が絡んでいた。
教会だったり、街の権力者だったりなどと、勇者という光に群がる蛾のような連中が多かったそうだ。
俺としては、そこまで旨みが発生するとは思えなかった。
教会の場合は別だが、他の者の場合はそこまでの利益が発生するとは思えなかったのだが、ガレオスさん曰く、勇者の威光を利用する方法は山ほどあるそうだ。
利用するだけならまだ良い。
だが、悪用する場合はマズいと……。
そんな事実はないのに、自分の後ろには勇者様がいると嘯くヤツが出てくると言うのだ。
『あの先輩を知ってるぜ』と、漫画に出て来るヤンキーかよっと思ったが、この異世界なら確かに考えられる。むしろ普通にありそうだ。
ではどうするかとなり、ガレオスさんが選んだ方法は、知り合いだけを呼ぶだった。
知り合いの者なら迷惑を掛ける者は少ないだろうと……。
少なくともアホな事は控えるだろうとの判断だ。
そして何かあった場合は、その知り合いの者がやらかした者を諫める。
ちょっとした連帯保証人のような感じだ。
このやり方が正しいかどうか分からないが、間違いではないと思えた。何かあればすぐに対応が出来るのだから。
事前に相談などは無かったが、俺も任せると言っていたので仕方ない。
そしてニーニャさんが何かをやらかすとは思えないので、今回の事はこれで良しとした。
「…………ニーニャさん、あまり戦闘がなくてスマン」
「ん? ああっ、それは気にしないでくれ。元から割り込んだようなモンだし、それに魔石も貰えるんだから贅沢は言わないよ」
気を遣ってそう言ってくれるニーニャさん。
今回の遠征の目的は最奥に行く事。戦闘がメインではない事をニーニャさんは理解してくれた。
そして追加の報酬扱いとなる、魔物を倒した後に落とす魔石を貰える事で納得もしてくれていた。
サポーターにも報酬は支払われる。
だが、命を張って深淵迷宮に潜るにしては些か安い報酬になってしまったそうだ。
しかしだからと言って報酬を簡単に上げる訳にもいかない。
サポーター組の報酬を上げるのならば、それに合わせて戦闘担当の報酬も上げねばならない。そしてそれはとても大きな負担となる。
大義名分があるからと、湯水のように金を注ぎ込める訳ではないそうだ。
なのでその打開策として、道中の魔物が落とす魔石は全てサポーターへ配分するとなった。
本当に色々と取り決めてくれていて、ガレオスさんには頭が下がる。
準備期間の間、俺がやっていた事はモモちゃんと遊ぶだけだったのだから……。
そんな風に心の中で反省していると、ニーニャさんがそっと呟いた。
「……でも、ちょっとだけ不満を言っているヤツはいるみたいだな」
「ああ、そうみたいだな……」
ニーニャさんはそう言って前の方に目を向ける。
これは告げ口などではなく、誰もが知っている話だった。
ガレオスさんの知り合いという事で参加したヴォルケン。
彼だけは魔石の事、要は魔物との戦闘が少ないと愚痴っていたのだ。
魔物との戦闘が無ければ魔石を得る機会はない。
その魔石が少なければ追加報酬も減るし、得られるはずだった経験値も減る。
ヴォルケンはその辺りの不満を口にしていた。
本人はそれを言い回っているつもりはないのかもしれないが、集団行動をしているのだから、そんな言葉はすぐに広まる。
一度ガレオスさんがやんわりと諭したのだが、素直にそれを受け取った様子はなく、元からサボり気味だった仕事を、よりサボるようになった。
食事の用意などはあまり手伝わず、なんの指示にもなっていない指示を飛ばし、口は動かすが手は動かさず。
率先してやる事と言えば、料理の味見と、食材を勇者から受け取る仕事ぐらい。そんな誰もがやりたがる仕事しかしなかった。
ヴォルケンは本当に役立たず。
しかも、顔役であるガレオスさんの紹介という事で、他のサポーターよりも立場が上という態度を滲ませていた。
ここがダンジョンの中で無ければ、外に放り出したい。
「あの人か……ちょっと困ったよねぇ」
葉月も僅かに眉を寄せる。
サポーター枠の事なので、俺が何か言うと余計に揉める危険性がある。
注意すべき立場の人は、ガレオスさんかレプソルさんだ。
「まあこれ以上酷くなるようだったら、またガレオスさんに言ってもらおう」
「うん、そうだね」
俺の言葉に葉月が同意し、ニーニャさんも小さく肯く。
ふと俺は思い出す、最大の敵はストレスだという言葉を。
「魔物と戦わないのがストレスになるとはな……」
次の日。
俺たちは第一の目的に地に辿り着いた。
俺と椎名が激闘を演じ、そして精神の宿った魔石が落ちていった穴がある広場へと。
俺たちは、あの時の場所に再び訪れたのだった。
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