激しい攻防戦
ちょっと停滞気味……
「ああ、用って言うか、あのスカした野郎と何を話してたんだってちょっと気になっただけだよ。陽一はアイツとそんなに仲良くは無いだろ。話した事だって無いはずだ」
少し目線を逸らしながら、そんな事を早乙女は言ってきた。
俺はその言葉を聞きながら、椎名の方を見る。
椎名は周りに気さくに声を掛けながら歩いていく。
( ハーティ並みにコミュ力が高いな…… )
クラスは一緒だったが、椎名はスクールカースト最上位で、俺はスクールカースト最下位だった。
別に卑屈になるつもりはないが、差があり過ぎて確かに接点は無かった。
もし接点があるとすれば、同性という事ぐらい。
元の世界では、俺と椎名の間にはそれぐらいしか接点が無かった。
だから早乙女は気になったのだろう。あの椎名が頭を下げていたのだから。
「……いや、別に大した事じゃないよ。ちょっと……まあ、ちょっと何かあっただけだよ。で、用事はそれだけか?」
わざわざ謝罪してきた内容を話す必要はない。
個人的の感覚だが、こういった事を人に話すというのはあまり良くない。
だから俺は、ちょっと突き放すように話を切り上げたのだが。
「ふぇ、だって……ちょっと気になっただけで……」
ちょっと冷たくあしらっただけのつもりだったが、早乙女はへにょりと弱気モードへと切り替わった。
手に持っている弓の弦を、まるでハープの絃のように細い指で弾き始める。
( ったく、このポンコツは…… )
俺の中にあったクールな早乙女のイメージがどんどん崩れていく。
話せば話すほど第一印象からかけ離れていく。
( ……まぁこれはこれで……悪くないか )
「んで、何か俺に話したい事でもあったんだろ? 外に居た時からこっち見てたし」
「――ッ、そ、そんな見てないっ。えっと……ちょっと気になったんだよ。ほら、このダンジョンはどんな所なんだろうなって。北のダンジョンとは全然違うみたいだしよ」
必死に話題を探し、丁度よく思い付いたのか、いつもの調子で深淵迷宮の事を俺に尋ねてきた。
早乙女は北側所属だったから、この深淵迷宮には縁が無かったのだろう。
しかも一年間以上監禁されていたのだから、多分、他のダンジョンにも行った事はないだろう。
「これだけ見通しがいいならあたしの弓を使いやすいな。ここは全部こんな感じなのか? それともこの辺りだけがこんな感じなのか?」
「ん~そうだな――」
俺はサラッとこのダンジョンの事を説明する。
ノトスの街のすぐ南にある深淵迷宮。中央にある洞窟のような地下迷宮とは違い、高速道路にある巨大なトンネルのような通路ばかりで、直線の道が多いダンジョンだと早乙女に話してやった。
「へえ、こんなのがずっと続くんだ……」
「ああ、大体こんな感じの場所ばかりだな。少し狭い場所もあるけど、逆に広い場所もある。まあ弓を使うには問題ないな」
本当はもっと暗いので、何とも言えない圧迫感があるのだが、今はサリオの質の良い”アカリ”で照らされている為か、異様な圧迫感はなく見通しも良くなっていた。
「そっか、良かった。あたしは基本これしか使えないから」
手に持った弓を掲げて俺に見せる早乙女。
俺はそれを見て、ふと思った。
「ん? 剣とか他のは?」
「…………魔物に近づくの嫌」
「さいですか。……しかし、その装備に弓って何か似合うな」
「そ、そうかな」
早乙女の装備は白色のゆったりとした軽装。
遠隔を使う後衛型なので、ガチ前衛のような重そうな装備は纏っておらず、胸と腰回りを革製の物で補強した程度の装備。遠目から見れば神子姿に見えなくもない。長い黒髪も相まって、なかなかどうして神々しく見える。
( もしくは弓道部員かな…… )
「……この服ね、アンタに合わしてみたんだ」
「へ? 俺に?」
「アンタのそれって和風でしょ? だからあたしも和風にしてみたの」
「和風って……まあ、あながち間違いでもないか」
俺の黒鱗装束は、街で買った胴着をベースに補強して出来た物。
確かに早乙女が言うように和風とも言えるが……。
「俺に合わす必要なんて無いだろ」
「うっ、だって……」
またへにょり出す早乙女。
「ぐっ、……まぁ別に良いよ。それよりもどこから仕入れたんだそれ? 元から持ってた訳じゃないだろ?」
「これを作ってくれるって人が居たから作って貰った。あのちっこい奴に」
「げっ……」
早乙女が指を差した方向には、嗤う彫金師のららんさんが居た。
そして、そのららんさんが作ったという事は――。
「……早乙女、それの値段はいくらだ? ど~~しても気になったんだが……」
――なんかすげええ嫌な予感がすんぞ!
何だ? なんかもう既に手遅れ的な嫌な予感がビシバシと……
「値段? あたしは知らないよ。あのちっこいのがアンタにツケておくって言ってたから、あたしはそのまま受け取っただけ」
「マジか……絶対に高いよなそれ……」
俺はまた嵌められた気がしてきた。
ららんさんは基本的には良い人だが、時折高額な物を人に買わせる。
いま思うと、ラティの深紅の鎧や、サリオの結界のローブの時もそうだった気がする。気が付くといつの間にか買う流れになったいた事を思い出す。
「これ軽くて着心地がいいんだよな。ホントに軽くてあたし気に入っちゃった」
「……軽量の付加が掛かっているのか。間違いなく高けえな」
――はぁ、返して来いって言えねぇよな……
いくらなんだろうな……金貨10枚とかで済まないよな、
でも……。
「それ、お前に似合ってんな。雰囲気ってか、そういうのが」
「そそそそそうかな。和服とか着物ってあまり着た事ないからっ。だからあまり見んなっ」
少し緩めの袖をパタパタと振る早乙女。
ベタな照れ隠しを繰り返した後、『んっ』と小さく咳払いをして居ずまいを正す。
「そ、そう言えば、あまり魔物って出ないんだな。北のダンジョンは普通に魔物が居たけど、全然ん、魔物が出て来ないな」
露骨に話題を変える早乙女。
これ以上装備の話を続けてもこのポンコツが可哀想なので、俺はそれに乗ってやる。
「ああ、そうだな。全然出て来ないな……まあ当然だけど……」
本当はちゃんと出現する。
だが今は白い毛玉が魔物の湧きを抑えており、下層の方は分からないが、入り口近くでは、余程の事が無い限り魔物とは遭遇しないだろう。
「まぁ、出ない方がいいだろ? まだこの隊列も慣れてないだろうし」
「そっか、そうだよな」
ハーティの提案により、隊列での進行が慣れるまでの間は、魔物の湧きは抑える方向と決めていた。
まずは列をなして進む事に慣れてもらう。
特に今回は大人数なので、陣形を組みつつ前に進むというのは簡単ではないと判断したのだ。
元の世界でも、隊列を組んだ状態で進む訓練があると聞いた事があるので、このハーティの判断は間違っていないのだろう。
「まあそのうち出てくんだろ」
「ふんっ、出て来たら速攻で射貫いてやるわ」
「出たら頼むな」
これも事前に決めた事だが、怪しまれない程度に魔物を湧かす事も決めていた。流石に全く魔物が出ないというのは怪しまれる。
サポーターには、白い毛玉の存在は伏せられていた。
魔物の湧きを抑えられる存在など、危険な魔物が徘徊するこの異世界に生きる者なら、誰だって欲しがるモノの一つだ。
ただ、飼い主が勇者なのだから、その飼い犬に手を出す馬鹿はいないとは思うが、そういった馬鹿は馬鹿だから手を出すだろう。
むしろ突き抜けた馬鹿は、白い毛玉を利用して飼い主を手に入れられないかと画策する危険性もある。
「東の連中がやりそうなんだよな……ってか、毛玉は犬じゃねえか」
デシとか言いながら火でも吹けば違うのだが、あの白い毛玉は仕草が完全に犬だ。
つい最近、白い毛玉はモモちゃんと戯れていた。紙で作られた双剣で叩かれ、少し迷惑そうにトコトコと逃げていた。
動画を撮って投稿したのならば、モモちゃんの愛らしさも相まってミリオンは確実に狙えただろう。
「ああ、モモちゃんに会いたい……モモちゃん」
「陽一、アンタさっきから何ブツブツと言ってんの? なんかウザいんだけど。あ、学校の時からそうだったか。教室にいつも一人で居たし……ったく、ちょっとはあたしの事を構えよ……」
俺が難聴系主人公だったのなら聞き逃していたが、俺には尻つぼみで小さくなっていった声もちゃんと聞こえた。
早乙女の方は聞かれていないと思っているのか、ふいっと目線を前に向けている。
俺はそんな早乙女を見て、ある可能性に気が付いた。
――おかしい? これは本当にあの早乙女か?
なんぼなんでも乙女過ぎんだろ? マジで別人のようだぞ?
あ、ひょっとして……。
「なあ、早乙女」
「――ッ、なにっ、陽一!」
「…………お前本物か? 誰か別人が――」
「ストーーップ! 陽一君、流石にそれは酷いと思うよ? 確かにちょっと戸惑うかもしれないけど、早乙女さんって前から陽一君の事を見てたよ? あの時はそんなに気に留めてなかったけど、いま考えてみるとあれって――」
「――葉月っ! それ以上なんも言うんじゃねえっ! ったく、なんだよお前は」
「…………ふ~ん、判った。じゃあ言わないね、早乙女さん」
当然乱入してきた葉月。悪戯が成功したようなしたり顔を見せた。
一方、早乙女の方は、もうこれ以上何も言われないようにムッとした顔で目線を逸らした。
「はぁ……、葉月。元の位置に戻っとけ。お前はサポーターの護衛役だろ? あんまり離れんなよ」
「うっ、ズルいな~。私だってちょっとは自由にしたいのに……」
葉月の役目は、食料運びの缶詰役とサポーターの護衛。
早乙女も缶詰役としては同じなのだが、配置は遊撃扱いなので、どの場所に居ても良いとなっていた。
「休憩まで我慢しろ。ホラ、戻った戻った。早乙女も前の方に行っとけ」
「はぁ~い」
「分かったよ」
思いの外素直に戻って行く二人。
正直なところ危なかった。
視界の端の方では、言葉もこちらに来たそうにしていた。
そしてその後では、嫉妬組の連中がしきりにハンドサインを送り続けていた。
『ステイ』、『アタック』、『ステイ』、『フルアタック』、『ステイ』、『包囲殲滅戦術』、『今はステイで後で殺るぞ』と、目まぐるしくハンドサインが飛び交い合っていた。
もし言葉まで来ていたら、あのステイの合図は無くなっていただろう。
――ったく、あの連中はどんだけ心が狭いんだよっ、
ちょっと横に来たぐらいで過剰に反応しやがって……ん?
俺の横に、俊敏さが売りの冒険者サイファが気配を消しながらやって来て、ヤツはそっと俺に耳打ちをする。
「――ジンナイ。大変な事になった」
「む? 何があった!? まさか先行組に何かあったのか?」
「いや、そっちは問題ない。それよりも、バルバスの野郎がテイシに何か告げようとしているとの情報が入った」
「――ッ!? 何かを告げようとしているだと……?」
「ああ、そうだ」
「よし、阻止するぞ。何か間違いがあってからではマズい」
「ああ、全員同意見だ。仮にOKでも貰おうモノなら大問題だ」
「そうだな。和を乱す事に繋がる恐れがある。それにきっと断られるだろうから、その前に俺たちが善意で止めてやろう」
「ふっ、お前って意外と仲間想いのヤツだな、ジンナイ」
「まあな」
間違いなくバルバスは断られるだろう。
だが何かの間違いで、あの猫人冒険者のテイシさんが受け入れるかもしれない。しかしそれはとても由々しき事態。
「決行は次の休憩時間だ。いいな?」
「了解した。くれぐれもヤツに気取られるなよ」
こうして俺たちは、休憩時に不穏な動きを見せたバルバスを拘束し、即座に制裁を加えた。
何かの間違いで二人が付き合うような事態になれば、俺たち嫉妬組のストレスがマッハである。
俺も耳と尻尾を我慢しているのだから、決して見逃す事が出来なかったのだった。
読んで頂きありがとうございます。
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誤字脱字も、本当にお世話になっております<(_ _)>
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