いまきた
男性陣の勇者達は、精神の宿った魔石が無くなったであろう北を守る為に、北に滞在していると聞いた。
東側と同じで、北側も魔物の湧き方が不安定になる恐れがあるので、しばらくの間は北に滞在していると。
本来であれば、葉月と言葉も北に留まるはずだった。
だが、早乙女を護衛するという事で、ノトスへと戻って来ていた。
だから――。
「椎名。何でお前がここにいんだ?」
「うん、ボレアスに連絡が届いたらしくてね。何でも各地にあるダンジョンを攻略するから、各領主には、その支援をお願いするってね。そんな連絡が来たってボレアス公爵が言ったんだ」
――ああ、ギームルが言ってた根回しってヤツか?
それで現公爵のドライゼンが勇者たちにも伝えたのか?
そんで椎名が…………あれ?
「椎名。お前は北に居たんだろ? どれだけ飛ばして来たんだ? 馬車の移動だと一週間は掛かるはずだろ? 馬を乗り潰して来たのか?」
「………………ちょっと飛んで来たんだ」
スッと目線を空に逸らす椎名。
その仕草はなかなか様になっており、『ハイハイ、イケメンですねっ』と、ちょっと悪態をつきたくなる。
どこぞの主人公のような椎名を、訝しむように見ていると――。
「この男、また沙織の所に飛んで来たわよ。転移魔法ってヤツだっけ? この子を誘拐しに来た時みたいにパッと飛んで来たわよ」
「ゆ、唯ちゃんっ」
「あの時の魔法……」
やって来たのは三雲と言葉と伊吹。
三雲は言葉を守るように前に立ち、伊吹は少し離れた位置で椎名を見ている。
「椎名っ! お前まさか!」
「はは、急いでいたからね」
またもや爽やかな笑顔を見せる椎名。
聖剣や魔剣にもう蝕まれていない椎名は、以前のような不穏な暗い影はなくなっており、思わず『イケメンに限るっ』で押し通されそうになるが……。
「このストーカー野郎がっ」
「うっ、三雲さんは手厳しいなぁ。でも仕方ないか、ボクはそれだけの事やってしまった訳だし。簡単に許される事じゃないね」
言葉の番犬こと三雲は、前の誘拐事件があった為か、爽やか過ぎる笑顔に惑わされる事なく椎名を罵った。
その三雲の言葉に、一瞬怯みはするもすぐに立て直すストーカー野郎。
「……聖剣の勇者シイナ様がストーカー?」
「おい、ストーカーらしいぞ」
「ああ、ミクモ様がそうおっしゃったな」
「マジか、ストーカーだったのか……」
三雲の発言に、思いの外反応を示す冒険者達。
「そうか、シイナ様は誠実な方なのか……」
「イケメンな上に一途で誠実だとか……イケメン過ぎるだろ」
「相手は誰だ? 話の流れから……コトノハ様か?」
「ん?」
しかし何故か、不思議と好意的な反応ばかり。
ストーカー野郎と罵られているのに、冒険者の誰もが憧れに似た眼差しで椎名を見ている。
「何でコイツらは……あっ、ハーティさん。何か変な流れになっているんですけど」
俺は、この騒ぎに駆け付けたハーティさんを見つけ、この把握し切れない状況を尋ねた。
するとハーティさんは、何とも言えない苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「ああ~、アレなんだよ。この異世界ではね、ストーカーって言う言葉は、”一途な想い”って意味なんだよ。ある意味間違ってはいないけど……。昔、勇者さまが言ったそうだよ。『ストーカーとは、揺るがない一途な想いを持つ者だ』ってね」
「歴代共おおおおおおおおお!」
――マジでアイツ等馬鹿なの?
どこをどう拗らせたらそうなんだよ!
あれか? 椎名みたいにストーカー野郎って罵られて、そんでそれを誤魔化す為に、俺って一途なんだって言ったってか? アホか!
「ったく、歴代共は……。あっ、いい事を思い付いた」
「いや、陣内君。その顔は明らかに悪い事を思い付いた時の顔だよ? これから出発なんだから、あまり余計な事は……」
「大丈夫ですよハーティさん。ちゃんと秘密裏に行くんで」
「それ全然大丈夫そうじゃないんだけど……」
その後俺は、椎名はストーカー野郎だと触れ回った。
直接言われると椎名が恥ずかしがってしまうだろうから、本人の前では言わないように口止めし、裏でストーカー野郎と讃えて上げるようにした。
こうして椎名は、裏でブレイヴストーカーという二つ名で呼ばれるようになった。
閑話休題
多少わっちゃわっちゃしたが、ガレオスさんとレプさんの指揮の元、いよいよ出発となった。が――。
「えっと、ららんさん?」
「うん? どしたん、じんないさん」
「いや、何でららんさんが隣に居るんだろうって……」
不思議だった。
これから出発という隊列の中に、何故かららんさんが交ざっていたのだ。
しかもよく見れば、いつもよりも厚手の服装。まるでこれから冒険にでも出るかのような格好をしていた。
「聞いておらんのかの? おれも付加魔法品補修役のサポーターとして同行するんよ」
「へ? マジで!? 確かにかなり助かるけど」
「せやから、よろしくの」
「ぎゃぼーう! ららんちゃんも一緒なんですかです!」
ららんさんの背中に飛び付いていくサリオ。
幼児のじゃれ合いのような微笑ましい光景。
「よろしくのう、さりおちゃん。杖とか壊れても直すから安心しての」
「了解してラジャ! 全力で”アカリ”を作るですよです」
「全力で作んなっ! 今のお前が全力で作る”アカリ”の強さを考えろ」
浮かれるサリオと、それをヤレヤレと見守るららんさん。
どうやらサリオは、先の西への遠征時、ららんさんとの旅が余程良かったのか、馬鹿が付きそうなほど喜んで見せていた。
「……あの、サリオさん本当に嬉しそうですねぇ」
「そうみたいだな」
これは決して悪い事ではないだろう。気心が知れた者が同行をするのだから。
嫉妬組以外……。
「ったく、アイツ等は見境が無いな……」
「……」
何人かの舌打ちが聞こえた。
だが、嗤う彫金師の二つ名を持つららんさんを敵に回すほどの度胸は無いのか、行動に移す様子はなかった。
( ハンドサインはステイか…… )
「んじゃ、そろそろ行きやすか。号令をよろしくでさぁレプソル」
「ああ、先行は【天翔】持ちで。隊列は事前に伝えた通り。――では出発っ!」
レプさんの号令で、陣内組、三雲組、伊吹組の冒険者連合隊の進行が開始された。
参加者ではない、勇者を見に来た冒険者たちに見送られながら、60名を超える隊列が深淵迷宮の入り口へと飲み込まれていく。
当初の予定では、軽く演説でも行ってから行く予定であったが、5人の勇者、しかも途中で椎名も増えた為、予想以上の見学者が押し掛けて来たので切り上げた。
「さて、俺らも行くか」
「はい、ご主人様」
「あ、あたし、”アカリ”役なのに作って無かったですよです! 行って来るです」
「さりおちゃんらしいのう」
隊列の先頭へと駆けていくサリオ。
それを仕方ないな~と追っていくららんさん。
俺はそれを後ろから眺めながら、チラチラとこちらを見る視線に気付かない振りをした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今回の冒険者連合隊は、前回とは違い非戦闘員とも言えるサポーターが参加している。
彼らは後衛よりも非力であり、基本的に魔物を近寄らせてはならない。
彼等は中央に配置して奇襲にも備える。
そして先行組は、索敵だけでなく足場の安全を確認しながら進む。
竜の巣で起きた崩落事件。
ダンジョンの拡張によって、足場が崩落する危険性があり、先行組は全員が【天翔】持ちで編成された。
仮に崩落が起きても、【天翔】持ちならば生還が出来る。
しかし神経をすり減らす作業となるので、先行組はローテーションを組んで挑む事となった。
因みに俺は、『何か崩落を発生させそう』という謎の理由によって最後尾となった。
最後尾だと、退路を崩落させる危険性はないかとの声もあったが、だからと言って、中央に配置する方がもっと危険なので、やはり最後尾となった。
ガレオスさんの勘が、俺は崩落を起こすと告げたそうだ。
「――たく、何で俺が居ると崩落するって考え過ぎだろ。どうやったらそんな考えに行き着くんだか。なあ、ラティ」
「あの、はい……。でも用心するに越した事はないかと…………」
ラティにして珍しく、俺と目線を合わさずにそう言った。
そして何故か、尻尾を俺の手の届かない位置へと避ける。
「ラティ? ちょっとラティさん?」
「あの……何でもないです。ちょっと先頭の方の様子を見て来ますね」
ラティはスッと駆けて行った。俺に尻尾を触れさせぬように……。
「ラティ……」
「おや、珍しいね。あの子が君のそばを離れるなんて」
「ストー、……椎名」
椎名が、ラティと入れ替わるようにやって来た。
「スト? 何か言い掛けなかったかい?」
「気にすんな。ってか、お前の方から話し掛けて来るから意外だったんだよ」
「そうかい? そんな珍しい事かな? まあ、いいや。陣内君、君にはまだしっかりと謝っていなかったね」
「うん? 前の言葉誘拐事件の事か? それだったらもう――」
「違うよ、その事じゃない。もっと前、一番最初の頃の事さ……」
「一番最初の頃って……あっ」
「すまなかった。しっかりと自分の目で見極めず、ただ大人達に言われた事を鵜呑みにして……そしてあんな酷い事をしてしまって……」
椎名が何を言っているのか判った。
コイツは一番最初の頃の、北原に嵌められた冤罪事件の事を言っているのだろう。
「いま思うと滑稽だよね。彼女は君の身を案じていたのに。それなのに当時のボクはそれに気が付かなかった。……許して欲しいなんて言うのは図々しいとは思う。だけど、筋を通す為にも謝らさせて欲しい。本当にすまなかった陣内君」
俺たちは最後尾、椎名は足を止めてしっかりと頭を下げていた。
最後尾とはいえ、何人かは気付き、何事かと俺達を見ている。
わだかまりが全くない訳では無い。
今でも少し心に燻ってはいるが、椎名の謝罪の言葉を聞いて許せると思った。
しかし一方、『許す』と言う言葉を吐けない想いもあり――。
「わかった。もう良いよ」
少々曖昧な言い方になってしまった。
もっと何か声を足すべきなのかもしれない。
例えば、『もう昔の事だから気にしていない』や、他にももっと何か言った方が良いのかもしれないが、何故かこれだけの方が良いと思えた。
必要以上の言葉は要らないと……。
「…………ありがとう、陣内君」
ダンジョンの中であっても爽やかな笑顔を見せる椎名。
むしろ”アカリ”の光が程良い陰影を作り出し1割増しに見える。
。
「うん、良かった。それじゃあそろそろ退散しようかな。結構ヤキモキしているみたいだからね。ほら――」
「ん、ああ……」
椎名が視線で示す先には、さっきからずっとこちらをチラチラと窺っている者がいた。
「それじゃあ、ボクは戻るね」
「ああ」
椎名はそう言うと、自分の元の位置へと戻って行った。
そして――。
「じ、じんっ――陽一っ。アイツと何を話してたの」
「ちょっと昔の事だよ。で、何か用か早乙女」
椎名と入れ違うようにやって来たのは、神子服と弓胴着を足したような恰好をした勇者早乙女だった。
読んで頂きありがとうございます。
感想やご指摘など、いつもありがとうございます!
あと、誤字脱字もありがとうございます。
さあて、次だー!