重要な案件
巌のような老婆のモデルは、なんとギームルです!
時は過ぎ、様々な準備が進み、深淵迷宮突入まであと三日となった。
もう時間が迫っている、そんなある日。
ガレオスさんが俺に相談があると、公爵家の離れにやって来た。
俺も丁度相談したい事があったので、客間にてガレオスさんと会う。
「ダンナ、ちょっと相談ってか、許可? が欲しいんだが」
「うん? 許可? 何のです? 痛っ」
「あぷぅあ?」
「ちょっと聞いてくれやすかい? 実は――」
俺はモモちゃんを抱っこしたまま、対面に座るガレオスさんから話を聞いた。
ガレオスさんの相談とは、遠征に連れていくメンツの事だった。
ただメンツと言っても、伊吹組のメンバーの事ではなく、戦闘要員以外の、補佐を担当する者の事だった。
所謂、雑用係。
食事用意や雑用などを任せる人員が必要だというのだ。
前回以上の探索期間。娯楽などは無く、暗い穴ぐらを進み続けるのだから、少しでもストレスを減らす為に必要なのだと言った。
レプさんの方にも既に相談済みで、最終判断として俺の元に来たそうだ。
言われてみるとその通りだと思った。
北への遠征時には、ロウやリーシャといった雑用係が居てくれたおかげで、食事の用意などが楽だった記憶がある。
確かにガレオスさんの言うように、そういった人員は必要だろう。
だが――。
「でも、危険じゃないです? 魔物が湧く場所ですし」
白い毛玉のアレが居れば、周りに魔物が湧かないかもしれない。
しかし今回は地上とは違う地下の奥深く。地上のように魔物の湧きを抑えられるとは限らない。
やはりそうなるとそれ相応の危険が伴う。
「ん? ああ、その心配なら大丈夫でさ。多少の心得があるヤツを選ぶし、それに三つの組が動くんだ。余程の事が無い限り危険はないだろう」
「でも、前の竜の巣の時みたいな事が起きたら……あたっ」
竜の巣での勇者遭難事件。
地盤の崩落と巨竜の存在によって、一時は本当に危なかった。
それがまた起きないとは限らない。
「あ~~、それなんだがなぁ……」
「ん?」
「実は、あっちからの願いなんだ」
「へ?」
「要は、勇者様の遠征に連れて行ってくれってヤツでさぁ」
「はいぃ?」
ガレオスさんは、少し歯切れ悪くその訳を説明してくれた。
遠征時の雑用要員は、伊吹組だけからの要望ではなく、外部からの、遠征に参加させてくれとの声だったのだ。
何処から今回の件の情報を仕入れたのかは不明だが、どうやら今回の遠征の事を知り、是非参加したいという者が多く出て来たそうだ。
ガレオスさんは伊吹組の顔役。だからガレオスさんの所にそういった話が来たのだと明かした。
確かに雑用係は助かる。
だがそうなると別の問題が出て来る。
これはギームルが言っていた、利益と既得権益の発生に繋がる問題らしい。
参加する者が善意だけで来るとは限らない。
むしろ、深淵迷宮の最奥を目指すのだから容易ではない。余程の旨みがないと普通は参加しない。
一応報酬は支払われるが、そこまで高額ではないらしい。
勿論、勇者に惹かれてやって来る者も居るだろうが、その善意だけを信じるのは危険との事。
逆に、何か思惑や目的があって参加する者の方がスッキリとする。
ある意味、明確に目的を把握出来るのだから。
だがしかし、その思惑や目的が、予想以上の猛毒の場合があるから注意する必要があるとも言った。
ガレオスさんが例に上げたのは”教会”。
なんと教会側からも、是非参加させて欲しいとの打診があったそうだ。
炊き出しや孤児の保護など、それなりの経験はあるので、きっと役に立つとの事だ。
しかしそれは、既にギームルの判断で断ったそうだ。
ギームル曰く、今の教会は完全に割れており、その派閥争いの政争の具となる危険性があるらしい。
どうせ目的は聖女の葉月。
火薬庫にしかならない連中を招き入れる必要はなく。丁度程よく弱体化した教会を、無駄に活性化させる必要はないとの事だそうだ。
とても分かり易い例えだった。
参加させるなら、きちんと背後関係などを調査する必要があるとガレオスさんは言った。
とは言え、もう時間はそんなに多くない。
入念な身辺調査などする時間は無いので、その人選を任せて欲しいとガレオスさんは言って来た。
ガレオスさんの相談とは、その人選の許可の事だったのだ。
こういった案件は、ラティにお願いするのが一番。
だがしかし、【心感】の事は絶対に明かす事は出来ない。
だから俺は――。
「分かりました。――ッ! その人選はガレオスさんに全てお任せします」
「助かる。ダンナがそう言ってくれればみんな納得するからなぁ」
安堵の笑みを見せるガレオスさん。
ホッとした軽い笑みなのだが、何故か俺は嫌な予感がした。
「いやいや、俺が許可したからってそこまで影響があるもんか?」
「ん? そうかい? ダンナがOK出したってんなら、大半の奴等は納得すんぞ? それに、もし何かあった場合も遠慮なく責められるからな」
「うぉい!」
ニヤリと悪い大人な笑みに変わるガレオスさん。
俺は、責任などそういった面倒なモノは、全部ガレオスさんが背負うものだと思っていたが、どうやら違ったようだ。
この悪いオッサンは、俺にも半分背負わせる気が満々だった。
むしろ全部背負わせそうな気配すら感じる。
「まぁ冗談はともかく、あまり害の無さそうなヤツを見繕っておくでさぁ。あ、それと……」
「どこまで冗談なんだか……。で、他に何か?」
ガレオスさんは、少し気まずそうにモモちゃんから目を逸らし、ポツリと呟くように言った。
「あ~~あれでな。それなりの長い時間籠もるって事だろ? だからな……その、要は階段ってか、そういった問題もあってな……」
「………………なるほど」
ガレオスさんが、モモちゃんから目線を外した理由が分かった。
モモちゃんはまだ幼いので、聞いても内容を理解出来る訳がないが、それでもこの穢れ無き尊い存在の耳に入れるのは少々憚れたのだろう。
俺はそっとモモちゃんのお耳を塞ぐ。
「この件なんだけど、どうするダンナ」
「いや、それってそういった人を連れて行くって事だよね?」
俺もモモちゃんの耳には入れたくないので、明確な表現は避けてボカす。
「さすがにマズいよなぁ……」
「そりゃそうだろ! ガレオスさんだって伊吹に言えないでしょ。そのアレを……連れて行くってのを……」
「だよなぁ。他にも聖女様と女神様もいるし、最近じゃ弓乙女様まで……特に、ミクモ様が一番反対しそうな気が……」
「それなら却下だな」
切実な問題だが、これはどうしようもない問題だった。
元の世界でも、その辺りの問題は色々と物議を醸していた気がする。
これは仕方ない事と、俺はそう納得していると――。
「それでなダンナ」
「うん?」
「ラティ嬢ちゃんとのイチャ付きを控えてやってくれ。我慢している連中には猛毒だからなぁ。当然、尻尾と耳も駄目だぜ?」
「はああああああ!? マジかよ。いや、だってあれは日課って言うか、日常業務みたいな平常運転のようなモンだし、それに、それに……」
――待ってくれえええ!!
最近本当に本当の解禁になったんだぞ?
折角折角折角折角やっとなんだぞおおおおおおおお!!
「いやいや、そこは頼むでさぁ。それによう、他の勇者様達にも……なぁ?」
「ぐう……」
「何ていうか、気を遣ってやってくれでさぁ。特に弓乙女様は……」
「………………了解した」
死刑宣告をされた気分だった。
ただでさえ気の晴れない暗い地下迷宮。そこで大事な日課をこなせないとなると、欲求不満で悶々死してしまう。
――くそっ!
まさかこんな事態になるとは、もう隠れて日課をこなすか?
いや、隠れられる場所を用意出来るか?
「ああ、急に行きたくなくなってきた……。モモちゃんにも会えないし」
「あぷぷぷぅ?」
俺はモモちゃんを見つめた。
見つめられた事に気が付いたモモちゃんは、小さなお手てに持ったモノを――。
「あぷぁっ!」
「ううっ」
「ダンナ……さっきから気になってたんだが。それって……」
「ああ、たぶん双剣だ……」
モモちゃんは、紅葉のようなお手てに、紙を折って作られた剣のようなモノを持っていた。しかも両手に……。
「………………あれの影響ですかい?」
「………………………………………………ああ」
モモちゃんは、あるモノにドハマりしていた。
それは獣人の令嬢と巌のような老婆ごっこ。
最近みんなと観に行った芝居が余程気に入ったのか、その芝居に登場した令嬢の真似をするようになってしまったのだ。
その真似が、令嬢の淑やかな仕草なら良かったのだが……。
「あぷぷぁっぷああぁ」
「痛い痛い、モモちゃん? 顔は止めようね?」
「ぷぷぅ?」
不思議そうに顔をこてんと傾げるモモちゃん。
その仕草は天使そのものなのだが……。
「あぷぁ!」
俺の首筋を執拗に狙うモモちゃん。
狼人族は、本能で首を狙う習性があるのかもしれない。
「ガレオスさん。ちょっと俺の相談に乗って下さい」
「…………一応聞きやしょう」
「モモちゃんを……」
「モモちゃんを?」
俺は、すうっと空気を吸い。
吸った空気を全て吐き出すように言った。
「お願いしますっ。モモちゃんにこれを止めさせる方法を教えてください~!」
「ダンナの相談って……それですかい……」
「頼むうううううっ、とても重要な事なんだよおお!!」
俺は、いま悩んでいる問題をガレオスさんに打ち明けたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ、感想など頂けましたら幸いです。
あと、誤字脱字なども教えて頂けましたら……