殺劇、ヘキサスラスト物語
重要な回です
「そうはさせません!!」
「くっ!」
「まだまだあ!」
「彼は渡しません!」
「ぬううううんっ!」
「君たちっ、こんな争いはやめてくれええ! 頼む!」
一人の獣人の少女が、どこに忍ばせていたのか二振りの剣を手に取り、鬼神の如く双剣無双していた。
一人の神官服の女性が、よく解らない聖なる力を凝縮させて、大木槌のようなモノを作り上げ、それをブンブンと振り回している。
一人のグラマーな女性が、謎の心気を結晶化させて、物干し竿のような長い刀を舞うように振るっている。
一人の長身で髪の長い女性が、神秘的な神気を練り上げて、身の丈程ありそうな大弓を作り、無尽蔵に矢を放っている。
一人のしかめっ面をした老婆が、砲身の付いた槍のようなモノを従者に用意させて、轟音と共にそれをぶっぱしている。
そしてそれを、一人の目つきの悪い男がオロオロしながら見ていた。
そんな、とてもとても計り知れないカオスな状況。
「あの方はわたしの人!」
「ううん、彼は私のっ! 絶対に譲らない!」
「私……のです……」
「邪魔だあああ! アンタらどっか行けよっ!」
「ふん、この小娘どもが! 小僧は儂のモンじゃ!」
「やめてくれええええ!!」
5人の女性による激しい大立ち回り。
誰かが誰かを狙うと、その隙を他の者が狙い、その者を他の者が狙いグルグルと巡る。
誰一人決定打を撃てず、舞台の上はまさに大乱闘となっていた。
「こっのクソイカっ腹ああああああ!」
「ぎゃぼぼおおおおおお! 出ちゃう出ちゃう! 出ちゃいけないモノが出ちゃうですうううう!」
俺はイカっ腹の顔面を鷲掴みする。
頭を持ち上げられ、足が届かずバタバタとするサリオ。
「ざっけんなよっ! なんだよこれ! くそ、チケット売り場で誰が勝者かって訳のわからん予想があったから怪しいと思ってたが、まさかここまで酷いとは……」
「人気なんです! 超人気なんですよーです!」
「喧しいっ!」
「ぎゃぼーーー! いまっ、ミシっていったですよ! ミシっていったですよーです! あれ? パキっても聞こえたです!」
俺は握り潰すつもりで腕に力を入れる。
だが意外にも、しっかりと【VIT】が育っているのか、サリオの頭はなかなかの抵抗を見せ、容易に潰せそうではなかった。
「じんないさん、そろそろ解放してやってや。モモちゃんも喜んでおるようやし、ええんやないの?」
「はっ! そうだ、モモちゃんにこれを見せては駄目だ! ほらモモちゃん、お芝居なんかいいからこっちを見ましょうでしゅよ~」
「あぷぁあ? うぱぁあ、ブブブブブぅ」
サリオを投げ捨て、俺はモモちゃんを膝上に抱える。
「あっ、モモちゃん! 見ちゃ駄目っ!」
俺は、この教育に良く無さそうなお芝居を見せないように、モモちゃんを抱っこしてお顔をこちらに向けようとしたが、モモちゃんはそれを拒否した。
ぐぃ~っとのけ反るようにして、何としても芝居を見ようとする。
身体がぐにゃぐにゃと柔らかい赤子。油断をすると落っこちそうになる。
俺はモモちゃんの首裏に手を添えて、負担が掛かり過ぎないように支える。
「くっ、完全にモモちゃんが興味持っちゃってる」
「あぷぁ!」
俺たちは今日、ほとんど総出で芝居を観に来ていた。
事の発端は葉月とサリオの提案だった。
俺たちは深淵迷宮に長期間潜る事になる。
そしてそれに伴う入念な準備が必要であり、すぐに出発が出来るというモノではなかった。
他にも、潜る地下迷宮はここだけではなく、残り四ヶ所の地下迷宮にも潜らなければならない。
そしてそれらも恐らく長期間。物資を用意するだけではなく、それ以外にも、各領地への根回しなども必要なのだと言われた。
精神の宿った魔石からの”力”の回収。
これは元の世界で言うと、要は国家プロジェクトのようなモノらしい。
遠征に必要な費用やその他の負担。他には、この遠征で得られる利益や既得権益の発生など、様々な思惑も絡んでくると教えられた。
当然それらは全てギームルに丸投げ。
正直、俺に出来る仕事ではない。金さえ出してくれれば良いと思っていたのだが、どうやらそういう問題ではないようだ。
そして深淵迷宮最奥への遠征開始までの間、モモちゃんと遊びつつ、長期遠征前のバカンスをとなったのだが……。
「ああああっモモちゃん。こんなお芝居を観ては、メッでしゅよ」
「あぷぷぷうう」
「凄い喜んでいるようですねです」
――くそおおお!
昨日の俺を殴ってやりたいっ!
何で俺はこれを許可しちまったんだよ……
「あ、頑張れ『聖なる者』さん!」
「負けないでください『女神のような方』……」
「気合い入れろ! 『乙女』ってヤツ」
「あの、これはどうすれば……」
「あのお婆さんは誰なんでしょうねです。あの怖い顔とかどっかで見たような気がしたよですよです」
「おれは大穴の『黒の君』に賭けたで」
全く新しいスタイルのお芝居との売り込み。
登場人物の誰が勝者かと予想をするという、そんな斬新過ぎる要素が追加されていた。
最初は何の事かと思っていたのだが、それはクライマックスで明かされた。
主人公の青年、『黒の君』を巡っての争い。男女6人の六角関係。
『聖なる者』『女神のような方』『乙女』『尻尾持ち』『巌のような老婆』のバトルロワイアルが開始されたのだ。
正直、最初の方は普通に面白かった。
コミカルな演出と演技、途中途中で僅かなシリアスな展開を挟みつつ、一人の男を女性が取り合う。
そしてラストの舞踏会で、誰が一番最初に踊るかで揉めに揉め、じゃあ物理で決めようとなった超展開。
最後の超展開さえ無ければ良かったのだが……。
「いや~~面白いですね~です。何でも、売り出し中の謎の脚本家さんが一晩で作り上げたらしいですよ」
「うすら喧しいわっ! くそっ、絶対にぶん殴ってやるあの野郎」
「陽一君、いま良い所なんだから静かに」
「陽一さん、他の方に御迷惑になるので……」
「陽一っ! アンタさっきから五月蠅い」
「…………」
何故か芝居に夢中なっている女性陣。
よく見れば、ラティまでもこっそりと夢中になっていた。
「あぶぶぶっ」
「ああ、モモちゃん。そんなにコレを観たいの? 内容判っているの? ねえ、お父さん心配になってきちゃったんだけど……」
子供の時、親に『こんなモノを見てはいけません』と言われた理由が痛い程分かった気がした。
「あっぷぅっあふぁ! あっぷあふぁ!」
「えっ、モモちゃん!? 誰か応援してるの? ってか、応援してるの!?」
「モモちゃん応援しているのは、『聖なる者』だよね~?」
「モモちゃんは『女神のような方』を応援しているんですよね?」
「赤ん坊、ちゃんと『乙女』ってのを応援しろよ」
「…………」
もうカオス。
騒動回避の為、隔離された貴賓席を借りて芝居を観ていたが、舞台の上だけでなく、貴賓席もカオスへと突入していた。
「絶対にぶっ飛ばす、霧島の野郎っ。ってか、あの老婆ってまさか……」
その後、全員が一斉に超必殺技のようなモノを発動させ、それを止める為に『黒の君』が身を挺し、5人全員に刺殺される、5刺しエンドで幕を閉じた。
因みに、誰にも投票をしなかった俺が当てた事となり、記念品として、次回公演で使えるチケットを貰い。俺はそれをその場で地面に叩き付けたのだった。
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あと、誤字脱字のご指摘なども……