過積載と思い想い
遅れました。
花粉が本気で辛くて、ぼ~~っとしてしまって……
スイマセンですー!
この空気を俺は知っている。
あの時も、”デート”のようなモノの後だった。
そして、あの時と同じで……。
相手が自分に対し、好意を抱いているという事を知っている。
何時からだったのかは分からない。
だが早乙女は、俺に好意を寄せているらしい。
それを知った上で彼女の表情を見れば、”確かに”と思えた。
瞳を潤ませ、頬を薄っすらと朱で染めている。
俺はそこまで馬鹿ではない。
この表情を見て、怒っているや嫌っているかもなどと勘違いはしない。
そこまで馬鹿じゃない。
だから辛いっ。
俺はこれから返事をしなくてならない。
早乙女の想いに応える事は出来ないと、それを告げなくてはならない。
出来る事なら、もう心に決めた相手が居るとほのめかすように言ってしまいたい。そうすれば彼女が察して引いてくれるかもしれないから……。
だが俺は、そんなあやふやな刃は振りたくない。
可能性がないのに、可能性があるかもと誤解させるかもしれない。
もしかしたら、変な勘違いをさせてしまうかもしれない。
俺は静かに早乙女を待つ。
早乙女は俺の手を握ったまま、泣きそうな顔で一生懸命に俺を見つめようとしている。
見つめては逸らし、逸らしては見つめるを繰り返す。
何か言おうと口を開くが、それもまた閉じてしまう。意を決して再び口を開き掛けるが、やはりそれも閉じてしまう。
心の葛藤を全面に曝け出しながらも、全く前に進もうとしない早乙女。
本当に不器用なヤツ。いま何か話し掛けたら爆発でもしてしまいそう。
だから俺はジッと待ち続ける。
短くも長くも感じない不思議な時間。
そんな時間を掛けて、ようやく早乙女が――。
「陣内っ、あたしはアンタの事を……」
やっと、やっとの想いで早乙女が言葉を発し始めた。
俺はぐっと続きの言葉を待つ。
「あ、あたしはアンタの事を……えっと、あたしは……」
必死に言葉を紡ごうとする早乙女。
ベタな喩え方だが、まさに『乙女かよっ』と言いたくなる仕草。
そしてそれと同時に、俺はその想いに応えられないと告げねばならない辛さに苛まれる。
「陣内っ!」
「ん」
もう何度目か分からない呼びかけ。
俺は相槌を打ちながら待ち続ける。
「あ、あたしはアンタの事を……」
小さな声だが、早乙女は振り絞るよう吐き出す。
「アンタの事が、す――」
心がギリギリと捩じられるような感覚。
痛みはないのに、押さえずにはいられない。
言葉の時もそうだった。彼女は一生懸命に想いを告げてきた。
だが俺は、それに応じる事は出来なかった。
そして今も――。
「す、すぅ――陣内っ、アンタの事を陽一って呼んでもいいっ?」
「俺はそれに応じるこ――へ!? はい? 陽一? え?」
「ひゃわっ! えっと……そうよ、アンタの事を陽一って呼んでもいい? あの女達だって下の名前で呼んでんだからいいだろ」
「……お前」
――コイツ、この土壇場でヘタレやがったあああ!
マジかコイツ? ここまで来てヘタレんの? この雰囲気まで出してヘタレたの?
えええええ、マジで……?
先程とは違い、とても自信満々の顔で俺の返答を待つ早乙女。
俺はそんな早乙女を見て心底脱力する。
ほんの少し前までは、間違いなく告白をするつもりだったはずだ。
多少鈍感な俺でも判るぐらいの空気で、誰だってそう思うであろう程の表情を見せていたのだ。
間違いなく告白するつもりだったはずだ。
早乙女は強気モードになっている。
今、間違いなくコイツはホッとしている。
『陽一』と呼んでもなら、きっと拒否される事はないと判っているからこその笑み。
目の前にいる早乙女は、振られる可能性がある告白を避けて、拒否される可能性が低い方に逃げたのだ。
一歩踏み込む勇気が無いから、半歩だけ進もうとした。
( いや、半歩ですらないな…… )
「なあ、いいだろ陣内?」
「………………ああ、好きに呼べ」
早乙女のヘタレっぷりに呆れるが、一方、ホッとした自分もいる。
少なくとも今は、コイツの泣き顔を見ないで済むのだから。それがただの先延ばしだとしても、取り敢えず良かったと思えた。が――。
――ったく、コイツはどんだけ多いんだよ!
ハリボテのような強気と裏側の弱さ、そんでもって意外とポンコツ、
黒髪ロングにキツ目の切れ長の瞳にモデルのようなスタイル。
そこにヘタレ属性も追加されるだと!? お前どんだけ多いんだよ!
属性の過積載だろ!! コイツ、いい顔しやがって……
こうしては俺は、調子を取り戻した早乙女と共に、ノトス公爵家の館へと戻ったのだった。
閑話休題
「あぷぁ~ぁ」
「はい、モモさん。こしょこしょこしょ~」
「へえ、ラティちゃん上手だねぇ~」
ノトス公爵家の離れの一室。
その客間にて、女の子二人が一人の赤子をあやしていた。
一人はもう大人と言っても差し支えの無い女性。もう一人は、赤子と同じ獣耳を生やした少女。
彼女達はソファーに並んで座り、少女の方が赤子を膝に乗せて、耳の後ろ辺りを指先で優しく掻いてあげていた。
「モモさんはこうやって耳を掻いてあげると喜ぶのですよ」
「あ、ホントだ。凄く嬉しそうな顔をしているね」
耳を掻いている少女は、普段から自分もして貰っている事なので、人には言えない絶妙なコツのようなモノを掴んでいた。
赤子は小さな手をパタパタと上下させながら、ご満悦の笑みでもっともっとと強請っている。
もう一人は、その赤子を優しい目で見つめながら、その表情からとても想像が出来ない冷たい声音で問う。
「ねえ、ラティちゃん。何で陽一君と早乙女さんが……二人で出掛けるのを許したの?」
そう問われた少女は、僅かな逡巡の後、申し訳なさそうに問い返す。
「……あの、最初にそれを提案したのはハヅキ様ですよねぇ?」
「うん、確かに私が言った事。でもね、きっと反対されると思ったんだ。ラティちゃんにね」
「……ハヅキ様。反対されると思っていて、あの街案内を提案したのですか?」
表情と声音が一致しない、年上の女性からの問いに対し、問われた少女は探るように言い返した。
「うん、そうだよ。ラティちゃんならきっと反対するだろうなぁ~ってね。二人っきりで行くのは駄目って。それでね、その後に『それなら皆で一緒に行こう』って言うつもりだったんだ私」
「…………」
「それなら問題無いでしょ? そうすれば皆で街の案内にってなるはずだったんだよ? ――それなのに、何で許したの?」
「あの、許すも何も、わたしにそんな決定権はありませんが……」
「ん~~、決定権は無くても、不満を示す事は出来るでしょ? ラティちゃんがそれを見せれば、きっと陽一君は行かなかったはずだよ?」
「………………はい、そうかもしれませんねぇ」
「だったら何で……。ねえ、何で許したの?」
表情と声音が一致する。
先程まであった温かさは無く、凍てつく程真剣な表情で問う。
息を呑むような凄み。
彼女の整った容姿がその凄みをより増して見せていた。
問われた方の少女は、胸に抱いた赤子の目を手で覆い、それを見せないようにしてから口を開く。
「あの、止める理由がないからです」
「――ッ!? そう……でもねラティちゃん。それって残酷だと思わない? ラティちゃんは陽一君が絶対に揺らぐはずがないって思っているんでしょ? それって酷い事じゃないかなぁ?」
「何故です?」
狼狽えるでもなく、強がるでもなく、問われた事に少女は淡々と答えた。
「だって、その想いは報われないって判っているのに、それを勧めたんだよ? 先がないのに、それを止めなかったんだよ?」
「いえ、思い出が残ります」
「――もっと酷い事だよっ! もっと、もっと残酷な事だよ……それって……」
彼女は吐くように叫んだ。
赤子が困惑しているが、それでも構わずに叫んでしまっていた。止まる事が出来ずにいた。
「ねえ、ラティちゃん。何で……」
「……それならハヅキ様。貴方がサオトメ様の立場だったとしたら、行かないという選択を取るのですか?」
「行くっ。絶対に行く。でもそれは諦めるつもりがないから。だから前提が全然違うの、早乙女さんとは違うの……」
「……そうですか。あの、これはわたしの事なのですが、前にお話した事があると思いますが、わたしは親に売られました。恨んでいる……とは違いますが、多少なりと思うところはあります。消化し切れない気持ちがあります」
「うん、それで?」
「はい、それでも両親と一緒に眠っていた頃の記憶が……幸せだった頃の思い出があるのです。わたしはそれがあるから耐えられました。もうそんな幸せが訪れる事は無いと思っているのに……でも、それがあったから未来を望み、絶望に屈する事はありませんでした。幸せを知っているからこそ、諦めずにいられたのです。今が駄目でもきっと先に良い事があると……」
少女は、真摯に心からそれを吐露した。
その気迫に彼女も釣られて吐き出す。
「みんながラティちゃんみたいに強い訳じゃないよっ! その幸せな記憶があるから逆に辛くなる事だってあるんだよ! むしろそういった人の方が多いよ」
「はい、そうかもしれません。ですが、そうではないかもしれません」
「そんなの詭弁だよっ!」
「それならハヅキ様。何でハヅキ様は、他の方々にお願いをしたのですか? サオトメ様の街案内が邪魔をされないように、コトノハ様にまでご協力をして貰って……」
「だって……」
「あの、本当はハヅキ様も同じなのでは? わたしと――」
「――違うっ、そんなんじゃないよ、そんなんじゃ……。だって私が言い出した事なんだよ。それであんなに喜んで……。だったら何とかしてあげたいって思うでしょっ」
「ハヅキ様」
「彼女はきっと傷つく、だから……今だけでも……」
「……ハヅキ様」
「ごめん、席を外すね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あ~~あ、失敗しちゃったなぁ。やっぱ付いて行くんだったなぁ……西に」
二人の関係があんなに進むとは思っていなかった。
サリオちゃんとららんさんも一緒なのだから、きっと大丈夫だろうと思っていた。しかしそれは見通しが甘かった。
彼と彼女の様子は明らかに変わっていた。
二人は何時もピッタリと寄り添うようにしているが、ほんの僅か、指先一本分ぐらいの隙間があった。
その隙間が何なのかは分からないが、何か決定的な溝があったのだ。
そう、あったのだ。
そして今は、その僅かな隙間がなくなっていると感じ取れた。
「……何があったんだろ、二人に」
呟くように問うても答えは見つからない。
だけどその結果だけは見えた。
「あぁ~~あ、失敗したなぁ、ホント失敗したなぁ……」
でも諦めない。
こんな事で諦められるようなぬるい恋はしていない。
絶対に、絶対に諦めたくない恋。
それがどんなに辛くても、それがどれだけ遠くても……。
この想いが届かなくても、わたしはこの恋を諦めない。
だけど今は――。
「ああ、失敗したぁ」
少しだけ愚痴を吐く。
読んで頂きありがとうございます。
更新と返信が滞っており、本当に申し訳ないです。