弓の乙女
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「くぅうっ、殺してぇ! あたしを殺してぇええ!!」
「だああっ、騒ぐなって! ――ああ、もうっ、一旦外に出るぞ!」
「うううううううううううぅぅ、アンタ、これ知ってたんだろ」
「ほらほら出るぞ。周りに迷惑掛けてっから」
周りにいる誰もが俺たちの方を見ていた。
驚きの顔や怪訝そうな顔。そして大半の者が、とても迷惑そうな顔でこちらを見ていた。
「おら、行くぞ早乙女。あ、眼鏡を取ろうとすんなっ、周りにバレんだろ」
「あんなのっ、あんなのあたしじゃないいいいいいいっ!」
弓使いの勇者早乙女は、舞台の上にいる弓の乙女役の役者を指を差しながら、顔を真っ赤にして絶叫した。
昨日、俺が失言した後、泣き出しそうになった早乙女を宥めるのに苦労した。
どうにも信じられない事だが、早乙女は俺に好意を持っているらしい。ラティがそう言ったのだから間違いではないだろう。
実際、ボレアスで見舞いに行った時、そういった空気になりそうだった。もしラティのカットインが入らなければどうなっていたか分からない。
だが仮に、早乙女がそれを言って来たとしても、俺がそれに応じる事は無い。
俺にはラティがいるのだから……。
とはいえ、俺が掛けた言葉は最悪だった。
謝って許して貰える問題ではないが、俺は超必死に謝った。
モモちゃんを抱っこしていなければ、ラティによって鍛え上げられた土下座を披露していたかもしれない。
最終的には葉月と言葉も宥めに入り、葉月が提案した、俺がノトスの街を案内するという、そんな罪滅ぼし方法で落ち着いた。
案内ぐらいは問題ない。ただ、見かたによってはデートとも言えるので、ラティが反対するかと思ったのだが、ラティからは『良いですねぇ』との許可だった。
この反応には、俺よりも葉月の方が驚いていた。
因みに、何故早乙女がモモちゃんを俺とラティの子供と勘違いしたのかは、お約束のサリオが原因だった。
サリオは、ゼロゼロを厩舎に預けたあと、真っ先にモモちゃんの元へと向かったらしい。
その行動は当然といえば当然。むしろ、忘れていた俺の方がおかしい。
そしてモモちゃんの所に俺が居なかったので、親である俺は『どうした?』的な事を言い、それを目撃した早乙女が誤解し、そのままモモちゃんを抱っこして俺の部屋へと突撃をかましたそうだ。
早乙女の方も、昨日ノトスに到着したばかりだったそうで、モモちゃんの事はしっかりと聞いていなかったのも要因のひとつとなった。
これらが重なり、今回の騒動へと……。
こうして俺は、最悪の言葉を言った謝罪として、ノトスの街を案内する事となった。
一応モモちゃんの方は、一緒にお食事、一緒にお風呂、一緒に就寝のフルコースをこなしておいた。
「陣内っ! アンタなんてもんを見せるのよ!」
「お前だってこれでいいって言っただろ」
「ぶざけないで、アンタ、ワザとだろ。ワザとこれ……ホントは落ちたのはあたしだし、助けて貰ったのも……」
「あんま騒ぐな早乙女、目立つだろうが。それとその眼鏡だけは外すなよ」
早乙女には変装をしてもらっていた。
腰下まである長い黒髪は、少し大きめのハンチング帽のような帽子の中に押し込み、暴言ばかり吐く薄い唇は厚手のストールで隠し、濃い紺色の外套を着せて目立たぬようにした。
そして最後に、【鑑定】を阻害する効果を持つ付加魔法品を掛けて貰う。
出来るだけ目立たぬようにしてみた。
だが早乙女は、女性にしては背がある方なので、何故か目立ってしまった。
そして眼鏡程度では抑え切れぬ目力も相まって、その姿はまるで、世界的に有名な人がお忍びで変装をしているようだった。
実際のところ早乙女は勇者だ。
早乙女個人としては、一年以上監禁されていたので、顔はそこまで知れ渡っていないかもしれないが、鑑定で【勇者】だと気が付かれれば大変な事になる。
間違いなく街案内どころではないだろう。
それなのにコイツときたら――。
「あああっ、もう! 何であれが芝居になってんのよっ!」
「そりゃ……有名だし? あと、騒ぐなっての」
俺が街の案内でまず連れて行ったのは、ノトスの街の芝居小屋だった。
そもそも俺は、ノトスの街を案内して回れるほど詳しくない。普段、深淵迷宮に向かうか、行きつけの酒場に向かう程度。あとは、冒険が出来る場所を知っているぐらい。
当然、早乙女を連れて冒険には行けない。
なので一番無難な、芝居小屋が集まっている所へと向かったのだ。
そして丁度これから開演という芝居があったので、それを観ようという流れになったのだが、その芝居は、『全ボレが泣いた』という触れ込みの芝居だった。
全ボレとは全ボレアスの事、そしてその芝居のタイトルは”弓の乙女”だった。
俺はその芝居の内容を知っていた。
一度サリオと観た事があるお芝居なのだから。
ただ、この異世界の風習では、同じ芝居が前回と同じように演じられる事が少ない。
その場のノリや雰囲気、演じる役者によって変わる事が多い。
全くの別モノになるという事はないが、演技や表現、他には演出などが大袈裟になる事が多々ある。
そして今回は、それが少々飛び抜けた方向に進んでいた。
まず、”弓の乙女”にはある三人組が登場する。その三人組は所謂、周りに迷惑を掛けまくる悪役だ。
三人組は横柄な態度を取り、周りの冒険者達に煙たがられる。
その芝居のある場面では、迫りくる魔物の群れに対し、冒険者達が心を一つにして迎え撃つという、そんな熱い場面があるのだが、三人組はそれを馬鹿にするような事を言い、しかも自分勝手に動くのだ。
これによって防衛戦の一部が綻び、あわや防衛戦が崩壊といった、観る者をイライラとさせる展開があった。
前回観た時はもうちょっとマイルドで、何処か憎めない奴らといった感じだったのだが、今回は本当にただの嫌な奴らとなっていた。
暴言ばかり吐き続ける目つきの悪い槍持ちの男。
ヘコヘコと、その槍持ちを持ち上げる狼人の奴隷少女。
まるでスピーカーのように、槍持ちの言葉を代弁するハーフエルフの子供。
ここまでやるか……と思える程の悪役ぷり。
観客席からは、その三人に対し罵声まで飛び出していた。黙って観ている事が出来ない者が出る程の酷さだったのだ。
ある意味、これは大成功だったのだろう。
その罵声が、役者達をより盛り上げていた。
どんどん加熱してく芝居だった。
誰もが知らず知らずのうちに、その芝居へと引き込まれていく。
そんな名演技だった。
最初の方は早乙女も純粋に芝居を楽しんでいた。
例の三人組が出た時などは、俺に似ていると揶揄う様に言う余裕さがあった。
だが途中から、完全に気が付いた様子だった。
このお芝居は、あの時の、北での防衛戦が劇になっているのだと。
それでも途中までは耐えていた。
流石に騒ぎ出すほど馬鹿ではなかったようだが、あるシーンでそれが決壊した。
その問題のシーンは、このお芝居、”弓の乙女”のクライマックス。
散々迷惑を掛けた三人組が、好き勝手動いた結果、魔物がひしめく堀へと落ちてしまい、泣き叫びながら助けを乞うのだ。
好き勝手やっていた者を助ける者などはおらず、もう絶対絶命のピンチ。
滑稽なほど怯えて見せる役者達。
少々やり過ぎだが、ある意味ではとても良い演技だった。
そして其処へ颯爽と、舞い降りるようにして助けに入る弓の乙女。
お約束の見せ場。逃げ惑う三人組を庇いながら雄々しく戦う弓の乙女。
そしてそれに触発されて助けに入る、傍観していた冒険者達。
最大の見せ場である大立ち回りが展開された後、これまた3人組が過剰な演技で弓の乙女に謝るのだが――。
ここで早乙女が爆発したのだった。
「うう、誰だよこれ作った奴っ! もう殺してっ、あたしを殺して。そんでアンタも殺す」
「物騒な事を言うな。ったく、お前は女騎士かよ……」
芝居小屋を出た後も恨み言が止まらない早乙女。
キッと芝居小屋を睨む目の端には、薄っすらと涙を浮かべている。
――まぁ仕方ねえか、
まさかその場にいた本人が、あんな改変されたモンを見せられたんだから、
だけど流石に……やり過ぎたか?
ちょっとした悪戯のつもりだったのだが、予想以上のモノが出て来てしまった。
あの時、下に落ちたのは早乙女で、それを助けに入ったの俺。
芝居とは真逆なのだ。
これは半端なく堪らないだろう……。
「あ~~スマン。何て言うか悪かったな」
「ううう、これの何処が街案内なのよっ! 何であたしがこんな罰ゲームを受けないと……」
「悪かったって…………んじゃ次いくか」
「え? 次って何処にいくの……?」
「ん~~~、俺たちがよく行く店かな。結構飯が美味い(旨い)んだぞ」
「……へえ、美味しい店なんだ。あたし味にはうるさいわよ」
「じゃあ行くぞ。これ以上この場にいるとマズイ」
「あ、うん……ちょっとあたしが騒ぎ過ぎたね」
「いや……まぁそうだな、行くぞ」
俺たちはその場を離れ、俺たちがよく行く店へと向かった。
嫉妬組に包囲される前に、俺は即座に動いたのだった……。
読んで頂きありがとうございます。
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あと、早乙女さんの応援なども!
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