まず第一段階
すいません、遅くなりました~
本当にすいませんです;
そして、面倒回
あれから八日間過ぎた。
馬車の窓から顔を出せば、懐かしく感じるノトスの街が見える。
魔王討伐の遠征、ボレアスの奪還、そして西への遠出。約一カ月近くノトスを離れていた。
あと10分もすればノトスの街に着く。ゼロゼロの引く馬車が、ゆっくりとノトスに近づいて行く。
「あの、ご主人様」
「ラティ、頼むな」
「はい」
俺は、ラティと一緒に、アムさんとギームルに会う事を決めていた。
確かめなくてならない、あの真相を問いただす為……。
あの日、メギトラから話を聞いた俺は、もう居ても立ってもいられず、ゼロゼロを飛ばして世界樹の切り株がある森へと戻った。
ららんさんを急かし、文句を言うサリオを馬車に押し込めて。
しかしその所為で、俺たちは三日間の足止めをするはめとなった。
馬車を引くゼロゼロに負担を掛け過ぎたのだ。
【サイセイの里】に向かう時よりも馬車を飛ばした為、丈夫なスレイプニール種である流石のゼロゼロも、連日の酷使で潰れかかってしまった。
あと少しで、いまは亡きゼロワンやゼロツーの後を追わせるところだった。
サリオに叱られて反省し、しっかりと回復するまでの間、俺たちは再びラティの家に泊まる事になった。
ラティの家に滞在している間、俺は毎日世界樹の切り株へと向かった。
初代勇者、ヤツなら絶対に知っているはず。
何故この事を話さなかったのだと、俺は初代にそれを問い質したかった。
きっと知っていたはず、勇者達があの町に集められていた事を……。
だが世界樹の切り株は、俺の求めに応じなかった。
最初は、問い掛けに応じない初代勇者と世界樹に苛立った。何故無視するのだと。
しかし、三日目になると少し落ち着いてきて、自分で考えるようになった。
何故、初代勇者は、メギトラの話を隠していたのかと……。
貴族側がそれを隠す理由は容易に想像がつくが、初代がそれを隠す理由が分からなかったのだ。
その話を聞けば、俺は貴族達に対し不信感を持っただろう。
だが一方、初代が話してくれたのならば、俺は初代勇者に対し、もっと信用したかもしれない。少なくとも、いまみたいに怪しいとは思わなかったはずだ。
一応、初代勇者の事は信用している。
初代の話には嘘がなく、このイセカイを守りたいという想いは本物だった。
半強制的に見せられた映像や、そこから伝わってくる想いに虚偽は無かった。
自分の愛した女性の為に、千年の時を越えてなお、このイセカイを守り続けている。
やり方に多少問題はあるが、王女と王子が願った平和の為に、いまも世界の狭間のようなところで、この世界を独りで見守り続けている。
だからこそ、俺は不審に思う。
もしかすると、本当に知らないという可能性もあるが、勇者の動向を把握していないというのもおかしい気がする。
怒りが落ち着き冷静になると、様々な事に気付いた。
まず、これを知ったとして、俺に何が出来るかという事を。
勇者の魔王化は、誰かの意図で起きる現象ではなく、完全に想定外の事。
誰かを咎めるというモノではない。
だからとはいえ、それを利用しようという貴族連中には腹が立つ。
しかし一方、魔王化した勇者を逃がした結果、被害が広がったという歴史もある。
感情を抜きにして、その点だけを考えると、貴族のやり方は合理的とも言えた。
だがしかし、勇者からすれば『ふざけんな』である。
じゃあ誰が悪いのかとなると、やはり責められる相手がいない。
敢えて言うならば初代勇者なのだろうが、やはりそれも違うと思う。
俺はノトスまで辿り着くまでの間、ずっと考え続けた。
昔の俺であれば、脊髄反射の如く反発していただろう。――だが今は違う。
俺は様々な事を自分で考え、思いつく限り考え、そしてその先を予想した。
この話は、簡単に洩らしてよいモノではない。下手をすれば、死人に口無しという手段もあるだろう。俺に価値が無ければ、その危険性は十分にある。
そしてその危険性は、俺だけではなく、ラティやサリオ、そしてららんさんやエルフ達にまで及ぶ。
感情のままに動いて良いモノはない。現にエルフ達は、貴族によって森へと追いやられているのかもしれないのだから。
そしてふと思う。
歴代共のふざけた価値観で、理不尽にエルフ達が森に追いやられていると聞いていたが、そこに貴族達の思惑が存在しているのだとしたら、もしかすると、狼人達への迫害もそうなのではないのかと。
狼人が忌避される理由となったのは、犬系の獣人なのに”耳が垂れていない”という、本当にしょうもない理由。
凛々しくピンと張った獣耳が良くないと、そんな下らない理由で迫害されている。ラティの耳の触り心地を知っている身としては、どうにも看過できない。
最初はおかしいと思った。あまりにも馬鹿馬鹿しい理由なのだから。
だがしかし、勇者の楔の効果を目の当たりにすると、仕方ない事なのかもしれないと納得した。
人の感情や価値観を、へし折って捻じ曲げるように変えてしまう楔の効果。
こんな恐ろしいモノがあるのだから、これは仕方のない事なのだろうと……。
それに、前に聞いた話によると、もっと遡った歴代勇者には人気があったと聞いていた。何でも、紅茶色の髪をした狼人はとても人気があったと……。
だから勇者達の発言や価値感によって、評価がコロコロ変わるのだろうと。
そう思っていたのだが……。
尋ねたい事が増えていく。
そして、考えれば考える程ドツボにハマっていく。
しかし迂闊に聞くことは出来ない。
下手をすればラティとサリオが危ない。もしかすると、ららんさんも危ない。
当然、情報の出処であるエルフのメギトラも危ない。
尋ねたい事があるからと、馬鹿正直に尋ねて良い事ではないし、安易に尋ねて良い世界でもない。尋ねた後の事もしっかりと考えねばならない。
気に食わないからと、ただ不満だけを喚けば良い時期はもう過ぎ去った。
今は立場や状況がまるで違う。
喚くのならば、改善策を語らなくてはならない。
思考が何度もループした。
もう黙ったままでいるのも一手だと思えた。
だがそれでは何も守れない。
魔王発生の時期が来れば、魔王化という現実を押し付けられる事になる。
誰が魔王化するのか判らない。
運が良ければ、5代目の時のように鉱石が魔王化するかもしれない。
だがしかし、魔王化するほど価値のあるモノが残っているとは考え難い。
もしあるならば、もう既に魔王化しているはず。
だから俺は――。
「はぁ、外道だな……俺は」
「……ご主人様」
ノトスの街の正門が眼前に迫る。
ステータスプレートを門番に提示すれば、もうノトスの街の中だ。
俺はその正門を眺めながら、改めて決意する。
守りたい者を守る為に、生贄を増やす事を決めた。
俺は――勇者全員を魔王化という土俵に上げる事にする。
そして守りたいと思う者を、俺のそば、世界樹の木刀の近くに置く。
「頼むぞ……世界樹の木刀さんよ」
俺が魔王化するのを防いだという木刀。
この木刀が近くにあるのならば、きっとその周りにいる者も守ってくれるはず。
――ああ、北原がいれば良かったな、
アイツが魔王化すれば躊躇いなくやれたのに……
まぁ無理か、アイツ価値が無さそうだし、
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ノトスの街に入ると、俺はすぐにアムさんとギームルの元へ向かった。
馬車とゼロゼロはサリオとららんさんに任し、俺はラティと二人で行く。
そして運が良い事に、丁度二人とも同じ部屋で仕事をしていた。
領地運営の相談事なのか、それとも何かの報告なのか、険しい顔でアムさんとギームルは対峙するように何かを話し合っていた。
「じ、ジンナイっ」
「ぬ、戻って来たかジンナイ」
俺に気付き、何処か躊躇い気味に俺の名前を呼ぶアムさん。
一方ギームルの方は、いつも以上に気難しそうな顔で俺を一瞥した。
「ああ、いま戻ったばっかりだ。そして確かめたい事ある。ラティ頼む」
「はい、ご主人様」
俺はそう言ってから後ろに控えているラティを呼び、周りに誰か潜んでいないか確認させる。
そして誰もいない事を確認してから話を切り出す。
「出陣のパレードと南にある監獄のような町。アムさん、ギームル、この事を知っているよな?」
俺は、大雑把に端折って言った。
細かい説明などはせずに、二人の反応を見る。
メギトラは貴族の思惑のように言ったが、俺は全ての貴族が知っているとは思えなかった。
地方の領主のような、地位の低い男爵まで知っているとは思えず、公爵を継いだばかりのアムさんは、この事を知らない可能性があると睨んだのだ。
下手に知らせない方が良いかもしれない。
そう思い、俺は取り敢えず様子を窺ったのだが……。
「なっ!? ジンナイ、何故それを……いやっ何処でその事を」
「……」
露骨に狼狽えるアムさん。
何かを考えてはかぶり振り、考えを打ち消すような仕草を続ける。
そしてギームルの方は、微塵にも隙を見せぬよう黙ったまま俺を睨む。
「……アムさん、それは知っているって事で?」
「あ、ああ……」
息を絞り出すように声で言うアムさん。
その声音からは、いつも気軽さは消え失せており、アムさんにとっても、この”貴族の思惑”というのは重いようだった。
「ジンナイ。貴様何処でそれを知った? まさか墓参りで向かったシャの町か?」
「……違う。この話は――初代勇者から聞いた」
「む? 初代だと? 初代勇者と言ったのか?」
「え? ジンナイ何を……?」
「ああ、その初代勇者だ。世界樹の切り株にこの木刀を添わせて、そんで会って聞いて来た」
俺は、エルフ達に被害が及ばぬよう、少しだけ嘘を混ぜる事にした。
ギームルの射貫くような視線が突き刺さる。こちらの真意を見抜こうとする厳しい眼光。俺は手に薄っすらと汗を滲ませながら、今度は嘘に本当の事を混ぜる。
「まあ簡単には信じないよな。だけど会ったんだよ初代勇者に。そんで色々と教えてもらったんだ。色々とな……」
「……」
「……」
アムさんはともかく、黙ったままこちらを窺うギームルのプレッシャーが凄まじい。下手な事を言えばすぐに喰い付かれる。
だから俺は――。
「王女アリス。そしてその弟、王子のトリスタン。この二人が初代勇者を召喚したんだ。まぁ正確には、王子の手を初代勇者が掴んだ感じだけどな」
ギームルからのプレッシャーが跳ね上がる。
本気で射殺せるのではと思える程の眼光。そんなプレッシャーに晒されながら俺は確信する。
ヤツはこの話に喰い付いたと――。
俺は、初代から聞いた話を全て話した。
一番最初の勇者召喚の事や、その後の事も。他には、ステータスの件やWSと魔法の仕組み。大地の下に渦巻く”力”の事も話した。
そして、その”力”が異世界を崩壊させる危険性も告げた。
魔王を倒すだけでは駄目であり、魔王を完全に消滅させなくてはならない事を二人に説明する。
アムさんの方はただ困惑した様子だが、ギームルの方は――。
「なるほど。確かに本当に初代勇者様と会ったようじゃな。王女アリスの名はともかく、王子トリスタンの名が出て来るとは」
「ああ、話だけじゃなくて、その時の映像ってか、その時の様子を見せつけられたからな。あ、そういや、アイリス様に似てたな、アリス王女様は」
「ふんっ」
鼻息を荒くしてそっぽを向くギームル。
俺はその仕草に安堵する。
少なくとも、こうして視線を逸らすということは、ある程度の警戒は解いたという事だろう。
もしかすると、逆にこれが罠の可能性もあるが、ラティの方を見るに、その可能性は無さそうだった。
――よし、上手くいったな、
まずは第一段階クリアーだな、次は……。
俺は、ギームルの弱点ともいえる王女様を利用した。
そしてその弟であった王子も……。
俺の召喚と初代の召喚は似ている。
厳密にいうと少し違うが、根っこの部分である、王子の純粋な願いと祈りによって召喚されたというのは同じだ。
だからこの話を出せば、このジジイは絶対に喰い付くと……。
後は簡単、初代から聞いた話を話せば良いだけ。
そこに説得力などはもう必要ない。嘘は言っていないという自信があれば、その強気な態度で押し通せる。
いまは真実しか言っていないのだから、裏を読まれる心配はない。
こうして俺は、まずは第一段階、”貴族の思惑”の情報の出処を誤魔化す事に成功したのだった。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ、感想など頂けましたら幸いです。
あと、誤字脱字なども……。