発進!ニューエクセカリオン号
陣内の車軸は無事です。
快走する馬車。
窓から見える景色が凄まじい速度で流れていく。
「あの、本当に凄いですねぇ……これだけの速度を出しているのに」
「だな」
馬車内で対面に座るラティが、窓に視線を向けて感嘆の呟きを洩らす。
現在俺たちは、馬車を走らせ西へと向かっていた。
かなりの速度で走らせているのにも関わらず、馬車はあまり揺れを感じさせていない。
車軸が破損してしまい、一時はシャの町に引き返す事も検討していたのだが――。
「あの、本当に不思議な木刀ですねぇ……」
「ああ、ホントに最近は何でもありだな。この木刀」
世界樹の木刀は、堅くてどうしようもなかった木の枝を簡単に削った。
正直なところ、削ったというより、こちらの望む形に変わっていったとも言えた。
こんな形になって欲しいと思いながら木刀を添わすと、枝の方が勝手に削れていったのだ。
一瞬、木刀に新たな力でも宿り、何でも切る事が出来るようになったのかと思ったが、それは少し違った。
世界樹の木刀で削る事が出来たのは、世界樹の切り株がある森に生えている大木だけだった。森の木以外は、削る事も切る事も出来なかったのだ。
――ああ、そっか……。
あの夢の時、周りに居たラーシル似の女性たちって森の木だったのかなぁ?
それだったら辻褄が合うな。
以前、神木から作り出されたという木刀を、世界樹の木刀は破裂させるように破壊した事がある。へし折るなどではなく、不自然な程弾け飛んだのだ。
何か不思議な力が働いたとしか思えない。
きっと今回の件も、ラーシルに従うように、大木たちが動いたのだろう。
「……俺の力になりたい、私を使ってくださいか」
ラーシルは夢の中でそう言っていた。
俺は何気なく、それを確かめるように呟いた……。
「あの、何かあったのですか?」
「あ、ああ……ちょっとな――」
俺の呟きにラティが興味を示す。
隠す必要など無いので、俺は昨夜見た夢を隠すことなく話した。
夢の中で世界樹の木刀と再会し、そして協力したいと告げられた事を……。
ただ、無用な誤解は与えぬように、ラーシルが言葉に似ていた事と、ぐいぐい迫って来られた事は伏せておいた。
閑話休題
正直、頭のおかしい荒唐無稽な話。
普通ならば、簡単に信じてはもらえないだろう。
だが、尻尾を撫でながらそれを伝えたので、ラティにはしっかりと事実として伝わったはず。
ラティは懐疑的な様子は一切見せず、ふむと頷き――。
「あの、ご主人様。ひとつ確認しておきたい事があるのですが」
「うん? なんだろ?」
――ありゃ? 何か解り辛いことがあったかな?
でも尻尾を撫でながら話したんだから、ちゃんと伝わってるはずだけど……。
「あの、ラーシルと言う方は女性なんですよね?」
「あっ……えっと女性って言うか、女性の姿をしているだけで……たぶん性別とかそういった概念は無いんじゃないかな~。ほら、その辺に生えている草とか木に性別って無いよね? あれ? あったかな? どっちかな? どっちだろ?」
――あれ? 何か予想していた事と違うっ。
それに、それって気になる点なの!? そうなの?
あれ? 必要無いよね……?
「あの、ラーシルと言う方の姿が少々気になります。教えて頂けないでしょうか、ご主人様」
「えっ、それって必要かな~~必要なのかな~」
大事な事なので二回言ってみたが、結局全部吐かされた。
閑話休題
馬車は快走した。
新しい車軸は、シャレにならない程堅いので、再び振動緩和の付加魔法品を取り付けられた。
そして、二日間の足止めによってしっかりと休憩が取れたゼロゼロは、遅れを取り戻すかのように激走した。
ラティが少々拗ねるというトラブルはあったが、俺たちは予定より一日早く目的地に辿り着けそうだった。
窓から顔を出して、馬車の進む先に目を向ければ、こじんまりとした森が見える。
「あれがエルフの隠れ里、【サイセイの里】ですか」
「そうらしいな」
俺の後ろから顔を出しているラティが、亜麻色の髪を強くなびかせながら尋ねてきた。
機嫌が直ったのか、表情から険が取れ、距離も近くなっている。
( 良かった……本当に良かった )
ららんさんが走らせる馬車、俺たちの乗っているニューエクセカリオン号は(ららんさんが命名)、日が沈み切る前に【サイセイの里】へと辿り着く。シャの町を一回り小さくしたような隠れ里に。
【サイセイの里】は、森の入り口に門番らしき者が立っていなければ、ただの森として通り過ぎかねないような所だった。
火を使っているのか、何本か狼煙のように煙が立ち上っている。
「じんないさん、一度降りてくれや」
「あいよ。ラティ、降りよう」
「はい、ご主人様」
不審者でない事を示す為に、俺たちは門番の男にステータスプレートを見せる。
門番の男は、サリオの耳を見て顔を顰めたが、ここでもららんさんが例の書状を見せつけ門番を黙らせた。
訝しむ視線に晒されながら、俺たちは【サイセイの里】の中を進む。
もう遅い時間、森の中は真っ暗に近いので、”アカリ”を頼りに道を進んで行くと……。
「よそ者が来たって感じだな」
「そりゃそうやろ、よそ者だしのう」
「…………」
「ぎゃぼぅ……です」
木の陰から、覗き見るように何人ものエルフ達が集まっていた。
ラティは探るように周りに目を向ける。きっと敵意を持つ者がいないか探っているのだろう。俺も一応周りを警戒する。そしてある事に気が付く……。
「……さりおちゃん。気になるんやったら中に入るかの?」
「あぃ、中に入っておくです」
俺たちは、敵意がない事を示す為に全員外に出ていた。
俺とラティは徒歩で、ららんさんとサリオは御者台に座っていたが、ハーフエルフへの当たりは厳しいようで、誰もがサリオを突き刺すように睨んでいた。
「ったく……」
「まだまだ時間は掛かるのう」
「ですねぇ……」
二人からため息混じりの声が出る。
「しかし、何ていうか」
俺はそう言って、再び辺りを見回す。
視界に映るのは、陰気な表情をしたエルフの男達。
数は少ないが、一応女性のエルフも見えたが、やはりここでも男のエルフばかり。しかも、ほぼ全員が暗い卑屈な顔をしていた。
「……俺のイメージしているエルフとかけ離れてんなぁ」
「うん? じんないさんってエルフにどんなイメージ持っとるん?」
「ん~~~、そうだなぁ――」
俺はららんさんに、自分の持っているエルフのイメージを伝えた。
美形で細身、魔法に長けて余裕さを感じさせるクールな表情。
あと、弓を使って森に住んでいる。
ららんさんにそう伝えると――。
「半分あってるけど、半分は別やのう。合っているけど別の意味でってのもあるし……」
「だよな……」
こちらを覗き見しているエルフ達は、皆が細身だった。
だが、細身と言うより、ただやせ細っているとも言えた。
顔立ちの方も、一応整ってはいるが陰のある表情ばかりで、どちらかと言う陰気。
森に住んでいるのも、権力者にそう決められたからと聞いている。
「エルフに会うたびにイメージが壊れていくな……」
( ん? そういや、一番エルフらしくないのってららんさんか…… )
「んむ? 何かおれの方を見てなかった?」
「……ミテナイヨ」
その日は、もう時間が遅いので宿に泊まる。
その宿屋でも、ハーフエルフと狼人にはと渋られたが、倍の宿泊料を払う事で押し通し、俺たちは宿で一晩過ごした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日、俺たちはメギトラという名のエルフを探した。
今回俺がこの隠れ里に来た目的、それはメギトラから”貴族の真意”とやらを聞く為にやって来たのだ。
多少、『ついでに』というところもあるが……。
「ここに住んでいるのですねぇ」
「らしいな」
「宿の人もそう言っておったしのう」
「ほへ~~、小屋が木に取り込まれそうですよです」
隣に生えている大木が、小さな小屋に圧し掛かるようになっていた。
十数年後には、小屋が木によって崩壊させられそうな状態。
俺たちは、そんな小屋の扉をノックし、そして小屋の主に迎え入れられた。
人ならば、百歳は超えていそうな老人。
話によると、すでに千歳を超えているという、枯れ木のような印象の老エルフが、俺たちを部屋に迎え入れた。
殺風景な部屋に入り、俺は早々に話を切り出す。
「秋音ハルってのが来ただろ? ヤバイ感じの女だ。そいつに聞かせた事を俺にも教えて欲しい」
「ほぉ、貴様もアレを知りたいというのか? あの忌々しい道の事を……」
老エルフのメギトラは、一人椅子に腰を下ろした。
そしてジロリとこちらを一瞥する。
「忌々しい道? 何か知りたい事と違うような気が」
「はんっ、じゃから、あの大通りを作られた意味を知りたいのだろうがっ!」
突如激昂し、立ち上がるメギトラ。
だがすぐに鎮まり、椅子に腰を下ろし、何か諦めたような表情でポツリと呟いた。
「パレードに使われておる道じゃ……」
「パレードってあの賑やかで大騒ぎの……?」
「そうだ。そのパレード行進する大通りじゃよ。――勇者様を監獄のような街に向かわせる大通。勇者様を閉じ込める為の街に向かわせる道じゃよ」
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ、感想など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字の方も……