森の女王
すいません、遅くなりました
怒られた。
具体的に言うと、凄く怒られた――後に、呆れられた。
『昨夜はお楽しみでしたのぅ』
『すっませんでしたああああ!!』
もう必死に謝罪しまくった。
色々とスッキリしていたので、とても清々しい気持ちで謝る事が出来た。
ららんさんの方も、昨日は疲労の為、見張り役を代わる事なくグッスリと眠っていたので、必要以上には追及してこなかった。
俺はそれに安堵する。
もしラティの方へと話を振られたら、どうしたら良いかともう気が気では無かったのだ。
ラティは必死に無表情を張り付けようとしているが、今日はそれが全く出来ていなかった。彼女にしては珍しく動揺していた。
普段は凛とした眉が、頼りなく感じる緩やかなハの字に。
凛々しくキッと結んだ口元は、今は浅いへの字になっていた。
もし昨夜の事をららんさんに突っ込まれたら、【天翔】でも使って逃走しそうな気配。ちょっと揶揄ってみたい気もするが、間違いなく自分にも返ってくる。
俺は揶揄いたい衝動を抑え、壊れた車軸を外す作業を開始したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「上手くいかんのぉ、じんないさん」
「クソ堅いな」
「あの、ここまで堅いとは」
「この枝、薪にもならないですよです」
ららんさんが拾ってきた木の枝は、木とは思えない堅さだった。
全くしなりがない訳ではないのだが、何故か異様に堅く、ラティがWSを使って削ってみようと試みたが、それでも駄目だった。
色々と試した結果、初代が言ってた”力”を利用するWSや魔法が通用しなかった。まるで魔王との戦いのように、”力”が無効化されるようだった。
一応、無骨な槍を使った力任せなら多少は削ることが出来た。
切れ味だけでいえば、ラティの持っている魔剣ミイユと魔剣雪那切りの方が断然上だが、刃こぼれされては堪らないので控えてもらった。
しかし、削れるのは本当に多少程度。
とてもではないが、車軸の代わりを削りだすには一カ月は掛かりそうだった。
「う~~ん、一度シャの町に戻った方が良いかのう? 荷物はゼロゼロに積めるだけ積んで、そんで徒歩で」
「車軸さえ壊れなければ……」
「あや? ぶっ壊した本人が言うのです?」
「あ、あのサリオさんっ」
――ほほう、このイカっ腹は、久々に腹を掴まれたいのかな?
あれかな、折檻を貰う事でVITを育てたいという殊勝な考えかな?
それなら顔面とイカっ腹をダブルでやってやろうかな……
「はっ! あたしはゼロゼロちゃんの面倒を見て来るです!」
「あ、てめっ! 逃げんなっ!」
サリオは、ワキワキと動く俺の手を見て察したのか、脱兎の如く逃げ出した。そして俺は、即座にそれを追う。
そんなアホな事をやっているうちに時間が遅くなり、シャの町に戻るのは明日の早朝とし、俺たちはラティの家にもう一泊する事にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「また会えましたね」
「へ? は? え? あれ? ここって……え?」
俺は街の中に立っていた。
見た事がある建物が建ち並ぶ風景。
何度も見た事がある建物と――最近見た事がある建物に囲まれていた。
「は? 何で……ノトスの街とボレアスの街が一緒に……?」
とても不思議な光景だった。
見慣れたノトスの街並みの中に、独特な丸みを帯びたボレアスの建物が混ざっているのだ。
しかもよく見れば、エウロスの胡散臭い和風の建物も混ざっている。
「なんじゃこりゃ……って、これってまさか――」
「うん? どうしましたか?」
俺は隣に立っている女性へと目を向ける。
新緑を彷彿させる淡い緑色の長い髪の女性が、きょとんとした顔で首を傾げ俺を見つめ返してくる。
「ラーシルさんがいるって事は……また夢の中か?」
唐突に思い出す。以前、夢の中でラーシルと会った事がある事を。
今までその事を忘れていたが、夢の中なので思い出したのかもしれない。
「嬉しいです。私のことを覚えていてくれたのですね」
「あ、ああ……」
( やっぱ似てんな……言葉に )
ラーシルは、瑞々しい花がほころぶような笑顔を俺に向けてくる。
心から嬉しそうな笑顔。俺はその尊さに当てられ、つい顔を背けてしまう。
「えっ? なんだこれ?」
最初、街並みの光景に違和感があり過ぎて気が付かなかったが、尊さにやられて逸らした視線の先には、新たな違和感が映っていた。
それは、街の住人が全員女性であるという事。しかも――。
「……似てる?」
街中を歩く住人の女性は、全員ラーシルに似ていたのだ。
髪の色と雰囲気、着ている服も似ており、神話に出てくる女神が纏っているような、白い布を巻き付けたような服を着ていた。
そして、そして全員が立派なモノをお持ちで……。
「もうっ、よそ見しないで下さいっ」
「えっ、あ、えっと……あの」
頬を両手を挟まれ、優しい手つきで顔を向けさせられた。
年上のお姉さんに、『めっ』ってされたようなこしょばい感覚。頬に添えられた手を振り払う事など出来る訳もなく、俺はバシャバシャと瞳を泳がせた。
しかしラーシルは、それもお気に召さなかったのか――。
「もう、ちゃんと見て下さい」
「ちょっ! 近いっ、近いって! くっつくから」
ラーシルは、おでことおでこが触れそうなほど顔を近づけてきた。
女性に顔を近づけられたのだから動揺してしまう。しかも、知り合いによく似た顔が迫ってくるのだから、通常よりも更に動揺してしまった。
記憶の片隅にある、掘り起こしては駄目な気がする記憶が蘇ってくる。
「待ってくださいっ、見ますから、近いですから、ちょっと離れてください」
「あっ」
もう強引に手を振りほどき、俺は何とか距離を取る。
「ああ、離れないで下さい。私と離れてしまうと……貴方が」
「分かりましたっ、えっと離れなければイイんですよね。えっと、失礼します……」
俺は彼女の細い腕を握った。
手を繋ぐという方法もあるが、それをするのはいけない気がした。
具体的にいうと、ラティに怒られそうな気がしたのだ……。
「えっと、これってどういう状況なんでしょうね」
「うん? 貴方が困っていたみたいだから、私が力になってあげようと思って」
「あの、俺が困っているって?」
「あっ、あれを食べてみたい」
「へ? いきなり何を――」
「行こうっ」
俺は、ラーシルに引かれるようにして屋台へと向かった。
手を繋いでいる訳ではないが、俺はいま彼女の腕を掴んでいる。だから彼女が動けば、俺もそれに付いて行かなくてはならない。
何故か、腕から手を離すという選択肢は浮かばなかった……。
閑話休題
連れ回された先は、全て食べ物を扱う店だった。
ノトスで扱っている物や、エウロス、ボレアスの物も並んでいた。しかも、屋台などでは扱わないだろうと思う、上品な料理まで並んでいた。
「ってか、皿に乗ったスープ類まであるって……」
「うん? 美味しいですよこれ」
ずいっと大皿を差し出してくるラーシル。
とてもではないが、手に持って食べる類のモノではない。この大皿から取り分けて食べる類のモノだ。
「ったく、サリオじゃねえんだから――あっ」
大皿に乗っていた料理は、まさにあの時の料理だった。
祝勝会の時に振る舞われた料理。それは食べた記憶のある料理だった。
「私も食べてみたかったのです。皆が美味しそうにしていたので……」
「ああ、そういう事か」
ラーシルが連れ回し食べていたのは、俺が食べた事があるモノばかりだった。
ノトス、エウロス、ボレアス、各地の料理を彼女は食べていた。
「ふふ、どれも美味しいですね。ほら、周りのみんなも羨ましそうに」
「へ? あっ……」
ラーシルに気を取られて気付かなかったが、周りのラーシル似の女性たちがこちらを見つめていた。
その表情は、明らかに羨ましそう。
「えっと……あの、あの人たちって誰なんです? 貴女に似てるけど……」
夢の中なのだから、何でもありだというのは理解しているが、それでも尋ねずにはいられなかった。今の状況もそうだが、どうにも気になったのだ。
「あの子たちですか? あの子は……………………今は、私だけを見て下さい」
「いやいやっ! 何かガン見して来てんだけど。がぶりって聞こえて来そうな程ガン見してんだけど、あれを無視しろって――あっ」
「見て下さい」
再び頬に両手を添えられた。
真剣な瞳が俺を捉え、もう視線を逸らす事は許さないと語っている。
そして……。
「ちょっ!? 待った待ってストップフリーズプリーズっ!」
「ん~~」
ラーシルは、うっとりとした表情で顔を近づけて来る。
どう見ても”アレ”の直前。
あの時の記憶がチラつき、そしてラティの悲しそうな顔が浮かび――。
「ふんぬううって、全く動かねえ!? え? どんな力してんの!?」
俺は全力で逃げようとした。だが、ラーシルの添えた手は、根を生やしたようにビクともしなかった。
俺が全力を出しているのにも関わらず、ラーシルの細腕は微動だにせず俺の顔を固定する。
「ぎゃぼおお! 待ってくらさい、他の人も見てるから。マジで待ってって」
「うん? そっかぁ、じゃあ――」
年上の余裕さを思わせるような、そんなウィンクをひとつすると、俺たちの事をガン見していた女性達が一斉に巨大な大木へと姿を変えた。
「あっ、あれってまさか……」
街の中だったのに、突然深い森の中に迷い込んだような状況。
「私は、貴方の役に立ちたいのです…………だから、私を使って下さい」
「ま、待った! 俺にはラティが――え……?」
俺は薄暗い部屋で横になっていた。
そして隣には、俺に引っ付くようにしてラティ暖房が寝息を立てている。
「夢…………か……」
口付けされる直前だった。
心臓が今もバクバクと脈打っており、『ぷしゅ~、ぷしゅ~』と聞こえる寝息に後ろめたさを感じる。
「ふう、いまの夢って……」
俺はチラリと横に目を向ける。ベッドに立てかけている世界樹の木刀へと。
「私を使ってくださいか……」
その日の朝、俺たちはあり得ない光景を目撃した。
木である木刀で、木の枝をバターでも切るかのように削れたのだ。
そして、堅くてどうしようもなかった木の枝から、馬車の車軸を作り出したのだった。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ、感想など頂けましたら嬉しいです^^
あと、誤字脱字も……