微睡み
すいません、大雪の為に遅れました;
微睡みから意識を引き上げ、少女は辺りを見回す。
見慣れた場所ではあるが、普段とは少々違う視点の低さに違和感を覚える。
いつもは腰を下ろしているベンチシートを、今は下から見上げていた。
「あっ……」
己の一糸纏わぬ姿に一瞬だけ戸惑う。
「……そうでしたねぇ」
少女は、すぐ隣に横たわる者の存在に気付き安堵を漏らす。
しっかりとした体つき。自分とは違う、雄々しく感じさせる角張った身体。
如何なる時も、自分の事を護ってくれる存在。
ふるりと肌寒さを覚える。
下に毛布を敷いてはいるが、身体には何も掛けておらず、自身も、首輪以外何も身に着けていない。
同性以外には、決して晒すつもりのなかった頂きが寒さに晒される。
少女はそれを隠すかのように、護ってくれる存在であり、そして愛おしい人でもある彼に、右からそっと寄り添うようにその身を預けた。
逞しい胸板に頬を添わせる。
聴こえてくる心音がとても心地良い。
他の人に、こんな風に無防備な身を晒す事など一生無いと思っていた。
身を預けて寄り添い眠りに就くなど、もう絶対に無いと、両親に売られた日から、そう思っていたのだが……。
「ヨーイチ様……」
少女は、白い指を彼の首に添わせる。
触れるか触れないか程度、彼を起こさぬ様に喉仏の辺りを優しく撫でる。
ちりりっと湧き上がる独占欲。
この人に好意を寄せる者は意外と多い。だけどこの人は自分だけを見てくれる。
( そう、わたしだけを―― )
「嬉しいです、本当に……」
少女は、彼に負い目を感じていた。
自身の【固有能力】で、彼の意思など関係なく、捩じ伏せるように惹かれさせていたと思っていた。
だがそれでも彼は、自分の事を本当に大事にしてくれて、そして心から愛してくれた。
その想いは絶対に本物。
だからそれで良しとした。
愛してくれるのだから、それ以上を求めるのは強欲。ましてや、彼の方から求めて貰うなど、それはあまりにも強欲過ぎると、少女は自らをそう戒めていた。
この人がそんな事を気にしないのは分かっている。
だけどそれに甘えてしまってはいけないと己を律する。
この人の方から欲してくれていても、求め、行動に移すのは自分で無ければならない。これはただの我が侭だと分かってはいる。だがそれでもと――。
( ――そう思っていたのに )
この人は忌々しい【固有能力】を撥ね退けていた。
惑わされていたのではなく、最初から――。
「……好きでいてくれたのですねぇ」
心の何処かで期待していた。
もしかしたらと……。
もう我慢をする必要は無い。心のままに応じる事が出来る。
腕を広げて、彼を迎え入れる事が出来る……。
ぎゅっとこの人に身を寄せる。
子供の頃、父と母に挟まれながら眠った記憶がある。
父と母の顔は思い出せないが、大事に包まれるようにして寝た、幼い時の記憶。
「…………」
少女は寂しそうにしている己の尻尾を、彼の脚へと纏わせる。
心なしか、彼がほっとしているように感じる。
少女の方にも、言いようの無い安堵感が広がり、微睡みがすっとやってくる。
「もう少しだけ……」
少女は彼を起こさぬ様に小さく呟き、その微睡みに意識を落としていった。
絶対に離れたくない人に寄り添いながら――。
――――――――――――――――――――――――
気が付くと、柔らかくて温かくて良い匂いがした。
見た事はあるが見慣れない天井。俺は視線を下へと向ける。
「あっ……そうか」
現在の状況を確認するかのように呟く。
自分の胸の辺りに、ピンと張った狼耳と、明るい亜麻色の髪が見える。
身体を動かさぬように、首だけ動かして覗き込むと、ラティが心地良さそうに眠っていた。
愛らしい口元からは、機嫌が良さげな寝息が漏れている。
いつもは凛としている形の良い眉が、いまは幼さを感じさせるように緩んでいる。
ラティがいる右側とは逆の、左腕を動かして髪を梳くように撫でる。
下に毛布を敷いてはいるが、全裸なので少し肌寒く感じる。
だがしかし一方で、俺に寄り添うラティの体温がとても心地良い。むしろ肌寒さが良いスパイスとなっている。
「ああ、これイイなぁ……」
中毒性を感じさせる温もり。
尻尾のふさふさも、こしょばいと感じるのに、そのこしょばさも好ましい。
「これいいな……うむ、これを【ラティ暖房】と名付けよう。うん決定だ」
本当にしょうもない決定をした後、俺はこれから毎日、この【ラティ暖房】のお世話になる事を心に決めた。
( もう毎日ラティに添い寝して貰うっ )
決意と共に、髪を撫でている方とは逆の右手をグッと握る。
「んっ」
「おっと」
腕を動かした為か、ラティが少し寝づらそうに身を捩った。
俺は腕を元の位置を戻し、彼女が起きていないか顔を覗き込む。
( 寝てる……な )
腕の位置が元に戻った為か、ラティは心地良さげに眠ったままだった。
ホッと息をつき、俺はそのまま彼女の寝顔を見つめ続ける。
( 可愛い……)
昔を思うと、今の状況は本当に変わったと思う。
俺を頼る事はあったかもしれないが、ここまで無防備に全てを晒すことは無かった。ましてや、こんな風に身を寄せて来るなど……。
撫でている手を、彼女の耳へと寄せる。
耳の根元を、優しくコリコリと引っ掻くように撫でる。
「んっ」
いつまでも見続けていたくなる愛らしい寝顔。
耳を撫でる指に合わせて、口元がむにゃむにゃと動く。
――っがああああ!!
可愛いいいいい!! くそっ、鎮まれ俺の俺っ!
くぅ、何か別の事を……。
初代勇者からの話を思い出す。
このイセカイを救う為に、俺が魔王を消滅させなくてはならないと告げられた。
全て信用した訳ではない。
だがしかし、魔王を消滅させなくてはイセカイは滅ぶ。
そして、勇者の方の問題も解決しなくてはイセカイが破裂する。
世界の事はどうでもいい。
だがそれではラティを護れない。ならば――。
「話に乗ってやるよ……」
俺は再び心に誓う。
このイセカイをラティの為に救うと。
ベタな言い方だが、ラティの為なら全世界を敵に回しても構わないとさえ思えてくる。
「俺は、絶対にラティを――んっ!?」
突然、床下の方から何かが砕ける音がした。
まるで、木の枝がへし折れたかのような渇いた音が響いた。
「あっ! まさか……」
その後、俺はららんさんに超謝った。
馬車は土で出来た土台で支えられてはいたが、完全に支えられていた訳では無かった様子。
どうやら俺とラティは、車軸にトドメを刺してしまったようだった。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ、感想など頂けましたら幸いです。
あと、誤字脱字も……