一糸纏わずが……一尾
遅れてすいません~
俺はいったん戻る事にする。
ラティに伝えたい事があるが、今それを口にすると止まれなくなる。
まずは、色々と整理する必要があった。
「ラティ、一度戻ろう。それで……後で話したい事がある」
「あの、はい。分かりましたご主人様」
俺は、世界樹の木刀を握りこの場を後にした。
全てが終わったら、帰さなくてはならない相棒をしっかりと握って……。
ラティの家に戻りしばらくすると、サリオとららんさんが戻って来た。
ららんさんは少し太目の枝を数本抱え、えっちらおっちらとやって来る。
「じんないさ~ん、ちょっと手伝ってや。おれには結構大変なんよ」
「あいよ。あ、これって馬車の車軸用のか」
「あう、あたしも持てたのにです」
ららんさんは、一人で数本の木の枝を持っていた。
サリオは自分も持つと言ったようだが、そこは男としての矜持か、ららんさんは一人だけで運んで来ていた。
ただサリオには、その男の意地的な部分は伝わっていない様子。
「森の中を歩き回るなんてホント久々だからの、なんかめっさ疲れた」
「あたしもひさしぶりですよです! 楽しかったですよです」
「ん? そういやそうだっけか? ボレアスに行った時も森の中を歩いたような気がすんだが。あ、ららんさんは別移動だったか」
「あの、ららんさん。食事の用意などはわたしがしますので、中で休んでいてください。ベッドのシーツも洗濯済みですので」
「ああ、すまんのう。お言葉に甘えてちょっと休ませてもらうの」
余程疲れているのか、ららんさんはラティの提案に素直に頷き、家の中へと入って行った。サリオもそれについて行く。
その後、本当に疲れているのか、ららんさんは食事が終わった後、うつらうつらと船を漕いでいたので、俺は先に寝るように提案する。
森の中を歩くのが得意な方のサリオは、特に疲れた様子は無さそうだったが、ららんさんが先に休むのならと、サリオも一緒について行く。
こうして俺とラティは、二人が眠っているので見張り役に就く。
”アカリ”に照らされながら、俺とラティは並んで腰を下ろす。当然、手には尻尾。
初代から、この森は世界樹が立っていた森なので、基本的に魔物は湧かず、そして滅多に近寄る事もないと教えられていた。
もし魔物がいるとすれば、それは何か意思を持ったタイプの魔物だとの事。
直接それを口にした訳では無いが、意思を持ったタイプとは、目玉付きの事だろう。
なので、見張り役は必要ないかもしれないが、今はラティと話をしたいので、見張り役として二人っきりになっていた。
俺は、初代から聞いた話を自分の中で纏め、報告、確認、相談をラティにした。
まずは聞いた情報をラティに話し、その後、それの確認を行った。
意外だったのは、イセカイに住むラティ達にとって、落下速度が違うという事は常識だった。むしろ、疑問すら感じた事はないと。
元の世界の知識があるが故に、その事実に気付けなかった。
落下速度は同じだと、俺たちは決めつけていたのだ。
次に確認したのが、元の世界に帰って行ったという歴代勇者達の事。
初代勇者は、魔王を倒した勇者達が元の世界に帰れるようにと、帰還の門を作って帰しているらしい。
帰還の門は、魔王を倒した時に発生する歪みを利用して作るらしく、そう簡単に作れるモノではないそうだ。基本的に作れるのは、魔王を倒した直後だけ。
初代勇者としては、イセカイが破裂しない為にも、全員に帰って欲しいのだが、やはりそれなりの人数が残るのだとか。
このイセカイで伴侶を得た者や、イセカイが気に入った者、元の世界に未練が無い者など理由は様々。
逆に元の世界へと帰る者たちは、元の世界での生活に全く不満はなく、元の世界に帰りたいと思う者。
要は、リア充だったり、元の世界でもカースト上位者。それと、生活面での不自由さからか、女性の多くは帰ったらしい。
そして帰った者たち、どういう理屈なのか分からないが、イセカイの不思議な力により、召喚される前の状態に巻き戻って帰れるそうだ。
当然、イセカイでの記憶も消えると……。
しかも、このイセカイの方でも、帰った者たちの記憶は消えるのだという。
誰かが帰ったのは分かるが、誰が帰ったのか記憶には残らず、その者達の偉業も風化してしまうのだとか。
だからこのイセカイに残っている価値観と風習は、イセカイに残った勇者たちが遺したモノだ。
風習や価値観に変な偏りがあるように感じたのは、要は、そういった者たちが残ったからだろう。
例えば小山。アイツはきっとイセカイに残る。
逆に椎名や八十神、もしかすると八十神辺りは、いつもの正義感から残ると言うかもしれないが、奴らはたぶん帰るだろう。このイセカイに拘る必要は無い。
女性陣の方もそうだ。
特に葉月と言葉は、このイセカイのドロドロとした部分に触れている。貴族や教会に身体が狙われたのだ、元の世界でも無いとは言い切れないが、少なくともこっちよりかはマシだろう。
残る理由が無ければ、きっと元の世界に帰る……。
「ラティ、どうかな? 本当に帰った勇者達の記録的なモノってないの?」
「あの、言われてみると確かにそうですねぇ。元の世界に帰った勇者様が遺したモノという物は聞いた事がありません」
「なるほど……」
気付けばその通りだった。
特に食文化などは、野郎陣が好むモノが多い。女性陣が好きそうな食べ物は少ない気がした。
菓子類はまだある方だが、料理の方は極端に少ない。
その後も、ラティに全てを話していく。
【天翔】や【全駆】の秘密も話すと、ラティは一言断りを入れてから立ち上がり、【天駆】を使って飛び上がるなど、様々な検証を始めた。
そしてラティ曰く、今まで意識していなかったが、もしかすると無意識にそれを実践していたかもしれないと言った。
彼女がよく見せる、重力を感じさせないような動きと歩行は、無意識に【全駆】を使っていたかもしれないとの事。
全てをラティに話す。
イセカイに迫っている危機の事や木刀の事。他には、初代勇者の召喚の経緯も話した。そして――。
「……えっと、ラティさん」
「はい?」
「最後にこれを聞いて欲しい……」
「あの、最後とは、初代勇者様から聞いた話の事ですね?」
「ああ、実は、これをラティに一番話したかったんだ。正直、一番最初に教えたかった」
心と心臓がバクバクと高鳴る。
不安で心が脈打つのではなく、先にあるであろう期待感で激しく心が高鳴る。
俺は大きく深呼吸をしてから、ラティに告げる。
「ラティ、俺には一切【固有能力】が効かないらしい。えっと……要は、【魅了】とかそういったのが通じないんだ――ッ!?」
ラティは目を大きく見開いて俺を見つめていた。
口からは小さく、『嘘……』と漏れ掛けていたが、【心感】で俺の感情が読める為か、すぐにそれを呑み込んだ。
そして息を止めたまま、俺の言葉の続きを待つ。
「えっと、ほら。秋音の偽装も俺には通じなかっただろ? だから本当らしいんだ。本当に俺には【固有能力】が効かない。だからっ」
「あ、あの、あの。申し訳ありません。少々お時間を頂けないでしょうか……」
俺は想いを伝え、ラティに抱き着こうとしたのだが、それを察したのか、彼女はスッと立ち上がって拒否の姿勢を見せた。
一瞬、この世が終わったかのような絶望感が俺を喰らう。
だがすぐに、その絶望感は消え去るように引いていく。
ラティの表情、仕草、その場の空気全てが、俺に期待をもたらしてくれていた。
ラティが立ち上がったのは、拒否ではなく”戸惑い”。
俺もこの話を聞いた時は戸惑った。だからラティも戸惑っているのだろう。
俺は静かにラティを待つ。
今、言葉は要らない。ただ、落ち着く時間だけが必要。
「あの、ご主人様」
「うん?」
「あの、お声をお掛けしたら入って来てください」
「へ?」
ラティは、俺の返事を待たずに馬車の中へと入って行った。
俺は呆けながらそれを眺める。パタンと閉まる馬車の扉の音、俺はその音で我に返り、即座に現在の状況の分析を開始する。
ラティは決して嫌がってはいない。ただ戸惑っているだけ。
俺とラティは、【魅了】が始まりだったという、呪縛のようなモノに縛られていた。
最初は心が惹かれたのではなく、【固有能力】という野暮なモノで俺が惹かれたのだと、そう思っていた。
だが、だからと言って、感情までも否定するつもりはお互いになかった。
俺だけでなく、ラティからも、尻尾を通して感情が流れ込んで来ていたのだから、この想いは間違い様がない。
だが、一番最初は――という想いは拭い切れていなかった。
きっとラティは、【魅了】で惹いてしまった事を申し訳ないと思っていただろう。彼女が悪い訳ではないのに……。
しかし今回、それが否定されたのだ。
俺には【魅了】が効かない。
一番最初のあの時から、あの奴隷商の館で出会った時から――。
「――っはああああ」
熱い息が漏れる。
ラティが何の用意をしてるのか見当はつく。
間違いなく戦いの準備をしている。夜の……。
いまの俺の心境を一言で表すならば、それは『ゴクリンコ』。
きっと用意をしている。
家の中はサリオとららんさんがいるので無理。だから馬車の中なのだろう。
戦いの前は、『常に最悪の状況を想定しておけ』という言葉がある。
それは間違いではないだろう。
だが今は、最高の状況を想定すべきだ。そうでないと、嬉しさと興奮のあまりに膝を付いてしまうかもしれない。
そんな情けない姿を晒す訳にはいかない。
クールに冷静にクレバーで落ち着き平常心で明鏡止水でクールな感じで臨まねばならない。
「想定出来る状況は……」
ラティがフルアーマーで待ち構えている可能性がある。
俺の記憶が正しければ、荷物の中に白いYシャツがあったはず。
彼女がそれを纏って完全武装しているかもしれない。
「よしっ」
俺は最高の状況を想定し、心を乱すことなくラティからの合図を待った。
そしてその合図はすぐにやってきた。
「あの、どうぞご主人様。馬車の中にお入りください」
ギリギリ俺まで届くか細い声。
普段とは違う、何処か不安げなラティの声に、俺の全てが滾ってくる。
「ラティ、入るぞ」
俺は声を掛けてから馬車の扉をゆっくりと開いた。
そして次の瞬間、俺は片膝をついてしまう。
「なっ!?」
「――ッ」
ラティは、馬車の中の、向かい合わせの椅子の間に横たわっていた。
下には毛布を引いて、二人ぐらいなら横になれるスペースが確保されている場所に、赤い色の奴隷の首輪以外、一糸纏わぬ姿でそこにいた。
上半身だけ起こし、濡れた瞳が俺を射貫く。
全裸の可能性は想定していた。
だから仮にそうであっても、俺は動揺を抑え切れるつもりでいた。
だがラティは、一糸纏わぬ姿だが、”尻尾”だけは纏っていたのだ。
シーツで胸元を覆い隠すように、ラティは己の尻尾を使って自身の身を覆い隠していた。
アカリに照らされて輝く亜麻色の尻尾。
まるでそれは、淡い金色の光を放つ魅惑の絹布。そしてその尻尾だけでは隠し切れない肢体に当てられ、俺は耐え切れず膝を付いてしまっていた。
そしてそのラティの姿は、俺が尻尾を触れる事を良しとしている。
致す時は頑なに触れさせようとしなかった尻尾を、ラティは今、俺に差し出す様に前へと出しているのだ。
ゆっくりと扉を閉め、俺は中に入る。
この日、俺たちは。
一方だけが貪るような事はなく、初めて最初から最後まで、お互いが与え続けたのだった……。
読んで頂きありがとうございます。
宜しければ、感想など頂けましたら嬉しいですう。
あと、誤字脱字なども……教えて頂けましたら