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願いであり、祈りの手だった

すいません~、遅れました;

 流れ込んで来るモノは、ある男の視点だった。

 しかもそれは景色(映像)だけでなく、その時に感じた感情も伝わってきていた。

 俺は、その男が体験した事を、まるで自分もその場にいるように体験させられた。

 

 その男の名【御神木(おみき)英雄(ひでお)】、初代の勇者。



 初代は、いつも仕事をしていた。

 デカい液晶タブレットに幻想的なイラストを描いたり、ある物の設定や物語を熱く語っていた。

 仕事に生き甲斐を感じ、身を削るように働いていた。

 とてもではないが、自分には真似が出来そうにない程のハードスケジュール。


 だが意外にも、睡眠だけはしっかりと取っていた。

 どんなに忙しかろうと、同じ時間にキッチリと眠っていた。


 そして初代は、いつも決まった夢を観ていた(・・・・・・)

 そう、観ていたのだ……。



 彼の視る夢の舞台は、いま俺たちがいる異世界(イセカイ)だった。

 このイセカイを、彼は夢の中で視ていたのだ。


 ふわふわと宙に浮いているのか、初代の視点は空からだったり建物の上からだったりした。時には、壁をすり抜けて建物の中に入って行ったりもしていた。

 

 そして初代は、その視てきた風景をイラストに起こし、イセカイの風景をゲームの中で再現していた。

 魔物の姿や、それと戦う冒険者の姿などの戦う場面も描いていた。


 初代は、夢で観てきた異世界(イセカイ)の全てをゲームへと込めていく。


 凄まじい熱量を感じさせるイラスト。

 観て来た風景から想いを馳せた物語を紡ぎ、初代は世界(ゲーム)を創り上げていっていた。


 そしてβ版としてリリースされるゲーム。

 彼は今度、それの修正や追加に追われるようになっていた。

 何かないかと、夢の中へとゆく初代。


 彼はとても充実していた。

 しかし一方、一つだけ不満も感じていた。

 

 それは、イセカイに干渉が出来ない事。

 見ることは出来るのに、それに触れることが出来ない。触れようとしても全てすり抜けてしまう。

 声を聞く事は出来るのに、こちらから話し掛ける事が出来ない。こちらの声は一切彼等に届かない。


 とてももどかしいと、初代はそう感じていた。

 だからだろうか、初代は惹かれるように、ある姉弟を見るようになった。


 異世界(イセカイ)を見るのではなく、人に話し掛けるのでもなく、王族の姉弟を観察するようになっていた。


 最初の切っ掛けは、元の世界ではほとんどいない王族というモノを観察してみたいという、そんな興味のようなモノが最初の切っ掛けだった。


 不満を紛らわす為に、いつもと違う事をしてみた。

 そうしたらいつの間にか夢中になり、ただひたすらにその姉弟を見守り続けていた。


 起きている時は仕事。

 眠っている時はその姉弟を見守り、そしてその二人に癒される。

 そんな生活を初代は送っていた。

 

 そして見守っていた感情は、時を追うごとに変化していく。

 幼かった王女が、とても綺麗な少女へと成長していった。


 時間の流れが違うのか、元の世界とイセカイでは時の流れ方に差があり、イセカイの方が早かったのだ。


 初代が惹かれていくのが分かった。

 綺麗な王女は、心もその見目に見合う優しい心の持ち主で、周りの者も惹きつけていく。

 弟の王子を、亡くなった母親(王妃)の代わりに見守ってやり、時には叱ったりなどもしていた。 


 一方弟の王子の方は、それを煩わしいとの素振りを見せ、少々我儘な印象の少年へとなっていた。

 だが、見目麗しい姉から離れる事はなかった。


 姉である王女が何処かに行くのであれば、何かしらの理由をつけてそれに付いて行ったりしていた。



 王族としての礼儀作法(マナー)を学んでいく王女。

 それに反発でもするかのように、王子の方は礼儀作法ではなく、剣術の方へとのめり込んでいく。


 どこぞの小説のような流れ。

 優秀な姉がいるので、それとは違う別の方向に突き進んで行く弟。

 そしてそれを見守り続ける初代。


 だが、そんな平和な時間に陰りが訪れた。

 それは魔王の出現。

 

 だが意外にも最初の方は、魔王の出現は軽く見られていた。 

 あれはただの黒い霧。そのうち霧散して散っていくだろうと。

 誰もが深刻には捉えていなかった。

 

 しかし、次々と送られて来る報告は、事の深刻さを積み上げていった。

 黒い霧に呑まれた村が腐るように朽ちていったりや、収穫直前だった作物が全て腐り駄目になったなど、無視の出来ないモノになっていった。

 

 だが魔王が出現した場所は南の最果て。

 近くの者はともかく、北や西といった、遠く離れた場所にいる者にとっては、まだ対岸の火事といった具合だった。


 黒い霧は当てもなくゆらゆらと漂うだけ。

 意思を持って人を襲うなどはせず、人々の危機感を煽るには今ひとつだった。


 そしてその危機感の薄さが、被害をさらに広げていった。

 村が六つ、小さな町が二つ。

 そして、中央の城下町からすぐ南の方にある大きな街が黒い霧に呑まれてしまった。


 ゆらゆらと漂う黒い霧は、魔物を従え、とうとう中央へと接近した。


 ここでようやく重い腰を上げ、討伐すべく中央が出兵した。

 当てもなく漂っている黒い霧へと、王は果敢に戦いを挑んだ。


 しかし結果は惨敗。

 魔物を倒す事は出来ても、黒い霧はどうする事も出来なかった。

 

 誰もが黒い霧に恐怖した。 

 消し去る事の出来ない、腐敗を撒き散らす黒い霧を。

 

 軍隊は瓦解し、情けなく敗走した。

 しかもその戦いで、王が命を落としてしまった。

 慣れぬ戦に出て、不意を突かれ呆気なく逝ってしまったのだ。


 それは混乱を呼んだ。

 黒い霧によって動揺が広がる中、その動揺を抑え、民を導く立場の者が亡くなったのだから。


 王の葬儀。

 黒い霧への対処。

 他の領地への指示など、それらの対応に、城に勤める者は慌てふためいた。


 そして――。


「ああ……なんで、なんで貴方が……」

「ごめん、アリス姉さん」


「トリスタン。何で貴方があの戦いにっ」


 ボロボロと涙を流しながら王女アリスは、身体中を包帯を巻かれ、豪奢な寝具に横たわる弟の右手を握り締めていた。


 王は、こっそりと兵士の中に紛れ込んでいた王子を庇い命を落としたのだ。

 

 不意を突かれたのは王子で、王はそれに気が付き、身体を張って庇ったのだ。

 倒れた王のそばを離れなかった王子は、そのまま黒い霧に呑まれ、身体中の皮膚が黒くただれてしまっていた。


 黒い霧が通り過ぎ、やっと王子を救出する事が出来たのだが、その腐るようにただれた皮膚は回復魔法を拒み、傷を癒すことが出来なくなっていた。


 王が崩御して揺らぐ中、その後継までも危ういとなれば、中央はさらなる混乱を招く。

 王子の件は伏せられ、彼が横になっている部屋には、信用の出来る侍女が数名と、何を言われようとも離れぬ王女だけがいた。


「ごめん……僕が、僕は――ぐうっ」 

「トリスタンっ! ニース、トリスタンを助けてあげてっ! 貴方の回復魔法で……トリスタンをお願い……」


「申し訳ありません姫様。もうMPが……」


 締め付けられるような感情が、初代を通し俺の中に流れ込んでくる。

 トリスタンはもう助けられない。魔王によって与えられた傷は、そう簡単には治らない。

 レベル80を超えた葉月でもやっとだったのだ。

 もっとレベルが低いであろう、ニースという者には荷が重過ぎるだろう。


「アリス姉さんを守りたかった……僕の力で……貴方を……」

「トリスタンっ」


 本当のところはどうか分からないが、王子であるトリスタンは、姉を守る為に剣術を学んでいたような気がした。

 男だからという矜持かもしれない。だがその結果が、姉をより悲しませる事となっていた。


 王子は、何かを求めるようにアリスに握られていない方の手を、何もない虚空へと伸ばした。


 それはまるで、見えない神にでも縋るような仕草だった。

 部屋にいる誰もが、その伸ばした手の先を見ないようにしていた。


 もう灯が消える寸前。

 最後の時を、姉と弟だけにしてあげようと、部屋に控えていた侍女たちは、気配を殺し視線を床へと逸らす。


 王女アリスは、目蓋を閉じて祈るようにトリスタンの右手を握り続けた。


 王子の最後の時。

 王子は願うように、祈るように手を伸ばした。

 見えていたのか、それとも偶然だったのかわからないが、彼は――


「アリス姉さまを…………」

「わかった。任せろ」


 初代勇者、御神木英雄は、触れる事の出来なかったイセカイに触れた。

 息途絶える王子の手を、彼はしっかりと握りしめた。

 それはまさに――。


 初代勇者が、召喚された瞬間だった。 


読んで頂きありがとうございます。

宜しければ、感想など頂けましたら嬉しいです。


あと、誤字脱字も……

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