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親の顔が……

あけましておめでとうございます。

「行くか……」


 5分程涙が止まらなかったが、俺はそれを拭い切って身支度を始める。 

 

 今日はサリオの母親の墓参り。

 昨日のような混乱が起きぬように、早い時間のうちに墓参りを済ませ、すぐにシャの町を出る事を決めていた。


「さてと。ららんさん、そろそろ起きて」

「んぁ? おはようじんないさん。って、もう用意を終えたんか?」


「ああ、ちょっと早めに目が覚めたからね」

「タフやのう。折角ベッドで寝れたのにそんな早く起きて……んん? やっぱ寝不足じゃないん? なんか目が赤いけど……」


「あっ、これは……いや、うん、寝不足かな。でも時間だしそろそろ」

「あいよ。んじゃ、チャッチャと着替えちゃうかの」


 


        ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 



 サリオの墓参りは、呆気ない程簡単に終わった。

 何か特別な儀式や、エルフ独特の作法などがあるのかと思ったが、普通に手を合わせて終わりだった。


 大きめの石に、何かで削った日付の跡がついており、それが墓石となって眠っている者を埋葬した日と示していた。

 もしかすると、墓の下で眠っている者はサリオの母親ではないのかもしれないが、その遺体を埋葬した者によると、サリオの青みがかった緑色と同じ色をした髪の女性だったというので、多分、間違いないのだろう。

 他にも、サリオの母親であるサリアと示す物があったそうだ。


 ただ――。


「顔を知らないか……」

「それは仕方ないのう。だってさりおちゃんは、生まれてすぐに……」


 俺とららんさんは、御者台に並んで座り会話をしていた。

 シャの町はもう出立し、世界樹の切り株がある森へと向かっている途中。

 少々狭いが、ららんさんは身体が小さいので何とか座る事は出来た。

 タルンタとのやり取り以降、サリオはららんさんの事を少し避けたそうにしていたので、俺が御者台へと移ったのだ。


 ラティが教えてくれたのだが、要は戸惑っているのだと。

 純粋な好意というモノを向けられた事のないサリオは、それに対してどう対応したら良いのか分からないのだろうと。



「ああ、確かにそれじゃあ母親の顔なんて覚えている訳ないよな」

 

 母親の容姿について、彼女を埋葬した者はサリオに尋ねたのだ。

 一応確認の為に、母親の顔を尋ねたのだが、サリオは全く知らないと答えた。

 だからだろうか、サリオは今回の墓参りの時、悲しそうな顔を全くしていなかった。

 

 母親の墓前だというのに、ただ困惑の表情を浮かべるだけ……。

 

 俺はサリオの心境を想像してみる。

 サリオは生まれてすぐに他所へとやられたと聞いている。

 親が誰なのか分からずに育ち、周りからはハーフエルフという事で避けられる。

 

 きっと味方と呼べる人は少なかっただろう。

 もしかすると、誰も居なかったのかもしれない。

 俺たちと出会うまで……。


 ( あっ、駄目だ全く想像がつかん…… )


 どう考えても無理だった。

 普通に両親の元で育った俺には、サリオの心情をおもんばかる事が出来なかった。

 上澄みだけを察する事は出来るが、そこから先は解らなかった。


 もしかすると、サリオ自身もどうしたら良いのか分からず、あの困惑の表情を見せていたのかもしれない。

 

 悲しい事なのか、寂しいと思う事のか、怒りを覚える事なのか、どうしたら良いのかと……。

 

「あっ……そう言えば……」

「うん? 何かあったん? あ、もしかして町に忘れもんでもしたん?」


「いや、違う……。何でもない」


 俺はふと思い出した。

 もう一人、両親の顔を覚えていない者がいる事を。

 

 ( ……ラティはどうなんだろ ) 


 ラティも両親の顔を覚えていないと言っていた。

 正確には、奴隷として売られた時に忘れてしまったと……。


 親に売られたという絶望からそうなったのか。

 それとも、売られた事に対しての怒りや、親に対する拒絶感からそうなったのか分からないが、もう顔が思い出せないと……。


――どっちの方が辛いんだろ……。

 見た事がないから母親の顔を知らないと、忘れたから覚えていない。



 ふと、元の世界にいる両親の事を思い出す。

 もう二年以上会っていない母親の事を……。

 親父の方はどうでも良いので、ちょっと忘れかけていた。




        ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 



「ほほ~、やっぱこの森は凄いのう……」

「ホント、背の高い森だよな」


 俺たちは、世界樹の切り株がある森へと近づいていた。

 前は途中で一晩過ごしたが、今回の場合は、流石はスレイプニール種と言うべきか、日をまたぐことなく森へと辿り着けそうだった。

 

 ちょっとした程度の悪路なら、ゼロゼロは避ける事なく突破していた。

 流石は八本脚の馬。


 日が沈み掛けている夕暮れ時。

 百メートル近い高さを誇る木々が生い茂る森は、ハッキリと言って威圧感がかなりあった。

 それを見て思い浮かべるのは、中央で戦った魔王ユグトレント。

 あり得ないとは思うが、この木々が魔王となってヤマタノオロチのようになるのではと考えてしまう。


 もしそうなったら、前回以上に苦戦するだろう。

 そして比較にならない程の戦死者も……。


「じんないさん。このまま森に入るん? それとも森の前で?」


 思考に耽っていると、ららんさんから話し掛けられる。


「あ、ああ。いや中に入ろう。中に泊まれる場所があるから、そこに行こう。昔ラティが住んでいた家がある」

「ほいほい。……でも、魔物とか平気かの? 森には魔物が居る事が多いから」


「あ~~多分平気。なんか森の中には魔物が居なかったし」

「へ~珍しい森やの。魔物が居つかない森ってんはレアやの」


「…………ああ」


 本当は違った。

 一体だけ魔物がいた。しかも、当時のラティを上回る動きを見せた狼型の魔物。

 魔石魔物級ほどのサイズではないが、普通の魔物より大きかった魔物。


 それにあの魔物は――。


――目があったよな……。

 意思を持つ魔物の証ともいう黒目が。

 それに、あの時の最後の動きは、アレはきっと……。



 あの時は、少し不自然な魔物の程度にしか思わなかった。

 ただその動き方に、冗談混じりにラティの親族ではないかと考えた。

 その後レフト伯爵から聞いた話や、村娘だったリナから教えて貰った噂話などと照らし合わせてみると、あの時の狼型の魔物は、ラティの両親のどちらかだったのではと思う。


 確固たる根拠がある訳ではないが、そう感じさせる魔物()だった。

 しかし俺は――。


「……倒しちゃったんだよな」


 ポツリと呟いてしまう。

 あの瞬間、あの狼型を倒さないという選択肢は無かった。

 ラティが丸呑みされるようにかぶりつかれる寸前だったのだ。

 再びあの場面になったとしても、俺は間違いなくまた横っ腹を穿つだろう。

 

「ラティには話せないよな……」

「うん? じんないさん、さっきから何かブツブツと言って、なんかあったん? ラチちゃんに話せないとか、浮気でもしたん?」


「ららんさん……。ったく、浮気なんてする訳ないでしょ。大体、浮気ってのは相手がいねえと出来ないだろ。俺にそんな相手はいないよ」


 ( 仮に階段に行ったとしても、それはセーフだよね? )


 俺は心の中で自分に問い掛ける。

 

 ( ああ、セーフだ。多分…… )


 心の中からの返答は、少々頼りない感じもするが、判定は白だった。

 

「あ~~~、相手がおらん? じんないさん、いま相手がおらんって言ったん?」

「あ、ああ……だっていないし」


 ららんさんが、とてもとても悪い嗤い顔を見せる。

 突然警鐘が鳴り響く、ヤツを止めろと、俺の勘が喧しいほど告げて来る。


「ほっほほ~~。最近じゃもう一人増えたって聞いておるんだけどの~」

「増えた……って、何が?」


 喉がゴクリンコと鳴る。

 警鐘はすでに大演奏へと変わっている。

 嫌な予感で死ねるのでは? と思えてくる。


「えっと確か、『アンタに私のファーストチッスを捧げたい』だっけか?」  

「――っ言われてねえええよ!? そこまで言われてねえからっ!! マジでどっから聞いてきたの!? 何なの、そういうのが聞こえる【固有能力】とかあんの? ぎゃぼおおお! ぎゃぼーだよ!」


 俺は狭い御者台でビッタンビッタンとのた打ち回った。

 俺の叫び声に耐えかねたのか、馬車の窓からサリオが顔出して激しく抗議してきた。

 俺だけでなく、ららんさんにも……。



        閑話休題(マジで勘弁してええ!)



 にししと笑うららんさん。

 考え過ぎだとは思うのだが、少しギクシャクしていたサリオとららんさんは、これによってわだかまりが解消されるのではと思えたのだ。

 サリオの方から声を掛けてくる程度には……。 



 こうして俺たちは、いつもの雰囲気に戻りつつ、森へと入って行った。 

読んで頂きありがとうございます。

宜しければ、感想など頂けましたら幸いです。


あと、誤字脱字も……

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