かなしい哀しい悲しい……寂しい
あれです、クリスマスらしいので、夢でした回です。
一部修正(名前を間違っていました
目を覚ますと、見たことが無いのに、見慣れた気がする天井が目に入った。
「ん~~、あれ?」
身体を起こすと、どこか微妙な違和感を覚える。
だが、それが何なのか把握出来ず、俺は取り敢えずベッドから這い出た。
薄暗い部屋。その内装から、普通の部屋だということが分かる。
ノトス公爵家の離れなどではなく、もっと庶民的な落ち着く内装。
個人的には、この内装の部屋の方が好みだと思いつつ、俺は欠伸をしながらその部屋を出た。
部屋を出た先はリビングになっており、一人の女性が俺に気付き声を掛けてきた。
「あ、おはよう陽一君。みんなもう準備してるよ?」
「へ? えっと……葉月?」
少し広めの、畳で約十五畳程のリビングに葉月が立っていた。
テーブルに料理を運んでいる途中なのか、両手には料理の乗ったお皿を持っている。
今の状況に少々戸惑うが、それよりももっと気になる事があった。
それは葉月が明らかに変わっている事。
俺の知っている葉月は、美少女といった感じの女の子。だが目の間にいる葉月は、僅かにあった幼さが完全に抜けきった、とても綺麗な女性になっていたのだ。
要は、二十歳を超えた成熟した女性。
可愛らしさよりも美しさが全面に出ており、本当に綺麗な女性となっていた。
俺の戸惑いを気にすることなく、葉月は次々と料理を並べていく。
「なんで……?」
「おはようございます、陽一さん」
「って、言葉!?」
言葉も成長していた。
陰りのある雰囲気は色気を感じさせるモノに変わっており、一言でいうならば、異様にエロい感じになっていた。
憂いを帯びていた瞳は、今は艶やかな瞳となって俺を見つめる。
( それに、まだ成長した……!? )
つい視線を下げてその場所を見てしまう。
話し掛けられた状態でその場所に目を向けたのだから、当然それに気付かれ、少し困った表情を浮かべられてしまう。
「あっ! えっとぉ~。あれ? 今日って何かあったっけか? 何か御馳走っぽい料理を並べているしっ、並べてるしっ」
俺は全力で誤魔化す。大事な事じゃないのに、二回言ってしまう。
かなり苦しいが、流石に開き直る訳にはいかない。
葉月からは、少々刺々しい視線を貰うが、俺は挫けずにすっとボケ続ける。
「お? スキヤキも用意してあるんだ。サリオが喜びそうだなぁ~」
「ほへ? 呼んだです?」
少し舌足らずだが、張りのある若い声が聞こえてきた。
俺の知っている声とは違うので、『はて?』と思いながらそちらに顔を向けると、そこには――。
「…………誰だ?」
「ぎゃぼおおお!! 何ですかそのボケはです!」
「サ……リオ?」
小学生の高学年ぐらいの女の子が、喚くように声を張り上げていた。
とても整った顔立ちをしていて、目がパッチリと大きい美少女。
ただ、その顔を台無しにするぐらい騒いでいる。
「サリオちゃんですよ! そのスキヤキの主のサリオちゃんですよです」
「サリオさん? このすき焼きはみんなで食べる用のですよ?」
葉月にやんわりと窘められ、『あい』と返事をする美少女。
そのやり取りから、本当にサリオなのだと分かる。
「一体これは……」
あり得ない状況に困惑する。
一体どういう状況なのかと、俺は辺りを見回すと、見た事がある気がする少年が目に入る。
中性的な容姿をしているが、眉がキリッとしていて、どこか悪巧みをしていそうな笑みを浮かべている美少年。
髪を後で縛って流している姿から、何となくある人物を思い出させる。
「ららんさん?」
「うん? どしたん、じんないさん。鳩が魔法で撃たれたような顔をして」
「ああ……そういう事か、なるほど……」
俺は今の状況を理解した。
これはきっと『夢』なのだと。
俺はいま眠っていて、俺がいま見ている光景は夢なのだと。
そう気付くと全てが合点いった。
この不自然な状況も、ららんさんの話を聞いた後だから、ららんさんとサリオが成長した姿を想像したのかもしれない。
ららんさんは身体が成長しないと言った。
だから俺は、夢の中で成長した彼らの姿を思い浮かべ、そしてそれに合わせた夢を見ているのだろう。
( と、言うことは…… )
この夢の設定は、何年後をイメージしたのかは不明だが、当然、ラティの姿が超気になる。
葉月や言葉、二人の数年後の姿はなかなか良く出来ていた。
そしてサリオとららんさんは、自分の想像力を褒めたくなる程の良い出来なので、数年後のラティの姿には期待してしまう。
そう考えたその時。
リビングの奥の扉が開いた。
「あ、お父さん起きたんですね」
「へ? お父さん?」
予想外のセリフに、俺はポカンとしてしまう。
扉から姿を現したのは、6歳ぐらいの天使のような女の子。
頭には獣耳、そしてふっさふさの尻尾を揺らしており、俺はその女の子が狼人である事が分かった。
一瞬混乱してしまう。
俺とラティの間には子供は出来ないはず。
これは色んな人に聞いて確かめた事だ。
もしかすると、このイセカイの人とは出来なくても、召喚された者との間なら出来るのではと聞いた事もある。
だが返ってきた答えは否だった。
過去に、勇者と狼人の恋があったらしいが、その時もやはり子供は出来なかったそうだ。
狼人は、狼人同士でないと子を成せない。
だがこれはそこまで珍しい事ではないそうで、同族でないと子を成せない種族は他にもいる。
遥か昔には、狼人と同じで、同族でないと子を成せない鼠人という種族がいたそうだが、同族でないと子を成せない為か、今は居なくなってしまったと聞いた事がある。
だから俺とラティの間には――。
「あ、モモさん。予備のお皿はありましたか?」
「うん、コトママ。予備のお皿あったよ。でも、モモだと届かないの……」
言葉の問いに対し、利発的な返事をする天使のような女の子。
短いやり取りだが、この天使のような女の子がとても賢い事が窺えた。
「ああ……モモちゃんか……」
納得が出来た。
確かにモモちゃんなら、俺の事を『お父さん』と呼んでもおかしくない。
出来れば『パパ』と呼んで欲しい気もするが、今は――。
「いい子だあああ!」
「きゃっ、あは、高い高いっ! でも、くすぐったいよお父さん」
俺はガバリとモモちゃんを抱きかかえ、モモちゃんの脇下に手を添えて高く掲げた。
嬉しそうに笑みを零すモモちゃん。
その笑顔は、一言で喩えるならばマジ天使。
少々ほっそりとしているが、その細さがより天使度を増している。
これは夢だと自覚しているのだから、少々羽目を外しても良いだろう。
俺は全力でモモちゃんを堪能する。
モモちゃんは一切嫌がる素振りを見せず、俺の頭を抱えるようにして撫でてくれる。
顔をモモちゃんのお腹に埋める。
モモちゃんは俺の頭にしがみ付く。
一歩間違えれば事案発生だが、モモちゃんは俺の子なので余裕のセーフ。
「陽一さん、そろそろ放してあげて下さい。モモさんにはお皿の場所を教えて貰わないといけないので」
「ああ、わるいわるい」
「はい、コトママ」
言葉に言われ、俺はモモちゃんを解放する。
腰を屈め、ゆっくりとモモちゃんを床に降ろす。
「全くジンナイさんは、相変わらずですね~です」
「いや、だってモモちゃん可愛いし」
呆れ顔でサリオにそう言われてしまう。
しかしこれは仕方ない事。俺の娘のモモちゃんは超可愛いのだから。
――そうだよな……。
俺にはモモちゃんがいるんだ。
ラティとの間に子供が出来なくても、モモちゃんがいるんだから……。
ガチャリと、また別の扉が開く。
このメンツが揃っているのだから、きっとやって来るのは、今この場にいない彼女のはず。
俺は心を躍らせながらそちらへと顔を向ける。
「ホントにじんないさんは……。大きくなったら苦労しそうやの――ちゃんは」
「へ?」
「あ~~簡単に想像出来るですよです! 絶対に苦労するですよ――ちゃんは」
「ホントホント。子離れ出来るのかな~陽一君は」
「少し怖いですけど、このままずっと居ろって言いそうですね陽一さんは」
皆が呆れ顔で訳の分からない事を言い出した。
ららんさんは、肩をすくめてヤレヤレといったジェスチャーまでしている。
「お母さん、リティちゃん起きたの?」
「えっ? リティ……?」
突然、視界が白く霞んでいく。
俺は今、自分が夢から覚めようとしているのが分かった。
意識はハッキリとしているのに、もう一つの意識が目覚めようとしているので、今の意識がどんどん沈んでいくような不思議な感覚。
( くそっ! まだ醒めたくねえっ! )
あと少しだけ
あと少しだけ、この夢に浸りたい……
訪れることのない夢のような幸せ。
俺とラティの間に子供が出来て、その赤子を胸に抱っこするラティ。
視界が白く霞んでいく。
白い靄が掛かってしっかりとは見えないが、ラティと同じ明るい亜麻色の髪をした赤子が、嬉しそうな顔をして、紅葉のような手のひらを一生懸命に伸ばしてくる。
赤子の顔をしっかりと見たい。
紅葉のような手のひらに触れ――――――。
「あ……」
俺は何故か涙を流していた。
薄暗い部屋で目を覚ます。
「あ、そうか。昨日はここに泊まったんだったな」
昨日、サリオの母親の墓参りは延期して、そのまま宿に泊まった事を思い出す。
今日の予定は、朝一で墓参りを済ませ、すぐにシャの町を発つ予定。
目を覚ましたのだから、起きて着替えないといけないのだが――。
「何だ? なんで涙がこんなに……?」
涙が止まらなかった。
得体の知れない喪失感が俺の心を覆っている。
それなのに何故か、満たされた幸せな気がするという、とても矛盾した精神状態。
何かを失った様子はない。
ラティとの繋がりも感じるので、何かあったとは考えづらい。
それなのに、ポッカリと何かを失ったような気分だった。
「くそっ、なんで……」
俺はそのまま、幸せな気分に浸りつつ、溢れ出る涙を拭い続けたのだった。
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あと、誤字脱字も……