小さな魔王さま
俺は、察しが良くて鈍感系ではないのですぐに分かった。
ららんさんは昔、このタルンタに言い寄られた事があるのだと。
髪を解いた状態のららんさんを女の子と勘違いし、タルンタはきっとやらかしたのだろう。
そして俺の予想通りだったのか、タルンタは酷く狼狽え始めた。
何か言葉を発しようとしているが、上手く言葉が紡げず、口をパクパクとさせている。
何となくだが同情してしまう。
気になる女の子が目の前にいて、その子に話し掛けようとしたら、昔、誤爆するようにナンパしてしまった男が居て、その男からそれを暴露されてしまったのだから。
これは中々の黒歴史だろう。
俺もそこそこの黒歴史を抱えてはいるが、これと同等の黒歴史は流石に抱えていない。マジで抱えていない。
取り敢えず俺は、この何とも面白そうな茶番の行方を見守る事にした。
「あん時はおれの事を女って勘違いしてくれたの~」
「っな! だってお前がなかなか喋らないから、ただ単に照れているだけだと思って――だから俺は……」
「ほほ~う、それであんな情熱的なセリフを吐いておったのか」
「止めてくれええええ!」
頭を抱えながら両膝を着いて沈み込むタルンタ。
目線の高さ同じ程になったららんさんは、追撃の手を緩める事なく、さらに暴露していく。
「えっと確か、『小さくて食べちゃいたいなぁ~』だっけか? あれは物理的な意味でか? それとも性的な――」
「やめてくれええええ! だからあれは勘違いだったんだ……あの時は、その……丁度サリオが引き取られて居なくなった後だったから……」
「ほほぅ、それでおれを代わりにと? 男のおれを? ロリ○ンの上に――とはなかなか高尚やのぉ~」
「だから勘違いだったんだっ! それにロリ○ンの何が悪いっ! 歴代の勇者様だってロリは良いってお言葉を遺しているっ。それにオレは――ではない!!」
――アホかあああっ! 歴代共はマジで馬鹿なの?
なんつう風習を遺していってんだよ! マジで何やってんの?
あっ、そういや11歳からアリだとか昔聞いたな……。
ラティからだっただろうか、出会った頃にそんな話を聞いた事がある。
俺は久々に歴代共が遺した悪ノリに戦慄する。
しかし一方で、これは単なる悪ノリではなくガチな気もしたので、そこはあまり深く考えない事にする。
「ったく、この男は。同じエルフとして嫌になるのう」
「ぐうっ、だが、ロリは……セーフだ」
「ロリはセーフって……まったく昔の勇者様は……」
「待てっ、ロリ巨乳は至高だという言葉もあるのだぞ!!」
「馬鹿かよ! なに言ってんだよ歴代共はっ!」
俺は思わずツッコんでしまう。
本気しょうもない言い訳を続けるタルンタ。この醜態には、周りの野次馬達も引いている。
だが本人はそれに気付いていない様子で、なおも叫び続ける。
「そ、それにな、その『ロリ巨乳は良い』ってのは、今代の勇者様、勇者コヤマ様が言ったお言葉だぞ! だから俺はっ!!」
「――あんの馬鹿! ったく、なに言ってやがんだっ」
思わず叫んでしまう。
一瞬、伊吹の事が頭に浮かび。確かにアリかもしれないと心の中で同意し掛ったが、ラティさんが怖いので思考を破棄する。
俺は改めて現在の状況を見つめ直す。
自分の修羅場などは絶対に御免だが、他のヤツの修羅場は見ていて楽しい。
だから最初はこの修羅場を見て楽しんでいたが、段々酷くなってきたので、これはそろそろ終わらせた方が良い気がしてきた。
それに、ラティの耳が穢されていくというべきか、これ以上この話を聞かせたくなってきた。
「あ~~、タルンタ。一応言っとくけどな。このサリオはノトス公爵の妹だぞ? 色々とアレだぞ?」
「はっ! そんな事で怯んだりするモノか。大体そんな事は薄々だが知っている」
この反応は予想外だった。
権力者の妹だから、こうやって脅せば引くかと思ったのだが、このタルンタは引かなかった。
周りの野次馬たちは狼狽えているのに、もしかするとこの男は、なかなか骨のあるヤツなのかもしれない。ロリ○ンだが……。
「じんないさん。ここはおれに任せてくれんかのう」
「ららんさん」
「元々、こんな事もあるだろうと思って着いて来たんやし」
「え? こんな事も?」
「ちょっと端折るけど、さりおちゃんは昔とは立場がもう違うからのう。今までのままって訳じゃいかんから」
ららんさんに言われ、俺はギームルの話を思い出す。
貴族達は体面を気にするので、ハーフエルフであるサリオを得ようと動く事は無かった。
だが今は違う。
極端な話では、サリオを利用する為に、彼女を娶ろうとする者も出てくるかもしれない。
今回の場合はちょっと違うが、今後そういった事があるだろう。
だからららんさんは、今回の旅について来たのだと……。
「ららんさん……そこまでサリオを?」
「あ~~、じんないさん。今は友人のアムさんの妹さんだから守っているって事にしてくれんかのう? いつか自分の口から言うから」
鈍感系ではない俺は察した。――というより、誰でも分かる事だろう。
分かっていないのは、当事者ともいえるサリオだけだった。
サリオだけは不思議そうな顔をして、俺とららんさんの会話を聞いている。
途中までは、ロリ巨乳という言葉に反応し、『まさかあたしが……』などと言って、自分の絶壁をペタペタと触っていたのだ。
これだから鈍感系は、と思うが、サリオの生い立ちを考えると、そういった事に疎いのも仕方ないと思う。
「おっと、話が逸れたの。タルンタだっけか? だからさっさと去ってくれんかの? これからさりおちゃんは墓参りしないとだから」
「待ってくれっ! だから俺はサリオの事を前から……」
「前から? 前から好きだったから何だっていうんや。先に好きだったからなんて関係ないっ。おれが駄目だって言っているんだ。――絶対に譲ってなんてやらん!」
「へ?」
俺は目蓋をゴシゴシと擦り、目の前の光景を見なおす。
一瞬だが、ららんさんが大きく見えた。
普段は俺の腰下までしかない身長だが、何故か一瞬、とても凛々しい少年の姿に見えたのだ。
ららんさんの気迫がそう見せたのか、今はいつも同じ、幼児と変わらない身長に戻っている。
サリオは大きく目を見開き、後ろではラティが何故か、肯きながら肯定を示していた。
何に対して肯定しているのか謎だが、今はサリオの方を注目してしまう。
ららんさんの今の言葉を、彼女はどう捉えたのだろうと。
「サリオ……」
プルプルと振るえるサリオ。
だが次の瞬間ガバッと顔を上げて――。
「ぎゃぼー! これってアレですか? あたしを巡っての争い的なアレですか? がぉーん! あたしの為に争わないでえ~って言わないと駄目ですかです? あ、でもこれって、二人から刺される二刺しエンドじゃないですよねです」
凄まじい脱力感が広がっていく。
一応理解したようだが、とてもサリオらしい残念な認識だった。
二刺しエンドという言葉が酷い残念さを漂わせている。
「あ~~~~、ラティ。……頼む」
「あの、…………はい」
その後、ラティの”キゼツ”によってサリオは眠らされた。
墓参りは明日に延期し、この収拾がつかない状態を切り上げる事を選択した。
サリオははっちゃけ、ららんさんとタルンタのやり取りも泥沼化。
これ以上のグダグダは面倒だったのだ。
取り敢えず、ららんさんとタルンタに決着を付けてもらう事にした。
寂れた宿から部屋を二つ借り、俺とららんさん、ラティとサリオに分れて泊まる。
眠らされたサリオは、いまラティが面倒を見ている。
そして俺の方は――。
「あ~~、話はついたで。すまんのう、面倒を掛けて」
「ららんさん」
ららんさんは、タルンタと二人だけ話すと言って何処かに行き、そして今、帰って来た。
二時間程何処かに行っていたららんさんは、部屋にやって来ると、俺を正面に捉え口を開いた。
「じんないさん、ちょっち訊いてくれんかの」
「ああ……」
その日、俺はららんさんの告白を聞いた。
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