ら、らららん
遅れてすいません!
えっと、いつも面倒回です。
ダムを連想させるような、少し傾斜のある白亜の城壁が遠ざかっていく。
俺は窓から顔を引っ込め、馬車に中へと座り直す。
「あの、良かったですねぇ、サリオさんとららんさんが同行してくれて」
「ああ、かなり助かる。よく考えたら俺さ……馬車を操れないよな」
「……はい、そうですねぇ」
何とも言えない表情でラティに肯定される。
そう、俺は馬車の御者というモノが出来ない。
頑張れば出来るのかもしれないが、少なくとも長旅をこなせる程の腕前ではない。
だから――。
「ホント助かったな、サリオとららんさんが来てくれて……特にららんさんが」
「ええ、本当に……」
当初は、俺とラティだけで西に行くつもりだった。
西に行く目的は二つ。
ひとつは、初代勇者が呼んでいる、世界樹の切り株へ行く事。
もうひとつは、秋音ハルから得た情報の、”貴族どもの真意”を訊くことが出来る場所へ行く事。
なんともあやふやな言い回しだったが、秋音の態度を見るに、放置して良いという問題ではなさそうだったのだ。
あの時の秋音は、それを酷く嫌悪していた。
だが、自分からは話せない。しかし、訊ける場所は教えるという、まるで矛盾したモノ。
もしかすると、人には話せなくなる制約のような呪いでも掛かっているのではと考えた。
それだと辻褄が合う。
だからこそ、西に行った方が良いと考えた。
そして報告の為に、サリオにそれを告げたのだが――。
『あや? 忙しいのですねです。今度は西ですか? だったらあたしは新しい寝袋が欲しいですよです。あ、馬車の中で寝るからいらないです?』
『へ?』
サリオは普通について来るつもりだった。
しかも俺の話を訊いたあとサリオは、直ぐにららんさんの元へと行き、旅に必要な物を相談していた。
その時、俺は予想外の事に呆気にとられたが、悪い気はしなかった。
変わらないサリオが何とも嬉しかった――が、そういう訳にはいかないので、ギームルを交えて話し合うこととなった。
サリオが使える、超巨大な”アカリ”は、既存の”アカリ”とは質と光量が桁違い。例え深夜であっても、朝方と同じくらい明るさで照らす事が可能なのだ。
そして照らす範囲も桁違いで、ちょっとした町程度なら全て照らし切る程。しかも複数作ることが出来るのだから、大きい街でも照らし切る事が可能。
人に指摘されてその価値を知ることが出来たのだが、あまり賢くない俺でも解る程の凄いモノだった。
昔、社会か何かの授業で習った記憶があるのだが、産業革命は蒸気機関によって発展した部分が注目されているが、電気やガス灯などの、ロウソクとは違う高い光量を得る事が出来るようになったのも大きいと習った。
日が落ちた夜でも作業がしっかりと出来るというのは、単純に生産力が上がることを意味し、それが発展に繋がったと訊いた。
経済などに詳しくない俺でも解る。
サリオの”アカリ”は、生活に計り知れない影響力があるのだと。
きっとノトスの街は発展するだろう。暗がりが少なくなれば、闇に乗じて悪さをする者が減る。
当然、治安が良くなれば街にも活気が出るようになるだろうし、何より不幸になる人が減る。マイナスとなる部分など一切ないと思っていた。――のだが……。
『ふんっ、アレには頼らん』
『へ?』
『アレに頼っている様では駄目だと言っておるのだ』
一番喜ぶと思っていたギームルからは、なんと駄目出しだった。
ギームル曰く、たった一人に頼るような経済基盤など、崩壊が約束された未来のようなモノらしい。
一商人が、自分の商売の為に小さく利用する分には問題ないが、それが経済や街の運営に深く関わる場合は絶対に駄目だと言い放った。
しかも、マイナスとなる部分など無いと思っていた考え方も間違っており、もし明るくなるのが当たり前となると、照明の役目を果たしていた魔石製品が売れなくなる。そしてそれによって需要があった魔石が売れなくなる可能性が出てくるのだという。
他にも、似たような問題が発生する可能性もあり、少しずつ移行していくのであればまだ問題は無いが、いきなり超巨大な”アカリ”に頼るというのは下策らしい。
最初はピンと来なかったが、元の世界の電気に置き換えたらすんなりと理解出来た。
発電所を使わずに電気を大量に作り出せるようになったら、発電所で働いている人の雇用問題や、それに関わる人は仕事を失うことになる。
しかもそれが一人の人間で成り立つなど、どう考えてもマズい。
だからギームルは、サリオを冒険者のままにしておいて欲しいと言ってきた。
サリオを野放しにしておくと、誰かにサリオを持っていかれる可能性がある。有事の際なら、あの超強大アカリを頼っても問題はないが、誰かの利益の為に、あの超巨大アカリを利用されるのは非常にマズイとの事だ。
だから今は、俺にサリオを預けるとなった。そして――。
「母親の墓参りか……」
「あの、気付きませんでしたねぇ、あのエルフの町にサリオさんのお母さんのお墓があったとは……」
「ああ、――でも仕方ないか、普通は気付かないよな」
実は、西に行く目的がひとつ増えていた。
それはサリオの母親であるサリアの墓参りが、今回の旅の目的に追加されたのだ。
アムさんの父親、元ノトス公爵はサリオを見た後、自分の元を去ったサリオの母親であるサリアを探しに行ったそうだ。
どんな思いからその行動に行き経ったのかは不明だが、結果としては会うことは出来ず。サリアの墓を発見してその旅を終えたそうだ。
これはギームルの推測だが、母親であるサリアは、捨てられるようにして預けられたサリオを探しに西へと向かい、その旅の途中で亡くなったのだろうと。
そしてその亡くなった場所の近くが、俺たちも訪れた事のある、エルフ達が住まう【シャの町】だったのだ。
だから同胞であるサリアを、町の墓地に埋葬したのだろうとギームルは語った。
真相は分からないが、もし女性が一人旅などをすれば、魔物がうろつく世界なのだから、旅先で命を落とすというのは容易に想像が出来た。
そしてギームルはそれをサリオに伝えた。墓参りに行って来いと……。
「あの、サリオさんは……」
「ん、ああ、まだ戸惑っているだろうな」
( それにラティもな…… )
【心感】持ちのラティだからこそ、今のサリオの心境が分かり、どう声を掛けたら良いのか戸惑っているのだろう。当然、俺もどう声を掛けたら良いか分からない。
当たり障りのない会話なら良いが、今はそれ以上の会話が出来ていない。
だが――。
「ららんさんがついて来てくれて本当に良かった」
「はい、本当に……何と申しますか、ららんさんは上手に踏み込んでいく方ですから」
「確かに。そういや俺もららんさんにはすぐに気を許した気がすんな」
俺はそう呟きながら、馬車の進行方向、御者台がある壁へと目を向けた。
今、御者台には、ららんさんとサリオが並んで座っている。
速度重視のこの特注馬車は御者台が結構狭い。成人男性が二人乗るとかなり窮屈になるのだが、あの二人の場合は問題なく座れた。
だからあの二人は、今一緒に御者台に座って何か話をしているのだろう。
きっとららんさんが、サリオに――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
タフなスレイプニール種であるゼロゼロでも、4時間も駆け続ければさすがにバテる。
最低でも一時間の休憩を挟まねば、どんな馬であろうと乗り潰してしまうそうだ。
しかも今回は移動系補助魔法は無し、特に急いでいる訳ではないので、休憩時間はしっかりと取る方針で旅を進め、俺たちはその休憩時間となった。
休憩時間に合わせ食事も摂る。
当然ゼロゼロも、辺りに生えている草を食んでいる。
僅かに重く感じる空気の中、ららんさんが話題を俺たちに振ってくれる。
「しっかし、じんないさん達はエライ修羅場を潜り抜けてきておるのに、こういった誰でも出来る当たり前の事は苦手やのう」
「う、俺は魔法が使えないし……」
「あの、申し訳ありません。わたしは水系の適性が無く……」
「右にぎゃぼう。あたしも水系は……です。今日のお風呂のお湯もお願いしますです」
「さりおちゃん、流石にそこまでMPが持たんのう。取り敢えず飲み水だけで勘弁してやのう」
「あうう……お風呂はなしですかです」
再び、ららんさんが居てくれて良かったと感じる。
勇者のように【宝箱】を持たない俺たちは、長距離の移動の際には、それなりの用意が必要だった。
食料であったり飲み水であったり、それに寝床なども。
旅支度の為に、俺はボレアスの街に買い出しに行こうと思った、だがとても理不尽な理由で、俺が街に買い出しに行くのは赤城が禁止したのだ。
その理由は、俺が初めて訪れた街に買い物に行くと、絶対に無用なトラブルを引き起こすというモノだった。
だからそのフラグを立てない為にも、俺とラティの買い出しは禁止となった。
因みにラティが買い出しに行くのを止めたのは俺だ。ラティを買い出しに行かせるなど、どう考えてもフラグが立つ未来しか視えない。
納得は出来ないが、とても説得力がある言い分だったので、俺はボレアス家の宮殿のような屋敷に引っ込むこととなった。
屋敷は把握し切れない程の広いので、橘と出会う事もなく過ごした。
西への旅に必要な物は、ららんさんとサリオが買い出しに行ってくれて、飲み水は馬車を軽くする為に最小限に留められた。
水に関しては、ららんさんの生活魔法による水をメインで使用する事となった。
普通ならば、3人も居れば誰かしら一人が水を作り出せるそうだが、俺たち三人は誰も水を作り出せなかったのだ。
だから、本当にららんさんが旅に同行してくれて助かった。
そして、ららんさんが旅に同行してくれる理由については、取り敢えず察しない事にした。
俺の勘が告げるのだ。この藪を突っ突くのは絶対にマズイと。きっと後悔することになると、あの嫉妬組ですら、ららんさんが相手ではスルーするのだから。
「ホントに偏っておるのう、じんないさん達は」
「ああ、特に俺は戦うしか出来ないからな。ラティみたいな索敵とか、サリオのアカリもない……。ららんさんみたいに付加魔法品も作れないし」
ららんさんは今回の旅の為に、試作品の付加魔法品を用意してくれた。
馬車の振動を反発する形で押さえる付加魔法品だ。原理はよく理解出来ないが、強い振動に対し振動で返す事で、その振動を相殺するようなモノらしい。
ラティの紅の鎧に使用されている仕組みを、この馬車の車軸に応用したと言っていた。
つい愚痴のようなモノを吐いてしまう。
今回の北への遠征時でも、俺は戦闘以外では本当に微妙だった。
汎用性が低いというか、使い勝手が悪いというべきか、大体そんな感じだった。
劣等感を感じるような繊細さは無くしてしまったが、それでも溜め息程度は出てしまう。
そう思っていると――。
「はあ~。ホントにこの人は……。じんないさん、じんないさんは自分の価値ってか、自分の凄さを理解しておらんようやの」
「へ? いや、戦いってんなら、確かに強いと思うけど、ただ強いだけだぞ?」
――んん? ららんさんは何を言ってんだ?
あ、木刀を扱えることを言ってんのかな? 確かに木刀は凄いけど……。
「全く解っておらんのう。あっ! そうや! 折角やしそれに頼ってみようかのう」
「頼るって……何にです?」
いつもの笑みを浮かべるららんさん。
そして俺に彼は言ってきた、ある予想外の事を。
「にしし、オレのレベル上げに付き合ってや、じんないさん」
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あと、誤字脱字なども……