ベイビィー、アウト~
お待たせしました。
色々と終わったでの再開です!!
本館に戻ったあと俺は、部屋で一人、考え事をすることにした。
それは答えを求めたくない考え事。
そう、答えと向き合いたくない、とても不毛な考え事。
ラティと俺は…………子供が出来ない――。
気が付くと朝になっていた。
いつの間にか眠っていたのか、頭は思ったよりスッキリしたのだが……。
「ジンナイ殿! 起きてください! 火急の案件が!」
「むぅ……」
部屋の外から大声で呼ばれ、ドアもけたたましく叩かれていた。
何かあったのかと寝床から身を起こす。
もし本当に大事ならば、ラティが真っ先に来るはず。どうしてもつい緩んでしまう。
取り敢えず、警戒しつつ扉を開くとそこには。
「ジンナイ殿。申し訳ありません! 勇者カトウ様が牢から脱走しましたっ」
「へ? アゼルさん? え?脱走?」
朝一で、かなり想定外の事を告げられた。
まさか加藤が脱走を出来るなど、俺は微塵にも考えていなかった。
逃げ出せるような技術があるとは思えないし、アレに脱走の手引きをするような協力者もいるとは思えなかったのだ。
まさに想定外だったのだが、詳しく調べると、もっと想定外だった。
なんと脱走の手引きをしたのは、あのベイビィーという名の騎士だったのだ。
更に詳しくいうと、本人は脱走をさせたつもりはなく、何故か牢に入れられていた、か弱い女性を善意で出してあげたという認識だったのだ。
ベイビィーの上司であり、責任者でもあるアゼルが問い詰めた際には――。
『何で外に出しちゃったのベイビィー?』
『だって可哀想な女の子が、牢に閉じ込められていたんだよ? その牢屋は、勇者さまが入れられてたはずなのに、身代わりで入れられていたみたいなんだ』
『ねえベイビィー、中に居たのは勇者カトウ様じゃなかったの?』
『うん。中にいた人は名前がない人だったの。それでね、泣いて可哀想だったから僕が出してあげたんだ。騎士として当然だよね? 褒めて、アゼル様』
『ベイビィー君……君は……』
そんな、唖然とするようなやりとりがあったのだ。
逃がした本人は、全く悪い事をしたとは思っておらず、むしろ良い事をしたと認識しているのだ。
だた、他の者にも聞き取り調査を行うと、確かに見たことの無い女の子を、ベイビィーが連れて行ったとの証言があった。
そしてその証言をした者、全員が、その女の子は勇者加藤ではなかったというのだ。そして不思議な事に、全員がその姿を覚えていないのだという。
髪の色や目の色、中には女性だったかどうかも覚えていない者もいた。
だから誰もベイビィーを止めることなく、そのままスルーしたと。
俺は、魔法か何かで姿を変える方法があるのかと思ったのだが、ベイビィーが言っていた、『名前がない』に注目した。
以前にも似たような事があった。
勇者なのに、勇者として認識されずに、哀れにも奴隷として売られた事がある男がいた。
もし、名前を全て削り取ったら、周りから認識されないのではと。
加藤には、ステータスプレートに表示されている文字や数字を切り取る”ワザキリ”というWSがある。それを使って自分の名前を一時的に切り取ったのではないかと……。
今も捜索は続いている。
ラティと同じ【索敵】持ちが総出で探している。
だが、すんなりとボレアスの屋敷を出られたところを見るに、きっと【索敵】にも引っ掛からないのだろう。
こうして、ハチの巣をわっちゃわっちゃしたような騒ぎとなった。
しかしボレアスの街は、この異世界で最大の都市。一度見失うと容易ではないらしく、結局、勇者加藤は見つからなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――あの、報告の中には、姿すらも見えなかった人もいたとか……」
「ああ、そうらしいな……」
ラティが申し訳なさそうに伝えてきた。
彼女に責任がある訳では無いのに、何故か責任のようなモノを感じているらしい。
「しかし、姿まで見えなくなるとは……」
どうやら名前をワザキリで切り取った状態の加藤は、要はステルス状態となって、人によってはその姿が見えず、見ているのに認識されていない可能性が出てきたのだ。
使用人のうち何人かは、ベイビィーが誰も居ない空間に話し掛けながら歩いていたのを目撃したらしい。
こうして俺たちは、完全に加藤を見失うこととなった。
中央には、ギームルがシェルパールを使って報告済みらしく。名前が欠けている、もしくは名前がない者を発見したら、直ちに確保するようにと伝えたらしい。
「んっ……あの、ベイビィーというあの方は、あの後どうなったのですか?」
「ああ、アイツは――」
事件発覚後、実はベイビィーがワザと逃がした可能性もあるかもしれないと思い、ウソ発見器に協力してもらった。
いくつか質問をして、ベイビィーの感情の揺れをラティに見極めてもらったのだ。
結果は白だった。
どうやら本当にベイビィーは、ヤツなりに騎士道精神とやらで、間違って牢に囚われている哀れな女の子を助け出したつもりらしい。
ただその後、ラティが退席したあと、ちょっとしたひと悶着があった。
あの馬鹿は、そのやらかした騎士道精神を、なんとアゼルに褒めて貰おうとしたのだ。
女の子を助けるのは当然、騎士の役目、貴女の部下である自分は偉いでしょうとアピールをしたのだ。
流石のアゼルもそれには唖然としたが、なんとか気を取り直して諭そうとした。
だが、ベイビィーは事の重大さが解っておらず、最終的には、誰であろうと、牢屋に女の子を閉じ込めるなんておかしいと主張し出した。
もうぶん殴って黙らせようかと思ったのだが――。
『ベイビィー君。君が騎士道精神を掲げるのならば、君のやったことは罰せられるべき事だ。君の身勝手な行いが、どれだけ多大な迷惑となるか……』
『……え? アゼルさん……?』
『君を牢へ幽閉する――いや、違う。君を牢へと捕らえる』
『え!? 待ってアゼルさん。僕は良いことをしたんだよ? 困っている女の子を助けてあげたんだよ? あの時のアゼルさんのように……なのに、なのになんでっ!』
『――っく、連れていけ!』
ベイビィーは取り敢えず1年の幽閉が決まり。一年後に再び判断し、そのまま捕らえたままにするか、それとも解放するか、その時に決めるとなった。
このままこの男を野放しにしておくと、どんな厄介ごとを起こすか分かったモノではないとなったのだ。
そしてアゼルは、今回の件の責任を取り、ドライゼンの妹ミレイと共に、隔離された離れに行くことを、自分自身で決めた。
様々な葛藤があったのだろう。
もし自分がいると、ベイビィーに甘くなってしまう可能性もある、それを断ち切る意味も含めた決断だったのかもしれない。それに元からアゼルは、ドライゼンの妹ミレイの為に動いていたのだから、この決断は当然とも言えた。
「んんっ、んふぅ……あの、それではあのベイビィーという方は、もう牢に入れられたという事ですねぇ?」
「ああ、アゼルはともかく、他のヤツらが激怒してたからな。女の勇者ってことで、一応気を遣って監視役を減らしてたのが仇となったみたいだ」
「はい、それは仕方ないのでしょうねぇ……」
女性だから、露骨な監視はプライバシー的な問題から、監視役を離れた場所に配置していた。
昨夜はパレードなど行われていたので、人手が足りず、ベイビィーが監視役の補佐に付き、今回の件となった訳だが。
「さすがに勝手に解放するとは思わないよな」
「んっふぅ……あ、あの、ご主人様。そろそろ……」
「ああ、準備が出来次第、西に行こうと思ってる」
「あの、あのっ、そうではなくて……」
「サリオは……無理だろうな……」
俺はラティの耳と尻尾を撫で回しながら、サリオの事を考えていた。
あのイカっ腹はもう俺の奴隷ではない。それどころか、アイツの魔法の価値は計り知れないレベルとなっている。
しかも、ノトス公爵であるアムさんの妹でもある。もう一緒に旅をすることはないだろう。
あの騒がしいヤツがいなくなると思うと、素直に寂しいと感じる。
「あの、ご主人様。わたしは離れません。貴方から絶対に離れません」
「ラティ……ああ、ありがとう」
閑話休題
それから三日後、俺たちは西へと向かう用意を終えた。
勇者達は、そのほとんどがボレアスに残ることとなった。
勇者達が北に遠征した建前は、北のダンジョンの調査と、エウロス側のように、ボレアス側でも魔物が大量に湧く可能性があるので、その為の備えとなっていた。
葉月や言葉達は、中央からの依頼という形で既に前金を受け取っており、しばらくの間は、ボレアスに滞在しないといけないらしい。
ただ橘だけは、早乙女救出の為に参加していた為、彼女だけはその縛りがなかった。
今も早乙女を守る為に、彼女が泊まっている部屋の前に陣取っており、あれから俺は早乙女に会えていない。
出来れば出発前に一声掛けたかったのだが、それすらも断られている。
当然ラティも、前回、俺をこっそりと早乙女に会わせた為、橘の中で敵として認定されてしまっていた。
葉月に間に入ってもらうという案もあるが、それだと橘と葉月の諍いになる可能性があるので、それは葉月に悪いので控えた。
どう考えても、穏便に行くとは思えなかったのだ。
こうして俺は、ラティ、サリオ、ららんさんの3人と、西に向かうのだった。
読んで頂きありがとうございます。
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