橙色の髪の子
進捗率0.1%
ドライゼンに連れられて、本館から離れた場所にある建物へと案内された。
警備の者が何人も就いている建物、昼に案内されたトーチカのような建物ではなく、普通に窓がある二階建ての建物。しかし窓は、鉄格子でしっかりと塞がれており、ただの居住区ではなさそうだった。
「ここだジンナイ」
「ここに……妹さんが?」
「ああ、ミレイはここで過ごしている」
ドライゼンと共に、俺とラティは建物へと入った。
中は至って普通であり、作りとしてはノトスの離れに近かった。
正面にある階段を登り二階へと上がる。
そしてメイドが控えている扉へと近づくと。
「済まない、ラティさんは控えて貰えるかな」
「ん? ……ああ、わかった。ラティはここで待っててくれ」
「……はい、ご主人様」
ドライゼンの表情から、何か罠に嵌めるなどといった感じではなく、ラティに気を使ってという感じだった。
ラティもそれを察したのか、素直にそれに従う。
案内されて入った部屋には、複数のメイドが待機していた。
そしてさらに奥の部屋へと案内される。
「ここだジンナイ」
「ああ……」
ドライゼンの意図は読めないが、特に断る理由もないのでその部屋へと入る。
出来る事なら明日にして欲しかったが、ドライゼンはこれから忙しくなるのだろうから、俺は仕方なしとした。
「ミレイ、元気にしていたか?」
「…………」
部屋に入るとドライゼンは、ゆったりとした大きめのソファーに座っている女性に声を掛けた。
だが赤い髪の女性は、ドライゼンの声には反応を示さず、胸元に抱いている赤子をあやし続けていた。
赤子の方は、赤色というよりも淡い赤色のような橙色の髪。
その赤子は俺の娘のモモちゃんよりも幼く、赤い髪の女性の腕の中にすっぽりと納まり眠っている。
俺のモモちゃんには負けるが、なかなか愛らしい寝顔を覗かせている。
「ジンナイ、俺の妹のミレイと、その子供のランガだ。腹立たしい事だが親父と同じ名前を付けられた……」
俺にそう言って二人を紹介するドライゼン。
最後の方は語気が少し荒くなったが、それよりも気になる事があった。
ミレイと呼ばれた赤い髪の女性は、何故か俺たちに一切反応を示さないのだ。
ドライゼンはともかく俺とは初対面のはず、何かしらの反応を見せてもおかしくないはずなのに、ただただ赤子をゆらゆらと揺らしあやし続けているのだ。
「ドライゼン……これは?」
「ああ、ミレイは――」
ドライゼンは静かに語った。
公爵令嬢ミレイの事を、ミレイに何があったのかを。
「――ッざっけんなっ」
俺は思わず駆け出してフユイシの野郎をぶん殴りに行きそうになった。
だがそれは無意味な行為であり、ただの憂さ晴らしにしかならないので止める。
ドライゼンの妹ミレイは心が壊れていた。
複数の男に暴行された時、それに耐え切れず心が壊れてしまったのだという。
そして唯一反応を示すのが、己の赤子だけ……。
赤子を育てているのに、育てている母親が赤子と変わらない状態。
だから手前の部屋には、沢山のメイドが居たのだと納得が出来た。
「ジンナイ……」
「うん? え――」
ドライゼンに驚きの表情で見られ、その次に苦笑いをされる。
ドライゼンは俺の右頬の辺りを見ていた。その目線を追うように指を伸ばしてみれば、そこには水滴がついていた。
唐突な悲しみに俺は、一滴だけの涙を流していた。
唐突の悲しみの場合は、ボロボロと涙が溢れてくるのではなく、自分では気が付けない一筋の涙が出ることを知る。
――ああ、なるほど、
ラティに控えてもらった理由はこれか、
男よりも女の方がキツイよなこれは……くそっ、
俺は改めて赤い髪の女性を見る。
感情と表情が完全に抜けきった顔の女性。だが瞳には僅かに愛しむ色を見せ、腕の中の我が子を見つめ続けている。
彼女に残っているモノは、母性という本能だけのようだった。
「……もう戻らないのか?」
「分からない。医師も、回復術師も分からないそうだ……」
「そうか……」
もしかすると、もしかすると早乙女もこの状態になっていたかもしれない。
葉月も似たような状況の一歩手前まで行っていた。
「ジンナイ、俺はお前に感謝している」
「は?」
唐突に言い出すドライゼン。
「お前のお陰で無事に取り戻す事が出来た。もしお前が居なかったらと思うと……」
「いや、俺はほとんど何もしてないだろ? 他の連中の方がよっぽど役に立ってただろ? 赤城とか伊吹とか、あとはサリオか?」
流石に全く役に立っていないとは思わないが、他の連中の方が貢献度は高いと俺は思っている。だがドライゼンは――。
「ジンナイ、お前はお前にしか出来ない事をやった、勇者様では出来ない事をやってくれたんだよ。だから最悪の事態を回避出来た――」
ドライゼンは語るように説明を続けた。
魔石地雷の撤去と、勇者荒木の捕縛は本当に助かったと話した。
勇者に勇者をぶつけるのは保護法違反。
だが冒険者や兵士たちでは倒す事は困難。
仮に大人数で囲むようにしたとしても、荒木の世界樹断ちの前では逆効果になっただろうと。
勇者が誰も命を落とすことなく、そして犠牲者も最小限に抑えた。今後ボレアスがその件で責められる事がなくなったと言った。
もし勇者の誰かが命を落としたのだとしたら、全ての貴族達から非難されただろうとドライゼンは語った。
説明されて俺は気付く。
もし今回の件で勇者の誰かが命を落としていたとしたら、『ボレアス側の騒動に巻き込まれて勇者が犠牲になった』と、いう認識になっていたのだと。
「――まぁ一人だけ危うかったらしいけどな、羅刹の餅つきさん?」
「ぐっ、あれは……ああ、なんだ……まぁアレは仕方ないと言うか……」
あれは確かに危なかった。
あの時ラティが止めてくれなかったら、木刀の柄ではなく切っ先の方を掴み、餅つきではなく串打ちに切り替えていたかもしれない。
そしてそうなれば、いくら【対打】持ちの荒木でも死んでいただろう。
熱くなっていたとはいえ、流石に殺すつもりは一応なかった。
所謂、致命傷で済ませるつもりだったのだ。
「で、何で俺をここに?」
「ああ、最後に一応紹介しておきたかったからな……」
「最後……に?」
「そうだ。その赤子はボレアスの血を引いている。だからきっと……火種となる。10年後か、もっと先の20年後か分からない、だがきっとボレアスを二つに割る火種となる可能性が高い」
「――ッ!」
こういった政治的な話に疎い俺でも解る事。
それに気付かぬドライゼンではない。
「だからこの子は――」
「おいっ! まさか」
「――完全に隔離された離れに入れる」
「……へ? 隔離された離れ?」
僅かだが、してやったりとした笑みを浮かべるドライゼン。
だがすぐに表情を戻し、その”離れ”について説明をしてくれた。
”隔離された離れ”とは、中世を舞台とした小説などによく出て来る、罪を犯した王族などを幽閉する塔のようなモノだった。
公爵家の血族は、勇者召喚の贄となれる資格がある。
だから何か大きな罪を犯したとしても、簡単に処刑などする事は出来ないそうだ。
だがしかし、一切罰する事なく放免では体面的に問題が生じるので、”死んだ者”として、もう”いない者”として、隔離された離れに追放されたのだという。
中に追放されてしまえば、もう二度と出ることは出来ない。
ドライゼンはそこに赤子と妹を入れると言ったのだ。
だが――。
「ドライゼン、それだとやっぱ……」
「ああ、解っている。禍根は断つべき……なのだろう。だけどそうなると決まった訳じゃない、俺が事前に情報を集めて潰せばいいんだ。――だからっ」
ドライゼンは冒険者として生活を送っていた。
だからだろうか、貴族らしい決断よりも冒険者らしい判断をしたのかもしれない。
ただ希望を求める、少し身勝手にも感じる都合の良い判断を。
本来なら良くない事なのかもしれないが――。
「お前なら出来るよドライゼン。……たぶんな」
俺はそれに肯定した。
ちょっと『たぶん』が入ったが。
「はは、ジンナイならそう言うと思ったよ。ああ、そうだ。もし、もしこの子が大きくなってジンナイの子供に迷惑掛けたらごめんな、先に謝っておく」
「はっ!? え、俺たちは――」
ドライゼンに切り返しに言葉が詰まってしまう。
そして俺の戸惑いなどお構いなしに、ドライゼンは続きを話す。
「そうそう、ミレイはこの状態だから付きっ切りで世話をする人が必要なんだけど、丁度二人ほど候補者が出たよ」
「へ? え?」
「”離れに”入ったら二度と出られないからね、本来なら簡単には見つからないんだけど」
「ドライゼン、それってまさか――」
「ぅぅ、ふえぇええええええええええええッ」
「…………」
「あっ」
「あっ」
俺がドライゼンに尋ねようとした瞬間、眠っていた赤子が泣き出した。
すると泣き出した赤子に反応し、母親であるミレイは本能に従い躊躇わずに胸を出し、我が子に母乳を与えようとしだした。
俺は即座に視線を外し、取り敢えず部屋を出ることにした。
何とも言えない気まずさから、俺はドライゼンにそれ以上尋ねる事は出来ず、2~3言葉を交わしてからその場を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ラティと一緒に本館へと戻る。
現在は夜だが、サリオの作り出した超巨大”アカリ”が夜空を照らしている。
「…………」
俺はそれを無言で眺めながら、ドライゼンの言った言葉を思い返していた。
( 俺の子供か…… )
人と狼人の間には子供が出来ないと聞いている。
それを言ったのは小山組の狼人オッド。
ヤツが嘘を言ったのであれば良かったのだが、ラティはそれに反応しなかった。
だからあれは事実なのだろう。
ラティはそれを知らなかった様子だが、誰もそれを否定していない。
ならば――。
( 俺とラティには…… )
重い気持ちのまま、俺はラティと一緒に静かに道を歩くのだった。
読んで頂きありがとうございます。
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