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あの、そろそろ――

お待たせしました。(約一年

 俺は取り敢えず声を掛けた。

 次に続く言葉など全く考えず、”取り敢えず”声を掛けて次に――。


――ってええ!

 何を言えばいいんだ? あれ? えっと……

 やばい、何も思い浮かばねえっ



 俺は止まってしまった。

 『ちょっと話を』と言っておきながら、何を話したら良いのか判らなかったのだ。


 ハーティやレプソルさん、勇者なら椎名辺りなら、相手を気遣った言葉がサラッと出てくるのだろう。だがコミュレベルの低い俺には言葉が浮かばなかった。


 無言の俺を黙って待ち続ける早乙女。

 その瞳には、何か期待の色のようなモノが見える。

 

――ぐっ、待ってる、

 完全に俺の言葉を待ってるよな……

 くそ、いっその事、『アンタの話なんて聞きたくないわよ!』

 って、感じで言ってくれたら楽なのに、



 じっと見つめてくる早乙女。

 俺は意を決して、”取り敢えず”無難な台詞を選んだ。


「えっと……大丈夫か早乙女?」

「――ッ!!」


( え……あれ? あ! )


 早乙女は目を大きく見開き、次は必死に(こら)え始めた。

 涙を零すまいとあごを少し上げ、口を一文字に結ぶ。


 ( くそっ、馬鹿か俺は! )


 取り敢えずで選んだ台詞に、俺は深く後悔する。

 本当に俺は馬鹿だ。無難にと選んだ『大丈夫』のどこが大丈夫なのかと。


 あやふやな言葉は、あやふやに範囲を広げてしまう。

 早乙女は大丈夫ではなかったのだ。何があったのか詳しくは知らないが、少なくとも幼子のように泣きじゃくるぐらいの事があったのだから。


 これのどこが”大丈夫”なのかと、自分を懇々と問い詰めたくなる。


「あ、す――ッ!」


 咄嗟に『すまん』と謝ろうとした。

 だが早乙女は、今も必死に堪えている。

 もう不用意な言葉を口にしたくなく、俺は零れそうだった言葉を飲み込んだ。


 何か気の利いた言葉を言える訳でもない、俺はただ静かに待つことにした。

 今はただ、早乙女が落ち着くのを静かに待った。



 

 俺は扉の前に張り付いたまま、視線は逸らし早乙女を待つ。

 5分か、それとも10分か経過した頃。


「……ずっと繋がれてたの」

「…………」


「……鎖に」


 早乙女はポツリポツリと話し始める。

 それは今まであった出来事の話だった。




       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇




「――だったのよ」

「……」


 俺は無言で話を聞き続けた。

 勇者早乙女は、俺が参加した北防衛戦の後、荒木に捕らわれたそうだ。


 これは予測なのだが、早乙女が囚われた事で何かしらあり、ボレアス公爵やその息子たちが暗殺されたのかもしれない。

 例えば、早乙女が移籍したくてこちらに来たから、話し合ったらどうかなどと呼び出し、その来る途中か帰りで事故に見せかけた暗殺を。



「――今まで一度も外に出られなかったわ」

「…………」


 少しだけ流暢になる言葉。

 早乙女の話の内容は、最近の出来事の話になっていた。

 捕らえていた青い鎖は、本来はもっとゆとりを持たせた長さだったらしく、あの部屋の中だけなら自由に動けたそうだ。

  

 手首を繋がれてはいるが、動くことは出来るので、極端な運動不足などになることはなく、多少の不便はあるが、生活自体は問題なく送れていたらしい。

 そして早乙女一人では出来ない着替えなどは、二人のメイドが手伝ってくれていたそうだ。 

 

 あえて口にはしていなかったが、きっと入浴やトイレといったモノも問題はなかったのだろう。


 その話を聞いて、俺は少しだけホッとした。が――


「アイツは毎日来て……舐めるように見ながら口説いて来たのよ……」

「――ッ」


 早乙女は、触れたくないであろう部分を話し始めた。

  

「触れたり、触って来たりなんかはしてこなかったけど……、アイツ毎日来てたのよ」

「…………」


「いつも同じで、俺の女になれって言ってきて……」

「…………」

 

「でも全部無視してやったわ。もし近寄って来たら蹴り飛ばしてやったのに」

「……」


「――だけどっ、だけどあの日だけは違ったの」


 声を震わせる早乙女。

 もうこれ以上言う必要はないと思い、俺は彼女を止めようとした。

 だが、強い意志を秘めた瞳に気圧され、俺は止めるのをやめた。


「あの日のアイツはっ、メイド達を下げて迫って来たのよ! 鎖を短くして動けないようにして私に触れてっ、乱暴にして、それから、それから……」

「もういいっ!」


 止めるのはやめたつもりだったのに、俺は彼女の悲痛な吐露に耐え切れずそう叫んでいた。


 だが早乙女は止まらなかった。

 

「それで、それで私にキスしようとしてきて、でも絶対に嫌だったから必死に抵抗して――」

「もういいからっ!」


「アイツの耳に噛みついてやったのよ! でも叩かれて……痛みと怖さで気を失っちゃって……」

「もういい……」


「きっとキスされたっ! アイツは私が気を失っている間にキスをしたわよ! 貪るようなキスをされて、もう私は汚れちゃって……ふぇぇぇええん――」


 堪えていたモノが決壊したかのように涙を零す早乙女。

 ゴシゴシと目元を擦り続ける。それはとても辛い光景で、出来る事なら頭を撫でるか肩を支えてやりたいと思うのだが――。


「ん? あれ?」

「ふぇぇえええん、んっぐ、んっぐ……」


 何とも彼女らしくない、とても幼い泣き声を上げているのだが、どうしても引っ掛かる所があったのだ。


「なぁ早乙女、それって昨日の事だよな?」

「ぅん、そう……」


「落ち着いて聞いて欲しい、実は――」


 俺は早乙女に、昨日荒木と対峙した時の事を話した。

 ただ、荒木の名前を出すのはマズイと思い、『あのクソ野郎』と変えて話す。


 そして話した内容はこうだ。

 クソ野郎は加藤から強力な支援魔法を貰う為に口付けをしている。

 そしてその口付けは、他の誰かと事前にしていると効果がない。

 しかしあの時クソ野郎は、加藤ともう一度口付けを行っていなかった。

   

「え……じゃあ?」

「ああ、そのキスは……多分――いや、されてないと思う。さっきクソ野郎の耳に噛みついたって言ってたよな?」


「うん……噛みついてやった……」

「俺がお前を助けた時、頬が赤くなっていたから、叩かれた時に口の中でも切って、それで口元に血が付いていたのかと思ったけど……あれって噛みついた時に付いた血だよな?」


「あっ」


 俺に言われた事に驚き、ゴシゴシと口元を拭う早乙女。

 それを見ながら続きを語る。


「多分なんだけど、もし貪られるような……その口付けをされていたのなら、その血も広がるか取れるかしてると思うんだ」

「え……それなら、それなら」


「ああ、だからキスはされてないよ」

「――ッ!!」


 本当は違うかもしれない。

 ただ、状況証拠が無かっただろうと言っているだけ。

 だがしかし、それを敢えて言う必要はなかった。

 

 だから俺はしっかりと否定してやる。


「安心しろ、クソ野郎にキスはされてない。だから汚れてなんてないっ」


 早乙女に瞳に、希望の色が満ちていくのが分かる。

 

 正直なところ、『汚れた』などと言うのだから、もっとR18的なモノだと思っていたのだが、早乙女は予想以上に乙女さんだった。


 心底ホッと胸を撫で下ろす。

 本当に良かったと安心していると、顔を目元まで隠した早乙女が俺に話し掛けてきた。


「ねえ陣内、それなら私のファーストキスは……守られたのよね?」

「う、うん、そうなるかな?」


 ベッドの陰に隠れていた早乙女は、顔を完全に出してそう尋ねてきた。

 その姿は、警戒心の解けた小動物が、ひょっこりと巣穴から顔出してきたような感じ。


 何となくだが、少々居心地が悪い。

 俺は少ししどろもどろに返事をする。


「なら、私の初めてはまだ誰かにあげられるのよね?」

「初めてって……ああ、ファーストキスな。で、それが――」


 何とも言えない気まずさから、俺は何とか返事を返した。

 そしてここで、様々な事を思い出す。


 さっきラティは俺に何と言っていたか。

 あの時早乙女は、俺に何と言って謝っていたのかを。


 唐突に空気が変わった気がした。

 もしこの空気に味があるのだとしたら、きっと甘酸っぱい味がするだろう。

 

 トトとこちらに駆け寄って来る早乙女。

 寝間着姿にも関わらず、彼女は触れてしまいそうな程そばまでやってくる。

 背の高さは同じぐらいのはずだが、彼女は身を屈めるようにして上目遣いに俺を見て――。


「ねえ陣内、あ、アンタに言いた――伝えたい事があるの」

「――ッ」


 俺はそこまで鈍感系ではない。(はず)

 早乙女がこれから何を言おうとしているのか、それなりに見当がつく。

 そしてそれはあまりよろしくはない。


「あ、アンタに私のファースト――」

「――あの、そろそろ宜しいでしょうか? もうそろそろ誰か戻ってくる頃なので、後はわたしが引き継ぎます」

「へ? ラティ?」


「え? え? え?」



 こうして俺はラティに促され、早乙女の部屋を後にした。

 ラティはそろそろ誰か戻ってくると言ってはいたが、パレードがそんなすぐに終わるとは思えない。


 だが、正直なところ助かった。

  

 俺は部屋の前に居ても仕方ないので、部屋から離れようとすると。


『何でアンタにそんな事を言われないといけないのよー!』


 と、早乙女の激怒した声が聞こえてきた、

 ラティが何か怒らせるような事でも言ったのだろうけど、今は彼女の調子が戻ったとして良しとした。


 そしてあまり深く考える事は止め、俺はある人物を探しに向かった。

 

 その人物はギームル。

 今回の一件で、俺はギームルに問いただしたい事があった。

 

 そしてもう一つ、俺はギームルに頼みたい事が出来たのだった。

   

 

読んで頂きありがとうございます。

やっとこれを書けました。


感想やご指摘などお待ちしております。

あと誤字脱字も……

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[良い点] ラティーーーー! 敵に塩はちょっとしか送ってやらんってわけですね! 優しく、かわいくもあざとい! さすがラティ!
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