飲み込んじまえよ
もう少しでこの章も終わり……
いや、もうこっから新章でいいか。
では、新章『願いと呪縛と……』の始まりです。
少年は、一人の男の決断の結末を知る……
眠っている早乙女を抱え、俺はラティの後を付いて行く。
どうやらラティは、何処に早乙女を運べば良いのか聞いているらしい。
俺が荒木をどつき回している間に……。
早乙女を運んでいると、後ろからガレオスさん達の会話が聞こえてきた。
「おっし、勇者アラキ様も運ぶぞ」
「了解~って、運ぶ前に聖女様に回復魔法を掛けて貰った方が良くないです? さすがにこれは……」
「ん~? いや駄目だな。 ハヅキ様の回復魔法で綺麗に治してみろ、綺麗に治った顔を英雄のダンナが見たら、きっとまた潰しにいくぞ? 治さない方がアラキ様の為だ、やったとしても薬品程度にしておけ」
「あ~~、なるほど。羅刹の餅つき再びですね。了解しやした! しかし……ここまで酷いとやっぱ……」
「いや、平気だろ? アラキ様は【対打】持ちだ、これぐらいなら多分問題はないはずだ」
「あ、なるほど。じゃあ運んじゃいますね」
「おお、任せたぞ」
そんな会話が聞こえた。
そして俺のことを良く解っていると感心する。
ただ、ちょっと気になったのは、『羅刹の餅つき』と言うワード。
何となくだが、とても良くない予感がした。
”誰かのオモチャになる”、そんな嫌な予感が……。
閑話休題
その後、俺は早乙女をボレアス公爵家の本館客間へと運んだ。
俺が荒木とやりあっている間に、黒獣隊との決着はついていたのだ。
大量に湧いた魔石魔物を両軍で駆逐した後、その時の勇者の活躍に当てられた彼等は、素直に降伏したのだという。
元からが負け戦だった上に、勇者の数と質もこちら側の方が圧倒的に上。
しかも、魔法によって捕らえられた後に、魔石魔物が湧いた事により、その拘束を解除した赤城の度量に感銘を受けましたという者や、小さいながらも(一部大きいが)一騎当千の武を誇った伊吹に惚れ込んだという者。
他には、敵味方関係なく、瀕死の者を救った聖女の勇者に感謝する者。
そして極め付けが、白い獣を従えてやってきた女神の勇者の存在。
魔物の湧きを抑えた女神の勇者には刃を向けられないと、黒獣隊が全員降ったとハーティから教えて貰った。
魔物の湧きを抑えたのは、本当は言葉ではなく白い毛玉なのだが、白い毛玉のことを考えるに、事実は伏せて言葉が抑えたという事にしたそうだ。
そしてそれに力を費やした為、蘇生に割ける力も無くなったという事にも。
湧いた魔石魔物の数は30体を超え、両軍合わせて20名以上の死者が出たそうだ。
当然、全員を蘇生出来る訳もなく、だからと言って、その中から誰かを選んだのでは角が立つ。だから諦める事にしたのだと。
元から命懸けの冒険者と兵士。
申し訳ないが割り切って貰ったそうだ。
そして残りの公爵家で働く者は皆がボレアスの者。
フユイシ伯爵とその私兵さえ押さえてしまえば、後は全てが丸く収まった。
関係ない騒動の方で死傷者が多数出たが、それ以外での死者は驚くほど少なく、こうしてボレアス公爵家奪還作戦は終わりを告げた。
フユイシ伯爵は発見後拘束。荒木と加藤も拘束して檻に叩き込み。
勇者早乙女と公爵令嬢ミレイ、そしてミレイの赤子も無事に保護という、最高の結果で……。
そう、客観的に見れば最高の結果だった。
「~~~ぐっ」
俺はひとり、中庭の隅で芝生に腰を下ろしていた。
隣には誰もいない。離れた場所では今も魔石地雷の撤去作業が続いている。
黒獣隊は全員拘束されており、撤去作業はアゼルの所属している部隊と、勇者赤城が率いる勇者同盟が行っていた。
俗に言う戦後処理とも言うべき作業は、ボレアス関係者だけで行われており、ボレアス公爵となったドライゼンが所属する勇者同盟だけが、その戦後処理的なモノに参加していた。
北のダンジョン調査と言う名目で来ていた者達は、皆が引き上げている。
夜が明けてから時間は結構経ち、太陽は14時を指している。
深夜からの戦闘だったので、大半の者が寝ているだろう。もしかすると、何処かの酒場で祝杯を上げているかもしれない。
誰もが、このボレアス奪還が成功したと、そう思っているだろう。
「――くそっ!」
また独り言が漏れ出してしまう。
どうしても、どうしても我慢が出来なかった。
( くそクソ糞っ! )
もっと早く来たかった。
そうすれば、あんなに泣きじゃくる彼女を、俺は見なくて済んだかもしれない。
あんな早乙女を見たくなかった。
もっとしっかりと、勇者早乙女を助けてやりたかった。
だがそれと同時に、それは思い上がった考えだと思う。
そんな事が出来る程の力は自分にはない、『自惚れるな』と、もう一人の自分がそう指摘する。
しかし、『だがっ!』と、もう一人の自分が反論する。
感情が出来たはずだと吼え、理性が無理だったと訴える。
思考がグルグルと行ったり来たりしていると。
「どうしたんです、英雄のダンナ?」
「ガレオスさん……」
いつの間にか、ガレオスさんが横に来ていた。
自分も歳を重ねたら、こんな小気味良い笑みを浮かべられるようになるだろうかと、そんな密かな憧れを抱いている笑みを見せながら、俺の横に、『よっこらへっと』と、腰を降ろした。
「で、どうしたんです、こんな場所で黄昏て」
「――いや、何でもな……い……」
「そうですかい。それじゃあ一丁パァ~っとイキやせんか? こっちは全部セット料金で追加無し、そんで牛人なんて言うおっきいのがいやすぜ?」
ガレオスさんは俺に、『コヤマ様は仲間を引き連れてすでに冒険に出た』とか、情報屋から優良店の情報を得ているなど、そんな話を振ってきた。
普段だったら、乗るか降りるか悩んでいただろう。
だが今は――。
「俺が……俺がもっと早く動いていれば……。でも、こんなになっているなんて知らなかったし、それに北へはそう簡単に行けなかったし、でも――くそっ!」
俺は力一杯芝生を殴りつける。
殴られた芝生は深く抉れ、俺の膂力の高さを表す。
昔とは違う、何かを成し得ることが出来る力がある。そして実際に成したばかりだ。
だが、遅かった。
あの時の、俺の前で取り乱した早乙女が脳裏にチラつく。
彼女はそんなヤワな奴ではない。だが彼女は泣きじゃくっていた。
心の中が『ぐりっ』と締め付けられる。
そしてそのまま、心が絞り続けられるような幻痛が続く。
どうしたらこの痛みが治まるのか全く分からない。
出来ることと言えば、『クソッ』と、誰かを罵るだけ――。
「なあダンナ、だったら出し切っちまいましょうぜ? 冒険にでも出て、そんで全部出して少しでも楽に――」
「――っなれるか! 楽になれる訳ねえだろっ! そんなんで楽になんて……」
俺は大声で即座に否定した。
言ったのがガレオスさんじゃなかったら、俺は迷わずにぶん殴っていただろう。
そしてもしこのまま誘い続けるのであれば、例えガレオスさんであろうと殴ってしまうかもしれない。
「それならダンナ、飲み込んじまいましょう」
「……は? 飲み込む?」
「ええ、そうです。呑み込んじまうんですよ。そのままそれを溜め込んでおくと膿んで腐っちまいやすぜ? だからまず呑み込んで、そんでその後、しっかりと消化するんですよ」
「しょ、うか……?」
「ええ、消化するんでさぁ、自分なりの消化って奴をね。さぁ行きやしょう、飲むにはイイ店も聞いてありやす。なんでもスシがオススメの店らしいですよ? オレが付き合ってやりやすでさぁ、呑み込むのを」
「あ、ああ……」
こうして俺は、ガレオスさんに連れられてボレアス公爵家の敷地を後にした。
まだ地雷撤去作業が続くなか、俺はボレアスの街へと向かったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その夜、俺はボレアス公爵家屋敷の中に用意された部屋に泊まった。
ラティは葉月に捕まったままだ。
俺はいま腹が一杯で、もう一歩も動きたくない状態。
ベッドの上で横になり、荒木との戦闘後の出来事を思い起こす。
今日あった事を、頭の中で再確認をする。
まず荒木と加藤の件。
奴らの取り調べは延期となった。理由は聞き取り調査がまだ出来なそうだから。
荒木はあれからさらに顔が腫れ、熱も出てそれどころではないらしい。
次に加藤の方は、どうやら本気で会話が成り立たないらしく、下元を連れて来いの一点張り。
片方は物理的に、もう片方は精神的に冷めて落ち着くのを待つこととなった。
そして元凶であるフユイシ伯爵の方は、現在ギームルが取り調べ中。
取り敢えず決まっている事は、中央へ連行し、刑を執行するという事。
明日の予定では、八十神、柊、蒼月がフユイシ領へ向かう事になった。
このままだとフユイシ伯爵の援軍として、フユイシ領から兵士がやって来てしまう。すでに伝令が出てしまったが、もう戦は終わったと伝えに行く予定らしい。
勇者だけでなく、黒獣隊からもリーダー格を連れて行けば、余計な揉め事もないだろうとの事。
そして赤城とドライゼンは、明日の昼頃からパレードのような事をするらしい。
ボレアス公爵家奪還と、新領主のお披露目。
このパレードのようなモノには、参加出来る勇者は全員参加となっていた。
赤城が全員に頭を下げてお願いし、新領主であるドライゼンに少しでも箔を付けてやろうとしているのだとか。
赤城は本当にしっかりと考えている。
もしかすると、これは最初から予定に入っていたのかもしれない。
ボレアスを奪還した後、物事がスムーズに行くようにと。そして――。
「あんにゃろ……俺には声を掛けなかったな」
嫌な事だが察してしまう。
確かに俺は余計だろう。
『え? 誰?』と、思われる可能性が高い。呼ばない方が無難とも思える。
自分でもそう思ってしまう程。
イライラとモヤモヤを混ぜながらビッタンバッタンする。
こんな時、ラティの尻尾があればと……。
だがラティは今、葉月達と一緒に早乙女の警護に付いているのだ。
何故か橘がしゃしゃり出て、女性だけで早乙女を守ろうと言い出した。
そして挙句の果てには、ボレアス公爵家に勤めている女中も排除してしまったのだ。
排除した理由は、まだ信用ならないからというモノ。
ラティは【索敵】を持っているから、警戒役として連れて行かれてしまった。
断る事も出来たのだが、断る理由が無かったのでそれを許した。
確かに今は、女性のみの方が良いだろうから。
今も見張り役として、部屋の前で待機でもしているのだろう。眠っている早乙女を守る為に……。
「――くっ」
チクリと痛みが走る。
まだ消化し切れないモノがチリチリと痛む。
「くそっ、今日はもう寝てやる」
誰もいない部屋でそう宣言し、俺はそのまま目を閉じた。もう寝てやろうと。
さすがに疲れている為か、すぐに意識が遠のき、ふわふわと夢の中へ――。
「やあ、待っていたよ」
『へ? え? はい?? え? ここって……』
「もう一度伝えるよ。早く僕のいる所に来るんだ」
俺は夢の中で再び、初代勇者に語り掛けられたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
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あと、誤字脱字も……