荒木
迫り来る光の大波。
実際の所、避ける事はさほど難しくはない、横へと全力で回避すれば良いのだから。
しかしそれは悪手。
間違いなく荒木はそれを待っているだろう。
世界樹断ちを俺に当てる為に。
( やるしかないっ )
俺は覚悟を決めた。
正面から、『押し通す』と。
荒木の強さは”シンプル”さ。
どこかの誰かが、シンプルな方が強い的なことを言っていたが、まさにその通りだと思う。
防ぐことの出来ない強力な攻撃を、離れた場所から一方的に放つ。
相手が遠くから攻撃する手段を持っていなければ、防御する必要もなく攻撃に集中出来る。しかも、接近されたとしても突き放す手段がある。
だが俺が避け続けているので、荒木は当たり判定が広いEXカリバーを放ち、それを避けた俺を狙う作戦に切り替えてきた。
とても”シンプル”な作戦。
なので俺も、強引に押し通すという”シンプル”な方法で対抗する事にした。
世界樹断ちによって抉られた地面に木刀を突き立て、それを足場の楔とした。
「――ぐっ」
押し寄せる光の波に流されそうになるが、突き立てた木刀を信じ踏み止まる。
元々WSカリバーは、そこまで強力なWSではない。殺傷能力という点においてはとても低い。
吹き飛ばされる事はあるが、切り裂かれるなどは無いのだ。
そしてこのEXカリバーは、普通のカリバーよりも広範囲であり、視界も大きく遮られる。
( 荒木からは俺の姿が見えていないはずっ )
黒鱗装束が身を守ってくれる。
木刀が身体を支えてくれる。
俺は脚のバネを溜め、駆け出す瞬間を待つ。
光の奔流が薄くなる。
身体を押し流そうとしていた圧力が弱くなったその時。
「っらああ!」
掛け声と共に駆け出した。
突き立てた木刀をスタート台に見立て、俺は身を低くして前に出る。
「――正面!? ざけんな! WS世界樹断ち!」
正面から迫る俺に、荒木は迷わず世界樹断ちを放ってきた。
俺にとってそれは、ワザと釣らせて撃たせた世界樹断ち。右に逸れてそれを避ける。
もう何回も『世界樹断ち』を見た。
発動タイミングや速度はもう見切っている。
放出系WSの欠点の一つ、放ってから当てるという僅かな隙。
もう避けることは容易だった。
体勢を崩された状態なら別だが、こちらから撃たせたのであれば、前に出ながらでも回避することが出来た。
一気に接近する。
約15メートルほどの距離を駆け、槍が届く間合いまで詰めた。
「うぜェ! またぶっ飛べよEXカリバーっ!」
「ファランクスっ!」
俺は攻撃でなく、防御を選択した。
発動した結界が光の奔流をせき止め、光の粒子が防波堤に打ち付けられた高波のように舞い上がる。
「うお!?」
目の前で爆散する光の粒子に驚いたのか、荒木から声が上がる。
俺はその光の粒子をブラインドにし、荒木の左側へと回り込む。
荒木は俺に気付いていない。大剣も右手に持っている為、仮に反応出来たとしてももう間に合わない。
結界の小手を温存し、この瞬間に賭けたのだ。
そしてその賭けに勝ち、俺は右手に持った槍を荒木の脇腹へと突き立てた。
が――。
「っ!?」
槍の穂先が爆ぜて吹き飛ばされた。
槍が破壊された訳ではないが、突き立てた穂先が爆ぜる何かによって弾かれた。
「あははは、引っかかったっ! マインアーマーの効果よ」
「ご主人様!」
「ダンナっ!!」
加藤から心底楽しそうな声が聞こえてくる。
ラティとガレオスさんの声も聞こえたが、今はそれどころではない。今の俺は完全に死に体となっていた。
槍を握っている右手が爆発によってカチ上げられ、俺は荒木の横で無防備に腹を晒した状態。
――くそっ!
まだだ、まだ――なっ!?
俺は、荒木はトドメを刺しにくると予想していた。
横に薙ぐか、それとも袈裟切りか、もしくは突いてくると。
だが荒木はそれらを選択せずに……。
「オラッ! EXカリバー!」
至近距離からのEXカリバー。
荒木はトドメではなく、さらに崩しにきた。
踏ん張ることなど出来ず、俺は気前よく吹き飛ぶ。
これが殺しに来る斬撃であったのなら、ギリギリに躱し凌ぐ事が出来たかもしれない。身体を逸らすなどで避ける事が出来た。
しかしこれは無理だった。
面のような攻撃のEXカリバーが相手では、身体を逸らす程度ではどうにもならなかった。
僅かな浮遊感のあと、激しい衝撃が俺を襲う。
地面に叩き付けられたのではなく、何処かの壁に俺は叩き付けられた。
しかも右手にあった無骨な槍は、今の衝撃で手放してしまう。
「――かはっ……」
上手く息が出来ない。
背中と肺がギシギシと軋み、脚に力が入らず立つこともままならない。
だがすぐにこの場を離れなければならない、追撃の世界樹断ちが絶対にやってくるのだ。
「クソ――え……?」
俺の手には、何故か世界樹の木刀が握られてた。
足場の楔代わりにしたはずなのに、何故か俺の手に収まっていたのだ。
俺はその木刀を杖代わりにして、その場を転げるようにして逃げた。
俺が居た場所を、荒木の放った世界樹断ちが切り裂くように吹き飛ばす。
辛うじて避けた程度の俺は、その余波に巻き込まれて再び身体が宙に浮く。
先程よりも短い浮遊感。
俺は地面を転げ、肌触りの良い敷物の上で止まった。
『次弾が来る』、俺は木刀を杖にして軋む身体を起こす。
「――!?」
睨みつけた先、離れた場所にいる荒木は、何故か追撃を仕掛けてこないで、俺の背後を見て固まっていた。
一瞬、何かの駆け引きかと疑う。
だが荒木が、この鉄火場でそんな真似をするとは思えず、俺は荒木の視線の先を追った。するとそこには――。
「早乙女!!」
視線の先には、勇者早乙女京子が鎖に囚われていた。
鎖が滑車によって引き上げられており、とても痛々しい姿。
項垂れて顔は見えないが、長い黒髪ですぐに彼女だと判った。
少し離れた場所にも、メイドらしき格好をした女性が二人倒れている。
「お、おい早乙女!」
メイドらしき女性の方も心配だが、今は早乙女の方へと駆け寄って屈みこむ。
いまいる場所は建物の一室。
豪奢な内装だが、荒木の世界樹断ちによって壁は半分以上破壊され、人形遊び用の家ようになっていた。
そして早乙女を捕らえていたのは荒木だと分かった。
ヤツはこの建物に近寄らせんと布陣していたのだから。だがヤツは、俺を仕留める為に熱くなり、その事が頭から飛んでいたのだろう。
「俺のに近寄るな陣内っ!」
「お前は何を言……って……。――ッ荒木、てめえ!」
視界がカッと熱くなる。
ウェディングドレスのような白い服。
その服の襟元が大きく引き伸ばされている。胸元の頂きを晒してしまいそうなほど引き延ばされており、大きく晒している白磁のような白い肌には、無数の朱色が散っていた。
それが何なんなのか分からないほど無知ではない。
何があったのかは分からない。だが、何かがあったのかは判った。
「あっ」
覗き込んだ早乙女の頬が赤く腫れていた。
強く叩かれたのか、よく見ると口元には血が滲んでいる。
「ご主人様!」
「なんて事をしやがって……っと、これかな? いま降ろしますぜ」
いつの間に来たのか、ラティとガレオスさんが横にやって来ていた。
ラティは俺の隣に、ガレオスさんは周りを見回し、ハンドルのようなモノを回し始めていた。
ハンドルのようなモノが回されると、張っていた鎖が緩み早乙女の体勢が楽になった。
釣られていた腕が楽になり、前へと倒れ込んで来る早乙女。
俺は肩に手を添えて、倒れて来る彼女を支えた。
「おい陣内! 京子に触るンじゃねえ」
「うるせえっ!」
俺は怒鳴ってきた荒木に怒鳴り返した。
その怒声で目を覚ましたのか、早乙女が気怠そうに顔を上げた。
「お、おい……早乙女、平気か?」
我ながら酷いと思う、もうちょっと気の利いた声の掛け方があるのではと。
そんな俺の言葉に、朦朧としながらも早乙女は反応した。
「え……じ、んない?」
虚ろな瞳で俺の顔を見つめる早乙女。
憔悴し切っていた表情が、俺の顔を確認すると、突然泣き顔に変わった。
「うあぁ、じんなぃ……あ、あたし……ううっ、あたし汚れちゃった。ごめんじんない、あたしの初めてアンタにあ――うああああああああっ」
早乙女が涙を流していた。
よく聞き取れなかったが、俺に謝りながらあの早乙女京子が、周囲を一切気にせずに泣きじゃくっていた。
「早乙女……」
俺の知っている早乙女京子でない。
どこか冷めていて、誰からも距離を取っている彼女。
こんな赤子のように泣きじゃくるヤツではない、こんな姿を俺に見せるようなヤツでない。――こんな風に俺に縋り付いてくるヤツではない。
――っがああああ!!
アホかっ、そんだけの事があったんだろうがっ!
馬鹿か俺は……
縋り泣き続ける早乙女に、俺はそっと手を伸ばす。
頭の後ろに手を優しく添えて、包み込むように彼女の頭を抱える。
少しでも落ち着けるように。
僅かでも安心出来るように。
俺は優しく声を掛ける。
「安心しろ、俺たちが助けにきた。だからもう平気だ」
「ひっくぅ、じんなぃい」
「俺の京子に触ンじゃええええええええ! このクズがあああ!」
荒木が発狂したように吼えた。
凄まじい怒声。
その耳障りの悪い怒声に、落ち着き始めていた早乙女が反応する。
顔を少し横に逸らし、俺の後方に目を向けた。
「――いやああああああああああ!!」
再び怯え叫ぶ早乙女。
その様子は、今にも事切れてしまいそうな程。
「あの、失礼します。睡眠系魔法”キゼツ”」
「あっ……」
ラティの魔法によって、カクンと頭を垂れて気を失う早乙女。
力なく倒れ込む早乙女を、そのままラティが支えた。
「あの、寝かしました」
「ああ、ありがとうラティ」
ラティに礼を言い、俺は立ち上がって荒木を睨む。
「荒木、てめぇ何しやがったああっ」
「うるせええええ! お前には関係ねぇンだよ」
――ふざけやがってっ!
今の早乙女を見てそんなセリフをよく吐ける、
コイツは……コイツは……
感情が爆ぜる。
自分でも驚くほど熱く憤っていた。
早乙女はただの知り合い、単なるクラスメートという間柄。
特に親しいという訳ではない。
だが、絶対に許せないと滾る。
「荒木! 今の早乙女を見てよくそんな事が吐けるなっ!」
泣きじゃくる早乙女。
その姿は絶対に彼女には似合わない。
縋るように泣いていた光景が心を抉った。弱々しくも、必死さを感じさせる震えた彼女の手が心を掻きむしる。
人ならば、誰もが持っているであろう始原の感情。
涙を流している人を、どうにかしてあげたいという純粋な感情。
アゼルの時はそこまで強く思わなかったが、今は違っていた。
あの早乙女が泣くなど、どうにも容認する事が出来なかった。
「荒木ぃいいいいい!!」
「クソがああ! 陣内っ、お前さえいなけりゃああああ!」
「なんで俺が関係あんだよっ!」
「うるせぇ! うるせぇ! うるせえええ! お前さえいなけりゃああ」
わめき散らした荒木は、まるで全てを拒絶するかのように、手に持った大剣を横に構えたのだった。
次話、急いで書きます!