EX
遅くなりましたー;
ごめんなさいっ
「荒木……」
ヤツの顔を見るのは約一年半ぶり。
嫌味くさい顔は昔と変わっておらず、癇に障る挑発的な態度で俺に言ってきた。
「陣内、俺とタイマンしろっ! あん時の続きをすんゾ」
「あの時?」
「あん時は邪魔が入ったが、もう邪魔なクソ女はいねぇ、あれはただの負け犬になったからなぁ」
「……アゼルの事か」
「今度は素手なんてぬりぃ事は言わねえ、獲物ありだ。ガチで決着つけんゾ」
そう言って荒木は、青龍刀に似た反りのある大剣を振り下ろした。
どこぞの死神代行が持っていそうな片刃の大剣。刀身だけで、ラティの身長以上はありそうな業物。
そんな大剣を荒木は、軽々と片手で扱っていた。
――ああ、そういや一番最初の時もSTRを自慢していたな、
…………それにあの時、妙に俺に突っかかって来てやがったなコイツ、
ふと学生時代の時を思い出す。
荒木と会話を交わした記憶はあまりない。あったとしても、『どけ』と言われて無言で道を譲った程度のやりとり。
( ……会話じゃねえな、これ…… )
「あの、ご主人様。彼らの後ろにいます、例の勇者様が……」
「ん? え? 例の勇者さま?」
ラティに話し掛けられ思考を切り上げる。
そして俺は、まず早乙女を思い浮かべた。
だがそこに居たのは、勇者早乙女ではなく別の女勇者がいた。
「なんで拓也は来ていないのよ……。なんでルイの事を迎えに来ないのよ……」
「加藤……本当にここに居たんだな」
「――ルイを迎えに来れば全部許してあげるのにっ、なんで、なんで拓也は来てくれないのよ! ここなら遊んで暮らせるのに。無理矢理戦わされることもないのにっ」
癇癪を起し、醜くわめき散らす勇者加藤。
この悪態には、俺たちどころか黒獣隊の連中までも引いている。
「もういいわよ、ルイが迎えに行ってあげるんだから。荒木、アンタ早く用を済ませなさいよ、さっさと終わらせて迎えに行くわよ」
『鎖にでも繋いでもう逃がさないんだから』、と不穏なことを言う加藤。
正直下元には、『お前の女だろ、しっかり面倒見ろよ』という気分である。
しかし同時に、『これは別れるのも仕方なし』と、いう気持ちにもなる。
「うるせぇ女だ、だったらさっさと寄越せよ」
「――ッ、分かったわよ。……で、パスは繋がったままなんでしょうね? 他のとしたからもう一度キスして繋ぎ直すなんて嫌よ」
「してねぇ――っいいからさっさと寄越せアレを」
「はいはい、もうウルサイわねえ。火雷混合支援系強化魔法”ガルガ・オーラ”」
荒木に命令され、加藤は嫌々ながらも荒木に支援系の魔法を掛けた。
赤黒い炎が、包み込むようにして荒木に纏わり付く。
「おらっ、はじめっゾ、陣内」
「すげぇな……色々と通り越していっそ清々しい。――で、ダンナは受けるんですかい? そのタイマンってのを」
「ああ、断ったってどうせ聞かないだろうしな。それに俺もアイツとはきっちりと決着をつけてぇ。強化系の支援魔法なら、言葉に掛けて貰ったのがまだ続いているから問題ない」
正直なところ、少し不安な要素はある。
強い強化魔法は長くは続かない。だからいま掛かっている強化も、途中で効果が切れる可能性が高い。
一方荒木の方は、いま掛かった状態。しかも加藤の強化系支援魔法は意外と侮れない。前に下元が掛けてもらった時もなかなかのモノだった。
そして二人が交わした会話から、何か特別な強化であることが推測出来る。
だが――。
( 巧くなる強化魔法はないっ )
そう、力が強くなる強化魔法はいくらでもある。
だがいくら身体強化したとしても、それを扱うのは自分自身。
戦いが巧くなる魔法などは聞いた事がないのだ。
そして荒木からは……ヤツの立ち姿からは、それが感じられなかった。
全てが力任せ、重心がブレていて拙い足捌き、動作に鋭さがない気怠そうな緩慢な動き。そう、全てがヌルい素人に見えたのだ。
死線を潜り抜けた、といった凄みが感じられないのだ。
当然、油断するつもりなどないが、どんな身体強化が掛かっていようと、どうにかなると思えた。
「あの、ご主人様、一応ご注意ください。あの女勇者様からは、その……恐ろしいほど身勝手な邪気と申しますか、そのような感情のみが渦巻いております」
「身勝手な邪気か……上手い喩えだな。――ラティ、加藤に注意しろ。ヤツの監視を頼むぞ」
「はい、ご主人様。――ご武運を」
ラティに送り出され、俺は荒木と対峙する。
言葉に出して決めた訳ではないが、他の者は互いに手出しは無しという暗黙の了解。
自然と位置取りが決まる。
黒獣隊は早乙女が捕らえられているであろう建物を背に、こちらのラティとガレオスさんたちはそれと向かい合う位置に。
そして俺と荒木は、その間に横になる形で対峙した。
ラティから見て俺は右側で荒木は左側。敵も味方も視界の隅に映る。
俺はさり気なく背後を一瞥する。
後ろに広がるのは、ちょっとした林。手入れの行き届いている木々が生い茂っていた。
自然とこの位置取りになったが、そう動いたのは荒木だった。
もしかすると、背後の林に伏兵がいるのではと勘繰る。相手はそれぐらいのことをやってくる可能性は十分にある。
俺は目線でラティに確認を取る。
( 伏兵は無しか…… )
ラティからの合図は何も無しだった。
俺の考え過ぎかと思ったその時、何故この位置取りを荒木が取ったのか、その理由はすぐに判った。
「オラァアア! 世界樹断ち!」
「なっ!? ――チィッ!」
なんと荒木は、縦切りの世界樹断ちを放ってきたのだ。
光の柱にようにも見えるそれが、大地を裂きながら迫ってきた。
絶対に受け止めてはならないWS、俺は大きく横に跳びそれを回避した。
「オラよ、もう一丁!」
「クソっ」
俺は再び大きく回避する。
威力は不明、そして抉れている地面を見る限りでは、見た目以上に有効範囲が広く見えた。
紙一重で避けようモノなら、間違いなく持っていかれるだろう。
――ふざけっ!
あれって縦切りで発動出来たのかよ?
いや、おかしいぞ? 動作はある程度固定されんだから、いくらなんでも……
もしかして椎名と同じか!? って、下からも!??
なんと荒木は、下段からの切り上げの動作でも世界樹断ちを放ってきた。
空間をも歪ませて襲いかかってくる斬撃、俺は回避に専念する。
( 攻撃が直線ばかりだな、いけるか? )
初見は多少驚いたが、慣れてくればどうという事はなかった。
左右に避けながら距離を詰める、荒木が振り回しているのは身の丈までありそうな大剣、どんな軌道でWSが放たれるのかは容易に判断出来る。
「っらああ!」
「はっ! 甘ぇよ陣内! WSカリバーっ!!」
「っが!?」
俺は一気に間合いを詰めた。
槍のリーチを生かし、荒木の肩を貫こうとした。だが荒木はそれを予想しており、光の奔流を放つ、放出系WS”カリバー”を放ってきたのだ。
WSカリバーは、掲げた剣を振り下ろす動作から放たれるモノ。しかし荒木は、横薙ぎの動作でそれを放ってきた。
目の前が白い粒子で埋め尽くされ、俺はその大瀑布のような光の粒子に押し流される。
「バレバレなンだよっ! 死ね! 世界樹断ち」
吹き飛ばされた俺に、荒木が追撃の世界樹断ちを放つ。
「――シィッ」
寸前で回避する。
僅かでも遅れたのならば、足の一本持っていかれるところだった。
即座に次弾へと備えたる。だが荒木は、今のが避けれるとは思っていなかったのか、予想外という顔を見せ、その後は忌々しそうな表情へと変わった。
「しぶてぇ野郎だ、さっさと死ねよ」
「誰が死ぬか」
「荒木! 早く倒しちゃいなよそんなキモいヤツ」
「ダンナっ!」
黒獣隊だけでなく、味方からの声も聞こえるが、今は前へと集中する。
この状況を想定していなかった訳ではない、十分にあるだろうと考えていた。
対人戦の時、相手が放出系WSを軸に攻めてくる展開があるだろうと。
ある程度は事前に対策を考えていた。
だが、これは完全に想定外だった
霧島の時もそうだったが、WS発動後には硬直が存在する。
絶え間なく放てるモノではない、どうしても隙が発生するし、一部例外はあるが、威力が低いという欠点が放出系WSにはある。
だが荒木には、その二つが無かったのだ。
連射が可能であり、ほとんど隙がなく放ち続けていた。
しかも放たれるWSは、絶対的な切断である世界樹断ち。
火力の低いWSならば、木刀で耐え切って強引に肉薄することが出来るが、世界樹断ちが相手ではその方法を取ることが出来ない。
「くそっ!」
「だから甘ぇンだよ!」
俺は再度接近を試みたが、再び”カリバー”で押し戻された。
横薙ぎのカリバーは、前方を完全にカバーする程の広範囲であり、とてもではないが避ける事は不可能だった。
( クソっ、なんて厄介なWSだ )
ボレアスの街の制圧にとても貢献したWSだが、今はとても忌々しいと思えるWSになっていた。
「いい加減諦めろよ。テメェが避けっからヒデぇ事になってんゾ?」
「…………」
後ろに目を向ける暇など無いが、背後の林は酷い惨状となっているだろう。
カリバーのように、世界樹断ちを本来の横薙ぎにして放たないのは、周囲への被害を考慮しての事だろう。
もし扇状に世界樹断ちが放たれたのならば、それは凄まじい被害となる。
だから荒木は、横薙ぎの世界樹断ちは控えている様子。
正直なところ、その一点は救いだった。
そして腑に落ちない点もあった。
何故荒木は、WSをこうも隙がなく放てるのだろうと。
今日、幾度となく見てきたWS”カリバー”は、発動まで溜めがあった。
極端に発動が遅い訳ではないが、接近されたから即放つなどの、そういった事が出来るタイプではなかった。
少しだが溜めのようなモノが存在していた。
だが荒木の放つ”カリバー”は、世界樹断ち同様、溜めが無しだったのだ。
そもそも世界樹断ちも、長い溜めが必要だと聞いている。
橘が魔王戦時に放った、イートゥ・スラッグと同じチャージ系のはず。
俺はそれを見極めようと荒木を観察する。
その訝しむ目に察したのか、荒木がたった今浮かんだ疑問に答えてきた。
「はっ、なんだ陣内? そんなに不思議か? このWSの凄さによう」
「…………まぁな」
「ならめいどの土産に教えてやンよ。この白刃剣アルビオンのお陰さ。でけぇダンジョンの奥にあった魔石で作った剣だ。まぁ、この剣を使いこなす俺が一番すげえンだけどな」
荒木はそう言って、俺に見せつけるように反りのある大剣を掲げた。
なかなか迫力のある剣だと思ってはいたが、見た目以上の性能を有しているようだった。
俺は呼吸を落ち着ける為、そのまま荒木に喋らせる。
「この剣を使って撃つWSは全部強化されてンだよ。全部がダンチなンだよ。……そうか別格なんだから、他のヤツと同じように言ってたら芸がねえな~」
「何を言って……」
「特別……スペシャル? いや、EXがイイな」
「は?」
「じゃあ改めていくぜ! WS”EXカリバー”!」
幅3メートルを超える光の大爆流が、俺を押し流すべく迫りくるのだった。
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