――っカリバぁああ!!
遅れましたー;
無用な戦いをすることなく、俺たちはボレアスの街へと入れた。
街の中は、サリオの超”アカリ”で照らされているとはいえ、深夜の為か、一般人の通行人はほとんどおらず、大騒ぎになることはなかった。
先頭を赤城とドライゼンが務め、俺たちはその後をついて行く形で街中を駆けて行く。馬車は少数の護衛を付けて、街の外に待機させていた。
ボレアスの街は、他の街よりも遥かに大きく、そして建物の形も独特だった。
どういった理由なのかは不明だが、建物は円柱や楕円形のモノばかりで、機能性はあまり感じられず、背の高い建物も少なかった。しかし一方、通路は碁盤状に敷かれ、機能性を重視しているように見える。
そしてその直線の通路の遥か先には、ボレアス公爵家の屋敷らしき巨大な建造物がアカリの光によって照らされていた。
その独特な外観を眺めながら走っていると、横にいるラティが俺にぽしょりと話し掛けてきた。
「あの、ご主人様。『感情が見える』のと、『感情が読める』のとでは、全く違うモノなのですねぇ……」
「へ? それって【心感】の事?」
「はい。……わたしはご主人様が堪えていることが解っておりました。だからわたしもそれに従い、何も言いませんでした。――ですが」
「ですが?」
「ハヅキ様は違いました。あの方はそれを分かっていながら言ったのです。流す事を良しとせず、しっかりとあの方に謝罪させたのです。それがご主人様の為になると思って。――そしてその通りになりました」
「…………」
「ご主人様の中に渦巻いていた靄のようなモノが今は晴れております。感情が見えるだけのわたしには出来なかった事です」
「ラティ……」
『それがとても悔しいです』と呟き、ラティは顔をそっと俯かせた。
ラティが何を伝えたいのか痛いほど分かる、感情も強く流れ込んで来ている。
確かにラティの言う通り、沈んでいたモノが軽くなって晴れたようになっていた。
さすがに全てを許せるとまでは言わないが、アゼルが視界に入ったとしても、もうモヤモヤとするモノは湧いてこなくなっていた。
だが――。
――いやいや、ラティさん?
俺はそこまで求めていないからね?
感情が見える上に、それを完璧に把握されるとかってもう……
…………あれ? アリだな、
色々と怖いモノを想像した。
しかし一方で、ラティに手玉に取られるというのも悪くないと思ってしまう。
そんなどうでも良いことを考えていると、今度は逆側から話し掛けられる。
「ほへぇ~ジンナイ様。その恰好、何だかモノ凄く地味ですねえです」
「うるせぇ」
「なんて言うかモブい死神? そんな感じですよです」
「モブいって……歴代共だな? それを遺していったのは」
サリオが言うように今の俺は、とてもモブい格好をしていた。
ここから先、やって来るであろう連中はフユイシに雇われた冒険者たち。その冒険者たちにとって俺は賞金首であり、俺が姿を下手に見せると、相手が欲にかられて色めき立つ危険性があるのだという。
だから――。
「あの、やはりわたしの外套を使われた方が……」
「いやその深紅の外套は目立つから。それにラティも姿を見せるのは不味い」
「はい……」
ラティの【蒼狼】の中には、人の悪意や欲望などを煽る効果の【犯煽】がある。
ハッキリ言って、俺以上に相手を色めき立たせる危険性があり、ラティから外套を借りるという選択肢はなかった。
だから俺は、他の人から地味なローブを借りたのだが……。
( ……意識すると拙いな )
地味なローブを借りた相手は、どうしてこうなったのか言葉だった。
最初はフード付きの物で顔を隠すだった。
だが陣内組もそうだが、他の組のメンツも皆が高レベル冒険者。全員がそれなりに良い物しか持っていなかったのだ。
フードで顔を隠せるが、外套やローブが良い物では目立ってしまう。だから地味な品を求めたのだが、誰も地味な物を持っていなかったのだ。
そしてそんな中、唯一地味なローブを所持していたのが言葉だった。
伝言ゲームのように、『誰か、見た目が地味なローブを持っていないか?』だけが伝わり、それを聞いた言葉が持ってきてくれたのだが……。
『え? 陽一さんが着るんですか?』
『でも……必要なんですよね?』
『……使ってください。あの、一応洗ってはあるのですが、その……匂いとか』
『っ、何でもないです! 使ってください』
そんなやりとりの後、俺は地味なローブを受け取ることとなってしまったのだ。
そして嫉妬組の連中がこそこそとしている。
「何でこんな事に……」
少々癪だが、サリオの”モブい死神”は上手い喩えだと思えた。
自分でも今の己の姿をそう感じた。
だが、精一杯渡してきた言葉に返せる訳もなく、俺はフードを深くかぶり直して顔をしっかりと隠し、襟元を引き上げ口元も隠した。
「――ッ!?」
口元まで覆った為か、鼻腔の奥に香りが流れ込んでくる。
柔らかい優しさを感じさせるような、そんな安心感に満ちた香り。しかし何故か、ドキドキとしてしまう。
「……………………」
「あっ、……ラティさん? あのラティさん?」
ラティさんが無言半目で俺を見つめていた。
閑話休題
俺が馬鹿なことをやっている中、状況は次に移っていた。
まずアゼル達が排除された。
彼女たちも戦うと言っていたようだが、どう考えても不安要素しかなく、戦力として働いて貰うのではなく、別の方向で働いて貰うことになったのだ。
現在勇者たちが集結している状況なので、それが街の住人に知れると、一目勇者を見ようとする者が出て来ると予想したのだ。
見に来た者が巻き込まれないように、その辺りの仕事を彼女に任せた。
この街の警備隊として働いていた彼女たちなら、この役目が適任だと判断したのだ。
要は、交通整理みたいな感じだ。
そして次に、ボレアス側の冒険者たちの排除。
道が碁盤状になっているので、長い直線の通路の先から、奴らがやって来るのが見えた。
そしてよく観察してみると、所々に高い塔が建っていた。
もしかすると背の低い建物と碁盤目状の通路は、塔の上から状況が把握しやすいようにする為のモノだったのかもしれない。
気が付くと正面だけでなく、こちらの側面を突くように敵がやって来ていた。
もしかすると、すでに裏側に回っているのかもしれなかった――のだが。
「ッカリバー!!」
「カリバーっ!」
「カリバーああああ!」
勇者たちが放出系WSを連打しまくっていた。
剣より放たれた光り輝く奔流が、向かって来る冒険者たちを容赦なく薙いでいく。ただ見た目よりも威力がかなり低いらしく、派手に吹き飛びはするが、死ぬなどの様子はなかった。
放出系WSの【カリバー】。
レベル50でないと習得が出来ないWSらしく、使える者は少数だそうだ。
しかし一方、実戦では使い物にならないWSらしい。
だが、こういった制圧には有効なWSなようで、使える者は全員がそれを放っていた。
「おっらああ! カリバーー!!」
上杉までも斧でなく大剣を振るい、ひたすらWSを放っていた。
そして。
「俺は勇者上杉だ! 無用な抵抗は止めろ!!」
「司、もうちょっと言い方があるだろ?」
「お、おう。そんじゃあよう、何て言えばいいんだ? 降参しろか?」
「そうだな~。まずは……」
緊張感のないやり取りが交わされているが、効果はしっかりと出ていた。
見た目が派手なWSを放ち、相手が怯んだところで降参を要求する流れ。
本来であれば、そんな方法が通用するとは思えないのだが、勇者がそれを行っているので効果は絶大だった。
弓や魔法による遠隔攻撃もあるが、それは葉月の魔法の障壁と、椎名の守護聖剣の結界によって防いでいた。
「なんか一方的だな……」
「あの、確かにそうですねぇ」
「本当はこんな甘くはないはずなんだけどね」
俺の呟きに、ハーティが苦笑いをしながらやって来た。
「本来なら四方八方から攻められるんだけどね。だけどこれは……勇者の存在が反則だね」
そう、勇者の存在が反則だった。
向かってくる敵を怯ませ、そして脅しのような説得。
勝ち馬に乗ることを信条にしているような冒険者たちは、大人数の勇者を率いるこちらに次々と寝返っていたのだ。
冒険者とは別の兵士たちの方も、フユイシ家に乗っ取られているのを良く思っていない為か、続々とこちらに降っていった。
そして勇者だけでなく、陣内組や伊吹三雲組のメンツもWSをぶっぱしており、本当に一方的な流れとなっていた。
SPを大量に消費する分は、レプソルさんがマテリアルコンバートで補っており、レプソルさんが一人忙しそうに支援魔法を唱え続けている。
一方俺が出来る事といえば、それを眺めている事だけ。
やることがなく、一人ひっそりとモブっているとサリオが再び話し掛けてきた。
「なんか昔を思い出しますね~です」
「ん? 昔って?」
サリオのその言葉に俺は聞き返した。
「むか~し、こっちで防衛戦に参加した時も、ジンナイ様は暇そうにしていたですよです」
「…………」
嫌なことを思い出す。
確かにあの時は何も出来ずにいた。
巨大な堀に溜まっている魔物に向かって、全員がWSを放っている中、俺だけはポツンとそれを眺めていた。
後は、時々這い上がってくる魔物を突っ突くだけの作業。
本当に役に立っていなかった。
あの時、俺が唯一活躍が出来たのは……。
「あ、でも下に降りた時は凄かったですねです」
「早乙女を助けに行った時か」
「あの時のご主人様は本当に凄かったですねぇ」
( 今回もちょっと似たようなモンか…… )
こうして俺たちは、ほとんど苦戦することなく、ボレアス公爵家敷地前まで辿り着いたのだった。
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