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アゼルの――

ちょっと胸糞な所があります。

 『アゼル』という名の女騎士を覚えている。

 

 彼女は、派手で少し偉そうな印象だった。

 実際に隊長やら団長と呼ばれていたのだから、たぶん偉かったのだろう。

 

 今も代表のように一人でやって来たのだから、きっとそれなりの地位の者だと思ったのだが――。


――酷い恰好だな……

 なんでこんな汚れてんだ? それによく見れば鎧も酷いし、

 一体何があったんだ?



 今の彼女の印象は、酷く薄汚れているだった。

 少しきつ目だが、凛としていた顔つきは今は疲れ切った顔に変わっており、勝気な印象だったつり気味な眉もハの字に下がっていて、以前とは真逆な印象となっている。


 かなり派手だった淡いピンク色の鎧は、一度泥水に漬け込んだかのような色合い。しかも所々パーツが破損しており、装飾などの部分は欠けてみすぼらしい事に。


 そして輝くように綺麗だった金髪も、今は艶が無く完全に陰っていて、ツインテールにも関わらず、落ち武者を連想させる風貌となっていた。


「すいません、失礼ですが貴女は確かボレアスの……」 

「は、はい私は、強襲遊撃特殊防衛団”ユナイト”の団長アゼルです。……今は、いまは――っぐぅぅぅう、いま、は……」


 アゼルは堪え切れなくなったのか、嗚咽を漏らし泣き出した。

 塞き止めていたモノが溢れ出したかのように、彼女は泣き崩れて立っていられなくなっていた。


 無言で傍に寄り、肩にそっと手を置くドライゼン。

 それに気付いたアゼルは、おもむろに顔を上げてドライゼンを見つめ、意を決したようにして、今の自分達の状況を報告するかのように話し始めた。


 フユイシ伯爵家の嫡男であるジャアが、お忍びで街を散策していたボレアス公爵家の末姫を攫い、そして集団で襲ってしまったという事。


 その結果、その罪でジャアは捕縛され、そのまま公爵によって処刑される。

 

 フユイシ伯爵家、唯一の息子であるジャアを殺されたフユイシ伯爵はそれに激怒し、ボレアス公爵どころか、その息子たちも全て暗殺してしまい、唯一残されたのが襲われた末の姫だけ。


 そしてその末の姫が身籠っていた事から、その子供はジャアの遺児だと主張し、後見人という立場でそのままボレアスの領地を乗っ取り、その後は、公爵の後見人という立場を利用し、北側の全てを牛耳ったのだと。


 ジャアが一人息子だったということ以外は、俺も把握している内容だった。

 ルリガミンの町でそれを聞かされていたのだから。


 あの後アゼルは、末の姫であるミレイを守る為に、全てを捨ててフユイシ伯爵に下っており、一時はルリガミンの町の警備に就かされていたが、末の姫ミレイの出産が近づき、必死の嘆願によってこのボレアスの街に戻って来れたらしい。

 

 しかしその戻っても良い条件というモノが、装備品を一切手入れしてはならないという嫌がらせ。フユイシ伯爵は、ジャアを捕らえたアゼルを貶める為に、騎士にとって大事なモノである装備品を、汚れたままでいろと命じたのだという。


 そしてもしそれを反故にする事があれば、アゼルはルリガミンの町へと戻され、ミレイの身の保証もしないと言ってきたそうだ。


 しかも下衆なことに、身の保証とは命の事ではなく、もっと――。


「うう、ミレイ様の……(はら)()くだろうからと……アイツはっ」

「下衆が、俺の妹を何だとっ」

「なるほど。それで逆らえなかったと……」

「酷い……女の子を何だと」


 怒りのあまり『俺』と戻ってしまうドライゼン。

 そしてその言葉に続く赤城と伊吹。


 あまりの内容に、誰もがそれ以上尋ねようとせず、純粋に怒りを滲ませていた。

 この出来事に巻き込まれていない()ならば、誰もがそう感じるのだろう。


「ど、どうか、どうかミレイ様をお助け下さいっ! こちらが約束を守っていたとしても、何時あちらから反故にしてくるか……もう気が気ではなく」 

「ああ、全て任せて欲しい。必ず妹は俺が助ける。その為に勇者様も手伝ってくれる。だから安心してくれ――」


 目の前でそんなやり取りが行われていた。

 アゼルが懇願し、それに応じ、現在の状況や道の案内などを頼むドライゼン。 

 今まさに、ボレアス奪還が始まろうとしていた――が。


 ( 全て任せてくれか…… )


 心の中に、もやもやとしたモノが渦巻いていた。

 誰もがきっと、はらはらと涙を流し助けを乞う女性に同情するだろう。

 彼女の力になってあげたいと、彼女を助けてあげたいと思うだろう。

 

 その感情と考えはきっと間違いではないだろう。

 きっとそうなのだろう、だが俺には――


――ああ、くそっ、

 どうしてもチラつく……あの時の光景がっ、くそ、

 俺はコイツに売られたんだぞ、あの町で俺はコイツにっ、



 心が狭いとは思う。

 だが、簡単にそれを許したくはないと、心の奥底がそう呟いていた。

 もう風化させていたつもりだったが……。

 

「――ッ」


 俺は目の前の光景から目を背けた。

 とてもではないが、納得は出来なかった。

 だが理解は出来るのだ、彼女の立場、彼女の状況、彼女の願い。

 

 だから今は、黙って手伝うべきなのだ。

 町全体に裏切られ、そして追い回してきた奴を、今は空気を読んで手伝うべきなのだろう。

 

 腸が煮えくり返る思いだが、今はそれを捻じ伏せようと思っていると――。


「――ねぇアゼルさん、ひとつイイかな? お願いをする前に、謝らないといけない人がいるんじゃないかなぁ? ねぇ、違うかなぁ?」

「え……あ、やまる?」


 世の中には、空気を読まずに発言するヤツがいる。

 そしてそれによって、状況がややっこしくなる事が多々ある。だから今は、空気を読んで流される方が良いと思っていた。自分さえ我慢すれば良いのだから。


 だが今、空気を読んでいるにも関わらず、その雰囲気に流されないで発言するヤツがいた。一番空気が読めそうなヤツなのに……。


 ラティは俺に従い押し黙っていたのだろう。

 サリオは空気に流されて取り敢えず黙っていたのだろう。

 赤城やドライゼンは、今は蒸し返す必要はないと黙っていたのかもしれない。

 当然、周りの連中もそうだった。 


 だが葉月だけは――。


「うん、謝る必要があると思うの。前に色々と調べていた時もあったし、ラティちゃんからも聞いていたからね。だから私は知っているんだ、貴女が陽一君を裏切って、みんなで彼を追い詰めた事を」

「え? あ……ジンナイ?」


 葉月の視線に促され、アゼルはようやく俺の存在に気付いた。

 以前とは装備が全く違うのだから気付かなかったのかもしれない。


「ねえアゼルさん、ちょっとズルくないかなぁ? 一応怒っているんだけど私。このままじゃ貴女たちを助けたいとは思えないの」

「あ、う……」


 葉月だけは、自分の中での筋を通そうとしていた。

 涙にほだされたりなどはしない、そう感じさせる表情をしていた。

 

「由香……そんなにコイツの事を? ……あの侍女の言っていた事は本当だったんだ……。本当に由香は……」


 橘から少し引っ掛かる呟きが聞こえたが、今は葉月の方に意識を向ける。

 葉月は責める姿勢を緩めずに、アゼルを厳しく見つめ続けていた。


 その視線に気圧され、弱り切っていたアゼルが委縮してしまっていると、一人の騎士が駆け寄ってきた。


「アゼルしゃんをイジメるなー! アゼルしゃんは僕が護るっ!」

「ベイビィーくん!?」


 黒髪で短髪な男が、腕を大きく広げてアゼルを庇うように立ち塞がった。

 さすがにこの唐突な展開は予想外だったのか、葉月は驚いて一歩下がる。


「えっと、誰だろ? 陽一君知ってる人?」

「いや、俺も知らんがな」


 葉月に尋ねられたが、俺もこの童顔の黒髪の男は知らない奴だった。

 その男は俺よりも一回り小さい為か、つま先立ちをして少しでも大きく見せようとしている。顔だけでなく、行動も幼く感じさせる黒髪の騎士。

 

「待ってくれベイビィー。私が悪いんだ……私が……」

「アゼルしゃん……でも」 


「すまないジンナイ。あの時は本当に申し訳なかった。どうか、どうか許して欲しい……本当にすまなかった」

「あ……」


 アゼルは額を地に着け、正座をした状態で頭を下げて謝罪を口にした。

 それはまさに土下座だった。

 今までラティに向かって何回もしたことはあったが、して貰ったの初めてだった。


「虫のいいことを言っているのは理解している。だが、どうか力を貸して欲しい。どうか、どうかミレイ様を……」

「ぼ、僕からもお願いしますっ!」


 二つに増える土下座。

 年上から土下座とは、なかなか気まずいモノがあった。

 だが、心の中でモヤモヤとしていたモノが薄れていく。溜飲が下がるとは違うが、この謝罪によって、心に引っ掛かっていたモノが取れた気がした。


「わかった、取り敢えず協力するよアゼルさん。だから頭をあげてくれ、さすがに気まずい」

「すまないジンナイ」


 アゼルがそう言って顔を上げた時、ラティとガレオスさんが何かに気が付いた。


「あ、何人か去って行きます」

「ありゃあ伝達に走りやがったなぁ……」 


 二人のその発言に、アゼルが強く反応を示す。


「まさか……ベイビィー! 押さえていたアイツ等はどうした!? まさかお前……奴らを」

「あう、アゼルしゃんが心配で…………ほっといてこっち来ちゃった」


「ああ、なんという事を……」

「ごめんなさいアゼルしゃん」


 どうやらアゼル達は、フユイシ伯爵家寄りの兵士を押さえていたようだ。

 だがこのベイビィーという黒髪の騎士は、それをほっといてこちらに来てしまった様子。


 そしてそれは、俺たちの事が完全に相手に知られた事を意味するモノだった。

 

読んで頂きありがとう御座います。

これからしばらくの間、感想欄への返信を一時止めます。

この章の展開上、どうしても返し難いので……


ご指摘や誤字、他の事への質問には返信はします<(_ _)>



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[一言] 登場した時点でものすごく嫌われる要素満載のベイビィーくんしゅごいでしゅ。
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