ゼロゼロに引かれて
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まるで夜逃げのように中央を出立した。
元の世界のような、電気で明かりが点く街灯などが無い異世界では、ちょっとした裏通りは真っ暗である。
地下迷宮などでもそうだが、”アカリ”を使わずに暗い場所を通行するというのは、一種のマナー違反である。
街によっては罰せられる事もあり、城下町では見回りに見つかれば咎められる。
だが今回は、根回しが行き届いているのか、咎められることはなく移動でき、そして本来であれば閉められている門から外へと出れたのだ。
北へと馬車で隊列を組んで進む俺たち。
”アカリ”の周囲を覆い、スポットライトのように光が漏れないように工夫して明かりを確保し、暗い夜道だが馬車を走らせた。
隊列の先頭は、三雲組のハーティたちの馬車で、一番先頭には白い毛玉を搭載し、魔物除けの効果を発揮させていた。
魔物除けの効果がある白い毛玉の存在は貴重なので、一応用心して、魔物除けの効果は言葉の特殊な力という事にしておいた。
無いとは思うのだが、白い毛玉が盗まれる恐れがあるので、ハーティがそう提案したのだ。
しかし今度は、それだと女神だけが過剰に目立つ事になり、それはそれでマズイという事になったのだが、葉月も特殊な力で魔物を退けているという役を背負ってくれた。
学校でもよく目立っていた葉月としては、過剰に目立ってしまう事の大変さを知っているのか、『ああ~、折角なのになぁ』と、謎の呟きをしつつ、葉月はそれに協力してくれてた。
少し残念そうに、ゼロゼロの引く馬車を見つめていた気がしたが、俺的にはちょっとホッとしてしまった。何故か葉月がいると、ラティが…………なので。
こうして俺たちは魔物に絡まれることなく、順調に進んでいるのだが。
( それなのに、なんでコイツが乗ってんだよ )
スレイプニールのゼロゼロが引く、軽量化された特別仕様の馬車の中には、何故かギームルが乗り込んで来たのだ。
サリオは既に避難しており、ららんさんのいる御者台へと逃げていった。
少し意外な事に、ららんさんも北への遠征に参加していたのだ。
公爵であるアムさんは中央に残るので、一緒に残るモノだと思っていたのだが、何故かこちらについて来たのだ。
一応危険だとは思うのだが、『にしし、平気平気』と言って、サラッと押し通す形で参加してしまった。
そんなららんさんの方も心配だが、今はそれよりも目の前のヤツが――。
「ジンナイよ、勇者サオトメ様のことだが、もっと詳しい事は訊いておらんのか?」
「……話した以上のことは知らん。ただ捕まっている? あれ? 監禁だったかな? 取り敢えずあまりよろしくない状況らしい」
「そうか……」
ギームルはそう言って腕を組んで深く目を閉じた。
眉間には深いしわが寄っており、何か考え事をしているのかもしれない。もしかすると、普段から険しいしわが寄っている可能性もあるが。
息苦しい沈黙が続く。
ギームルは目を閉じたままで黙り込み、隣のラティも口を閉ざしたまま。
目の前のジジイが居なければ、ラティの耳と尻尾を撫でているところだが、今はそんな事が出来る空気ではない。
だから俺もギームルに倣って、少し考え事をしてみる事にした。
捕らえられた早乙女の現在の状況を。
――拘束……監禁だっけか?
なんか想像出来ないな、言葉とかだったら分かるんだけど、
あの早乙女が大人しく捕まる?
どう考えてもピンと来なかった。
俺が抱いている早乙女の印象は、咄嗟の出来事などには狼狽えるかもしれないが、迫りくる脅威などは簡単に退けそうなイメージだった。
少なくとも、元の世界の学校ではそうだった。
ちょっかいを掛けて来る男子生徒を、見事な蹴りで撃退したのを見たことがある。
――あ~~、やっぱないな、
でも葉月や言葉みたいに……ってのもあるか?
いや、無いか。少なくとも泣いているような事はないな、
考えれば考えるほど不安が消えていく気がした。
この異世界には勇者保護法というモノがあり、葉月の時は儀式という建前で、言葉の時は弱っている彼女を何とかしようと。
体調が万全であり、付け入る隙さえ無ければ何とかなると思えた。
しかも早乙女は後衛タイプではなく、三雲と同じで弓を使うタイプ。ポジション取りは後衛寄りかもしれないが、単体でもしっかりと戦える感じだ。
レベルもそれなりに上がっていたはずなので、強引にとかは無理なはず。
考えられるとすれば、何か薬品などを使うか、もしくは――。
「同等以上の強さ……勇者とか?」
ポツリと口からそれが漏れた。そして、その可能性に気付いてしまった。
言葉の時もそうだった事を思い出す。
( 貴族じゃなくて勇者か、だけどあれは…… )
あの時は椎名が、自身の持つ魔剣にあてられ暴走した結果だった。
言葉を強引に攫って行き、そして軟禁した。
椎名は、魔剣に頼ったと言っていた。そしてそれは、魔剣にあてられていなければ割とまともな方だということ。八十神よりかは遥かにマシだった。
この遠征にも、ヤツは罪滅ぼしの意味も込めてやる気を見せていた。
もし本当に、精神の宿った魔石が破壊されているのであれば、是非、力になりたい的なことを、出発前にヤツは言っていた。
瞳には強い意志を宿し、堂々とそれを宣言していた椎名は、もう聖剣や魔剣にあてられている様子は無かった。
( 椎名はなんか前に戻ったような気するな……あ!)
俺は思考が脱線していた事に気付いた。
今は早乙女の状況を考えていたのだ。そして最初は問題ないかと思ってはいたが、勇者が絡んでくると話が変わってくる事に気が付いた。だが――。
――いくら考えても仕方ないか、
それに早乙女なら強いから平気だろ、
アイツが泣くとか落ち込んでいるとか想像つかねえし、
俺がそう結論を出した時、丁度馬車が止まった。
止まった理由は、馬を休ませる為の休憩時間だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
400人以上の冒険者たちが休憩を取っていた。
空は薄っすらと明るくなっており、あと一時間もすれば完全に明るくなる。
馬車を引く馬に、移動系の補助魔法を掛け直す後衛たち、馬車から食事用の荷を下ろす後方支援組に、周囲を警戒する【索敵】持ちの前衛たち。
そんな中俺は、ガレオスさんから今回の戦いについて説明を受けていた。
「いいですかいダンナ? 今回の相手は大きく分けて二ついます」
「うん? 二つ? ああ! 前衛と後衛ってことですね? 魔物にはそういうの無いから。――なるほど、魔法には注意が必要か」
「ああ~、そういう意味じゃないんでさあ。えっとですね、相手は北側に所属する兵士たちと、北に雇われている冒険者に分かれているって事でさぁ」
「んん? それに違いが? どういうことです?」
俺はござをひいた場所に腰を下ろし、ガレオスさんに説明の続きを求めた。
「簡単に言うとですね。どこまでやっていいかの差です」
「へ? どこまで?」
「はい、まず冒険者の方は――」
ガレオスさんの説明はこうだった。
まずは冒険者たち、これは金で雇われているだけなので、ヤバくなれば簡単に退くし、取り敢えず勝ち馬に乗る事しか考えていないだろうとのこと。
何が何でも勝つという、そういった気概を見せるヤツはいないだろうと言った。
そして北に所属する兵士たちは、自身の家族や家、自分以外のモノを背負っているので、そう簡単に退くことはないと。
だが、それらを保証する何かがあれば、こちらに寝返る事もあるだろうと。
そして――。
「あとダンナ、冒険者の奴らが両手を上げたら、それは完全に降参の合図ですから、それ以上はやらないでください」
「あ、ああ……わかった。でも、手を上げて油断させてからってのもあるから、一応用心の為に、脚だけは刺しておきたいんだけど……」
「は?」
「え? だってそうでしょ?」
――全く……
ガレオスさんは何を言ってんだ? そんなの油断出来ないだろ?
絶対に後ろから不意打ちを喰らうフラグじゃんそんなの、
「あ~~、それなら多分平気でさ。自分だけってか、敵味方全員の命が掛かっているんで、そんな馬鹿はいませんよ。仮にそんな事をすれば、そいつが味方に殺されますから」
「へ? その辺りを詳しく」
カレオスさんの説明によると、それは冒険者同士の争いの時のルールらしい。
両手を上げて降参のポーズを取れば、命だけは保証され、取り敢えず生き延びることが出来るのだという。
何かの誇りを背負って戦っている訳ではないので、まず命を大事にするのだと。
それに、そんな事で冒険者の数が減ると困るので、それを行う事で後ろ指を差されることもないのだという。
そして逆に、両手を上げてからの不意打ちなどをすれば、降参のポーズが信用されなくなる事を意味し、それは他の者の降参にまで影響するので、敵どころか、味方にまで狙われるのだと教えてもらった。
ある意味、嫌な平和的手段だった。
だが殺し合いにならない戦いならば、殺し合いによって戦える者が大勢減るという事態を回避出来て、魔物の討伐への影響が減るのだ。
争う相手が人間同士以外にも、魔物がいるという、いかにもファンタジーらしい理由で出来たルールだった。
そして、こちらには勇者が大勢いる。
少し戦ってこちらの優位さを見せれば、冒険者たちはほぼ両手を上げるだろうと、もしかすると、戦う前に降参する可能性もあるとガレオスさんは言った。
――なるほど、
だから大勢の勇者が必要なのか……
あれ? でもそう言えばあの時は、
「ガレオスさん、前に冒険者の連中に囲まれた事があるんだけど、そん時は降参とか通用しなそうな感じだったんだけど? ルリガミンの町とか、ノトスの南の方の村でも……」
「あ~~、そりゃそうでさあ。ありゃ争いじゃなくて、ただ集団で襲っただけだろうから。第一、降参なんて認めたとしても、なんの見返りもないんじゃ……」
「……クソが。それなのに自分たちは降参のポーズをするとか舐めてんのかよ」
俺は、ドミニクさんやリーシャと出会った村の事を思い出していた。
あの時俺は、包囲網を突破する為に冒険者たちを蹴散らしていた。
脚の付け根に槍を突き刺し、機動力を奪うと同時に負傷者を増やして、追手側の負担を増やそうと動いていた。
そしてほとんどの奴らが、両手を上げて降参していた気がした。
あれは普通に降参しているだけだと思っていたが、色んな意味のある降参だったのだといま気が付いた。
冒険者たちだけが一方的に、本当に一方的な行動だったのだと。
「だからダンナ。手加減しろとは言いませんが、ちょっと押してやれば相手はすぐに降参すると思いますので」
「……見返りがあるからか」
「です。でもまぁ、そっちの方が気が楽でしょう? ダンナ的には」
「…………ああ、そうだな」
――確かに正直助かったな、
戦だけど、殺し合いにならないなら、
さすがに殺しは……もう、
情けない事だが、その事が完全に抜けていた。
戦う相手は魔物ではなく、人だという事を。だが、手を上げて降参するという行為をしてくるのであれば、人を殺さなくても良くなるのだ。
人を殺した事はあるが、もう一度殺したいとは思わない。
必要のない殺しなどはしたくないのだから。
俺がそれに安堵していると、俺以外にも――
「わぁ~~良かった。私もどうしたら良いんだろうって思っていたんだぁ」
「伊吹」
「そうですよイブキ様。だから安心してください」
「うん、分かったガレオスさん」
俺たちの会話に、大剣使いの勇者伊吹が参加して来たのだった。
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