ヤツの名はフユイシ
壮大に始まらない物語……
貴族には、先触れというちょっと卑猥な単語にも見える、アポ取りを重視すると思っていたのだが、突如アキイシ伯爵はやって来た。
そしてそのアキイシ伯爵は、俺の結界の小手を指差しながら言ってきた。
『どうだ? その小手の使い心地は?』と。
いま使っている結界の小手は、前にギームルから受け取った物だ。
ヤツは実家から持って来たと言っていたが、よく考えてみればそんな簡単に持ってこれるモノでは無いはずだ。
ギームルはこれを本物と言っていた。
模造品などではなく本物と。模造品が常に劣っているとは思わないが、少なくとも本物と呼ばれるモノには価値があり、そして容易に手に入るモノではないだろう。
「実はな、前に会った時に用意しようと思っていたんじゃ」
「へ? 前って……、あの時の?」
「そうじゃ、鎧は良い物を装備しておるのに、小手だけは見劣っておったからのう。だからついでに勇者コヤマからちょっとばかし分けて貰ったんじゃ。例の鱗をな」
「あ!? だからこの小手って黒いのか!」
最初から黒いのかと思っていたが、どうやら巨竜の喉の鱗で補強していた様だ。
「一ファンとしては、お前には良いモノを使って欲しいからな。だから丁度良かった、あの愚弟が頭を下げてきて、その小手を欲しいと言って来たのだからな」
「あのギームルを愚弟って……」
「アキイシ伯爵は変わらないなぁ」
以前からワイルドな人だとは思っていたが、やはり豪快な人だった。
そのウチ、袖を捲るか引き千切るなどをして、ノースリーブ状態の服を着そうな感じ。
『野性味あるだろお?』などと聞いて来そう。
そして、ラスボスのようなギームルをなんだか雑な扱いをしていた。
色々と濃い人だが、今はそれよりも小手の経緯にちょっと驚いた。
――そっか、そうだよな……
本物って事は、これは歴代勇者の誰かが作ったモノだよな?
だったらそんな簡単に持ってこれるもんじゃないよなコレって、
ギームルが俺の為に……頭を下げ……
「……で、北に行くんだよな?」
「え!? ああ、そのつもりだ。色々と決着をつけに行く」
「なんじゃボケっとしよって」
「あ、いや、何でもない。ちょっと意外だったから……」
「んん? 全く、それに色々ってなんじゃ」
「いや、そうとしか言いようがなくて……」
俺は、北と決着をつけねばならないと決めた。
秋音の話では、何人もの刺客を送られて来ており、仮にこのまま南に戻ったとしても、その刺客が送り続けられるかもしれないのだ。
しかも、もしかすると秋音ハルが刺客として来る可能性もある。
ただ本人は否定していたし、俺からの印象でも、それはないだろうと思うのだが、万が一と言うよりも、秋音ハルが自分の目的の為に、俺の命を条件にされたとしたら、彼女は躊躇わずにやって来るだろうとも感じていた。
その時には、俺だけでなく周りまでも狙われる恐れがある。
そういった事もあるので、俺は北を早くどうにかしたいと思ったのだ。
だから――。
「今度はこっちから仕掛けるんだ。そしてそれで終わらせる」
「なるほどなぁ。確かにそれは間違っておらんな。ではちょっと教えてやろう、ヤツの事を、フユイシ伯爵のことを――」
アキイシ伯爵は唐突に語り出そうとした、フユイシ伯爵の事を。
食堂に用意されている個室に行き、その話を聞いた。
アキイシ伯爵から見たフユイシ伯爵とは、貴族としては異端の一言だと。
貴族らしい振る舞いはあまりなく、とても貴族としての教育を受けた印象ではなかったのだと。どちらかというと、街にいる鍛冶職人のようなヤツだったと。
領地の運営を疎かにしている感じではないが、突拍子もない事をしばしば行っていたらしい。
突然無茶な改革を行おうとしては頓挫し、そしてまた無茶なことをしようとするので、豊かな領地でなければ、間違いなく干上がっていただろうと。
レフト伯爵やノトス公爵家のように傾くまで食い潰す事はなかったが、それでもやはり不穏な印象だったと、アキイシ伯爵はそう語った。
そして、今は過剰に魔石などを集めているので、また碌でもないことをやっているのだろうとも付け足した。
全てを話し終えた後は、いかにも恩着せがましく槍と小手のことを言い、そして呆気ないほど簡単に去って行った。
それはまるで、ちょっと顔見せでもしに来たかのような軽さ。
「何だが凄い人だったな……。でも結局、具体的な事は何も言ってなかったな」
「あの、そうでしたねぇ。ですが、朧気ですがフユイシ伯爵のことが分かった気がしますねぇ」
「アキイシ伯爵とフユイシ伯爵は同世代だからな。だからもしかすると、フユイシ伯爵をライバル視でもしていたのかもな」
アキイシ伯爵が出て行った方を見ながら、そう言ってこの場を〆るアムさん。
――フユイシ伯爵か……
なんか引っ掛かる奴だな、――なんでだ?
何か違和感を……。
俺は少しだけ認識を改める事にした。
北の領地を、それ以外の領地の者で一方的に蹂躙する的な考えだったが、そうは上手く行かない気がしてきたのだ。
聞かされている勇者保護法のように、こちら側に正義があり、そして相手を一方的にやり込めるモノという認識は、とても危険だと勘が告げていた。
そしてその後、それが少し正しかった事が判明した。
夜の21時にやってきたギームルは、出発の時刻と、現在状況を教えてくれた。
まず出発は深夜0時、参加する勇者たちはほぼ全員。
最初断っていた橘は、早乙女の件が効いたらしく、『参加させろ』になったそうだ。
これに関しては、よく知らせたと改めてギームルに言われた。
それと八十神は、何を疑っているのか、自分の目で真相を確かめてから動くと言ったらしく、【宝箱】による協力も断ったそうだ。
俺的には、あの節穴野郎が見極められるとは思えないのだが。頑なに協力を断っているらしい。
これは予想なのだが、八十神とギームルの間には何かあったのかもしれない。
そして、希望を纏いし者と呼ばれている勇者下元は、怪しまれない為の囮として、この中央に残ることになったのだという。
流石に勇者が全員居なくなるのは不自然なので、勇者下元がお留守番にと。
一応他の勇者たちも、現在忙しくて会えないで押し通すらしい。
取り敢えず一人でも勇者と会えていれば、北から派遣された者は納得するだろうとの判断だと。
しかも下元は、北では評価がもの凄く高いらしく、下元が居れば三日は持つと言った。
そして不安要素の部分は、過剰に冒険者を集めている件だった。
北は冒険者の囲い込みをしており、ギームルの見立てでは、予想の倍近い冒険者がいるだろうというのだ。
中央や、他の貴族たちは、北にはそこまでの戦力はなく、奇襲さえ成功すれば、ほとんど無傷で戦いを終わらせられると踏んでいるそうだ。
兵士や、護衛騎士のような者は簡単には増やせないそうで、募集などをかければ他の領地の者もそれに気付くそうだ。
どの領地の者も、余所の領地が戦力を増強しようとすれば、それなりの監視や警戒などをするのだという。
そしてそれらは、容易に調べ上げる事が出来るのだそうだ。
だから、戦力を増強した予兆もなく、街に戦える人員を常に集結させている訳では無いので、不意を突いた奇襲をすれば、戦力を集める前に叩けるだろうとの見解だと。
しかしギームルは、冒険者の数が危険だと睨んでいるそうだ。
そしてなんと――。
「――今回の指揮は、わしが執ることになった」
「は? ギームルが北討伐の総指揮? ガーイルさんじゃなくて?」
「そうじゃ、将軍であるガーイルも囮の一人じゃ。ヤツが動くと気付かれる恐れがあるからな。――だからわしの指示に従うように」
こうして、もう嫌な予感しかしない北への遠征が始まったのだった。
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あと、誤字脱字なども……