当然の結末
目の前に来ないだろうと思っていた男がいた。
一応貴族らしいので、陣内組のメンツは追い返したりなどの、雑な対応はしていない様子で、誰もが遠巻きにこの状況を見守っていた。
「おい、私は謝罪に来たのだ」
「…………」
誰もが思わず沈黙をしてしまう。
きっと頭に浮かんでいるのは、『謝罪とは……』だろう。
とてもではないが、謝罪をしに来たという態度ではなかった。
その態度は、目的があって謝罪に来たという感じであり、謝罪が目的だとは感じられなかった。
相手が一応貴族だから、少しは様子を見ようかと思ったのだが、流石に無理だった。サリオも怯えているので、さっさと黙らそうとしたのだが。
「馬鹿者が! 貴様は何をやっておるのだイーストン」
「ち、父上」
「なんか増えたな……」
「あれは、メークイン上級男爵」
追加でやって来たのは、身なりの良い貴族だった。
アムさんがその貴族の名前を呟く。そして袴野郎の反応から察するに、この二人は親子のようだ。その父親らしき人物は、やって来るなり袴野郎を怒鳴っていた。
父親らしき貴族は、普段であれば温厚そうな顔立ちをしていそうだが、今は真剣に厳しい顔をしていた。
その表情は、何となく自分の父親を思い出させた。もしかすると、歳も同じぐらいかもしれない。
「私があれこれと飛び回っている間に、貴様という奴は……」
「ぐっ、だ、だからこうやって謝罪に来たのです! 今回の件はわたしの所為で……だからこうやって来てわたしはっ」
親には強く出れないのか、語気が明らかに弱くなる袴野郎。
だが次には、それを振り払うかのように――。
「だからおれがそれを全部やってやるんだ! 尻拭いなんていらない」
「イーストン、貴様は自分が何をやっているのか理解しているのか? いや、正しく理解しているのならば、この様な真似はしないか……」
「な!? だって、こうやって信用を取り戻さないと駄目なんだろ? 昨日言っていたじゃないか、『失った信用を取り戻す』って! だからおれが……こうやって」
「馬鹿者! 『失った信用を取り戻していく』だ! 失った信用を取り戻すだと? 貴様がしようとしている事は、全部無かった事にして、都合良く信用だけを取り戻そうとしているだけだ! そんなモノでは失った信用は取り戻せん!」
唐突に、そして俺たちを置いてきぼりにする形で親子喧嘩が始まった。
しかも内容はお約束的なモノ。
失った信用を、一度で取り戻そうとする若者。
そしてそれを、一度で取り戻すモノではなく、積み重ねていって取り戻していくモノだと諭す年長者。
それはまるで、何処かで一度は聞いたことがあるようなやり取りだった。
謝罪をすれば、全てが上手く回ると主張し続ける袴野郎。
謝罪は必要だが、そうではないと諭そうとする貴族父親。
袴野郎は完全に感情的になっている為か、父親の言葉を聞こうとしなくなっていた。全て自分で解決してやるといった剣幕。
「あの、ご主人様。これはどうすれば……」
「ああ、そうだな。いっそ外に放り出すってのも検討するか」
「ジンナイ、それだと何も解決しないぞ?」
「あうぅ、あたし的には、それでも良いから出て行って欲しいですよです」
「にしし、さりおちゃんらしいのう」
珍しい事に、ラティの方から聞いてきた。
【心感】で感情が見える彼女にとっては、この二人の話し合いは余程不思議なモノにでも見えているのだろう。
そんな風に、どうしたら良いのだろうかと傍観していたが、突然、袴野郎の矛先がこちらに向いてきた。
「いいですか父上? 元はと言えば、あのハーフエルフが悪いのです。あの者ッ――彼女がおれの袴に料理をぶちまけたのです! むしろ被害者はおれの方なのです」
「イーストン……貴様はまだそのような事を……」
サリオを睨みつけて指さす袴野郎。
その視線に射貫かれ、サリオが怯えて俺の後ろへと隠れる。
「ですが父上、汚されたのは虹色糸の生地を使った袴ですよ? 金貨100枚以上はする物を台無しにされて、それでも黙っていろと? 父上は常日頃から言っていたではないですか、物を大事にしろと。それが高価な物ならば尚更にと」
「イーストン……お前というヤツは……。それはそういう意味ではない、あれは自分たちの扱う商品に対する心構えだ。商品を雑に扱うなという……ああ、こやつは本当に」
謝罪をしに来たと言いつつも、いつの間にか被害者になろうとしている袴野郎。
流石にこの言い分には、陣内組の奴らも苛立ったらしく、面倒そうに眺めていた瞳に、剣呑な色が宿り始めていた。
「そもそも、あんな人混みの中で、まともに持つことが出来ない大皿を抱えてウロウロしている方が悪いので――」
「――ああ、そうそう伝え忘れていたな。その大皿を渡した給仕だけどな、そいつは仕事を首になったぞ。なんでも元から素行が悪かったらしい」
突然会話に割って入ってきたレプソルさん。
袴野郎は、『一体なんの事を言っているのだ?』という顔していたが。
「だからな、あの大皿は給仕のクソ野郎に嫌がらせで渡されたんだよ。それでどうしたらイイのかって困っていたところにアンタが来たんだよ。で、アンタは碌に前も見ずに歩いていたんだろ?」
「な!? だ、だからなんだと言うのだ! 汚されたのはこちらだぞ、そんな給仕の事など関係あるか!」
「あ~~、言い方が悪かったですね。言い直しますね、――ぶつかって来たのはテメエだって言ってんだよ! サリオはただの被害者だ! 何人もの目撃証言も取ってあんだよ! 何、被害者面してんだよアンタはっ」
「っひい!?」
語気を強め、相手を打ちのめすように言い放つレプソルさん。
その気迫に押されたのか、完全に怯む袴野郎。
「ぐっ……分かった、それでいい……。その件の非も認めよう……ああ、男らしく認めよう……」
肩を落とし、弱弱しく呟く袴野郎。そしてヤツ――。
「それも含めて謝罪させて欲しい……」
「は?」
もう何が何やらな状態。
ただ分かるのは、まだコイツには敵意があるということ。
ラティからは、敵意ありの合図が続いている。
俺は目線だけで、貴族親父の方を指す。
すると合図は、敵意無しの合図が返ってきた。
その合図を見て、俺は心の中でホッとする。
この貴族親父が、この馬鹿袴と同じではないことに安堵した。
そしてこれから俺が行うことを、きっとこの貴族親父は許容してくれるだろうと、何となくだがそう思えた。だから――。
「よし、謝罪とやらを受けよう。んで、その謝罪ってのは何に対して?」
「あ、ああ……、ハーフエルフを、その彼女を貶めるような発言をした事を謝罪したい。どうか許して貰えないだろうか?」
袴野郎はそう言って、がばりと頭を下げた。
それは優雅さなどは皆無であり、何処かの運動部がするような雑なモノだった。
勢いだけのお辞儀で、『すいあせんしった~』との幻聴が聞こえてくる程。
俺はそれを見下ろしながら、その謝罪に応じる。
「分かった、謝罪を受け入れよう。では、お引き取りを」
「え? いや、え?」
「いや、だって謝罪は済んだんでしょ? だったらこれで終わりでしょ? こっちはこれから予定があるし、普通に邪魔なので帰ってくれ」
「ま、待ってくれ! 謝罪を受け入れてくれたんだろ? だったらっ、冒険者たちの遠征の件を、皆にそっぽを向かれて困っているんだ! このままでは支障をきたすんだ。それにウチの信用も――」
「知るか!!」
俺は言葉で袴野郎を叩き切った。
コイツの意図は解っていた。謝罪をすることで、自分の仕出かした事を無しにしようとしているのだと。
『ごめんなさい』をすれば、全てが済まされると思っているお目出度い思考。
きっと、そういう立場にしかいなかったのだろう。
そして、そんなモノは通用しないと、貴族親父は必死に伝えようとしていたのに、コイツはそれに耳を傾けもしなかった。
「待ってくれ、それではおれの立場が……。なぁ困るんだよ、許して貰えないとおれが困るんだよ。いくらでも謝るから、だから――」
「アホか、お前の謝罪ってのは、自分の為の謝罪なのか? 誰かに謝る為の謝罪じゃないのかよ。そんな打算まみれの謝罪なんているか!」
「ふ、ふざけるな! おれに謝らせておいてそれか!? そんなモノが許されると思っているのか! おい、お前、何処を見ているんだこっちを見ろ! いいか? このおれが謝罪をしてぃ――っぐっげご!!?」
俺は無言で袴野郎に喉輪をかました。
視界の隅では、貴族親父が辛そうに目を伏せている。
喉輪を喰らわす前に、俺は目で貴族親父にやっていいかと問いかけた。
そして貴族親父は、目で辛そうに肯いたのだ。だから俺は、父親の前で息子を叩きのめす事にした。
息子はともかく、父親には申し訳ないと思いつつも、袴野郎を床に叩き付ける。
背中を強打し、息を激しく吐き出すような声をあげる袴野郎。
次に俺は足を上げ、顔面に向けてトドメの踏み抜きをするが。
「……危なかったですよ」
「済まない……体が勝手に動いていた」
袴野郎に覆い被さる貴族親父。
俺は咄嗟に狙いを逸らし、貴族親父の真横を踏み抜いていた。
「本当に済まない、こんな馬鹿でも……私の息子だからな」
「…………」
( その甘さが……いや、これは甘さじゃないか…… )
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、従者に担がれて袴野郎は去って行った。
貴族親父は、ただひたすらに謝罪していた。
そして、許して欲しいとは一言も吐かず、その場を去っていった。
袴野郎を庇うのは、たぶん間違いだだろう。
ただ庇うだけでは人は育たないと、少し生意気な気もするが俺はそう考えている。
だが、咄嗟に庇ったあの行動はきっと間違いではないと感じた。理性ではなく、親としての本能での行動。それは否定したくないと思えたのだった。
そしてあの袴野郎の今後などに興味はないが、あの貴族親父の決断にはちょっと興味が出ていた。
あの袴野郎をどうするのだろうと。
「いい親父さんだったな……くそ、羨ましいな」
「アムさん……まあ確かにまともな人でしたね」
( 息子はアレだったけど…… )
隣でアムさんがしみじみと呟いていた。
そして俺はそれに同意してしまった。サリオの方も、何とも言えない表情を浮かべている。
取り敢えず気を取り直し、深夜に向けて最後の準備でもしようかと思っていると、それを遮るように再び客が現れた。しかも今度はかなりの大物。
「む? 愚弟はおらんのか? まあよいか。ジンナイ、お前にちと用があって来た。祝勝会では話せなかったからのう。どうじゃ、その小手の具合は?」
「あ、貴方は……」
「う……アキイシ伯爵」
「おう、アムよ。いや、今はノトス公爵さまだな。親父殿は相変わらずだな」
やって来たのは、西の大貴族の一人であり、そしてギームルの実の兄であるアキイシ伯爵だった。
読んで頂きありがとうございます。
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あと、誤字脱字なども……