決戦、城の中庭撤退戦
すいません~遅れました;
わっちゃわっちゃしていた。
ラティが給仕の首根っこを掴んで戻って来たが、それが気にならない程の騒ぎとなっていた。
まず、元ノトス公爵が瀕死になった事。
そして、誰もがサリオに声を掛けようとしていたのだ。
勇者たちが集まっていた事もあり、それはもう収拾がつかない状態となっており、早い話が、凄くわっちゃわっちゃしていたのだ。
俺たち陣内組は、祝勝会を撤退する事を決断する。
葉月も宿に戻ると言ったのだが、さすがに主役である勇者が帰るのはマズイので、葉月を守る戦力だけは残し、何とか説得して残って貰った。
「オラオラ道をあけろー」
「ちょっと退いてくださいね~」
陣内組のメンツが体を張って道を作る。
その後ろを俺とアムさんが、元ノトス公爵を肩に担いで進む。
「アムさん、親父さんの事なんだけど……」
「すまないジンナイ。まさかこんな事をしでかすとは……。この人はノトスを潰すつもりなのかと疑いたくなるよ」
『財政だけじゃなく、家格も傾けるつもりかよ……』と、ぶつぶつ呟きながら、雑な感じで肩を貸すアムさん。
両肩を担がれている元ノトス公爵は、回復魔法で治癒されたとはいえ、青い顔をしてグッタリとしている。
――まぁ、アムさんの言い分も分かるな、
勇者たちが言ってくれなかったら、間違いなくやばかったんだろうな、
アイツ等が言ってくれたから……
結果的には良くなった。だが、怖いモノを見た気がした。
俺は、廃坑の奥で出会った幽霊、9代目勇者の仲間であったイリスさんが言っていたことを思い出す。
少しぼんやりとした言い方だったが、時が経つにつれて変わると言っていた。
具体的に何を指しているのか分からなかったが、おそらく先程の様な事を指していたのかもしれない。
過去にも似たような事があったのだろう。
もしかするともっと酷い何かが。勇者が二つや三つの勢力に割れて争うなどの、本当に最悪な事態が。
俺はモヤモヤとしたモノを抱えながら、今は元ノトス公爵を抱えながら宿へと戻ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿に戻ってからもバタバタは続いた。
サリオが、『ぎゃぼー! あたしが公爵令嬢ですよです! あれ? あたし婚約破棄とかされちゃうのです? みんなと一緒にジンナイさまを刺さないと駄目なんです? どうしようですラティちゃん。どうしましょうですよです~』と、言い出したりしていた。
取り敢えず俺としては、アイアンクローを顔にするか腹にするか悩んだのだが、ららんさんがサリオの相手をするという事で落ち着いた。
今後サリオがどうなるのかは、アムさんとの話し合いになるだろう。
一方アムさんの方は、元ノトス公爵の幽閉を決めていた。
今回、元ノトス公爵がやらかした件は、俺が思っていた以上に重い案件だったらしい。下手をすると、ノトスが飛ぶ程の事態に発展していたかもしれないと。
勇者たちのおかげで逆転満塁ホームランだったが、普通であればトリプルプレーだったらしい。
アムさんは、あんな若造に言質を取られるなどと落胆していた。
そして、もう野放しには出来ない、領地に連れて帰り次第別荘に幽閉し、二度と出れないようにすると息巻いていた。
普段は親しげな感じのアムさんだが、意外と身内には厳しいタイプのようだ。
よく思い返してみると、実の兄を排除したぐらいなのだから、この対処は当然なのかもしれない。
そして取り敢えず落ち着くと、宿に戻った陣内組のメンツは外へと繰り出して行った。
城での祝勝会に合わせて、街の方もお祭り騒ぎだったのだ。
場所によっては格安で酒を提供している所もあり、その店は大いに盛り上がっていた。
ただ、陣内組のメンツは、『冒険に行くぞ』と言っていたので、酒場に行ったかどうかは不明である。
誰も誘ってくれなかったので、当然俺は宿に残り、いつもの日課を部屋でこなしていた。
「ふう、レプさんに任せちゃったけど平気かな……」
「あの、そうですねぇ、レプソルさんに全てお任せるする形になってしまいましたが、きっと大丈夫かと」
「だといいな。ちょっと申し訳ないけど……」
俺たちはレプソルさんに殿をお願いした。
殿といっても、要は後始末を押し付けただけなのだが。
まず、葉月の護衛。
次に、ラティが狩ってきた給仕の後始末。
そして最後に、色々と聞かれるであろう事の対処。
一応ギームルもいるので、下手な事にならないとは思うが、それでも厄介ごとを押し付ける形となってしまっていた。
『これもオレの仕事だ』と言ってくれたレプソルさん。そうは言ってくれたが、やはり申し訳ない気持ちになる。
俺はぼんやりとそれを考えながら、ラティの髪を優しく梳いていく。
絹糸の束などに触れた事は無いが、きっとこんな手触りなのだろうと、そんな想像をかきたてる柔らかさと光沢を放つラティの髪。
指の隙間から、するりと流れる亜麻色の房。
その感触はとても心地良く、癖になる程の手触り。時折自分の鼻先まで持ち上げ、ふわりと感じさせる甘い香りを堪能する。
俺が一心不乱にラティの髪と戯れていると、その髪の持ち主が、申し訳なさそうに控え目に話し掛けていた。
「あ、あの、ご主人様。一つご報告しておきたい事が」
「うん?」
俺は完全に油断し切った状態で返事を返した。が――。
「あの、実は、給仕の方を捕らえに行った時、あの勇者の方に会いました」
「ん? 勇者って……?」
「はい、アキネハルという方です。彼女がわたしに話し掛けに来ました」
「へ!? 姿は? いや、それはいいか。それで秋音は何の用があってラティに?」
「はい、伝え損ねた件をご主人様に伝えて欲しいと。北に行くのであれば、ついでにサオトメ様を救って欲しいと……」
「な、伝え損ねたって……ああ、そっか」
俺は思い出す。
確かにあの時は、ラティが異変に気付き、それに秋音が気付いたのだった。
それで一度は切り上げたが、伝え損ねた事を思い出し、単独で行動していたラティに伝えたのかもしれない。
「しかし、早乙女を救って欲しいってどういう事だ?」
「あの、それなのですが、サオトメ様は捕らえられている可能性が高いと……。そしてそれを救うには自分は適していないと仰っておりました」
「ん? ああ! なるほど……」
――そうか、そうなんだ、
自分の姿の偽装は出来ても、他の者には出来ないのか、
単独なら問題ないけど、他に誰かがいる場合は意味が無いのか……
秋音ハルの、姿を偽装する能力の欠点が解った気がした。
自分だけなら問題はないが、誰か行動を共にする者がいると、その効果が薄くなるのだ。自分一人なら問題ないが、一緒にいる者は姿を変えられないのだから。
そして姿を偽ってはいるが、声や仕草などもどうしようもないのだろう。
独りでないと効果が薄くなる能力。
何とも酷く寂しい【固有能力】だと思えた。誰かと協力の出来ない、とても孤独なモノだと……。
「しかし、捕らえられているって、それが本当なら勇者保護法違反だよな。これも北をつっつける要素になるよな? 一応ギームルにも報告しとくか……」
「はい、その方がよろしいかと――っ!?」
俺はふと、元クラスメートの早乙女を思い浮かべた。
背は俺と同じぐらいで、いつもつまらなそうな顔をしていた女子。
時たま、眉間にしわが寄るほどではないが、仁王立ちしながら睨むような目で俺を見ていたような気がする。
( 目力凄かったな…… )
俺が痛い勘違い野郎だったら、『俺に気があるのかな?』などと、シャレにならない程の痛い勘違いをしていただろう。
あの目線はそんな甘い感じのモノではなく、真意は分からないが、間違いなくマイナス的なモノだっただろう。
( 好きな人を見つめる目ってのは…… )
「あ、あの……」
「…………」
俺は視線を落とし、膝の上に頭を預けているラティを見つめる。
髪を梳いていた指を、彼女の瞼、目尻へと滑らしていく。
そっと頬を撫で、愛らしい口元の凹凸を指先で楽しむ。
くっと力が入り、芯のある唇が俺をたぎらせる。
指先が俺の意思に反し、少々不埒な動きを見せ始める。
それはまるで、指先の指揮権が、理性から本能に譲渡されたかのように。
指が、顎へ、そして首筋へと下っていく。
そして鎖骨へと到達するが――。
「はあぁ」
「あ……」
ラティが大きくため息を吐いた。
それは色っぽいモノではなく、何かに対し酷く落胆したかのような深い溜め息。
「ごめんラティ、ここでは無しだったよな」
「あ! あの、いえ違うんです。あの、突然ですが用事が出来てしまって、申し訳ありませんご主人様。失礼します」
ラティは俺の膝に預けていた身体を起こし、スッと俺の部屋を出て行く。
繋がっている感覚から、拒否という感情で拒んだ訳でないという事は判るのだが、何故、部屋を慌てて出て行ったのかまでは判らなかった。
一人残された俺は、色々な思いをねじ伏せ、無理矢理眠ることにした。
瞼をきつく閉じ、ベッドに横になっていると、下から声が聞こえてきた。
それはどこかで聞いた事がある声。
一人は、可愛らしい声でありながら、凛としていて澄んだ声。
もう一人は、大人しい感じだが、慈愛に満ちた優しい声だった。
俺はその聞こえてくる声を聞きながら、この宿の防音性を考えるに、致さなくて良かったと思ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日、何故か葉月と言葉が俺たちの泊まっている宿にいた。
一階の食堂で、二人とも朝食を摂っている。
俺は何故二人がいるのか、それを訊ねようとしたのだが、それを遮る来客が現れた。
「突然の訪問失礼します。私はメークイン上級男爵の使いの者です。どうか、我が主の泊まっている館へと来て頂けないでしょうか? 昨日の件で謝罪をしたいと申しておりまして」
「へ? 昨日のって……」
「はい、嫡男のイーストン様がどうしても謝罪をしたいと……」
やってきた男は、昨日の袴野郎の使いだった。
そしてその使いは、自分たちが泊まっている所に来て欲しいと言うのであった。
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