決戦、城の中庭光の中で
誰も彼もがサリオに注目していた。
去ろうとしていた陣内組のメンツや、他の組の奴らも足を止めている。
そんな固唾を呑む状況の中、視線を集めているサリオだけが呆けていた。
普段から丸い瞳をより丸くして、一番状況が解っていない様子だった。
「ほへ? え?」
俺の脳裏に過ぎるのは、ノトス公爵家の館の前での出来事。
あの時は、元ノトス公爵は酷く狼狽えていた。
そして、それに繋がる事をアキイシ伯爵から聞いていた。
誰もが声を発せられない、ただ見守るしかない雰囲気の中、ヤツだけは――。
「これはこれは元ノトス公爵様。まさか四大公爵であった貴方様が、まさかハーフエルフを御自分の娘と認めるとでも? まさかそんな愚かな事を?」
ヘラヘラとした軽薄な笑みを浮かべ、完全に煽る口調で話す袴野郎。
自暴自棄なのか、それとも道連れでも狙っているのか、元ノトス公爵から更なる言質を取ろうとした。
阿保みたいな歪な価値観が浸透している異世界。
この異世界の価値観においてハーフエルフたちは、歴代どもの負の遺産によって、本当に不当な迫害を受けている。
そしてそれが自分の娘などとは、貴族の社会においては酷い醜聞なのだろう。非常に嫌なことだが、この二年間の異世界生活でそれを知らされている。
ハーフエルフを擁護するという事は、この異世界での価値観と真っ向からぶつかる事を意味している。
だからこの袴野郎は、それを利用しようとしているのだろう。
本当に反吐が出る。
「どうなんですか? 元ノトス公爵さま」
「ふん、そうじゃ、この娘は私の子だっ」
「親父……」
力強く肯定する元ノトス公爵。
その瞬間、誰もが息を呑んだ。そして空気が、様々な視線が急激に冷めていった。
もしこの場にラティがいたら、きっと酷い感情の光景が見えたのだろう。
【心感】の無い俺でも分かるほど、この場の空気が変わっていた。
心地良い穏やかな空間で、酒をかっくらい酷い嘔吐でもしてしまったかのような、そんな空気が広がっていた。
蔑むような視線しかない。
もっと酷い視線の方が多いかもしれない。
「すまない……色々と廻り、遅くなってしまった。お前の母親の墓にも手を合わせてきた……」
「お母さん……?」
元ノトス公爵は、サリオの前で膝をつき、彼女の目線の高さに合わせてそう言った。それはまるで、ただ許しを得るかのように。
「マジで認めたぞ! はは、マジで認めやがったぞ! これで南は――」
「――それを認めた事に何か問題があるのですか?」
凛としていて澄んだ声が罵声を遮った。
その声音には、強い意志を感じさせるモノがあり、袴野郎は気圧され口をつぐんだ
「へ? 葉月?」
「そ、そうですっ。サリオさんに何の問題があるのでしょうか。あんなにいい子なのに。それに、みんなの為に頑張ってくれる子なのに酷いです……」
続いて響くは、慈愛に満ちた優しい声。
少し自信が無さげな声音だが、それでも懸命さを感じさせる声だった。
「言葉まで……」
『勇者さまが……』と、どよめきが上がる。
非難染みていた雰囲気は消え、誰もが彼女たちを注目する中、別の場所からも。
「おうよ、あの”アカリ”とかスゲェ助かったぜ。なのに何で陣内の所の小さいヤツが責められてんだよ」
「全くですね。前々から思っていましたが、どうにも不自然な認識があるようですね。特に貴族の方達には」
「なんかすげえ事になってんなぁ」
上杉に赤城、そして蒼月までも柊と一緒に姿を現した。
周りにいた貴族たちは、勇者たちを順番にキョロキョロと窺う。
「え……? ゆ、勇者さま。だってハーフエルフですよ? なんでこんなヤツを庇うような事を……。何故です」
袴野郎は、先程まで同調者がいたからこそ多少の余裕があった様子だが、今は完全に狼狽え始めていた。
必死に自分の信じる正当性のようなモノを口にしようとしているが――。
「彼女の貢献を何だと思っているのです! そして、彼女がハーフエルフだから何だと言うのです! 何故不当に貶めるような事を言うのですか! 僕も彼女には助けられています」
強い意志を感じさせる雄々しい声。
そして何故か、周りにいた貴族たち全員が、弾かれるようにして声の元の方へと顔を向けた。
それはまるで、透明な糸にでも引かれたかのように、全ての人が、勇者下元に目を向けたのだった。
そう、全ての人。
貴族だけではなく、勇者たちまで下元に釘付けとなったのだった。
俺はそれに僅かな違和感を覚えた。
だが現状は、その違和感を押し流すかのように状況が動いた。
「そ、そうです! ハーフエルフだろうと関係ありません!」
「勇者様の仰る通りです」
「ハーフエルフだから何だと言うのです」
「その通りですわ。この様に可愛らしい子なのですから」
「私ならば、彼女を引き取っても構いません。ええ、本当に」
「ズルいぞ! 彼女はわたしも目を付けているのだぞ!」
否定がひっくり返った。
忌避する空気は消え失せ、今はそれとは真逆なモノになっていた。
何人もの貴族たちが、是非サリオを迎えたいと言い出したのだ。
「まさかこれは……」
――おいおいおいおい!
これってアレだよな、勇者の楔の効果……
マジかよ、ここまで世界を変えちまうモノなのかよ、
悪寒を感じるなどヌルイ、もっと深い底が見えないような危機感。
いつの間にか、伊吹や椎名たちもやって来ていて、彼等も同意している。
八十神と橘は、ただ葉月の味方をするような感じだが。
勇者たちの発言により、忌避すべきとされていたハーフエルフが、その真逆の立場になろうとしていた。
――これが……
これが歴代共の時にも起きていたことなのか、
こうやって異世界の常識を塗り替えていたのか……
同じモノを何回か見た。
勇者一人でも大きな影響を与えていた。
そして、大人数の勇者が同時にいる時は、その効果が跳ね上がっていた。
簡単に靡くような連中でない陣内組や三雲組の奴らも、勇者たちが揃っていた時だけは違っていた。
誰もが勇者に惹かれていた。
【魅了】とは違う引力。
言うならば、世界を上書きするような引力。
サリオには、葉月と言葉が挟むようにして寄り添っている。
袴の男には、もう誰も味方が居なくなっていた。だが彼は諦めず――。
「な、何故です!? 何でみんな……ハーフエルフを。そんな小さいヤツを、そんな無価値なヤツを!!」
悪足掻きとしか思えない言葉。
だがその言葉は、間違いなくサリオに突き刺さった。俺を掴むサリオの手に、再び力が入ったのが判る。
俺は袴野郎を否定してやろうと思ったが、その時、この場にそぐわない軽い声が聞こえてきた。
「にしし、ホンマ面白い事をいう人やの~」
「へ? ららんさん!?」
「あ、ららんちゃん!」
「スマンのう、許可を取るのにちょ~っと時間が掛かってしまって。さりおちゃん、ほいコレ」
「ほへ? これってあたしが預けていた」
ららんさんからサリオに手渡されたのは、サリオが普段から愛用している魔石の杖だった。
武器などは全て城に入る前に預けさせられていた。
刃物ではなく、杖だから許されたのかどうかは不明だが、ららんさんはそれを持ってきたのだ。
「さりおちゃん、準備は良いかのう?」
「え? 準備です?」
魔石の杖を握り、不思議そうな顔しているサリオ。
勿論俺たちも、ららんさんのいう”準備”が何を指しているのか判らない。
ららんさん以外全員が不思議そうにしている中、ららんさんが空に向かって黒いモノを放り投げた。
誰もが空に向かって放られた物に視線が釣られる。
そして放られた黒いモノは、僅かな音を立てて弾けた。
「うわ!?」
「え?」
「きゃっ!?」
黒いモノが弾けると、空に浮かんでいた全ての”アカリ”が弾け消滅した。
突如、月明りだけの薄暗さが降りてきた。
何人もの人が、生活魔法”アカリ”を唱え光を確保する。
突然の事に、誰もが非難染みた声をあげて動揺する。しかしそんな中、ららんさんだけはいつもの口調でサリオに話し掛ける。
「ささ、さりおちゃん。でっかいのをお願い出来るかのぉ」
「――ッ!? は、はいです」
――生活魔法”アカリ”――
薄暗い中、サリオの詠唱が響いた。
そして次の瞬間、超巨大な”アカリ”が出現する。
他の者たちが唱えた”アカリ”とは、全てが別次元の”アカリ”が出現した。
圧倒的な光量が、他の”アカリ”すらも覆い周囲を完全に照らし切る。
「こ……これが……」
「まさに……」
「ああ、素晴らしい。本当に素晴らしい!!」
「これが噂の日輪の幼女」
「暁の巫女か……なるほど、まさにその通りだ」
全てが決した。
袴の男は声も出せず、空を見上げたまま呆然とする。
サリオは、己の価値を見せることで、袴野郎を黙らせたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その直後、サリオの活躍に感極まった元ノトス公爵が、涙やら鼻水を撒き散らしながらサリオに抱き着こうとした。
父親が、子供の活躍に感動して、思わず抱擁をしに行ったとも見えるのだが、サリオからしてみれば、オッサンが突然抱き着きに来たようなモノなので、うっかりと防衛してしまった。
全力で放たれた拒否の張り手は、的確に元ノトス公爵の頬を捉え、そして首の骨をへし折ってしまったのだ。
完全に瀕死の重傷を負ったのだが、幸いな事に、最高峰の回復役が二人もいたことにより事なきを得た。
葉月曰く、前よりは楽だったとの事だった。
読んで頂きありがとう御座います^^
すいません、更新を優先させて感想欄への返信が遅れております<(_ _)>
宜しければ、感想など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字などもご報告を頂けましたら……