決戦、城の中庭決戦シンデレラ
すいません~文字数が多く、遅れてしまいました;
「クソがっ」
男は苛立ち、人を掻き分けるようにしていた。
理由は判らないが、感情がそうさせていた。煌びやかな会場が今は酷く疎ましいと感じていた。自慢の袴も煩わしい。
だがあの場に、あのまま居るという選択肢は取れなかった取りたくなった。
「邪魔だっ」
「きゃっ!?」
「お、おいキミ?」
人を押しのけて突き進んでいく。
非難染みた声や視線を貰うが男は無視をした。
一刻も早く何処かに行きたかった。酷く自分が惨めに感じてしまうから。
だが、それを認める事は出来なかった。
その男は、貴族である父親について中央にやって来ていた。
父親の治める領地は東の玄関口。
東にやって来る物資の大半が、その街を経由すると言われている。
当然、逆に出て行く物資もそうだった。
父親に、『これからの為の勉強だ』と言いつけられた。
そして、『自分の顔を売るためにもついて来い』と、今代の勇者に会えるとも言われた。
その男はそれに歓喜した。
そこまで多くは望まないが、勇者と面識を持てれば有利になることが多くなる。それはその男にとってプラスでしかないのだから。
だが、その勇者にはまだ会えていなかった。
暗黙の了解、地位が上の者から勇者に会える。だから上級男爵ではなく、その嫡男でしかないその男には、その機会がなかなか回って来なかったのだ。
少なくともあと数時間はその機会が回ってない。
運が悪ければ一度も会うことが出来ないかもしれない。
本来であれば、もっと早く中央へと向かいたかったが、東側は魔王からの被害が酷く、それの対処に忙殺されて、中央に来るのがギリギリとなってしまっていたのだ。
そしてもっと早く中央入りして、情報などを集めておくはずだった。
もう一つの目的の為に。
屈強な冒険者たちが多数所属する冒険者連隊の勧誘。
強い冒険者達は、他の冒険者たちを呼ぶ。そしてその冒険者たちに釣られて、もっと数多くの冒険者たちが集まってくる。
現在、東側は魔物の脅威に晒されている。
その為に、戦える冒険者が必要であった。
戦うしか能のない冒険者たち。はした金で命を投げうる貴重な存在。
騎士や兵士などは、死んでしまうとそれ相応の金を支払わねばならないが、冒険者たちは違う。
本当に使い勝手の良い存在。
欠点があるとすれば、それは身勝手な事。
美味い話には飛びつくのに、そうでない話には見向きもしない存在。
今回目当てにしているのは二つの冒険者連隊。
ノトスの街を拠点にしている冒険者連隊と、勇者アカギ様が率いる勇者同盟と言う名の冒険者連隊。
今回の本命はノトスを拠点にしている方。
彼等は東でも噂になっていた。
孤高の独り最前線が所属している冒険者連隊。
たった一人で魔物の群れを殲滅し、たった一人だけで村を守った者。
そしてその後、その者はノトスへと戻ったと聞いた。
そのまま残った者も猛者揃いだった。東の広域移動防衛戦では多大な貢献をしてくれた。
そして今回の魔王戦では、もっとも功績を上げたと聞いている。
一人も戦死者を出さずに戦い抜いた、最強と名高い冒険者連隊。
今回の目的は二つ。
勇者との面識を得ることと、猛者が揃っている冒険者連隊を引き込むこと。
魔王を倒した事などは、もう終わったのだからどうでも良かった。
今、急務なのは戦力の確保なのだ。ここ最近ずっと、北に冒険者たちを取られているのだから。
そしてそれが目的なのに、実際のところ、その男には出番が無かった。
それら全ては、父親であるメークイン上級男爵の仕事だった。本当に、ただ”勉強の為に”連れて来られただけだったのだ。
職人に不眠不休で仕立てさせた、光沢のある袴を用意したというのに。
これを着てイブキ様の前に立ちたかったのに、結局やることがなく、男は一人腐っていた。
孤高の独り最前線を一目見ようと、それらしい男を探してみたが、それも見つからなかった。
名前は知らないが、誰もが一度見れば判ると言っていた。
孤高の独り最前線は、それだけ異質であり異様だと聞いていた。
少なくとも、一人で魔物を屠るぐらいなのだから、きっと巌のような男だろうと思い探し回っていた。
そしてそんな時、あるモノを見つけてしまった。
フードを目深く被ってはいるが、僅かな隙間から見える整った鼻筋、ほっそりとした顎と可愛らしい口元。
一瞬だけだが見えた瞳には、息が止まるほど惹かれてしまった。
可愛らしい口元は、狼人の特徴があった気がしたが、この様な祝いの場に、忌避すべき狼人がいるはずが無いと切り捨てた。
だから声をかけてやろうとした。
その身なりから、貴族ではなく冒険者だと判った。
あわよくば一夜を、もしくは――。
男はそう思っていたのだが。
( クソ! 見せつけやがってっ! )
男は苛立ちが止まらなかった。
親の仕事を見る為にやって来た。これからの為にとやって来た。のに――あんなモノを見せつけられるとは思わなかった。
強く惹かれた分、その反動が大きかった。
男は、それを振り払うかのようにその場を離れた。
駆け足程ではないが、それなりの急ぎ足でパーティー会場を掻き分けながら歩いた。
だから気付けなかった。
自分の腰ほどの高さしかない者がいるとは思わなかった。
しかもその小さい者が、体に見合わぬ大皿を持っているなど――。
――――――――――――――――――――――――
俺がアホな事をやっているうちに、ちょっとした事が起きていた。
両手に大皿を持って青ざめるサリオ。
そのサリオを、まさに憤怒の表情で睨みつける貴族の男。
そしてそれを、すぐ後ろで気まずそうな顔で見守る給仕の男。
「一体何が……」
詳しい状況は判らないが、サリオが貴族の男の服に料理をかけてしまったようだった。
怒鳴られて完全に委縮してしまっているサリオ。
サリオは高レベル冒険者とはいえ、魔法以外ではどちらかというと駄目な方。しかもサリオには、【弱気】というマイナス効果しかない【固有能力】を持っている。
その【弱気】の為か、今にも泣き出しそうな顔をしている。
俺は駆け寄りまではしないが、人混みを掻き分けながらサリオの元へと向かった。すぐ後ろには、当然ラティも付いて来ている。
――くそ、ちょっと目を離した隙に何があったんだ?
さっきまであんなに楽しそうにしていたってのに、
料理も大皿に取り分けて貰っ――え……?
頭によぎる違和感。
俺はそれを確認すべく、サリオが持っている大皿に目を向けた。
その大皿は、幅が50センチはありそうな大皿。
皿の底は浅く、料理を見栄え良く盛り付けるのには適していそうだが、誰か個人の取り皿として使う物ではないし、少なくとも、汁があるような物には適していない皿だった。
しかし、乗っている料理は魚の煮付けのような物。
サリオの身長では、テーブルに戻すだけでも一苦労。下手をすれば皿が傾き、置こうとしたサリオ自身に中身の汁がかかるかもしれない。
そんなモノを、身長が幼児程度のサリオに渡すなど悪意しかない。
給仕の男は、自分の方へと矛先が来ないことにホッとしたのか、気まずそうにしていた表情を引っ込め、無表情を装い人混みに去ろうとしている。
「ラティっ、あの給仕を頼む。俺はサリオの所に行く」
「はい、ご主人様」
俺たちは二手に分かれた。
事の真相は分からないが、少なくとも、あの給仕には悪意があったはずだ。少なくとも、不満顔を隠そうとはしない程度には。
給仕の方はラティに任せ、俺はサリオの元へと向かう。
「このガキが、この袴がいくらすると思っているんだっ! これでは勇者様の前に出れないではないか! どう責任を取るつもりで――ん? おい、貴様ハーフエルフか!?」
「ぎゃうっ」
サリオの付けていた花冠を、叩くようにして外す袴の男。
叩かれて花冠が床へと落ち、サリオの中途半端に長い耳が露わになった。
「何故ハーフエルフなどがこの場にいるのだ! お前らは街に住めず、森からも追放される存在だろうが。っこのハーフエルフがあ!!」
「ひゃうっ!」
大きく振りかぶられた右腕。
袴の男は、怯えるサリオに対し右手を振り下ろそうとした。が――。
「ぐへっげぇ!?」
「うちのに何をしようとしてんだ袴野郎が!」
俺は袴野郎の喉を鷲掴みにし、身体を割り込ませてサリオを庇った。
サリオの方は余程心細かったのか、俺の黒鱗佩楯を後ろからギュッと掴む。
本来であれば、そのまま地面に叩き付けて、機動力を奪う為に脚の付け根でも踏み抜くところだが、この場は祝いの席、やり過ぎはマズイと自重した。
だが、腕にはしっかりと力を込める。
「は、はぁせよ、くぅしい……」
「何言ってんか見当は付くけど、何を言ってんのか判らねえよ」
「こひゅぅ、こひゅぅが……」
「チッ」
俺は押し退けるようにしながら、袴野郎を解放してやった。
袴野郎は足に全く力が入っておらず、後ろに倒れ込み尻もちをつく。
「がっはぁ、はぁはぁ……。貴様ぁ、この冒険者風情がっ! メークイン上級男爵嫡男の私に歯向かうとは、一体どうなるかわかっているのだろうな!」
「メークイン? あぁ~確か東の玄関口の街のヤツだっけか?」
「そうだ! そのアズマの街の支配者だ。私に逆らう……と。きっ、貴様はさっきの黒いヤツ!?」
「あっ! コイツって……」
目の前の袴野郎は、さっきラティに話し掛けようとしていた貴族の一人だった。
去り際も、一人だけ睨むようにこちらを見ていた奴だ。
――あ~~、なるほど、
あの時、苛立ってどっか行ったから、それでサリオにぶつかったのか?
なんかその可能性が高いな、
これは予測だが、何となくあっていそうな気がした。
ラティに見せつけられる形になった袴野郎は、こちらを睨んではいたが俺に睨み返され、それで慌てて去っていったのだが、その途中でサリオにぶつかったのかもしれない。
そしてサリオの持っていた料理が服にかかり、八つ当たりで激怒した。
多分、そんな感じだろう。
( なんだかなぁ…… )
俺は思わず哀れみの視線を向けてしまう。
何というべきか、巡りが悪かったともいうべきか。
そんな風に思っていると、俺の哀れみの視線が余程気にくわなかったのか、袴野郎が更にヒートアップし始めた。
まだ震える脚に力を入れて立ち上がり、俺とサリオに罵声を浴びせてきた。
「こ、このっ! くそ、大体何でハーフエルフがいるんだよ! ここは王城だぞ? お前らが最も居てはならない場所だろうが!」
「は? 何を言って……」
「人でもない、エルフでもない、どちらでも無いお前らが、無価値なお前らがっ」
俺はこの時、『もういいかな』と思った。
遠慮などは要らない、喉輪をかまし地面に叩き付け、その後は色々と踏み抜いてやろうかと、本気でそう思った時――。
「おいおいおい、お前さんよお。我らの暁の神子を無価値とか言うがぜよ?」
「へ? お前は小山組のアファ?」
「マジかよコイツ。魔王討伐にスゲェ貢献した日輪の幼女にケチつけるたぁ、――イイ度胸だなアンタ?」
「全くだな。貴族の坊ちゃんよう、お前に焔斧を上回るだけの価値があるのか?」
「ちょっとちょっとアファさん。我らのって、サリオちゃんはうちの組っしょ」
「お前たち……」
小山組のアファに続き、サイフア、ドルドレー、バルバスまでもやってきた。
奴らは袴野郎の前に立ち塞がり、サリオを庇う肉壁となる。
「な!? この冒険者風情が……、お前らはハーフエルフを庇うと言うのか! 歴代勇者さまも認めていないハーフエルフを! そんなチビを!」
袴野郎は怯みはしたものの、まだ諦めずに吠え続けた。
己が否定され、我を忘れているのか、顔を真っ赤にしながら全力でハーフエルフを否定し続ける。
「へぇ、彼女をまだ否定するのか。ならこっちはアンタを否定する。俺たち陣内組は二度と東には遠征に向かわない。当然大規模防衛戦にも参加をしない」
「レプさん」
「レプソルしゃん」
「は? え? 遠征……え? じ、ない組?」
新たにやってきたレプソルさんは、東にはもう向かわないと宣言した。
そしてそれを聞いた袴野郎は、まるで酔いが一気に醒めたかのような顔する。
「ま、待ってくれ……遠征って……」
「ああ、それならオレ様も行かねえぜ!」
「おれもだ」
「わしもがせよ。……しかしまぁ、これだけのメンツが行かないとなると、他の冒険者たちも減るかもがぜよなぁ~。オマエさんの所為でなっ!」
「ま、待ってくれ、いや待って欲しい。貴方達にそっぽ向かれたとなると、私の立場が。父になんと言えば……」
ただの冒険者と侮っていた袴野郎だが、目の前にいるメンツが誰なのかを把握したのか、顔色を赤から青に変えて必死に懇願してきた。
だが俺は――。
「知らねえな。俺たち陣内組は二度と東には遠征に向かわない。それもこれも全てお前の所為だ」
「そうそう、移動防衛戦って労力の割に報酬が悪いからな」
「無駄に消費もするしな」
それから袴野郎を無視するように、レプソルさんたちが去っていく。
俺もそれに合わせてその場を離れることにした。これ以上この場にいても、そしてこの袴野郎にこれ以上付き合う必要などないのだから。
だが、奴は――。
「お前が居なければあああ!」
「ったく……」
トチ狂ったのか、袴野郎が雄叫びを上げながらサリオに襲いかかる。
当然そんな事は想定しており、俺は脚の一本でも刈り取ろうと思ったのだが。
「貴様ああああああ!」
「――あがっ!?」
突然初老の男性が、袴野郎を横から殴ったのだ。
横から殴られると思っていなかった袴野郎は、再び後ろに倒れて尻もちをつく。
「小僧が、何をやっておるんじゃあ! 私の娘に手を上げよって」
「へ? あ、このおっさんって確か」
「ぎゃぼぼ?」
乱入してきたのは、アムさんの父親である元ノトス公爵だった。
息を荒げ、肩を上下させながら呼吸をしている。
「な、殴ったな! 私を殴ったなあ!」
「喧しい! この東者が」
尻もちをついたままで、見上げながら吠える袴野郎。
余りの急展開に、俺やサリオどころか、周りの全員が呆気に取られている。
獲物を横からかすめ取られた感じもするが、それよりも――。
「むす、め?」
「娘さんです?」
俺はサリオの方に目を向けた。
そしてその視線を向けられたサリオは、自分の後ろに娘がいるのかと後ろを振り向く。
「誰もいませんよです?」
「……ああ、そりゃいないだろうな」
きょとんとしているサリオ。
そんなサリオに、元ノトス公爵が歩み寄る。
「おお、すまなかった……私が、私が弱かった所為で……」
「ほへ?」
「親じ――父上! まだです、まだ早いです! 今はまだ早すぎます。今はまだ」
今度はアムさんがやって来た。
サリオと元ノトス公爵の間に割って入り、元ノトス公爵を諫める口調で、それ以上何も言わせないようにしていた。
「何を言うかアムドゥシアス! この子は貴様の――」
「――だから待てって親父っ! 今はまだ整っていない。まだ早すぎるんだ」
「何を言うアムドゥシアス。お前だってエルフを起用するなど色々とやっておるだろうが。そのお前が何故邪魔をする?」
「だからだ! だからまだ早すぎる! アンタが、いや、父上が認めたとしても世間がまだ認めない。今はまだ――」
「喧しい!! この娘は、私とサリアの子なのだ!」
「え……」
その時、この場にいる全員の視線がサリオへと集中したのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ、感想など頂けましたら嬉しいです;
あと、誤字脱字なども教えて頂けましたら……




