決戦、城の中庭端っこ編
「ギームル、ちょっと話したい事がある」
「ぬ? 小僧……」
ギームルは会場の隅の方にいた。
もしラティがいなければ、探し出すにはそれなりの時間がかかりそうな場所。
明らかに人目を避けた位置、何かの伝達で来ていたであろう男が横にいたが、ギームルは目配せしてその男を下げさせた。
一礼して去っていく男。
俺はその男が十分に離れるのを確認してから、ある用件を切り出した。
「聞いて欲しい事……ってか、報告? いや密告――違うな。要は伝えなければいけない事があるんだ」
「ほう? 小僧、貴様からわしに伝える事があると?」
「ああ、そうだ――」
俺はギームルに伝えなければいけない事を伝えていった。
まずは秋音の事。
彼女は勇者でありながら、暗殺業を請け負っているかもしれないという事を伝えた。そして、姿や気配が偽装出来て、何処にでも侵入などが出来るという事も。
次に、北のダンジョンの最奥にある、精神が宿っている魔石が破壊された可能性を伝えた。
これは完全に推測なのだが、状況がそう感じさせたのだ。
そして、もしそれが推測通りであれば、とんでもない事態になるのだ。東だけではなく、北まで魔物が溢れるように湧く状態になってしまうのだ。
俺がそれらを伝えると、秋音の件では色々と腑に落ちた様子だった。
位置を把握出来ない理由がようやく分かったと、ギームルはそう言った。
正門のステータスプレートのチェックなどで、秋音ハルの存在は確認が出来るのに、足取りだけは全く追えず、誰もが不思議がっていたと言うのだ。
暗殺業の方は、事実確認が取れていないので、今は置いておくと言った。
そして、精神が宿った魔石の件は――。
「この小僧がっ! 何故それを早く言わん。……いや、ただの憶測なのだから不用意に言うモノではないか。だがそれを伝えて来たということはジンナイ、お前は自分で判断をして、そしてわしに伝えてきたのだな?」
「は、判断ってほどの……もんじゃねえよ。ただ、これは必要だと思っただけだ」
俺は心の中で、『遅れてスマン』と付け足し、ギームルにそれを伝えた。
とてもとてもとてもアレだが、これは伝えなくてはいけないと、頭の中では解っていた事なのだ。
「ふむ、これで楽になったな。最大の問題がこれで解消出来る」
「へ? 最大の問題?」
『そうじゃ』と言って、凄まじい黒さを滲ませた笑みを見せるギームル。
赤子が見たとしても、何か悪い事を企んでいると思える程の表情。
「……北を、ボレアス公爵家ではなく、フユイシ伯爵家を潰す予定なのだ。既にその段取りは出来ておる」
「はぁ!? いや、どうやって?」
「勇者保護法違反じゃ、それで根こそぎ刈り取る予定じゃ。これは北を除く全ての四大公爵家と話がついておる。当然、宰相であるミィキィや将軍のガーイルにも根回し済みじゃ」
「はああああ!?」
「喧しいっ、声がデカいぞ小僧が」
それはある意味、今日一番の驚きだったかもしれない。
アルトガルやノトスだけではなく、エウロスやゼピュロスまでも、北への進軍に同意していると言うのだ。
表向きは友好的な振りをしているが、あれは油断を誘う為のモノであり、裏では勇者保護法を発動させて潰すつもりなのだと。
先程の鼠顔の態度をみるに、とてもそうとは思えなかったのだが――。
『はい、その通りだと思います。表向きは仲が良さそうだったのですが、感情の色が偽り一色だったので、何故だろうと思っておりましたが、これで合点がいきました』と、ラティが言ったのだ。
表面しか見えていない俺には分からなかったが、感情の色が視えるラティにとっては、宰相と北の貴族のやり取りは不思議な光景だったらしい。
だが今のギームルの話を聞き、彼女は納得が出来たと言うのだ。
ギームルから少し離れ、ラティに耳打ちをしてもらう形でそれを教えて貰った俺は、自分の甘さを悔やむ。
――マジかあ……
俺はあの鼠顔の野郎に騙されていたのか、
くそっ、鼠顔の癖に……って、今はそれよりもっ、
「ギームル、さっき言ってた最大の問題ってなんだよ? 俺の言ったことで何が解消されたんだよ」
「ふん、訊くばかりではなく少しは考えんか。良いか? 勇者保護法には勇者同士を戦わせていけないというモノがある。そして北は、間違いなく勇者を前に出してくるだろう」
「だから……こちらは勇者が使えないって事か?」
「そうじゃ。だから北へと向かえるのは、自発的に北へと向かう勇者のみなのだ。こちらから北に一緒に行って欲しいとは要請する事が出来ないのだ。そして現在、自発的に向かってくれるのは勇者アカギ様のみじゃ」
「へ? 赤城が……ああっ!!」
「貴様は既に誘われておるのだろう? ジンナイよ」
「ああ、赤城からそう言われた……」
「ならば話そう――」
今回の北討伐の件、一番最初に話を持って来たのは、なんと赤城なのだという。
赤城からギームルへと打診があり、最初は難色を示したそうだが、今回の魔王戦で北から勇者が派遣されなかった事により、ギームルも北討伐を決断したのだと。
赤城は、勇者同盟のメンバーである情報屋ドライゼンを正統なボレアス公爵として、ボレアスの街の奪還を画策し。
ギームルの方は、あまりに不穏な動きを見せるフユイシ伯爵家をどうにかしたいらしく、お互いの利害が一致したそうだ。
そして勇者保護法による、合法的な略奪許可という旨みで、西と東を抱き込んだのだという。
西はともかく、東にはそれがとても魅力的だったらしく、簡単に靡いたのだと。
あの鼠顔の男が、上機嫌で北の貴族を相手にしていたのは、そういった思惑があったからなのかもしれない。
だが問題が一つ、北に所属している勇者の存在。
これの排除には、勇者保護法違反になるので勇者は使えず、説得による懐柔か、過剰な危害を加えない武力が必要だったのだと。
しかし俺からの情報の、北に広がるダンジョン地底大都市の最奥にあるはずの魔石が、何者かによって破壊された可能性があるのならば、それの調査という名目で勇者たちをボレアスの街に送れるというのだ。
公にはしていないが、現在は東がその魔石を失った状態であり、その危険性には十分な説得力があるのだから、勇者たちは誰も反対はしないだろうとギームルは言う。
特に椎名は、間違いなく参加するだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は話を聞き終え、ふと思う。
赤城が俺に求めている役目は、勇者である荒木を押さえる役目なのだろうと。
そんな気がした。
勇者保護法に引っ掛からず、勇者と対峙出来る存在として。
俺は何となくだが、ギームルから視線を外し、会場へと目を向けた。
いまだに勇者たちは囲まれたまま。もしかするとあの中には、既にこの話を聞かされているヤツがいるかもしれない。
そんな人垣の一つから、とても大きな声が聞こえてきた。
「でよ、ガッツーンって葬った訳だ!」
「ほほ~流石はウエスギ様。なんと申しますか、豪快ですなぁ」
「あの一撃はそうやって編み出されたのですか」
「まるで将棋だな……」
「それでは魔王の脚も一溜まりも無かったでしょうね」
上杉は魔王との戦いを饒舌に語っていた。
きっと上杉は赤城に協力するだろう。そして北へと向かうだろう。
既に赤城から、何かしら聞いているかもしれない。
俺がそんな事を思いながらヤツを眺めていると――。
「あ、サリオさんが……」
「ん? ああ……」
俺はラティの声に引かれ、彼女の視線を追うとそこにはサリオがいた。
サリオはラティが居なくなった為か、近くの給仕に料理を取り分けてもらっているようだが、その給仕の表情は、あからさまな不満顔。
サリオは招待客であるのだから、一応サービスをしているようだが、サリオがハーフエルフということで、給仕の男は不満を露わにしているようだった。
正直見ていて気持ちの良いモノではない、しかし幸いな事に、サリオは全く気付いていない様子。
「あの、ご主人様。わたしはサリオさんの所に戻りますねぇ」
「ああ、頼む。平気だとは思うけど一応な」
「はい、では行ってまいります」
頭のフードを押さえ、重力を感じさせないような足取りでラティはサリオの元へと向かった。
俺がそれを見つめていると、後ろにいたギームルが不意に呟いた。
「ふん、あの馬鹿共は、色眼鏡で全てを見おってからに……。あの子の価値は解っておるだろうが、くだらん価値観に囚われおって。それにあの子は……」
「ん? ギームル、誰のことを――ッ!? ラティ?」
ギームルの呟きが気になった、一体誰のことを言っているのだろうと。
だがそれを聞こうとした瞬間、突如ラティから、何かを警戒する感情が流れ込んで来たのだ。
俺は視線をすぐに戻し、ラティの姿を確認したのだが、そこに広がる光景はなんと――。
「…………へ?」
「ほう? あれはあれで、正しく判断した者たちかもな……」
目の前の光景は、少々面白い事になっていた。
困り気味のラティと、互いが絶妙な距離を取っている貴族たちがいたのだ。
7~8人の若い貴族たちが、全員ラティに声を掛けようと窺っていた。
「全く、また魅……ん?」
――ん? どうなってんだアレ?
でも、お互いが牽制し合っているよな?
それなら【魅了】で惹かれた訳じゃないだろうし……
あれ? と、いうことは……
最初は貴族たちが、ラティの【魅了】に惹かれたのだと思った。
だが、我を忘れた様子ではないし、しっかりと自制しているように見える。
「ああ、そっか……」
気付けば当たり前の事だった。
ラティは誰から見ても美少女だ。今ここで、ラティが一番可愛いと叫んでも良い程だ。
若い貴族たちは、ラティに話し掛けたいのだ。要はナンパだろう。
フードで頭を覆っているとはいえ、サリオに料理を取り分けている時は、少しぐらいは顔を晒していたはずだ。
サリオの世話を甲斐甲斐しくしていたので、その場で話し掛けるのは躊躇われたのかもしれないが、ラティはいま一人で歩いていた。
正確に言うならば、ラティはサリオの元に向かっていたのだが、彼等からしてみれば、『やっと一人になった』瞬間だ。
そして各々が一斉に動き、一斉に動いた故に、互いが一斉に牽制し合った状態なのだろう。
もしかすると、こういった場合は誰から先に声を掛けて良いかなどの、暗黙のルールでもあるのかもしれない。
例えば、身分が一番高い者から優先権があるなどの暗黙のルールが。
そして以前の俺であれば、自身の余裕の無さや、掴みようの無い不安感から、すぐにラティの元に飛んで行っただろう。
だが今の俺は、ラティとはもうそれなりの深い仲、少しぐらいの余裕はあった。
それに――。
( 困っているラティ可愛いな…… )
困り気味のラティがレアで可愛かった。
嗜虐的な趣味などは無いが、少しオロオロしているラティが本当に愛らしかったのだ。つい魅入ってしまう。
この場は祝勝会という目出度い場であり、それに水を差すような、力でねじ伏せるなどの乱闘騒ぎを控えた為か、ラティは貴族たちをどうしたら良いのか迷っていた。
あまり口の上手い方ではないラティでは、気の利いた断りの文句など言えないだろう。スパっと裂くような事なら言えるかもしれないが。
そして、そうこうしているウチに、一人の貴族が一歩前に出て来た。
一番身なりの良さそうな貴族が、ラティの前へと歩み寄ったが――。
「あっ」
ラティは風のように音も無く下がり、俺の横側よりもやや後ろにやって来た。
その構図は、俺の陰に隠れ庇われたような状態。
そしてラティは、トドメとばかりに俺の右腕をそっと掴んできた。
口に出来るモノではないが、何とも言えない優越感に浸ってしまう。
身なりの良い貴族の方も、それを見せつけられては、それ以上はやってこず、人混みの中へと去っていった。
他の若い貴族たちも、潔くそれぞれ散っていた。
ただ一人だけ、趣味の悪そうな和風テイストの服装の男が、睨むように見てはいたが、睨み返すとすぐに去っていった。
「あの、ご主人様。少々趣味のよくないことを考えておりませんでしたか?」
「あ、いや……あの、御免なさい」
言い訳など通用する訳がないので、俺はラティに潔く謝る。
ラティの言うように、あまり良いモノではなかっただろう。
だが、良いモノを見れたと、そう思っていた時――。
「何すんだこのガキがっ! クソが、こんな汚しやがって!!」
「ぎゃぼぼーーーー! ごめんなさないですよです~」
「へ?」
「あ、あれはっ」
聞きなれた情けない悲鳴と、激しい苛立ちを滲ませた怒声。
その声の元には、両手で大きなお皿を持ったサリオと、その大きなお皿に盛ってあったであろう料理で袴を汚した貴族の男が立っていたのであった。
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