決戦、城の中庭前半編
活動報告にご連絡が書いてあります~
会場にいる誰もが俺たちの方を見ていた。
知り合いの連中はニヤニヤと、一部の貴族は俺でなくサリオを、そして大半の連中が俺たちを探るように窺っていた。
「これは……」
情けなくも戸惑ってしまう。
観客席に座って芝居を眺めていたら、突然スポットライトを当てられて、舞台の上に来て下さいと言われているようなモノなのだから。
「ふんっ! さっさと行かんか小僧が」
「――てっ」
ギームルは俺の背中を強く叩き、俺を前へと押し出した。
黒鱗装束を纏っているからそれ程でもなかったが、もし着ていなければ、背中にくっきりと紅葉の跡が出来るレベルの張り手。
心なしか、嫉妬のような苛立ちを感じる一叩きだった。
俺が一歩前に出ると、静観していた人たちが一斉に引き、勲章を授けていた王女までの道のりが出来上がった。
ちょっとしたモーゼな気分。
俺は割れて出来た道を歩き、こちらを見つめている王女の前まで行く。
そして、その王女の前までたどり着き、俺ははっと気付く。
「あ……えっと、アレ? どうすればいいんだっけ?」
場の空気に流されてやって来てしまったが、どうすれば良いのかと、しばし戸惑ってしまう。
「すまんなジンナイ。今はこれ以上金貨を用意していない。残りの金貨は後日、必ず渡す」
空気を読んでくれてか、有り難い事にガーイルが動いてくれた。
金貨五百枚には足らないが、ガーイルは金貨百枚ほどが入っていそうな布袋を手渡してきた。
「ああ、分かった。飛び入りみたいなモンだからな、それは仕方ないな……あ、残りをあの紙切れで用意すんなよ?」
「勿論だ、きちんと金貨で用意しよう」
「ぐっ、ぬうっ!」
――おいっ、鼠顔!
その反応だと、あの換金が出来ない紙幣で払うつもりだったなコイツ、
何でこの国の宰相の奴らは、俺の場合はあれで払おうとすんだよ!
ガーイルがまともで良かった、
あの時の事を思い出す。
援助金を貰いに行ったら、ギームルの手回しで、換金を渋られると言われている紙幣で払われそうになった時の事を。
ちょっとした懐かしい思い出。
そしてその時も――。
「ジンナイ様。魔王討伐、本当にありがとうございます」
「あ、ああ……」
王女アイリスは、高貴さや気品に満ちた笑みを浮かべて、労いの言葉を掛けてきた。
それはとても整った顔立ちで、一国を背負う王族という空気を纏っている。
「では、ジンナイ様にも勲章を――あっ」
「あ……」
彼女は、俺に勲章を付けようとしたのだが、予定された分しか用意してなかったのか、勲章が並べてあったケースの中には、一個も勲章が残っていなかった。
手本のような微笑みが僅かに綻ぶ。
申し訳なさ、不安、どうしたら良いのだろうかという、そんな表情を王女が見せる。
そして、身に着けている物でも渡そうとしたのか、彼女は自身の服へと目を向けたが――。
「もう頂いております、俺は」
「え? ジンナイさま何を……」
問い掛けるような瞳を向けてくる王女に対し、俺は自分の鎖骨辺りを指差す。
「もう貰っております。そして、本当にありがとうございます」
「そ、れは……」
「これには助けられていますし、何より安心させて貰っております」
「……はい、それでしたら何よりです」
俺は、以前王女に貰った、花の形をした髪留めを指差していた。
これのお礼はしっかりと伝えておきたかった。
一度は、どさくさに紛れて伝えはしたが、しっかりと言葉にして伝えておきたかったのだ。
俺の言葉に、王女が笑みを見せる。
可憐な淡い花が綻ぶような、見ていて本当に嬉しくなるような笑顔を見せる。
――ん~、さっきの笑顔も良いけど、
俺はこっちの方が好きだな、本当に良ぃ――っ!?
「ぐへっ!?」
「さっさと戻ってこんか小僧。いつまでここにいるんじゃ、この痴れ者がっ」
「へ? ギームル!? って引っ張んな、おいっ」
俺は襟の後ろを掴まれ、ギームルによって引き摺り戻された。
元の場所へと戻ると、無表情で佇むラティさんと、報奨金が出ると聞いてワクワクしているサリオが待っていた。
「ら、ラティさん?」
「…………あの、良かったですねぇ。これで借金が全て返し終えるかと」
「貰って良いのです? ギームル様からも貰っているけど、それとは別で貰っても良いのです?」
温度差の激しい対応。
俺は少々肩身の狭い思いをしながら、鼠顔の男の締めの挨拶を聞き流す。
その勲章授与の締めの挨拶が終わると、『お時間の許す限り、心いくまで御歓談を』という流れになった。
誰もが勇者の元へと動き出す。
人気の高い勇者から埋まっていき、その勇者に近寄れなくなると、まだ近寄れそうな勇者の元へと流れていく。
俺は会場の隅の方で、激しく行きかう貴族や街の権力者たちを眺めた。ガレオスさんやハーティの元にも、何人かが話し掛けに行っている。
因みに俺の元には人っ子一人やって来ない。
だが、今はそれが有り難かった。俺は横にいるギームルへと、ある疑問を訊ねたかったのだ。
「ギームル、ちょっと聞いていいか? 何であの鼠顔を見逃した? アンタならアイツを失脚させたり潰したり出来たはずだろ? 何で見逃してんだ?」
ギームルは格付けがどうとかこうとか言っていた。
ならば、あのしょうもない宰相を潰すのだろうと思っていた。
だがギームルはそれをしないで、俺に報奨金が行くように根回しをしただけで終わっていた。
赤城のあの発言などは、間違いなくギームルの仕込みだろう。
そして、ギームルの作り上げたシナリオ通りに事が進んだのだろう。
だから疑問に思う、何故、あの宰相を見逃すのかと。ヤツは癌にしかならなそうなのに。
「ほう、一応は気付いておったか。だがまだ甘いな小僧」
「はあ? 甘いのはアンタじゃねえのか? あの宰相を見逃してんだから」
俺はギームルを軽く挑発しつつ、ラティを見る。
そのラティの表情は真顔。彼女が合図も送らずに真顔ということは、ギームルの感情が揺らいでいないという事。
――ん? なんだこれは?
何か読み間違えたのか? 一体どういう……
「いいか小僧。先程わしは『格付けがすんだ』と言った。貴様はあれの意味が解っていないようじゃな。アレはヤツをへし折り、これからのヤツの発言力を無くす為のモノじゃ」
「へ?」
「全く――」
ギームルは俺に解るように説明し直してくれた。
要は、宰相の立場を無くし、将軍の印象をよくする為の茶番だったらしい。
勇者や貴族、誰もが見ている前で面子を潰し、そしてそれをガーイルがフォローする。これによって、宰相と将軍の格付けを印象付けたのだという。
だがやはり――。
「おいジジイ、だったらあの鼠をそのまま潰した方が良かっただろうが。何で追い込まない? それともこれから追い込むのか?」
「ふんっ、だからこやつは……。いいか? 相手は魔物ではないのだ、ただ相手を潰すだけなど愚策じゃ。いいか小僧――」
俺はギームルを侮っていた。
心底思う、きっとコイツがラスボスだろうと。
ギームルは、あの宰相を飼い殺しにするつもりなのだ。
あの鼠顔を放逐したとしても、すぐに次の宰相がやってくる。しかも順番でいくと、次の宰相はボレアス側から選ばれるのだという。
それは面白くない上に、危険でもある。
だから、鼠顔には宰相という地位だけを残し、ヤツには何も出来ない状態になってもらい、宰相という枠を埋めておくだけの存在にしたのだと言った。
前とは違い、将軍のガーイルがいるので強権を振るう事が出来ず、だからと言って、再び排除することはもう出来ないらしい。
ここで再び排除などしようモノなら、どんな非難を浴びるのかは解っているのだから。
そして下の者たちは、恐ろしい事にギームルの息のかかった連中で固めたらしい。
数カ月前まではギームルが宰相だったのだから、その辺は簡単だったと。
それとは別の他の者たちも、今の格付けのを見ればガーイルへと日和る。
宰相が意図して評価しなかった俺を、勇者たちが支持し、そしてそれを率先して受け入れたガーイルという構図。
先程の、金貨が入った布袋を受け取るやり取りは、その為の布石であり、あれは俺の為ではなく、宰相を落とし入れる為のモノだったのだ。
「うぉい、俺はダシに使われたのかよ……」
「さぁどうだろうな」
「だ、だけどよ、これで鼠が黙ったままでいるのか? アイツがまだ歯向かってくる可能性だってあるんだろ?」
「はぁ、全く解っておらんようじゃな。既に掌握しておるんじゃ、他の者が来るより楽だろうが。……仮に何かあったとしても、すぐに叩き潰す用意も出来ておる。それに……」
「それに……?」
「本当に叩き潰されそうになると、馬鹿は無茶をしようとするからな。追い詰められた馬鹿共は、どんな愚策でも起死回生の一手だと勘違いする。これは教会の奴らにも言えることだがな」
「へ? 教会にも?」
「そうじゃ。教会の犯した失態はかなりのモノじゃ。だがこれで追い詰めたりすると奴らは……」
ギームルはそこで言葉を止め、勇者葉月の方へと目を向けた。
( ああ、そうか…… )
ギームルが何を言いたいのか理解出来た。
捏造の件や、最近の教会の失態などで追い詰めれば、奴らは起死回生の策として、再び葉月を得ようとすると言っているのだ。
葉月が教会側に戻るとは微塵にも思わない。
だが、だまし討ちのような婚姻を結ぼうとした奴らだ。確かに、どんな馬鹿なことをしてくるか想像がつかない。
「良いか、毒虫の巣を潰すのであれば、逃げ出さぬように囲う必要があるのじゃ。なんの用意も無しに巣を潰せば、毒虫は予想外の広がりを見せる。だから潰すのはまだ先じゃ……」
( くそ、この手のやりとりじゃ敵わねえ…… )
ジジイの怖さを知る。
俺の冤罪の時もそうだったが、目的の為ならば、茶番を演じてでもそれを成そうとする。
そして、周りまでも上手いこと利用する。
冤罪の時は北原の悪だくみに便乗し、勇者たちを利用して俺を幽閉しようとしていた。
王女があの場に来なければ、俺はあのまま幽閉されていたかもしれない。
そしてラティは……。
「ふん、解ったか? だがこれで中央は抑えた。後は北じゃな……」
こうして、鼠顔の男の末路は飼い殺しとなった。
そして近い将来、教会も潰されるか、もしくは分断させられそうな予感がしたのだった。
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あと、誤字脱字なども……。