決戦、城の中庭前編
おくれました;
俺はこぶしを強く握る。
上杉だけではなく、もう一人祝福しなくてはならないヤツが湧いたのだから。
本当に勇者どもは油断ならない。
隙あらばすぐに嫁や彼女を作ろうとしやがる――と思っていると。
「へ? あれ?」
王女のエスコートをしていた勇者下元は、スッと一礼をすると、すぐに脇へと去って行った。
「え? あれ?」
俺はどういう事かとギームルの方を見た。
そのギームルの表情は、先程と変わらず、厳しさに忌々しさを足して煮詰めたような顔のまま。
――え? あれ?
今のってよくあるアレ的な感じじゃないの?
婚約の発表的な、そんな感じだったんじゃ?
異世界だと、エスコートの意味が違ったりするのかな?
僅かな困惑、俺は困った時のラティへと目を向ける。
状況が把握し切れない時は、彼女の【心感】に頼るべきなのだ。が――。
「あの、ラティさん。なんか目がちょっと……」
「……いつもと同じだと思いますが」
ラティは少々呆れ気味な目をしていた。
そしてすぐに、『何も無かった』の合図を返してくる。
と、いう事は、あの二人にそういった感情は無いとの事。
ならば何故、下元がエスコートなどという大役をしていたのかが気になった。
俺は答えを求め、再びギームルへと視線を向ける。
「……良いか小僧、すでに根回しは済んでおる。良いな?」
「へ? 根回しってなんだよ」
俺は続きを聞き出そうとしたが、『シッ』っと遮られ、王女からの挨拶が始まるから黙っておれと目で釘を刺された。
ギームルに従う必要はないが、王女が挨拶のスピーチを始めるのであれば仕方なしと、王女様のお言葉を待った。
そして誰もが王女の挨拶に意識を向けている中、ギームルの元へとひっきりなしに人がやって来ていた。
しかもその中には、赤城の勇者同盟のメンツまでいたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王女と宰相の挨拶が終わると次は、魔王との戦いでの武功を讃える、表彰式のようなモノが始まった。
宰相が功績の書いてあるメモを読み上げ、用意された勲章を王女が付けていく。
どういった順番なのかは不明だが、拍手喝采その他モロモロの中、勇者たちや一部の冒険者たちの名が呼ばれ、功績を読み上げた後に、豪奢な勲章が授与されていった。
冒険者からは、ガレオスさんやハーティ、うちからはレプソルさんが呼ばれ、彼等には勲章ではなく報奨金が与えられた。
次は勇者たちが呼ばれ、小山はお約束のように手と足が同時をやらかし、名前を呼ばれた時には、返事がしっかりと裏返っていた。
その後も次々と読み上げられていく。
赤城は勇者同盟の指揮や氷の城壁作りに、そして魔王の足止めの魔法などが評価。
柊雪子は、広範囲魔法で魔物を倒した事と、氷の城壁作りが評価。
上杉は、魔王との戦闘もそうだが、魔王の足を切り飛ばした事が大きく評価されていた。
逆に評価が低かったのは三雲だった。
サラッと流される程度の評価で終わってしまっていた。
そして言葉の場合は、魔王に接近してまでの小山のフォローや、街の被害者の蘇生などが大きく評価されていた。
その際に王女アイリスは、命を削ってまで国民の命を救って頂けてとの付け足しをした。
髪を示すような仕草をして、命を削る代償があって成しえた事であり、安易にそれを求めるなと言外にも語っていた。
本当に有難い牽制。
個人が蘇生を求めるなと、王族側から発せられたのだから。
彼女は本当に気遣いの出来る人だった。
因みにその時に、何故か宰相が勲章を付けると言い出したのだが、即座にガーイルがそれを軽く諫め、そのまま王女が勲章を言葉の胸元に付ける一幕があった。
葉月は、魔王戦の功績だけではなく、その後の活動も大きく評価されていた。
魔王によって汚染された大地を、浄化の魔法によって綺麗にしていったのが大きく評価されていたのだ。
その流れから、勇者八十神の夜回りも大きく評価されていた。
八十神は他にも、常に最前線へと出て、多くの魔物を倒していた事が評価されていた。
その時に少しざわついたりはしたが、橘の武功が読み上げられると、そのざわつきは静まった。
橘は決め手となったイートゥ・スラッグが評価され、この時は一際大きな拍手が鳴り響いた。
葉月も駆け寄り、凄まじいドヤ顔の橘には少しイラっとした。
椎名、蒼月、霧島も当然勲章を貰い、下元の時は――。
「勇者シモモト様は、王女アイリス様の危機を救い。そして皆さまの希望を背負って戦場を縦横無尽に駆け巡り、まさに獅子奮迅と申しますか、疾風迅雷と言うべきか、国を護りし者であり――」
と、やたらと持ち上げられながら武功を読み上げられていた。
特に王女を守った時のことを強調し、露骨に差を感じる読み上げが目だった。
何となくだが、それに違和感を覚えていると、ギームルがスッと横にやってきた。
「ふん、下らん事ばかり廻らしおって。まあ教会の方は控えたようじゃな」
「ん? どういう事だ?」
「ああ、貴様にはまだ話していなかったな――」
ギームルは手短に説明をしてきた。
実は教会の方から、八十神と同じで夜回りした事を評価しろと言われていたらしい。
ほとんど功績を上げられていなかった教会側は、メンツなどもあるので、その辺りを配慮して欲しかったそうだ。
そして、教会と繋がっている者たちが、『教会にも評価を』と、強く進言をしてきたのだと。
だが手柄捏造の件もあり、それと相殺する形で、表彰はしないが、捏造の件を追求しないで、手打ちとなったらしい。
正直、裏でゴチャゴチャしているなと、思いっきりうんざりした。
ギームルからの話が終わると、宰相の長ったらしい読み上げも終わっており、丁度下元が、王女から勲章を付けて貰う瞬間だった。
「そろそろ行くぞ」
「へ?」
ギームルがそう呟き、俺の前に歩み出た。
俺がジジイの言葉に戸惑い訝しんでいると――場が動き出した。
「では、これにて勲章の授与を終了と――」
「――ちょっと待って下さい」
宰相の言葉を、聞き覚えのある声が遮った。
異を唱えるのではなく、何か忘れていますよ? といった、そんなさり気ない感じの声音。
当然、周囲の人はその声の主へと視線を向ける。
そしてその視線を向けられていたのは、勇者赤城だった。
赤城は、集めた視線を気にすることなく、宰相へと落ち着いた声音のままで続きを話し掛けた。
「すいません。……まだ呼ばれていない人がいませんか?」
「な、何を仰いますかなアカギ様」
「ほう? これだけしっかりとした戦闘評価をしているのに、何故彼等の働きがスッポリと抜けているのですか? その辺りをお聞かせ下さい。……それとも何か特別な意図がおありで?」
「うっ――」
赤城に問われ、とても分かり易く狼狽えを見せる鼠顔の男。
その様子は、何か特別な意図があると、言葉に出さずともそう語っていた。
笑顔なのだが、とても笑っているように見えない顔のまま、赤城は鼠顔の男を見詰め続ける。
( あ~、ノリノリだな赤城のヤツ…… )
赤城が何をしようとしているのかは見当がつく。
むしろ分からないヤツはいないだろう。赤城は俺の為に動いている。
俺も途中から気付いていた。
魔王との戦いを、これだけしっかりと調べ把握しているにも関わらず、俺たちがまるでいないかのように語っていたのだ。
サリオの働きだけでも、超巨大な”アカリ”や、魔王の足止めに大きく貢献した土魔法などがある。
アレは本当に役に立つ行動であった。
そして誰が見ても判る貢献だった。それを無視するなど不自然過ぎたのだ。
俺の方も、確かに削ったのは上杉であったが、最終的に脚を切断したのは俺だ。
手柄を横取りされたなど小さい事は言わないが、あれだけしっかりと調べているのであれば、逆に不自然過ぎるのだ。だが――。
( まあ、評価されるとは思ってなかったけどな…… )
あの宰相に嫌われているのを知っていた。だからあの鼠野郎なら、それぐらいの事をやるだろうと思っていた。
俺たちの武功を無かったことにして無視をするだろうと。
そしてそれを、やはりやってきたとしか思っていなかったのだが……。
――まさか赤城が動くとは……
何でだ? こんな事をしたって赤城にはなんの得にもならないだろ?
何で赤城は動いたんだ?
そんな疑問が浮かんだ。
こういった排除的な行動には、どちらかと言うと、正義野郎が突っかかってくるはずだ。
『こんな不公平な行為はよくない』と、ヤツなら言うかもしれない。
だが八十神は動かなかった。別に勲章に拘るつもりはないし、鼠野郎にたかるのも嫌だった。だから――。
( 俺的にはスルーで良かったんだが…… )
八十神ではなく、赤城が動いていた。
正義ではなく打算的タイプが動いたのだ。俺はそんな感想を思い浮かべた、そしてその瞬間、ふと過ぎった。
俺は咄嗟にギームルを見る。
するとヤツは、ニヤリと底意地の悪そうな笑みを浮かべていた。それはまるで、これから何が始まるのかを知っているかのように。
「あ~~そうだね~。彼等に比べたら自分の働きなんて大した事ないな~~」
「お、おう、そうだな。デカブツの脚だって、俺だけでやった訳じゃねえしな」
突然見事な棒読みを披露する蒼月、そして次に、慌ててそれに話を合わせる上杉。
このあからさまな流れは、とても凄まじい茶番臭がした。
「どうです宰相さま? ちょっと忘れていただけですよね?」
「ゆ、勇者さま!? ……何の事だかさっぱり……」
「そうですか、まだ思い出しませんか。……それとも彼等の働きは、”評価”するに値しないと?」
「そ、そうです! 評価に値しない者の事などは――」
赤城からの、助け船のように聞こえる言葉。
即座に同意しようとする鼠顔の男。だが当然それは――。
「それならばこの勲章には大した価値がありませんね」
「ほへ?」
赤城は胸元に止めてある勲章を指で弾き、それを軽んじるような仕草を見せた。
鼠顔の男は、赤城の罠に簡単に引っ掛かったのだ。俺から見ても罠だと分かる、そんな露骨な言質取りに。
「そっか~、もっと凄いモノって思っていたけど、普通なんだねコレって」
自分の胸元に、乗っかるようにして付いている勲章を見詰める伊吹。
一部からは、『おおぉ』などと、どよめきが上がる。
「そうですね、彼等の方が僕なんかよりも素晴らしい働きをしていたと思います」
伊吹に続き、下元までも同意を示した。
「し、シモモトさま!?」
まるで味方に裏切られたかのような顔を見せる鼠顔の男。
ヤツの焦った時の顔は、とても堂に入っている。
そして下元の発言から、完全に場の流れが変わった気がした。
「うん、陽一君がいなかったら最後に黒い塊みたいなの撃たれちゃったかもだし。私は、陽一君が一番頑張っていたと思うけどな~」
「そ、そうです。陽一さんが一番活躍をしていました」
「葉月、言葉……」
勇者たちの言葉が連鎖する。
誰も反論出来ない空気が充満する中、沈黙を通していた出来る方の強面が宰相の横に歩み出る。
助けが来たのかと、宰相の顔が緩むが。
「宰相、貴方の独断によって、名誉ある勲章の価値が、評価されない者の存在によって無価値となりそうですが。どうなさいますか?」
「ほへ? え?」
味方だと思っていたら、何故か訳の分からない事を言って来たといった顔をする宰相。
察しが悪いと感じ取ったのか、ガーイルが噛み砕くように説明を始めた。
「ですから、評価されない者がいるから問題なのです。その者に価値を付ければ、それが勲章の名誉を守ることに繋がります。どうか正しいご判断を」
「あ、ああ、なるほどそうか!」
顔をカクカクと縦に振る鼠顔の男。
ヤツは俺たちの方を見て、少し噛みながら声を荒らげた。
「よ、よしぃ、そこの三人に、三人で金貨1万枚を褒賞と……い、いや五千で――いや駄目だ、そんなに出せない……千……っぐ、五百だ! 三人で金貨五百枚を報酬として授けよう」
原型を留めていないセルフ値下げ。
勢いで金貨1万と言った様子だが、流石にそれはマズイと思い直したのか、自分で言い出した金額を自分で値切り、最終的に金貨五百枚を提示した。
俺は何も言っていないのだが、俺とラティとサリオの三人で、金貨五百枚を貰える事になっていた。
「なんでこんな流れに……?」
「ぎゃぼぅ、金貨五百枚ってですよです……」
「これは一体」
プルプルと顔を震わせて、宰相が俺を睨んでいる。
その様子から、これは完全に予定外だという事が解る。
「ふん、これで格付けがついたな」
「へ? ジジイ、これはお前が狙ったことか!?」
「あの者には格付けが必要だったからな。これでヤツもへし折れるだろう」
『地位や立場、全てがな……』と、とても邪悪な笑みを浮かべてギームルが付け足すように言ったのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
出来ましたら、感想など頂けましたら嬉しいです!
すいません、感想の返信遅れて申し訳ないです;