暗殺勇者
すいません遅れましたー;
「秋音ハル……」
俺の目の前にいるのは、俺と同じ勇者召喚によって、この異世界に召喚された勇者秋音ハルだった。
纏っている灰色のローブの隙間からは、クラシックなメイド服が見えており、スカートの裾は足首まである長いものだ。
そしてこちらを捉える瞳には、感情のようなモノは窺えず、どことなくラティに似ていた。
その秋音ハルを見ていたラティが、俺にそっと訊ねてくる。
「あの、ご主人様。あの方は勇者さまなのですか? ですが猫人ですよねぇ? 勇者さまは皆が人だと聞いていたのですが……。それに名前も違いますし」
「ああ、アイツは勇者の一人だよ。だけど……」
――やっぱおかしいっ!?
何でラティは秋音を猫人だなんて言ってんだ?
どっからどう見ても人間だろう、猫人の要素なんて無いぞ?
あるとしたら猫っぽい感じの瞳か?
俺は困惑しつつ、勇者秋音ハルと対峙していた。
ラティからの情報によれば、ヤツは北からの暗殺者だと聞いている。そしてそれが事実であれば、決して油断の出来ない相手だ。
勇者の能力を持った暗殺者など、完全に想定外である。これはどうしたら良いのかと、考えあぐねいていると。
「…………陣内陽一、何故わたしが人間に見える? 猫人に見えないのか?」
「はぁ? 何を言って? 猫人って……」
秋音ハルは、冗談を言っているといったふざけた様子はなく、真面目な顔でそう訊ねてきた。
そのあまりにも意味不明な発言に、俺は情けない声で返事をしてしまう。
「ふむ、そこの狼人、わたしの髪の色は何色に見える? 即答えろ」
「……銀色」
「へ? ラティ何を言って――あっ!!」
――いやっ! ラティは嘘を言ってない、
さっきも銀髪って言っていた、……何だこの違いは?
どう見ても黒髪なのに、光の加減か? いや違うな、
「答えろ陣内陽一、この耳が見えるか?」
「? 耳って、それはヘッドドレスってヤツだろ? あれ? カチューシャだっけか?」
自身の頭を指さししながら、再びふざけた質問をしてくる秋音ハル。
しかし先程と同じで真面目な表情のままだ。
「なるほど、効かないって訳か。だが抵抗している風でもないし……元から効果が無いと判断した方が良いのか」
「……」
一人納得した様子を見せる秋音ハル。
彼女は何かに気付き、それを自分の中で再確認しているように見えた。
俺はその様子を見て、ある一つの事を予想した。
それは――。
「なあ秋音、お前ってもしかして、変装とか偽装みたいな感じで別の姿を相手に見せれんだろ? 幻覚とはちょっと違う感じかな?」
「ふむ、意外と聡いな陣内陽一。目つきが悪いのに良く見ている」
「やっぱりか。それと目つきの悪さは関係ねえ」
気が付けば簡単なことだった。
元の世界ならいざ知らず、ここは何でもありの世界。だからラティの反応と、先程の秋音の言動を考察すれば簡単に行き着いたのだ。
「で、俺にはその惑わす効果が効かないってか……」
「……そのようだな。この偽装を見破られた事など一度も無かったのに」
秋音は、俺の問いに答えながら頭につけていたヘッドドレスを外し、大きく息を吐いた。
「え!? 黒色の髪? それに耳が消えた……」
「これがわたしの姿よ」
「…………」
――何で明かした? いや、確かめたのか?
こうやって簡単に元の姿を見せるってことは余裕だってことか?
姿を変える条件はあまり厳しくないのか? もしそうならかなり厄介だな、
だけど今は、
「秋音、何か用があって姿を見せたんだよな? あと、お前は俺の命を狙ってんだよな? 何をしに来た目的は何だ」
――マジで何が目的で来たんだ?
暗殺なら普通は不意を突いてくるよな?
それならこれは何だ? 油断を誘っているのか? くそっ判らん、
戸惑いはしたが、油断はせずに身構えたままで彼女の返答を俺は待つ。
隣にいるラティは何かに気が付いたのか、辺りを見回し警戒し始めていた。だが、彼女から危険との合図は無かった。
「……ふむ、これでも崩さずか。陣内陽一、わたしの目的はお前だ、お前に聞きたい事があって来た。一応言っておくが、お前の暗殺が目的じゃないぞ」
「……俺に聞きたいこと?」
俺はこの時、出来るだけさり気なくラティへと目を向けた。
秋音の真意を探る為、ラティの【心感】を頼ったのだが、彼女からの合図は”判らない”だった。
( 嘘かどうかラティが読めない? )
俺とラティのやり取りに気付いた様子はなく、秋音は話を続けてきた。
「そうだ。本当なら猫人の姿のままでねじ伏せ、その後に情報だけを聞き出すつもりだったのだが、まさか偽装が通用しないとはな」
「――ッ」
「ラティ待て!」
「――ッ!? ……あの、ですがご主人様……」
秋音の発言に対し、ラティは重心を下げて、今にも駆け出そうとしていた。
だが秋音からは、それを実行してくる様子はなかった。だから俺はひとまず、彼女との会話の継続を選択する。
「で、俺に聞きたい事って何だ? 因みに俺の方からも聞きてえ事がある。何で魔王との戦いに参加しなかった? それに暗殺の件も」
「ふむ、それならわたしから先に話そう。話し終わったら……陣内陽一、わたしの質問に答えて貰うからな。もし反故した場合はそれ相応の対応をする」
「ああ、それでいい」
「ふむ、ではわたしから話そうか――」
秋音ハルは、俺の質問に淡々と答えた。
魔王との戦いに参加しなかった理由は、戦闘スタイルの相性らしい。
自分の戦闘スタイルでは、とてもでは無いが戦いにならないだとか。そもそも、あんなデカい標的を相手に、歩兵のみで戦いを挑むこと自体がおかしいそうだ。
だが、仮にも倒せてしまった場合、帰還のゲートが出現するかもしれないので、少し離れた位置から、あの戦いを観察していたのだという。
そして暗殺の件。
これは確かにその依頼は受けたそうだ。だが今は、それを実行する必要も、それを達成するメリットも少ないと語った。
むしろ今では、それを行うデメリットの方が、無視の出来ないモノになったと言っていた。
それは、世界樹の木刀の働き。
あの魔王との戦いを観察した際、俺の木刀による貢献を見て、俺を殺した場合、再び同じような魔王が発生した時に、致命的な危機に陥ると判断したそうだ。
本当か嘘かどうかは判らないが、秋音の言う理由には確かに説得力があった。
そして、ふと気になった事が――。
「秋音、ちょっと追加で聞いていいか? 何で暗殺者なんてやってんだよ? お前は勇者なんだろ? どっちかっていうと真逆じゃねえかそれ? ってか、ガチで暗殺者?」
――絶対におかしいだろっ、
勇者の力があるんだからそれを選ぶか?
くそ、さっぱり判らん……あ、まさか貴族に何か……されて……
俺は迂闊な質問をしてしまったと反省した。
もしかすると、最悪な答えが返ってくるかもしれないと、そう身構えたのだが。
「勇者? ふむ陣内陽一、勇者とはなんだ? お前は”勇者”とはどんなモノだと思っている?」
「へ? 勇者って言ったら……まぁ世界を救ったり、魔王を倒す人? かな」
「ならば問おう。勝手に連れてこられて、勝手に勇者だと祭り上げられ、あのような化物との戦いを強要される存在……それが勇者なのか?」
「い、いや、でもゲームとか小説とかでも……世界を救う役目みたいな……」
「否、そんな存在が勇者なものか、そんなものはただ生け贄だ。讃えられて戦場に送り込まれる哀れな犠牲者だ。巫山戯るなよ陣内陽一、これのどこが勇ある者なのだ。真に勇気があるのは……アイツのような――」
それはまるで、吐き出せなかった愚痴を吐き出せたかのように、僅かに感情を見せながら秋音ハルが語り続けた。
秋音ハルは、帰る手段を盾に、魔王と戦わされる事を微塵にも納得していなかったようだ。
貴族に連れて行かれた後は、【固有能力】で得た力を使い姿をくらませ、その後は、元の世界に帰る方法を独りで探し回っていたらしい。
最初は他の勇者たちと協力することも考えたそうだが、他の勇者たちは、勇者であることを受け入れていたので、自分とは違うと思い、共闘するのは止めたそうだ。
その後は各地を廻り、元の世界に帰れる方法を探し続けていたのだと。
暗殺者になったのは、暗殺が自分の【固有能力】と相性が良いことと、労力に対し報酬が良かったのが理由だと言い出していた。
要は、『生きる為に盗みをするようなヤツは屑』らしく、彼女の倫理観では、暗殺で生活の糧を得るのはアリらしい。
正直ビビる。
『本当に”殺し”をしたのか?』などは、怖くてとても聞けなかった。
「ふむ、少々喋り過ぎたな。久々に元の姿に戻った為か興に乗ったのかもしれん」
「興に乗ったって……それよりも」
俺は、秋音ハルの【固有能力】の恐ろしさに気付いた。
俺には何故か通用しなかったが、これが彼女の言うように、俺以外の全ての人に通用するのであれば、何だって出来るのではと思ったのだ。
魔王との戦いでは役に立たないかもしれないが、それ以外の場所では、とても恐ろしい【固有能力】なのではないかと。
しかもラティの様子から察するに、偽れるのは姿だけではなく――。
「ラティ、ヤツの感ッ――いや、気配を追えるか?」
「いえ、駄目です。目の前にいるのに全く感じません。……それなのに、複数に囲まれているような気配が」
「ふむ、やはりお前にはこれも通じないか陣内陽一」
――やっぱりか!
これでテイシの言っていた事が合点いったぞ、
コイツは姿だけじゃなくて、気配や感情も偽装が出来るってことか、
ん? あれ、それって……
「……【心感】にとって天敵かもしれませんねぇ」
「だな……」
( 感情まで偽装出来るとか、どんなチートだよ )
テイシの言っていた、『一人なのに複数の気配』とは、きっと秋音ハルが何かの【固有能力】で気配を偽装するような事でもしていたのだろう。
現にラティも、先程から秋音ハルに惑わされているのか、難しい顔をして辺りを見回しているし、感情も読めなくなっている。
「さて、そろそろわたしの質問に答えて貰おうか、陣内陽一っ!」
「――ッ!? ああ、判った」
その変化はいきなりだった。
今までの秋音ハルは、感情というモノが希薄だった。まるで出会った頃のラティのような感じ。
だが今は、突然感情を強く見せたのだ。
それはまるで、凄まじい執念というべきか、ここで返答を下手にはぐらかそうものなら、即喉笛でも食い千切られそうな気迫だった。
今までが嘘のような重圧。
寒気がしてくるような苛烈を纏い、秋音ハルが咎めるように訊ねてくる。
「……アレは、後藤修二なのか?」
「!? ……ああ、多分そうだ。北原が勇者召喚で召喚したって言ってた」
一瞬、聞き返そうと思った。
『何故それを?』や、『お前に関係があることなのか?』など色々と疑問が浮かんだのだが、答え以外は許されないと感じたのだ。
「陣内陽一、何故アレが後藤修二だと判断したのだ?」
「ああ、確かに……原型は留めていないけど、財布の中に入っていたそうだ。後藤の名前が書いてある物が」
「ふむ、それで判断したと?」
「そうらしい、北原がそう言っていた。だから他に証明する方法とかは無い」
「……そうか」
「…………」
秋音ハルの態度から、容易に察する事があった。
だがそれを訊ねるのは、間違いなく間違いだと思えた。
聞く必要のないこと、聞いてはいけない事の両方であると。
「そうか、それなら……元の世界に戻って確かめないとだ。アイツがそんな簡単に……やられるはずがない」
「秋音……それならみんなと協力しないか? 他の勇者たちと協力すれば――」
「――っは、何を言い出すかと思えばこの男は」
秋音は、俺の言葉を吐き捨てるようにして遮った。そして――。
「陣内陽一。お前は、あの貴族どもとやっていくつもりか? 勇者どもと共に戦うということはそういう事だろうが」
「何が……!?」
「お前は、貴族どもの真意を知らないのだな」
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