戦後から始まる戦い
……勇ハモの、面倒な部分の開始です。
魔王ユグトレントとの戦いが終わった。
数多の犠牲を出したが、イセカイを滅ぼすとも言われている存在を倒したのだ。
だが、俺の心の中に巣食う不安は全く減っていなかった。
まず、ラティさんが怖い。
もの凄く機嫌が悪くなっている。そしてその理由は痛いほど判っている。
離れるのが遅かったのがいけないのだ。
あの時俺は、すぐに葉月の胸元から顔を離すべきだった。
だが俺は、それをすぐに出来なかった。
それどころか、胸元に顔を埋めたままで、ラティに返事をするという失態を犯した。
アレさえ無ければまだ良かったのだが……。
( でも何故か、葉月は責めないんだよなラティって…… )
その次は、精鋭組の連中がヤバい。
いま思い返してもあの連中はおかしい。言動がおかしい。
上げて落とすというべきか、讃えてからの殺害予告というべきか。
『よくやったなジンナイ! それとな、――後で裏に来い』
『あの黒い塊を散らしたのはスゲェぜ。――裏で待ってる。あ、逃げんなよ?』
『あの塊を放たれたらと思うと、ホントにヤバかったぜ、――あとで屋上な』
『その木刀のおかげで何とか戦えたぜ、――裏で話がある』
『最後の駆け上がり、マジで凄かったぜ!――屋上』
『命乞いとか聞かねえからな、取り敢えず終わったら速攻で裏に来い』
『じんなぁいぃ、きしゃんば――裏でぬっころすぅ』
奴らは、俺が葉月の胸元に飛び込んだ事が余程気にくわない様子で、裏への呼び出しが7割、屋上へは3割といった内容だった。
( これって絶対に歴代共の負の遺産だろ! 屋上とか裏呼び出しとか! )
そしてその次の不安要素は、北にもあるはずの、精神が宿った魔石の件。
確認した訳ではないが、精神の宿った魔石が破壊された可能性が高い。
あの日の地震と、城下町に侵入していた、見た事が無い異形の魔物。
もしそうだとしたら、北までも東側と同じ状態となる。
ダンジョンに湧くはずの魔物が、地上に無秩序に湧くという最悪の状態に。
( くそぉ、なんか嫌な予感がすんだよなぁ…… )
そして――。
「ラティ、ちょっといいか」
「はい、ご主人様」
魔王を討伐した事で、いまだに大騒ぎしている中、俺はラティを呼んだ。
機嫌が悪いとはいえ、俺が今から確認しようとしている内容を察し、ラティがトトっと駆けるようにしてやって来る。
俺は周囲に聞こえないように注意し、ラティだけに聞こえるように訊ねた。
「ラティ、ちょっと確認したい」
「あの、魔王の感情のことですねぇ?」
「ああ、そうだ……」
「はい、あの感情は、あの殺意は……”勇者キタハラ”と同じモノでした」
「……やっぱりか」
殺意には覚えがある。
ドロリとした殺意、俺を罠に嵌め、俺を殺そうとした時に向けられた感情。
だがヤツは俺が殺した。
治癒や蘇生などが出来ぬように、力任せに俺が引き裂いたのだ。
だからヤツが生きているはずがない。
死亡も確認したし、死んだとも聞いている。
「くそ、まさか、まさか……」
「あ、あの、ご主人様……?」
――まさか、
まさかアレだってのか?
リナが言っていた、死んだ人間の意思が魔物に宿るっていう、だとしたら……
「ラティ、この件は一応伏せておいてくれ。これを話すと面倒な気がする」
「はい。……あの」
「ああ、ラティには後で、夜に話すよ――撫でながらだけど」
「あ、あの……はぃ、ご主人様」
話し終えると、心のモヤモヤとしていたモノが晴れていた。
ラティの方も、先ほどのよりも機嫌は悪くはなく、むしろ良さそうに見えた。
俺は安堵しつつも、やって来る次に備えた。
「由香~、見てくれた? ワタシのWS。ワタシが魔王を倒したんだよ~」
「あ、風夏ちゃん……」
満面の笑みを浮かべ、はしゃぎながら駆け寄ってくる橘風夏。
彼女の中では、魔王は自分一人だけで倒したという認識な様子。
もしかすると橘は、伊吹と下元が見えていなかったのかもしれないが、今はそれよりも――。
「てめぇ橘っ! お前、俺ごと魔王を撃ち抜こうとしやがったな!」
俺の発言に、その場の空気が鎮まるようにして止まった。
あの場にいた全員が気が付いた様子ではなかったが、少なくとも半分近くは気付いたはずだ。俺がトドメのイートゥ・スラッグに当たりそうだった事を。
俺は50メートル近くも駆け上がっていたのだから、魔王へと照準を合わしていたのならば、絶対に気が付くはず。
いくらなんでも、あのタイミングはドンピシャ過ぎる。
むしろ、俺が駆け上がっているのを見て、そのタイミングを狙ったのではと疑うレベルだった。
だから俺は橘を問い詰めた――のだが。
「はぁ? 知らないわよ。単なる偶然じゃないの? 大体、魔王の前に飛び出したアンタが悪いんでしょうが」
「――ふざけっ! てめぇはあの黒い塊が見えてなかったのかよ! アレを潰す為に俺が行ったんだろうが!」
「知らないわよ。……そ、それにイートゥ・スラッグは溜めに入ったらもう止められないのよ。だから狙って打った訳じゃないわよ」
ふんっと鼻息を荒くして横を向く橘。
俺はすぐに、ラティの方へ目線を飛ばす。
その視線の先、ラティからの目による合図は、『嘘です』の合図。
――やっぱ嘘か、
でも、嘘だろって問い詰めても、間違いなくすっとぼけるだろうな、
だからと言って、ラティの【心感】をバラす訳にはいかねぇし……
突然考え込んだ俺を、論破されて言葉に詰まったとでも判断したのか、橘がしたり顔で口を開こうとした。
「ったく、ワタシに変な言い掛かりは――」
「――なに言ってんのよアンタ。イートゥ・スラッグは発動を少しぐらいズラせるでしょ。コイツがWSを使えないからって適当なことを言ってんじゃないわよ」
「へ? 三雲……」
「唯ちゃん」
「わたしが横からコイツを助けなかったら、今頃どうなっていたんだか」
橘の後ろから、勇者三雲が姿を現した。
少し目をつり上げながら、かなり棘のある声音で橘を責める。
「な、あ、あれは、竜核石を使ったWSだから止められなかったのよ! 竜核石を持っていない貴女には分からないのよ」
狼狽えながらも、己の主張を曲げない橘。
だがそれは誰の目にも、彼女に対し不信感を抱かせるモノだった。
当然、彼女も――。
「ねぇ風夏ちゃん。本当にそうなの? 本当に……」
「由香! ワタシが嘘を吐いているって言うの? ねぇ由香っ!」
他の奴らはともかく、親友である葉月にそう思われるのは心外なのか、今までにない強い感情を橘は見せた。
そのあまりの剣幕に、親友である葉月は押されるが。
「えっとね、だって陽一君が実際に危なかったし……」
「えっ!? ねぇ由香? 貴女は私の味方だよね? なんでそんな事を言うのよ」
誰もが息を呑んでそれを見守った。
むしろこの間に入ろうという者は、きっと誰もいないだろう。
あのサリオですら、『ひょえぇ』といった表情で見守っている。
「それに『陽一君』って何よ。――ねぇ由香、ワタシたちは親友でしょ? 」
「……風夏ちゃん」
橘は恐ろしいほど真剣に、少し怖くなる程の表情で迫る。
肯定以外の返答は、感情が激しい化学反応でも起こしそうな気配。
もう話の流れが、完全に脱線し始めていた。
「落ち着いて風夏ちゃん。うん、私達は親友だよ。だからね――」
「――ッだったらそんな奴の肩を持つの――えっ……何すんのよこのクソ男!」
「え? 陽一君」
俺は横から橘の顔を軽く叩いた。
橘は叩かれた方の左頬に手を添え、激しい怒りを孕ませた瞳で俺を睨む。
「アンタ男でしょ! 男が女の顔を叩いていいと思ってんの?」
「あぁ? んなもん駄目に決まってんだろ」
「ッな!? だったらなんで――」
「今のは、人が人を叩いただけだ。男だとか女だとかじゃねえ、人として、人を叩いただけだ」
射殺しそうな程の視線を向けてくる橘。
腕をわなつかせ、いま刃物でも手渡したら、迷わずに刺してきそうな気配。
だが俺は緩めず言い放つ――。
「お前はそんな事も分かんねぇのか? 人を殺しそうだったんだぞ? 男だ女の問題じゃねえよ。人として間違ってんだって言ってんだよ!」
「何よっ! そんなの魔王を倒す為に必要だったんだから、だったら犠牲になるくらいの――」
「アホか! それを言っていいのはやられる側だ。 もしくは……殺す覚悟がある奴だけだ。橘、てめぇには俺を殺してでも魔王を倒すって覚悟があったのか? そして俺を殺すっていう責を背負う覚悟があったてのか?」
「――ッ!!」
ぐっと黙り込む橘。
『そうだ』と答えれば、最初に言っていた偶然が嘘となる。
『いいえ』ならば、それは――。
「おい橘、違うってんなら、お前は人を殺しそうだったんだぞ? 人として謝罪するのが筋なんじゃねえか? なぁ違うってのか?」
「な、なんでワタシがアンタに謝らなきゃいけないのよ!」
( やっぱりか、この馬鹿は…… )
俺は一度大きく息を吐き、心底失望した顔をして言い放つ。
「はっ、間違ったことをしたってのに謝れねえのかよ。じゃあお前にはこれ以上言う事は無ぇよ。行くぞラティ」
「はい、ご主人様」
俺はもう興味がないフリをして、勇者たちが居るこの場を離れた。
正直、これ以上長引くと不味かった。
葉月や言葉。それと伊吹や三雲、小山、上杉、蒼月、赤城、下元、霧島はまだ良い。
だが、椎名と八十神の動向が分からなかった。
もしあのまま言い争いを続けて、あの場に八十神までやってきて、二人が橘を庇うような形になると、勇者たちが割れる可能性があった。
証がある真の勇者である3人と、他の勇者たちと柊を入れた11人が。
一人や二人ならまだ良い。
だが、人数が集まった時の勇者の影響力は恐ろしい。
魔王戦が開始される前に見せたあの一幕。
普段は【勇者の楔】に対し、そこまで惹かれないヤツらが、あの時は何処か惹かれていたのだ。
勇者が揃った時の影響力は計り知れない。
それに、あのまま橘を責めたとしても、あの女が己の非を認めるとは思えない。
それどころか、どんな超理論を持ち出すか分かったものではない。だから俺はあの場から退避した。
( それに…… )
「ご主人様は、ハヅキ様にお優しいですねぇ」
「へ? ラティ、突然何を言って……そんな事は……」
唐突にラティがそう言ってきた。
そして尻尾をこちらに向けながら、無表情で俺に問うてくる。
「あの、でしたらもう一度言って貰えますか? この尻尾を撫でながら」
「ぐぅ」
”尻尾を撫でる”、それは俺の心の中がラティへと流れる事を意味する。
それは感情どころか、いま考えている事までも伝わってしまう。
俺は頭をガシガシと掻きながら、少し早口で理由を話した。
「あのままだったら、その……喧嘩になりそうだったろ? 葉月と橘が……」
「はい、そう見えましたねぇ」
「橘はともかく、葉月の方は……俺の所為で、親友と喧嘩するってことになるだろ?」
「あの、だから勇者タチバナ様を叩かれたのですねぇ?」
「……ああ、そんな感じだ」
「やっぱりハヅキ様に優しいですねぇ。そうやって敵意を自分にお向けになって、彼女たちが言い争いをしないようにしたのですねぇ」
――むう、
やっぱまだ機嫌が悪いままなのか?
なんかラティさんがちょっと意地悪だ……
テレくさくムズ痒く、だけどとても心地良い。
橘との会話でささくれ立っていた心が、ラティに触れてすっと凪いでいく。
俺は色々と観念した気持ちで、優しく尻尾に指を通していた。が――。
「陣内。アンタあの女に言われっぱなしでイイの?」
「へ? 三雲……」
俺たちを追って来たのか、勇者三雲が気難しそうな顔で、俺に声を掛けにきたのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
全部に返信などが出来ませんが、感想は全て読ませて貰っています。
宜しければ、感想やご指摘を頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字も……