エース・イン・ザ・ホール4
さぁ!
傾きを見せる魔王ユグトレント。
ヤツは後ろ脚2本の支えを失い、もう真っ直ぐ立っている事が出来なくなっていた。
しかも小山の【重縛】に捕らわれ、深々と尻もちをついた状態。
ヤツは完全に動けなくなっており、後はトドメのイートゥ・スラッグを当てるだけ。
「おっしゃああ! レプさん例の合図をっ」
たった今破壊したばかりの後ろ脚のすぐ傍で、俺は雄叫びを上げるように指示を出す。そして俺の声が届いたのか、レプソルさんが空に向かって魔法を放った。
二発の爆烈系の魔法。
サリオの作った”アカリ”があるので、光を飛ばすといった合図では見逃す恐れがある為、空に放つ爆裂系の魔法を合図として事前に決めていた。
この合図が放たれたのだから、約3分後には橘のWSが放たれる。
あと俺たちに出来ることは――
「いくぞ野郎ども! 最後の仕事だああ!」
「あいよー!」
「了解した!」
「ラジャラジャ」
「走れ走れええ! 最後まで気を抜くなよおお!」
精鋭組の纏まりの無い返事。
だが、全員が一斉に動きだす。
俺たちの最後の仕事、魔王の蔦のような枝を引き付ける作戦に。
魔王が動けなくなった後の不安要素。それは蔦をロープのように使い、身体を無理矢理動かす事や、それを脚代わりに使う危険性。
流石に無いとは思う。
あの巨体を、攻撃に使っていた蔦のような枝で支えるのは不可能だろうとは思う。
だが一方、万が一という事もある。
それに歩く事は出来なくとも、蔦を城壁に引っ掛けるなどして、引っ張るようにしての移動か、もしくは身体を倒すことが出来るかもしれない。
もうここまで来たのだから、出来るだけ不安要素は潰す。
俺たちは最後の三分間へと駆け出した。
「無理に攻撃する必要はねえぞ! 無駄に隙を作んなよ!」
「分かってるって――お、おいアレ!」
「やべえ! 聖女様までこっち来るみたいだぞ!?」
「誰か援護! ああ、でも行き過ぎると攻撃が集まるか」
「あ、一応護衛が付いてんぞ?」
「ウエスギ様だ! 一度下がったウエスギ様とアオツキ様が護衛にいるぞ」
( なに、あぶねぇことしてんだ葉月は…… )
無理に来る必要など無いのに、聖女の勇者葉月は最前線までやってきた。
『来ちゃった』的な表情を見せ、椎名が展開している結界の中へと入って行く。
『危険な真似をするな』と、ちょっと怒鳴りに行きたいところだが、俺の握っている木刀は結界殺し。迂闊に近寄ると、聖剣の結界を破壊する恐れがある。
仕方ないので俺は、近寄らずに目だけで葉月を責めた。
何が目的なのかは知らないが、葉月はかなり危険な真似をした。
正直、何故そんな危険な真似をしたのかと理解に苦しむ。
そしてやって来た葉月は、周りに補助系魔法を掛けつつも、言葉と何かを話し合っている。
何を話し合っているのかは分からないが、きっと補助系魔法を誰に掛けるかなどの打ち合わせだろう。
多少の危険はあったが、葉月の参戦により、よりやる気を見せる者や、掛けて貰った補助魔法のお陰で動きが良くなった者が増えた。
一応流れとしては悪くない。そして後30秒もすればWSが放たれる。
魔王の方は、振り下ろしに使っていた蔦のようなモノを、攻撃以外に使う気配はない。
もう勝利の時が迫る。
逆転されるような要素は見当たらない。全てを封じたと。
誰もがそう思い始めた瞬間――
「――っあ!? あれはまさかっ!!」
一人の冒険者が指を差しながらそう言った。
その只ならぬ驚きの声に、誰もが指差す方へと視線を向け。――そして凍りついた。
「巫山戯ッ!」
――くそ、くそくそくそっ!
今それを出すのかよ、くそっ!
魔王は身体を動かす事は出来なくなっていた。
だが、攻撃などが止む事は無かった。振り下ろしや穿ちによる攻撃は続いていた。
そう、攻撃が止まる事は無かったのだ。
「ああ……」
「――っく!」
「――ッ!」
「そうだった……あれがあったか……」
皆が見上げる視線の先、魔王の大顎に、球体状の黒い塊が発生していた。
この戦いが始まる前、魔王が一番最初に仕掛けてきたあの攻撃。
全てを薙ぎ払い、数多くの命を奪った一撃。
しかもそれが、アイリス王女の居る城へと向いている気がした。
それが放たれれば、間違いなく城に風穴が開く。結界や壁などでは到底防げない。
もし防げるモノがあるとすれば、それは唯一つ――。
「柊ぃいいい! 上までの道を寄越せえええ!!」
俺は心の底から吼えた。
柊がどこに居るかは把握していない。
だから声が絶対に届くよう、俺は全力で吼えた。
目の前に、氷で出来た階段が出現する。
折り返し式で登る階段は、魔王の口元まで届いている。
俺は即座に【加速】を使い、全てを振り切る勢い駆け上がる。
もう時間が無い、あの黒い塊は、今にも放たれてしまいそうに見える。
一秒でも、いや一瞬でも無駄には出来ない。
誰かを待っているなどは出来ない、俺は一人で駆けあがる。
そしてその登ってくる俺を阻止でもするつもりか、魔王から穿つような攻撃が放たれる。
しかし今はその避けるロスすら惜しい。だから俺は――
「ラティ! 頼む!」
他のヤツはともかく、ラティだけは絶対について来ていると確信し、俺は彼女に指示を飛ばした。
「――はい、ご主人様」
俺の指示を聞いたラティが前に躍り出る。
そして彼女は、交差するような煌きを放つ。
「ファスブレ! ヴィズイン!」
ラティは一人連携で”重ね”を発動させ、魔王の強力な穿ちによる攻撃を弾く。
「ぐっ、行ってくださいご主人様!」
そう言って外に弾かれるラティ。
勇者のように弾くのは容易ではなく、非力な片手剣と短剣では流石に分が悪かったらしく、魔王の攻撃を弾いたが、ラティ自身も弾かれていた。
ラティがこじ開けてくれた道。
俺はその最短ルートを突き進み――
「消し飛べええええ!!」
魔王の眼前、今まさに放たれんとしている黒い塊を、世界樹の木刀で突き上げる。
激流の中に腕を深く突っ込んだような感触。
その激しさに、木刀を持っていかれそうになるが、俺はそれをしっかりと掴み。
黒い塊を弾けさせた。
黒い塊が霧となって霧散してゆく。
今まさに、放たれんとしていた黒い塊が消え去った――その瞬間。
俺は凄まじい殺気を浴びせられた。
嫉妬、恨み、怨念、妬み、害意、そして憤怒。
その全てを孕んだ殺意が、魔王から俺に放たれていたのだ。
しかもそれは、一度向けられた記憶のある殺意でもあった。
一瞬、魔王と目が合う。
「――ッ!?」
魔王には、人間でいうところの黒目は無かったはずだった。
節穴のような虚無だけだったはず。
だがそれが今、無数の黒目で埋め尽くされていたのだ。
悪夢のような視線が。
その全てが俺を追っていた。
吐き気が込み上げてくるような眼差し。
「お前はまさか……北は――」
「陽一君! 後ろっ避けてえええ!!」
下から葉月の叫び声が聞こえる。
俺は葉月の声に従い、空中で身体を捻り背後を確認すると其処には。
「――っげ! まさかっ!?」
迫りくる純白の杭。
その杭の幅は、俺を優に飲み込む程の大きさで、ちょっと身体を捻った程度では避ける事など叶わない。
そしてこれが何なのか理解する。
これは橘の放ったイートゥ・スラッグだと。
間違いなく直撃コース。
このWSは、俺と魔王を同時に殺れるタイミングで放たれていた。
「くそ、こうなりゃ木刀で――っがああ!?」
イートゥ・スラッグで貫かれる直前、俺は別のモノに貫かれた。
横から俺を掻っ攫うかのように、別のWSが俺の肩へと命中する。
ただ、WSが当たった場所は黒鱗の装甲が厚い場所。強い衝撃は感じるが、突き刺さるといった事になっていない。
( 俺を助けたのか…… )
視界の片隅に、弓を構えた三雲がうっすらと見えた。
そして俺がさっきまでいた場所を、橘の放ったWSが通過して行き、魔王の喉元へと深々と突き刺さる。
約2メートルは超える大穴が魔王に空く――が。
「な!? まだ生きてる!?」
魔王の視線にはまだ殺意が宿っていた。
俺を殺すと、そう瞳に感情が宿っている。
思わず息を呑む、魔王はまだ俺を狙っていると理解したが。
「てっやあああああああ!!」
「フレイムバーストストリーム!!」
二つの閃光が流れ星のように空を翔けた。
崩れかかっている氷の道を駆け上がって来たのか、伊吹と下元が二人揃って、魔王に空いた穴へと飛び込んでいく。
伊吹は大剣を前に突き出すような姿勢。
大剣と一体化し、己も一振りの刃のようになって飛んでいく。
しかも刀身が光を放っており、伊吹はまた新たなWSを作り出したのかもしれない。
一方、下元の方は、激しく渦巻く雷炎を身に纏い、まさに雷と炎の嵐を体現しているかのようにして翔けていた。
そして二人が、WSによって空けられた穴に飛び込む。
「うお!?」
激しい光を放ち、魔王が崩れるようにして崩壊し始めた。
無数の黒目で埋め尽くされていた魔王の瞳は、元の何も映していない虚無へと戻り、魔王の表面が崩れ乖離していく。
剥がれ落ちた所から、黒い霧となって霧散していく。
――やった、
今度こそ倒したんだよな魔王を……
これで――って、やべええええええええええ!!
高さ約50メートルからの落下。
俺の中の常識では、これは間違いなく死ぬ。
異世界の常識であれば、【天翔】や【天駆】があれば助かるだろうが、俺は両方ともそれを持っていない。
咄嗟に木刀を突き立てられる場所がないかと探す。
だがしかし、木刀を突き立てて落下速度を減速出来そうな場所は無い。
これはもう超上手に着地するしかない。
足の裏から降り、膝を曲げて衝撃を吸収しつつ、横に倒れ込むようにして衝撃を分散させる着地法。
俺はそう覚悟を決めて、着地する地面を睨み付けていると――
「へ!?」
目の前に突然、半透明の四角い板が出現した。
「これって葉月の結ッ――ぶへっ!」
落下中だった俺は、その半透明の板にぶち当たった。
そして木刀がそれを破壊したのか、それともその結界の強度が低かったのか、その半透明の板、葉月が作り出したであろう結界が砕けた。
再び落下を開始する俺。
だが次々と結界が張られ、まるで某カンフー映画の鼻デカ主人公のように、結界を砕きながら減速して落ちていった。
地上へと辿り着く頃にはもう完全に減速しており、死ぬといった危険性は無かった。
しかも地上では、満面の笑みとまでは言えないが、ラティが控え目な笑みを浮かべ、腕を大きく広げて待っていた。
きっと彼女は、俺を抱きとめてくれるつもりなのだろう。
当然それを拒否するつもりはない。微塵にも無い。
だから俺はラティの胸元へと飛び込もうとした――その瞬間、彼女が大きく目を見開き横へと視線を向けたのだ。
「へ? 何が――ッぶべら!?」
もう減速の必要など無いのに、再び半透明の板が出現した。
そして何故かその結界は横に傾いており、俺の落下地点を横へとズラした。
そのズラした先は、たった今ラティが視線を向いた先で。
「あん♪ お疲れ様、陽一君」
「ふぁ、ふぁづき?」
「きゃっ、……もう、そこで喋らないで陽一君。くすぐったいよ」
「――!!!????」
俺は、葉月の胸元に顔を埋める形で、彼女に優しく抱きとめられていた。
ふわりと柔らかい至高の感触。鼻腔の奥は、可愛らしさだけで作られたかのような、そんな香りで満たされた。
一瞬、もうこのままで良いかなと思えてくる程。
だが当然――。
「……あの、ご主人様?」
そんな訳にはいかず。
「ふはぁい、らひぃさん……」
魔王との戦いは終わりを告げたが……。
全然関係ない延長戦が開始されたのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ、感想やご質問など頂けましたら嬉しいです。
あと、誤字脱字なども……