エース・イン・ザ・ホール3
おれ、ペンタブ買うよ!(たぶん……
花びらのように舞う結界は、魔王からの振り下ろしを次々と弾いていった。
防ぐのではなく弾く結界。
六角形の結界は、振り下ろしが触れると弾けるように割れていった。
結界は割れてしまうので、当然すぐに消えてしまうのだが、弾けるようにして割れている為か、その弾ける勢いで振り下ろしを弾いていた。
どこぞの戦車の装甲に、そのような防御方法があるとは聞いた事があるが、椎名はそれを、守護聖剣の結界で行っている様子だった。
( マジかよ、チート過ぎんだろ )
俺は遠くからそれをマジマジと観察してしまう。
本来であれば、魔王の攻撃を魔法などの結界で防ぐのは困難。
単純に防ごうとしても、魔法を溶かすかのようにして破壊してしまうはず。だが椎名の結界は、自ら弾けることでそれを回避していた。
気が付くとレプソルさんが立ち上がっており、椎名に頭を下げた後、倒れているガルダンを背負って下がって行くのが遠目にも見えた。
きっと後方にガルダンを連れて行って、葉月にでも回復魔法を掛けて貰うのだろう。
ただ、魔王にやられた怪我なので、回復には間違いなく手間取る。
出来ることなら木刀を使って、回復を阻害するモノを取り除きたいが、流石に今は向かえない。
今はむしろ小山の方を助けてやりたい。
眉を八の字にして顔を歪め、脂汗を流しながら踏ん張っている小山。
左腕は再び潰され、辛うじてくっ付いている状態。ダラリと力なく垂れ下がっており、いま左腕が行っているのは、小山を激痛で苦しめている事だけ。
一刻も早く回復魔法を掛けてやりたいが、回避力が低い回復役は前に出ていない。
この酷い怪我を治すのであれば、ここまで回復役を連れてくる必要がある。
しかも、葉月クラスの使い手が。
「小山すまん、キツイだろうけど踏ん張ってくれ」
「あぁ任せてくれ陽一君。これぐらい平気へっちゃらさ……オラは王女さまに頼まれたんだ、女の子に頼られてたんだか――ぐぅっ」
一ミリも余裕を感じさせない表情で、絞り出すような声で返事をする小山。
俺のことは『陽一』と呼ぶなと言ってはあるが、今だけはそれを許してやる。
苦痛に歪めた表情、痛々しく垂れ下がる左腕。肩を押し付けるようにして右手に持った盾を魔王へと絡ませ、必死に魔王を【重縛】で押さえ込んでいる。
俺もイエロとの戦闘で一度、ヤツの【重縛】を喰らった事があるが、アレは確かに動けなくなる。
魔王とはいえ、その巨体ゆえに動き辛くなっているはず。
何とか、何とか小山を楽にさせてやりたいところなのだが。
「くそっ、回復魔法を掛けてやれたら……」
弱音のような言葉が口から零れた――その時。
「いま行きますっ!」
「へ?」
遠くからかすかに聴こえた声。
必死に振り絞ったような健気な印象のある声。
そして最近よく聴くようになった声だった。
「今そっちに行く、後しばらくの間なんとか耐えて欲しい」
俺達にそう伝えてくる勇者椎名。
だが俺の意識は、その隣に立っている女性に目がいった。
「こ、言葉……、ああ、そうか戻ってきたのか」
「言葉様」
「おう、言葉も戻って来たのかよ!」
「やった、言葉ちゃんが戻って来たんだ」
犠牲者の蘇生に向かっていた言葉。
その彼女が、蘇生を終えたのか戻って来てくれた。
「いま言葉さんを守りながらそっちに向かうから」
「は? 守りながらって」
椎名は聖剣の結界を維持したままで、こちらへ向かって歩き始めていた。
剣の位置で固定されているのか、椎名が動くと舞っているような結界までも動いた。
舞うようにしてドーム状に広がる六角形の結界。
その結界に守られながら、椎名と言葉、それと護衛についていた二人がやって来る。
魔王は椎名を危険とでも判断したのか、振り下ろしによる攻撃を一部集中させた。
無数の黒い蔦のようなモノが椎名へと降り注ぐ。
だが椎名は、それに慌てることなく結界だけで対応した。
舞い散るように漂う結界が、意思でもあるかのようにスッと動き、振り下ろしによる攻撃を次々と弾いていく。
( すっげぇ……あ、そうか! )
椎名には未来を見通す【固有能力】がある。
そしてそれがあるのならば、魔王の振り下ろしなどはいくらでも見切れるだろう。
あとは振り下ろしが来る場所に、六角形の結界を向かわせれば良いだけ。
「おいおい、椎名のヤツ、魔王との相性が最高じゃねえかよ」
「ほわぁ、椎名君凄いなぁ……」
「おう、なんだよあの野郎。出番待ちでもしてたんじゃねえのか?」
「司、さすがにそれは無いだろう……」
「上杉、何を馬鹿なこと言っ――ッマズイ! 何か変なのしてんぞ!」
単なる振り下ろしでは通用しないと思ったのか、魔王ユグトレントは新しい事を始めた。
4本の蔦を絡ませるようにして、通常よりも太い蔦のような枝を作りあげていた。
遠くて太さなどは正確には分からないが、他の攻撃よりも明らかに危険。もしかすると、舞うように漂う結界では押し切られるかもしれない。
「椎名ああ! 避けろおお!! 言葉も逃げろおおおお!」
俺は叫ぶようにして警告した。
それだけその攻撃方法には、何か嫌な予感がしたのだ。
例えば、当たる直前に束ねている状態を解きほぐせば、通常よりも広範囲を攻撃することが可能となる。
これは大きく避けないと、とても躱し切れないと思ったのだが――
「唸れ剛聖剣グラントン! 片手剣 WS”グラットン”!」
椎名は迎え撃つ為に飛び上がり、右手に持った刀身が黒い剣を横に振りぬいた。
黒色の光を放ち、轟音を鳴らし放たれたWSは、椎名たちに襲いかかっていた束ねた状態の振り下ろしを、呆気ないほど簡単に弾いた。
「はぁ? マジかよ!?」
「ええええ!? 今の片手剣だよね!?」
俺と伊吹は声をあげてしまう。
片手剣から放たれたとは思えない程の重い一撃。
それを放った椎名は、何気ない涼しげな顔をしてこちらにやって来た。
「待たせたね。さあ言葉さん、小山君を助けてあげて」
「は、はい。小山さん左手を見せてください、いま回復魔法を掛けます」
「あ、俺が木刀で小山の傷口を払う」
「はい、お願いします陽一さん」
「…………陽一さんか……」
こうして小山と椎名の参戦により、状況が完全にこちらの流れとなった。
魔王を押さえている小山を椎名が一人で守り、精鋭組は魔王の脚破壊へと動いた。
椎名と一緒にやって来た言葉は、回復魔法だけではなく、補助系の魔法も小山に掛け続けた。
小山を守る為に集まっていた冒険者が散り、魔王の攻撃が再び分散する。
多少は小山への攻撃が続いてはいるが、これは椎名が全て防ぎ続ける。
そして――
「おっらぁああ! 両手斧WS”凶攻突覇大落昇”!」
光を放たない単なる攻撃を繰り返す上杉。
( 出来ない癖によくやるぜコイツは…… )
魔王の後ろ脚へと、精鋭組の猛攻撃が始まっていた。
流れは完全にこちらに来ている。
ならば確実にイートゥ・スラッグを当てる為にと、後ろ脚の破壊へと作戦は動いていた。
そして魔王以外の魔物の数でも減ったのか、後方に下がっていた者も近くにやってきていた。ただ、流石に魔王の攻撃範囲内には入らなかった。
この辺りは指揮を執っているレプソルさんや、総指揮のガーイルさんが注意を飛ばしているのかもしれない。
その中には、回復担当として下がっていた葉月の姿も見えた。
一応ちらっと確認した程度だが、近くに八十神の姿は無かった。
火力自慢の者が次々と脚に攻撃を加えていく。
だが次々と武器が砕けてしまい、何人かは武器を失い後方へと退く者が出ていた。
俺は木刀を振りながら、出来る限りWSが威力を発揮できるようにフォローする。
時折、木刀で魔王を叩いてはみたが、流石に都合良く砕けてくれるなどはなかった。
「むう~、これが最後の一本かも」
「――っな!? 伊吹、お前そんなに壊したのかよ!?」
「うん、ちょっとでも安いのだと簡単に壊れちゃうの」
「マジかよ……」
流れとしては問題無いのだが、これ以上長引くとマズそうだった。
椎名の張っている結界も、ヤツはSPを消費して結界を張っているのだと言っていた。
まだSPに余裕はあるそうだが、それでもいつかは枯渇する。
そしてそれは作戦の破綻へと直結する。
――くそっ、
魔王の特性が厄介過ぎるな、
誰か他に……ああっ! 八十神でもいいから火力が欲しいっ
焦りと苛立ちがジワリジワリと這い寄ってくる。
今は安定しているが、これ以上長引くとマズイ。だからと言って、すぐに急げるモノではない。
再びプランCが頭に過った、その時――
「いっけえええええ! WS”葬乱”!」
素人目にも、それはとても腰の入ったスイングに見えた。
真っ赤に燃えるような光を纏った戦斧。
なんと上杉が、この土壇場で新WSを編み出したのだった。
亀裂どころではなく、大きく抉れた魔王の後ろ脚。
幅3メートル近い脚が、ほぼ半分以上切り裂かれていた。
あまりの衝撃に、魔王の巨体が僅かではあるが揺らぐ。
そして次の瞬間、上杉を脅威と判定したのか、魔王は上杉を払うように後ろ脚を動かした。
本来であれば避けられる。
だが上杉は、自身でも予想外なWSを放った後だった。
そしてそれは意外と硬直時間が長いのか、上杉は避けることが出来ずまともに喰らい吹き飛ばされた。
「ぐへっ!?」
「司!!」
「上杉!」
「上杉君!?」
潰れたカエルのような、少し間抜けな呻き声をあげる上杉。
だが吹き飛ばされた距離は洒落にならず、約10メートル以上は飛ばされ、上杉はそのままグッタリと動かなくなった。
それを見た蒼月が即座に駆け出し、上杉が追撃の振り下ろしに晒されぬよう奴を回収する。
「わりい、このまま司を連れて退く」
「分かった! こっちは任せろ」
「気を付けて蒼月君」
「僕も援護します。それに一度魔法を充電しないとでして……」
上杉を背負い走り去っていく蒼月。
それを守るかのように並走する下元。
あと一息という所での戦力ダウン。
あと少し、あと少しなのだがそれが足りない。
伊吹に無理をさせて、ラストの大剣を失わせるのも怖い。
( くそっ…… )
心の中で悪態をついてしまう。
伊吹以外、陣内組のスペシオールさんやテイシに頼るしかないのかもしれない。
そう思い始めた時、俺はある視線に気付く。
魔王の攻撃を避けつつ、魔王の気を引こうと攻撃を続けているラティからの眼差し。
( ああ、そっか…… )
俺は木刀を腰に差し、背負っていた槍を構えた。
( 少しは良いところを見せないとな…… )
俺は一気に駆け出し、そして強く踏み込む。
( 惚れた相手の前では! )
渾身の横薙ぎ。
この無骨な槍以外では、きっと耐え切れないであろう一撃。
その放たれた一閃が、深々と魔王の後ろ脚へと食い込む。
あと僅かを残し、無骨な槍が途中で止まる。だが――
「木こりとしての意地を見せるぜ! ぶち破れ、ファランクス!!」
俺は亀裂へと腕を強引に捻じ込み、そして結界の小手を発動させた。
聴きなれた結界の小手の発動音。
そして次の瞬間、重い音を響かせ、魔王の後ろ脚が砕けるように切断されたのだった。
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