エース・イン・ザ・フォール2
ザックの過去とかカッコいいですよね?
城壁に、まるでイバラが這ったかのように咲き誇る白い花。
そしてその白い花を、より白くと降り注ぐ純白の雪。
勇者赤城の奇跡だけの完全結晶。
勇者柊の純白な記念帳。
普通の冒険者では唱えられない広範囲大魔法が、攻撃や束縛の為に唱えられたのではなく、ただ城壁の強化の為に使用された。
そしてその純白な城壁が、魔王ユグトレントの歩みを止めた。
足の裏に響いてくる重い衝突音。
ここで初めて、魔王の体が前のめりに傾いた。
白く凍りついた城壁に足を取られ、つんのめったような状態の魔王。
「すっげぇ……」
( ってか、怖っ!? )
50メートルを超えるモノが傾くというのは、とても迫力があった。
しかもそれが目の前で。
ゴォっと音でも聞こえてきそうな光景。
バランスを崩している為か、止むことの無かった魔王からの振り下ろしが止まっている。
「いけっ! そのまま倒れちまえ!」
「あとちょい、あとちょいだ」
「倒れろ!倒れろ!」
誰もがその光景に声をあげていた。
魔王の転倒、もしそれが達成出来れば勝機が一気に跳ね上がる。
己の腕を魔王にみたて、それを倒す仕草で転倒を願う者や、腕を大きく振り回している者もいる。
野球の試合などで、大きく打ち上がった打球の行方を見守っているような空気。
あと少し、あと少しだけ傾けば魔王は転倒する。
だが50メートル級が転倒するのだから、その被害は計り知れない。
一応避難などは済んでいるが、城壁の奥の建物への被害は甚大だろう。
「この案件もジジイに丸投げするか……」
俺は逃げるようにそう呟き、この状況を見守る。
倒れて動けなくなれば、フルチャージのWSを当てられる。
そう期待したのだが――
「サリオぉおおお、準備しろおおおお!!」
何となくだが分かった。
魔王が前に転倒せずに堪えると、俺には解った。
魔王は異形な姿とはいえ脚がある、そして脚があるのだからそこには動きの理がある。
だから――
「コイツ踏ん張るぞ! サリオ! プランBだ!」
「ほえぇえ!? 了解してラジャです!」
( 魔法とかで浮いている訳じゃなければ……きっと )
俺の予測通りに、そして周りの期待を嘲笑うかのように、魔王は傾いた身体をゆっくりと立て直し始めた。
氷で強化した城壁から身体が離れ、魔王は自身の脚だけで身体を支える。
「今だ! いけっ! サリオ!」
「はいです! 土系魔法”ヘコム”!」
直径約4メートル、深さはその倍以上。
そんな穴が地面に、サリオの魔法によって陥没するようにして作られた。
そしてその魔法で作り出された深い穴に、魔王の後ろ右足がすっぽりと入る。
通常時であればちょっと脚が取られる程度。
だが今は、倒れそうだった身体を起こして重心が乗った状態。
魔王が6本脚だとしても、この瞬間だけは後ろ脚の2本に集中している。
そしてその一本が踏み外したのであれば――
「おっしゃああああ! 来た!」
「魔王が尻もちついたぞ」
「今のうちだああ、一気に畳み込めええ!!」
魔王は完全にバランスを崩し、身体の下の部分、人間の身体で喩えるならば尻をついた状態となった。
しかも後ろ脚の一本は、穴に完全に取られた形。
理想を言うならばもう一つ穴を作りたいところだが、本来”ヘコム”とはちょっとした穴を作るだけの魔法らしい。
1メートル四方の地面を少し陥没させて相手の動きの阻害や、他には何回も唱えて巨大な堀などが作れる魔法。
魔法の効果に強弱をつけられるサリオの特技が無ければ、とてもこの様な深い穴を一瞬に作り出す事は出来ないのだという。
作戦の提案者であるレプソルさんからはそう聞いた。
「あうう、もう完全にMP切れなのですよです……」
「サリオさん、お見事です」
「蒼月、サリオをレプさんの所まで下げてくれ。流石にもう無理だろ」
「了解、届けたらすぐに戻ってくる」
そしてサリオのMPが枯渇するのは仕方のない事だった。
開幕から炎の斧を使い、中盤では超巨大な”アカリ”を何個も作り出し、そして何十発分にも匹敵する”ヘコム”を唱えたのだ。
いくらレベルが100を超えているとはいえ、これだけの魔法を唱えれば枯渇する。
むしろ良くやってくれたのだろう。
俺はそのサリオを蒼月に頼むと、すぐに魔王の方を向いた。
次に備える為に。
「来るぞ!」
「はい、ご主人様」
「んだばぁ、わぁってんろお」
一時は止まっていたが、魔王からの振り下ろしによる攻撃が再開された。
その攻撃は脚を取られた事により、怒り狂っているかのように感じた。
先程よりも振り下ろしが激しくなっている。
「――ちぃッ!」
視界の隅に、一人の冒険者が叩き潰されたのが映る。
調子に乗って迂闊に動いたのか、それとも読み間違えたのかは分からないが、精鋭組から犠牲者が出た。
「あの、ご主人様。魔王から僅かながら意思というか感情が見えました」
「へ? 感情?」
「はい、本能によってただ闇雲に攻撃して来たのではなく、意思のようなモノをもって襲ってきています」
「――まさかっ」
攻撃方法に変化があったのだから、もしかしてとは思った。
闇雲な攻撃ではなく、意思のある攻撃に変わるのではと。
――マジぃな、
これは長引くと厄介な感じになるパターンか?
面倒な事になる前に、
背中がうすら寒くなる。
心の中で警告の音が鳴り響く。
急がないとマズイと勘がそう告げている。
『どうすべきか』と、そう心に問いかけたその時――
「次いくぞおお! 行けぇ盾組」
「おっしゃああ! やっと出番か」
「おれ等が押さえてやるっ」
「道を開けろおおお!」
切り札その2、【重縛】持ちの盾役が投入された。
尻もちをついている状態であれば、脚ではなく身体に当たる事が出来る。
しかも魔王の脚を盾にする位置に着けば、比較的安全に張り付けるはず。
そして魔王の動きを封じる事が出来れば、イートゥ・スラッグが放てる。
俺たちは盾役に攻撃が向かないように動く。
武器を振るい魔王の脚へと攻撃を仕掛ける。
それは短い間の攻防。
盾役が魔王に辿り着くまでの時間稼ぎであり、盾役の援護。
そして盾役が魔王へと辿り着く。
鉤の付いた盾を魔王にぶち当て、魔王を束縛する為に動く。
だが――
「だ、駄目だ」
「おかしい、全く発動しない……」
「いや違う、押さえ切れないんだ。魔王の巨体を掌握し切れない」
( くそっ、やっぱ無理だったか )
俺は心の中で思わず毒づく。
一応は想定していた。ただの魔物と違うのだから、盾役を3人も用意したのだが。
やはり甘くは無かった。
( 仕方ない、いったん下がって貰うか――ッ!?」
「避けろおおおおおお!!」
俺は咄嗟に叫んだ。
いつもの振り下ろしとは違う軌道に気付いたのだ。
しなるように叩き付ける動きではなく、突き刺すような軌道。
今まで一度も見せた事の無い攻撃方法が、いきなり魔王から繰り出された。
叩き付けるでなく、突き刺すような攻撃が放たれた。
「がふっ――」
「あがっ――」
「ッ――――」
悲鳴すら上げられず、3人の盾役が一斉に穿たれた。
叩き付けるといった面による攻撃ではなく、突きという点による攻撃。
瀕死すらも許されない、まさに必殺の一撃。
そんな絶撃に、押し潰されるようにして穿たれた。
「くっそおおお! よくもやりやがったああ!!」
「この炭野郎があああ!」
仲間がやられ激昂する冒険者たち。
だが変化を見せた魔王の攻撃は、振り下ろしに慣れてしまった冒険者たちを戸惑わせた。
上から襲ってくる軌道が違うだけで、今まで通り避けるのが難しくなった。
「くそ、くそ、くそおおお!」
「ちくしょう、やり辛ぇ」
一瞬にしてこちら側が押される。
そして、こちらが動き辛くなると余裕でも持ったのか、魔王がゆっくりと腰を上げ始めた。
脚に力を込め、5本脚だけで腰を上げようと動く。
「ちい、せっかく腰をつかせたのに……」
あと一息だった。
もう一本の後ろ脚を使えないように出来れば、あの巨体を支えているのだから、6本のうち2本が使えなくなれば間違いなく動けなくなるはず。
そうすればトドメのWSが狙えた。
だがしかし、それが潰えたのであれば、もう強引にでも総攻撃を仕掛けて、トドメのWSを狙うしかない。
そう覚悟したのだが――
「うあああああああああああああああああああああああ」
突如、泣き喚くような雄叫びが戦場に響き渡った。
その声の主に目を向けるとそこには、今のは雄叫びではなく、ただの泣き声だったとしか思えないような表情を見せていた。
顔をぐしゃぐしゃに歪め、涙どころか鼻水までも流している。
その泣き顔の男は、破損の激しい鎧を装備しており、特に左手と左脚の所は、もう完全に駄目になっていた。
唯一まともに見えるのが、雄々しい鉤爪が装着されている黒い大盾だけ。
「小山……」
俺はその男の名前を呟きながら、盾だけを持って駆けているその男を見つめた。
「うっぐぅぅ。――オラは怖くなんてないぞおおおおお」
凄まじく情けない顔。
張り上げている声は完全に裏返って泣き声。
しかもその姿は、誰がどう見ても、その男が魔王に恐怖を抱いているのが分かった。
それなのにその男は、怯むことなく魔王へとぶち当たっていった。
「オ、オラがぁ、と、止めてやふうううう!!」
腰を上げる寸前だった魔王が再び腰を下ろす。
それはまるで、自身の身体が急に重くなって立てなくなったかのように。しかも、先ほどよりも深く沈んでいるようにも見えた。
いま俺たちの前に。
勇気を振り絞った、最高にカッコいい男がやって来たのだった。
読んで頂きありがとう御座います。
宜しければ、感想など頂けましたら嬉しいです^^
あと、誤字脱字なども……
あ、ツイッターに後藤君のイラストを載せました。
https://twitter.com/2nbZJdWhppmPoy3